夕陽の差す森の中で、木剣の打ち合う音が響き渡っていた。
「セイッ!」
俺は、可愛らしい気合とともに振り下ろされた木剣を受け止める。
俺の対戦相手──フリルのついたエプロンを身に着けた少女は、歯を食いしばって力をこめ、止められた剣を振り抜こうとする。
「甘いな!」
押し込まれかけたその瞬間、俺はふっと手の力を抜いた。
「ひえっ」
攻撃を透かされ、勢い余った彼女はたたらを踏んで前のめりになる。その隙をついて、彼女の右わき腹に軽く木剣の胴を当てた。
「……負けました!」
彼女は詰めていた息を吐きだすと、地面に身体を投げ出した。
「七十勝七十敗で、互角まで持ち込んだな」
侍女は頬を膨らませ、スカートをつまむ。
「衣服が邪魔なんです。もっと動きやすい服装だったら、私が勝ちます」
「だったら、今度やるときは俺の服を貸してやる。兄貴のお下がりだけど、そのふわふわしたエプロンドレスよりは動きやすい」
そう言うと、彼女は少し慌てて首を振った。
「そ、それはまずいです。私が坊ちゃんの服など着ていたら、吊られてしまいます」
「あはは」
寄り眼にしてぎっ、と自分の首を絞めて舌を出す侍女の仕草があまりにもおかしくて、笑ってしまう。
ひとしきり笑い、それが落ち着いた頃、辺りが暗くなっていることに気がついた。侍従も立ち上がり、背中についた草と土を払う。
「そろそろ帰らなければ、お父上とお母上に心配されますよ」
「大丈夫だろ。兄上であればともかく、俺のことなんて、お二方は気にも留めてないさ」
「……」
彼女は否定しなかった。ただ目じりを下げ、悲しそうに俺を見る。
「そんな目で見るなって。次男より下はどこだってそんなものだし……俺は、自分の食い扶持は剣で稼ぐつもりだからな。ほら、行くぞ」
俺が手招きすると、彼女は後をついてきた。木剣で肩を叩きながら、話を続ける。
「師範学校を卒業して騎士になる。武功を挙げて土地を貰う。そして、この家よりもでっかい領地をもつ。完璧だろ」
「完璧……ですか? 私と引き分けているようではかなり不安ですが」
「言うなあ。ま、修練すれば大丈夫だ。俺は最強の騎士になってやる」
「騎士……」
彼女は舌のうえで転がすようにつぶやき、俺に目を向けた。
「であれば、私を最初のお供にしてくれませんか?」
「何だって?」
俺は目を丸くした。女が騎士になる例はないこともないが、侍女がなったという話は聞いたことがない。
なぜ、と聞いてみると、彼女は少し顔を赤らめ答えた。
「お供になれば、坊ちゃんをお守りできるでしょう」
「……俺を守る必要があるか?」
「だって、全然強くないじゃないですか。騎士になったらすぐ死にそうです」
「失礼だな」
俺はため息をつき、ぴんと彼女の額を弾いた。
「あうっ」
「……分かった、じゃあ、俺が騎士になって戻ってきたら一試合やろう」
「私とですか?」
きょとんとしていたので、俺はうなずいて説明を続ける。
「ああ。それで俺が勝ったら、お前は家にいろ。だがお前が勝ったら……俺の腕はまだまだってことだ。一緒に来てもらう。どうだ?」
それを聞いた彼女は、くしゃりとほほ笑んだ。
「分かりました! 私も鍛錬して、きっと坊ちゃんをぶちのめして差し上げます!」
「……俺の身が心配だから来てくれるって話だよな?」
屋敷のてっぺんにある風見鶏が、木々の向こうから突きだして見える。帰り道があとわずかしかないことを残念に思いながら、俺は歩みを進める。
そう長く生きていないとはいえ、おそらく人生の中で幸せな時間はいつかと聞かれれば、俺はあの瞬間だと答えていただろう。
そもそも騎士になれないとは思いもしなかった、あの頃が。