【書籍化】迷宮で、死体を拾う   作:龍 圭介

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15左腕の行方➂

 

 

 

 俺とグレシアが受付嬢に連れられて控室の前にやってくると、そこにはギュンター神父、そしてギルド長の二人がいた。

 

「何のご用でしょうか」

「ベルナール君が殺されたんだ」

 

 ギルド長が杖を指した先──部屋の中には、血だまりの中でうつ伏せに倒れているベルナールの姿があった。グレシアは死体を一瞥すると、ギルド長に視線を戻す。

 

「聞いています。それで、私は何をすればいいのでしょうか」

 

 ギルド長はにこりと笑うと、グレシアの肩を叩く。

 

「ベルナール君を殺した犯人を捜してくれ。彼の蘇生はできるけれど、私も顔に泥を塗られたままでいられるほど寛大ではなくてね。そういう調査も得意なんだろう、グレシア君」

「……タダ働きなら断りますよ」

「そうだな、五万ダリルくらいでどうだね」

「十万です」

 

 グレシアが値を吊り上げると、ギルド長はほっほっほと笑う。

 

「元気がいいねえ。でも、もう少しおとなしくした方がいいと私は思うな。グレシア君……君、教会で悪さをしただろう?」

 

 ギルド長の言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ねて口から飛び出そうになった。グレシアの顔からも、わずかに血の気が引く。

 

 まさかギルド長は、グレシアが闇に葬ったホラートの事件のことを知っているのだろうか。身構えていると、ギルド長は瞬きすらせず俺たちを見上げた。

 

「いやあ、ギルドの帳簿を見ていて、なんだか最近教会に金の都合をすることが多くなったなあと思ったんだよ。いつ頃からかなと思って調べたら、例のベルドナットの子息の自殺があってね。で、自殺の認定をしたのはグレシア君だ。叩いたら埃が出そうな気がしたんだよねえ……ギュンター君、グレシア君に迷惑を掛けられていないかね」

 

 水を向けられた神父は、「覚えがありませんな」ととぼけて見せる。ギルド長は片眉を上げ、疑わしげな眼つきで神父を見た。

 

「……まあいいか。五万ダリルぽっちだ。今回は払ってあげよう。だけど、自分の立場というものはよくよく理解しておくことをおすすめするよ」

 

 ギルド長はそう言い残すと、悠然と歩きだす。そのままどこかへ行くかと思ったが、途中で振り返った。

 

「ああ、この件の調査についてはグレシア君に一任するよ。もし現場周辺の情報が知りたいならそこの受付君を使ってもいい。どうせ、しばらくは試合を中断せねばならんだろうからね」

 

 そう言い残し、今度こそギルド長は去っていった。湾曲した背中が見えなくなったころ、神父は詰めていた息を一気に吐き出した。

 

「全く、ノードレット嬢の言動にはいつも冷や冷やさせられるな」

 

 神父に睨まれ、グレシアは肩をすくめる。

 

「今のはちょっと申し訳なかったと思っています」

 

 神父の小言が始まるかと思ったが、彼も受付嬢という部外者がいる手前、それ以上踏み込んだ話はしたくないらしい。しかめっ面のまま腕組みをするだけに留まった。

 

「さて、仕事にとりかかろうか」

 

 彼女は控室に踏み込むと、うつ伏せになっているベルナールの死体を浮遊魔法で持ち上げた。

戦士としては比較的華奢な肩口には鋭い傷痕が残っているが、それよりも酷い傷跡が胸の真ん中に深々と開いている。さらに奇妙なことには、左腕がひじの付け根からまるごと斬り落とされていた。

 

「……まず間違いなく胸の傷が致命傷だ。心臓は避けているけれど、この出血量は大動脈を破っているね。第一発見者は?」

 

 今まで黙っていた受付嬢が、手を挙げて答えた。

 

「私です。次の選手が待機しているかを確かめに行ったところ、ベルナール様が倒れているのを発見しました」

「なるほど。じゃあベルナールは退場して控室に戻ってすぐ、犯人に襲われたというわけか」

 

 ときおり下を見て血だまりに踏み込まないようにしながら、グレシアは死体のあちこちを触り観察を続ける。その様子を見ていた受付嬢は、少しじれったそうに口を開いた。

 

「そういえば、グレシア様はなぜベルナールさんを蘇生させないのですか? 殺された人に聞けば犯人なんてすぐ分かると思うのですが」

 

 確かに彼には首が残っているし、死にたてほやほやだ。蘇生して犯人を聞き出せばいいこというのももっともだと思っていると、グレシアは振り向かず、傷を確認しながら受付嬢の疑問に答える。

 

「こんな町のど真ん中で、しかも大会に参加中のベルナールを殺したら蘇生されることは犯人も分かっているはずだ。それでもなお殺したとすれば、被害者であるベルナールに顔を見られないよう工夫をしている可能性が高い」

「……なるほど」

「それに蘇生魔法はある程度身体を復元してくれるけど、それは逆に言えば死体に残っている傷跡という証拠も消し去ってしまうということだ。だから死体を調べて情報を集めてから神父に蘇生してもらうのが正しい順番だよ」

 

 言われてみればその通りだ。多少時間が経っても蘇生は可能なのだから、今しか集められない情報を集めておいた方がいい。

 

「理解しました。出すぎた発言でしたね」

 

 受付嬢もそれ以上は食い下がらず、素直に頭を下げる。そのとき、グレシアはゆっくりと死体を床に下ろし、受付嬢の方を振り返って訊いた。

 

「そこの溝はどこに繋がっているの?」

 

 グレシアが示した部屋の端には幅の狭い溝が掘ってあり、底には流れきらなかった濁った水がたまっている。受付嬢は簡潔に答えた。

 

「地下の下水道です。血や埃で汚れますから、清掃に使った水を排出します」

「ふうん。じゃあひょっとすると犯人は左腕を奪った後、ここから下水道に流したのかもしれないね。後で捜索してみてよ」

「かしこまりました。犯人は分かりましたか?」

 

 受付嬢の問いに、グレシアはかぶりを振った。

 

「誰に殺されましたって死体に書いてあれば、すぐに答えられるんだけどね。代わりに、手がかりはいくつか見つけたよ。一つ目は、傷口に氷の破片が残っていることだ」

 

 グレシアは手を広げ、小指ほどの大きさの、赤く透き通る宝石のような氷片を見せた。

 

「氷……ってことは、犯人は氷魔法でベルナールさんを殺したってことになるんですかね」

 

 氷の刃は脆いため、ベルナールに突き刺さった際に砕けて傷口に残った──ありそうな話だ。

しかしグレシアは、はっきりと肯定はしなかった。

 

「どうだろう。氷は胸の傷だけじゃなくて、肩口──つまり試合中にクローナから受けた傷と、左腕にも発生している。ベルナール本人が止血のために傷口を凍らせていたんじゃないかな。まあ、これは後で聞けばいいとして、重要なのは二つ目」

 

 グレシアはそう言うと、ベルナールの左腕の断面を指さした。

 

「なぜ犯人はベルナールの左腕を斬り落として持っていったのかということだ」

 

 確かに、と俺は思った。被害者の証言で身元を割られるのを恐れ、蘇生できないよう頭部を持っていくのであれば分かるが、わざわざ左腕を持っていく理由が分からない。俺が首をかしげていると、神父が口を開いた。

 

「……理屈の順が逆、ではなかろうか」

「え?」

「ベルナール殿は今年の大会の優勝候補なのだろう。だから正面から戦ったら負けると考えた誰かは、ベルナール殿の左腕が無ければ勝てると考えた。つまり証拠を消すためではなく、左腕を斬り落とすために殺された」

 

 想定外の意見に俺は驚いたが、考えてみれば筋は通る。犯人はベルナールに特段の恨みがあるわけではないので首を持ち出し息の根を止めることまではせず、腕を斬り落として戦えないようにするにとどめた、というわけだ。

 

「よくそんなこと思いつきますね」

「欠損状態で蘇生しないよう、蘇生前に手足や指が揃っているかを確認するからな」

 

 日常的に蘇生に関わるからこそ思いつけた、ということらしい。グレシアは「面白い説ですね」と珍しく他人の推理を褒めた。

 

「もし神父の説が真実なら、犯人は他の大会関係者だね。そして手傷を負っていたとはいえ、犯人はベルナールを『真正面から』殺している。ベルナールも不覚を取ることはあるだろうけど、自分の腕に自信がなければできない芸当だ」

「つまり犯人は大会の選手で、腕に覚えがある人……ですか」

 

 受付嬢がこちらを見たため、俺はぶんぶんと首を振った。

 

「お、俺じゃないですよ」

「私はアウグスト様とは言っていませんが。やましいところがあるのですか」

「ありませんよ。ずっとグレシアさんと一緒でしたし」

「本当ですか?」

「ああ、ベルナールが試合を終えてから君が私たちを呼びに来るまで、アウグスト君は傍にいたよ」

 

 グレシアがそう返すと、受付嬢は腰のポーチから帳面を取り出し、ペンで何やら書き込んだ。横から覗き込んでみると、そこには選手の名前が書いてあった。

 

「今、残っている選手です。負けた選手はすでに線を引いています。元々大会進行のための記録でしたが、容疑者リストになるとは思いませんでしたね」

 

 容疑者から外れたという意味らしい一本線の入った俺の名前の上に、いくつか名前があった。【ヴィカス金等級戦士】【カティア金等級戦士】【ファラン紫等級技師】。

 

「ベルナール様とクローナ様を除いた選手はヴィカス様、カティア様、ファラン様ですね。基本的にこの控室と施療所のある地下階に入れるのは選手と出資者のみなので、この三名に容疑が絞られることになります」

 

 それを聞いたグレシアはうなずいた。

 

「じゃあ、君はベルナールが殺されたときに三人がどこにいたかを調べてきて。こっちは、彼を蘇生して本人から話を聞きだす」

「承知しました。ついでに、下水道の捜索も行います」

 

 受付嬢が去っていくと、神父は石灰をベルナールの周りに撒き始める。蘇生の準備だろう。

 

「では、蘇生するぞ」

「待ってください」

 

 だが神父が儀式を始める直前、グレシアは待ったをかけた。

 

「どうしたのだ?」

「少し彼の素顔が気になっていたので」

「やめておいた方がいいですよ。気にしていたみたいですし」

 

 俺の忠告も聞かず、グレシアはベルナールの面をずらし、その素顔を見た。だがそれを見ると何も言わず面を元に戻した。

 

「……どんな顔だったんですか」

 

 俺の立っている場所からはベルナールの顔が見えなかったのでそう訊くと、グレシアはくるくると指に髪を絡ませながら答えた。

 

「……普通の顔だよ。どっかで見たことのあるような、ね」

 

 

 

 神父の蘇生が完了すると、ベルナールはゆっくりと身体を起こした。

最初は左腕をついて起き上がろうとしていたが、それがないことに気が付くと、右腕を使って起き上がり、神父に訊いた。

 

「俺が死んでからどれくらいの時間が経った?」

「一時間ほどだ」

「なるほど、蘇生してくれたことは感謝する。だが、それで、俺の左腕はどこに?」

 

 その声は、かなり動揺していた。それもそうだろう。意識を取り戻したと思ったら、いきなり左腕が無くなっているのだから。

 

「おそらくベルナール殿を殺した犯人が奪い去ったと思われる」

「何だと」

 

 神父の言葉を聞いたベルナールは気色ばむ気配を見せたが、グレシアがいることに気づくと少し驚いたようだった。

 

「グレシアか。なぜここに?」

「ギルド長から十万ダリルで依頼を受けて、君を殺した犯人を捜しているんだ。死体拾いの余技さ」

「そういうことか、お前が……強欲なお前に金を払ってまで調査するということは、ギルド長にとって、俺はずいぶん高い駒らしいな」

 

 幾分か冷静さを取り戻して笑うベルナールに、グレシアはさっそく質問をぶつける。

 

「ちなみに、君は自分を殺した犯人の顔は見たかい?」

「いいや。顔も全身も布で覆っていたからな。それに控室に入ってすぐ剣で襲われたもので、背丈もよく覚えていない」

 

 受付嬢の言った通り、犯人はベルナールから自分の情報が割れないように工夫をしていたらしい。しかしグレシアはそれでも十分というようにうなずいた。

 

「凶器は剣なんだね。傷口に氷が残っていたんだけど、それは自分で止血した痕?」

「ああ。胸の方は深すぎて止血しきれなかった。他に質問はあるか」

「君が襲われた理由……もしくは、殺すだけの動機のある人間はいるかな」

 

 グレシアの質問を聞いた彼は、嫌なことを思いだしたときのような、長いため息を吐いた。

 

「心当たりはありすぎるな。俺はギルド長と対立する者を消して回っていたし、恨みを抱いている者も多いだろう。俺の腕がこうなったのも報いかもしれん」

 

 失くした左腕を見つめるベルナールに、グレシアは首をかしげる。

 

「復讐なら君を蘇生不能にするくらいはやるんじゃないかな。腕一本はぬるいよ」

「……では、他の選手による陰謀かもしれんな。どちらにせよ、試合は辞退するかもしれない」

 

 ベルナールは悔しそうにつぶやいた。

 

 腕を無くしては、そしてその身体能力を左腕に依存していたのであれば戦士としては死んだも同然だろう。

 

「左腕のことは残念でしたね」

「ああ……だが、金を貰う以上、取り返してはくれるんだろう?」

 

 すがるように言われたグレシアは、注意深く訂正した。

 

「私が約束したのは犯人を見つけることで、腕を取り戻すことは契約にないし、保証もできないよ。片腕のままでいることは覚悟しておいてくれ」

「……そうか」

 

 肩を落とすベルナールに同情していると、ふと地下通路側のドアの向こうに誰かの気配がした。

 

「誰だ?」

 

 グレシアと神父が妙な顔をしたので、しっ、と人差し指を唇に当てたまま足音を殺してドアに忍び寄る。

 

 そして一気にドアノブを引くと、盗み聞きをしていた誰かは耳をつけてドアにもたれかかっていたらしく、「うわっ?」と素っ頓狂な声を上げながら、半ば転ぶように部屋の中へ招き入れられた。

 

「……マルティン?」

 

 俺たちの会話を盗み聞きしていた人物は、マルティン──初戦で俺に敗れたはずの、槍使いだった。

 

 マルティンは俺たちの視線を払いのけるように手を振りながら、膝をついて立ち上がる。

 

「お取込み中失礼した。じゃあまた」

「いや、ごまかせませんよ」

 

 そそくさと去ろうとする彼の肩を掴んで引き留めると、マルティンは鬱陶しそうに俺の手を払う。

 

「ああ分かった分かった。ただ確かめに来たんだよ。ベルナールが本当に左手を失くしたのか」

「なぜ?」

「賭けだよ。俺は初戦で負けちまったから、賭けて遊ぶしか楽しみが無くてな。左腕が健在ならベルナール優勝に五万ダリル。健在じゃないなら、俺を倒したアウグストに五万ダリルを賭けるつもりだ」

 

 マルティンの話を聞いた神父は顔をしかめる。

 

「不謹慎な。腕を失った本人の前だぞ」

 

 逆にグレシアの瞳には興味の色が揺らいだ。

 

「なるほどね。情報収集のため、君は控室の選手の様子を窺っていたわけだ。ちなみに、ベルナールが殺されたときはどこにいたんだい」

「……そのときもこの地下一階にいたが。まさか俺がベルナールを殺したと?」

 

 グレシアの質問にマルティンは警戒の色をにじませた。

 

「いいや。ベルナールの証言だと、犯人は剣で襲いかかってきたということだった。槍使いの君が手負いとはいえベルナールを殺すのに慣れない武器を使うとは考えにくい。だから、そんなには疑ってないよ。私が知りたいのは、そのときに君が誰に会ったかということだ」

「なるほどな。ベルナールの試合の前後でこの階にいたのは、そこの神父とクローナ、カティア、それと……どっかの商人だ。出入りしてるところを見ていたから、それは間違いない」

「商人?」

「片眼鏡をかけた行商人だな。たぶん誰かの出資者なんだろうが、剣を買ってみないかと言われたよ。俺は槍が手になじんでいるからって断ったが」

「その人、たぶん俺の出資者ですね」

 

 マンフレッドだ。おそらく他の選手たちにも剣を売ろうと動いていたのだろうが、間が悪すぎる。ベルナールの証言や傷口の状態から、少なくとも「剣を持った人間が犯人である」ということは分かっているのだから、動機がなくとも疑われる──

 

(いや待てよ、実際、動機はあるわけか)

 

 マルティンの出資者が場外から俺を魔法で攻撃しようとしていたことを思いだし、俺は考え込んだ。ベルナールの左腕が無くなるということは、出資対象である俺が優勝する確率が上がるからだ。

 

 俺がその思いつきを話すと、グレシアは首をひねった。

 

「動機としては弱いかな。本職の戦士であるベルナールに、ただの商人が剣一本で挑むのかって話になるし」

「ええ……じゃあグレシアさんは何か見当がついているんですか」

 

 そう訊くと、グレシアはあっさりとうなずいた。

 

「だいたいはね。今私がしているのは、検算というか……裏付け探し。それと、この事件でもっと儲けるための方法だよ」

「相変わらず手際がいいですね」

「……結局、この事件は左腕が切られていたという事実の読み方の問題でしかないから。それで、ベルナールが死ぬ前のカティアとクローナはどんな様子だった?」

 

 グレシアが尋ねると、マルティンは思い出すときの癖なのか、下唇を噛んだ。

 

「カティアは俺が歩いていたら、『敗退したはずなのになぜ地下階にいるのですか?』って話しかけてきた。俺が賭けのために選手を見に来たって答えたら『では、わたくしかアウグストさんに賭けるといいですよ』と言っていたな」

「ふうん……ベルナールは推さなかったんだ」

 

 確かに俺を優勝候補に挙げている時点で、ベルナールを挙げないのは少し不自然だ。そう思っていると、マルティンはうなずいた。

 

「俺もそう思って聞いたんだが、単純に去年勝ったから、だそうだ。そもそも殺し屋の汚い剣で勝つこと自体無理だと」

 

 カティアの発言を聞いたベルナールは、肩をすくめた。

 

「手厳しいな。今年は勝つつもりで来ていたんだが」

 

 その横でグレシアは銀色の瞳をくるくると回して何やら思案をしていたが、首をひねって「じゃあ、次。クローナについて聞かせて」と言った。

 

「クローナに会ったのは試合の後だな。と言っても、商人……マンフレッドだったか? そいつとかカティアとかとは違って、特に喋ったわけじゃない。たぶんもう帰ってるぜ」

「うーん。あ、そういえば神父はクローナの蘇生をしていましたよね。そのとき、何か喋ったりはしていませんでしたか?」

 

 神父はうなずいた。

 

「直前にやっていた試合のことについて話していた。まあだいたい、二発目の『風刃』が当たっていれば勝ちだったということだな」

「当たれば? 魔法を使う前にやられたわけではないんですか?」

「『風刃』自体は使っていたらしい。だが、慌てていて狙いが定まらなかったのだろう」

 

 不可視の刃を飛ばす魔法であるため、当然使う術者も狙った相手に当てるのは難しい。扱いに慣れていても、敵に肉薄され慌てている状況では明後日の方向に飛んで行ってもおかしくはないだろう。

 

 そう思っていると、グレシアは満足そうにうなずいた。

 

「二発目の『風刃』。使えそうだね」

「使うって何にですか?」

「ギルド長に納品する報告書にだよ」

 

 つまり推理の材料になるということだろうが、そもそも風刃を扱えるクローナは事件が起きたと思われる時刻には蘇生の真っ最中だったはずだ。どう関わるというのだろう。

 

 そのとき、ギルド長という言葉を聞いたベルナールが右手をついて立ち上がった。

 

「……ああ、そうだ。俺もギルド長に報告をしなくては。暗殺者に不覚を取ったことはあまり口にしたくないが」

「身体の調子は大丈夫かね?」

「おかげさまでね」

 

 だが、ベルナールが外へ出ようとしたそのとき、グレシアが彼の腕を掴んで引き留めた。

 

「待った。ベルナールはここにいてくれ」

「……なぜ?」

「しばらく、君の状況については伏せておきたいんだ。マルティンみたいに被害者の動向を気にして犯人がここに戻ってくれるかもしれないし」

 

 ベルナールはグレシアの話を吟味するように考え込んでいたが、やがて腰掛に座り込んだ。

 

「分かった。ギルド長はお前に調査を一任しているようだしな。従うよ」

事の成り行きを見ていた神父は、節くれだった両手を組むと、ぽきぽきと指を鳴らした。

「では、ベルナール殿の傍には私がついておこう。怪しい者がいたら取り押さえてやる」

「ありがとうございます。……じゃあ次はマンフレッドに話を聞きに行こうか」

 

 ベルナールを神父に任せると、俺たちは部屋を出た。

 

 

 

 

 マンフレッドは、アリーナ中段の席にいた。今日はすっぽりと身体を覆うポンチョを身に着け、所在なさげにたたずんでいる。

 

 彼は上がってきた俺たちを見ると、ああと声をあげた。

 

「こんにちは。先ほど、ベルナールさんが殺されてお二人が調査に向かったということは聞いていたのですが……この大会、まさか中止なんてしないですよね」

 

 マンフレッドの顔には、少し焦りが見える。まあこの大会の成否が彼の商売に関わってくるので、当然と言えば当然だろう。

 

「それは大丈夫だね。今は調査のために中断しているけれど、一人の選手が戦えなくなったくらいで止められる規模の大会じゃない」

「……それはよかった。せっかくアウグストさんが勝ち進んでくれたのに、ここで終わってしまったら困る」

 

 胸をなでおろすマンフレッドに、グレシアは質問した。

 

「ところで、君は選手に剣を売るために地下階にいたそうだね。売れたかい」

 

 するとマンフレッドは、右手に持っていたカナート剣を見下ろし、遺憾そうに首を振った。

 

「興味を示してくれる方はいたのですがね。やはりまだ高いようで。購入した方はいませんでした」

「その剣を置いてどこかに行ったりは?」

「大事な商品を置いていくことは無いです」

「そうか……一応、使った形跡が無いか確かめたい。貸してくれるかい」

「しかたないですね」

 

 マンフレッドは剣をグレシアに差し出した。グレシアは浮遊魔法で剣を浮かしながら、鞘から引き抜いて刀身を検めた。

 

「……目に見える証拠はないね。刃こぼれもない」

「でしょう」

 

 つまり犯人がマンフレッドの剣を使って殺害に踏みきるということは考えにくいというわけだ。となると事件が起きた当時、地下階にいる人間で他に剣をもった人間となると──

 

「アウグストさんではありませんか」

 

 突然後ろから話しかけられ、俺はどきりとした。

 

 振り返ると、そこにいたのは、「清廉騎士」カティアだった。そのさらに後ろには、受付嬢が控えている。彼女は花の咲くような微笑を浮かべ、俺を見た。

 

「先ほどそこの受付の子からお話を聞きましたわ。ベルナールさんが殺されたので、犯人を捜しているとか」

「任されたのは私なんだけどね」

 

 グレシアが発言を訂正すると、カティアはグレシアを見下ろし、ため息をついた。

 

「わたくしは、アウグストさんと喋っています。守銭奴のドブネズミに発言を許可した覚えはありませんわ」

「言うねえ」

 

 何となく予想はしていたが、カティアはグレシアのような種類の人間は嫌いらしい。

とはいえ、流石に雇い主が面と向かって罵倒されているのを見過ごすわけにもいかない。俺はグレシアの前に出た。

 

「そこまでにしていただけると助かります。それとも、公然と相手を侮辱するのが貴方の騎士道なのでしょうか」

 

 騎士道、という言葉を聞いたカティアの頬がぴくりと動いた。

 

「……おっしゃる通りですわね。少々、礼を失していましたわ」

 

 そして、人が変わったようにカティアは謝罪した。彼女の「騎士道」に合わせて話したおかげだろうか。それからカティアは顔を上げると、話の続きを始めた。

 

「話を戻しますが、ベルナールを殺した人間に目星はついているのですか? わたくしも早く試合の続きに臨みたいのですが」

「だいたいはね。完璧な調査のために君の剣を見せてほしいんだけど……いいかな」

「剣? これでいいのかしら?」

 

 カティアは腰に刺した二本の剣うち、一本を抜き放った。

 

 刀身は細く日を浴びて煌めいている。鍔には宝石があしらわれており、武器と言うよりは芸術品のようだ。

 

「いい剣ですね」

 

 マンフレッドが褒めると、カティアは目を細めた。

 

「さすが武器商人。見る目がおありですね」

「それほどでも……って、レイピアですか。珍しいですね」

 

 レイピアとは、斬るよりも突きに特化した剣のことだ。

 

 扱うには技量を求められるため見習い騎士はまず一本レイピアを与えられて剣の基本を学んでいくのだが、重さで叩き斬ったり相手の攻撃を受けたりすることが難しいため、冒険者でこの剣を使う者はあまり見ない。

 

「わたくしなりの、こだわりですわ」

 

 そういえばカティアが殺した男の刺し傷は小さかった。彼女の使う剣の刀身が細かったからだろう。

 

(……となると、ベルナールはこの剣で殺されたわけじゃない」

 

 ベルナールの傷跡はもっと広かった。カティアの剣を見て同じことを考えたらしいグレシアは、カティアが腰に帯びているもう一本の剣を指さす。

 

「そっちの剣も見せてくれるかな」

「こちらも? 別に良いですけれど、おそらく期待しているものは見せられないと思いますわ」

 

 前置きをすると、カティアはもう一本の剣を抜く。それを見て、俺は唖然とした。

 

「刀身がない?」

「そういうことですわ」

 

 カティアが持っているのは剣の柄だけで、肝心の刀身がなかったのだ。当然、こんなガラクタで人を斬ることはもちろん、柄で殴りつけて殺すことすら難しいだろう。

 

「なんでこんな使い物にならないものを持っているんです?」

「ふふふ」

 

 カティアは笑うだけで、答えてはくれない。グレシアは「分かった、もういい」と言って、受付嬢の方を見た。

 

「カティア以外の選手への調査はどうなっているかな」

 

 グレシアに問われ、受付嬢は手帳に目を落とした。

 

「ヴィカス様もファラン様も、事件中は地下階にはいませんでしたね。複数の人間が証言していますから、間違いはないでしょう。また、衛兵からも人の出入りの記録を確認していますが、おそらくそのときに地下階にいたのは神父様を除けばマルティン様、マンフレッド様、カティア様、クローナ様の四人。ちなみに剣を持ち込んでいたのはマンフレッド様とカティア様のみです」

 

 受付嬢の報告は、マルティンの挙げた人間と一致している。順当に考えればこの中に容疑者がいると思うのだが……。

 

 俺の思考の先を引き取るように、グレシアが話し始めた。

 

「全員、犯人として考えにくい人たちだね。マンフレッドはそもそもベルナールを殺すのが難しいし、クローナは事件当時に神父に蘇生されている途中だった。そしてマルティンは剣を持っていない。

唯一ベルナールを殺せそうなのはカティアだけど、レイピアだとベルナールの死体に残っていたような傷は残らないし、去年は小細工をしなくてもベルナールに勝っている。彼女の場合、左腕を切ってベルナールの力を削ぐ必要性もあまりないんだ」

 

 グレシアの説明に、カティアは腕を組んで大きくうなずく。

 

「当然ですわ。場外で闇討ちなんて騎士にあるまじき行為ですもの。疑われること自体、不愉快ですわ」

 

 でもあんた自分の騎士道に反すると思った人はその場で斬り殺すだろ、とは思ったが、話の腰を折りそうなので黙っておいた。

 

「ちなみに、下水道の捜索はどうなっているかな」

 

 それを訊かれた受付嬢は、帳面から顔を上げ、「特に成果はありませんね」と答える。

 

「手の余っている低等級の冒険者を使って捜索をしていますが、凶器やベルナール様の腕は見つかっていません」

「そうか」

 

 容疑者は絞り切れず、腕も見つからない。そんな手詰まりの状況にも関わらず、グレシアは動じない。俺はたまらなくなって彼女に訊いた。

 

「本当に犯人が分かったんですか? 検算なんて言っていましたけど、犯人に繋がりそうな証拠はほとんどないですが」

 

 あるいは、そんなものを残さないほど狡猾な犯人なのか。そう考えていると、グレシアは呆れたように言った。

 

「見落とした、か。これも考え方の問題だね。私たちはベルナールを実際に殺すことは難しいという事実を知ったけれど、君はそれを犯人に繋がる手がかりがないと認識した。でももっと単純に考えたらいい。犯人の残した証拠がないということはつまり、ベルナールを殺した人物はいないということさ」

「犯人が、いない?」

「……詳しい話は、『殺人現場』に戻りながらするよ」

 

 グレシアはそう言うと、歩き出した。

 

 

 

 

 

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