【書籍化】迷宮で、死体を拾う   作:龍 圭介

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25スタフィアー➃

 

 

 

 

 ナベリウスの死の直後、初めに口を開いたのはカティアだった。

 

「こちらの攻撃ではありません。だいたい、いきなりこんな傷跡を残せるはずがありませんわ」

 

 すると、フェイはクローナを指さした。

 

「『風刃』。そこの魔術師は使えるはずだ。ハレーザー市の戦闘競技会は、毎年欠かさず観ている。ベルナール対クローナは、なかなかいい試合だったな」

「……なるほどな。このメンバーだと、攻撃系の風魔法が使えるのは、クローナだけか」

 

 マルティンは背中の槍を右手に持ち替えながら、そうつぶやく。

 

 確かに風刃であれば、発動を気取られる前に相手を殺すことが可能だ。そしてカティアと俺、マルティンは魔法を使えず、グレシア、シノエは付与術系統の魔術師。消去法で、犯人はクローナということになる。

 

 皆の視線が集まったクローナは、後ずさった。

 

「ち、違うわ! だいたい杖も持っていないし……精密な魔術操作はできないもの!」

「でも、発動はできる。それで十分だろう?」

 

 フェイはにやりと笑うと、鋭く叫んだ。

 

「術師隊、前へ! 爆発魔法用意!」

 

 すると向かいの陣幕からカナート軍の攻撃術師たちが現れた。五名の術師たちは杖の先でこちらを照準する。

 

「全員、すぐにここから退避しろ!」

 

 グレシアが叫ぶと同時に、フェイも負けじと指示を飛ばす。

 

「撃て!」

 

 眩い閃光と、遅れて耳をつんざくような爆発音。

 

 やられたと思ったが、グレシアが結界を張っていたらしく、衝撃は届かなかった。

 

「ありがとうございます。グレシアさん」

 

 その瞬間、グレシアの結界が砕け、空中で溶けて消えた。つっと額を流れた冷や汗を、彼女は手袋でふき取る。

 

「さすがに五人分の爆発魔法を防ぐのはしんどいね。今ので魔力がすっからかんだ」

 

 だが初手の一撃を防いだおかげで、退避の時間は稼げた。マルティンやシノエ、人形たちはすぐに幕を押し上げて出ていく。

 

「私じゃない……!」

 

 唯一カナート軍に弁明しようとクローナが立ち止まっていたが、カティアは彼女の襟をつかんで強引に引き寄せた。

 

「今は、言っても無駄ですわ。下がって態勢を整えるのが先決。今から始まるのは探索ではなく、戦争です」

「……そうね」

 

 唇を噛んで、クローナはうなずく。

 

 二人が外に出ると、俺はグレシアの背を押した。

 

「グレシアさんも先に逃げてください。 最後尾は俺が引き受けます」

「……分かった、気を付けて」

 

 グレシアが出て行くと、すでに後ろからカナート軍の戦士たちが殺到してきていた。

 

「来い!」

 

 叫びながらとっさに入り口の陣幕を引き剥がし、先頭の戦士に放り被せる。陣幕に視界を塞がれ立ち止まった彼の胸に剣を突き立てると、ヒキガエルの潰れたような声を出してたたらを踏み、倒れ伏した。

 

 まずは一人。

 

 カナートの戦士たちは仲間の死にも怯まず襲いかかってきた。

 

 あっさりと仲間が斬り倒されてこちらの力量を理解しているはずだが、それでも恐れず突貫してくるのは、彼らもまた精強な戦士であることの証。

 

(だけど、俺もここで簡単にやられるわけにはいかない)

 

 俺は右手を閃かせ、裂帛の気合とともに斬撃を放とうとした次鋒を斬り捨てる。

 

 左側から回りこもうとしていた戦士に返しの刃を放つと、高々と首が飛んだ。俺が下がりながら息を整えていると、血を吹き出して斃れた死体を踏み越え、槍遣いが突進してくる。

 

 稲光を思わせる鋭い突きをいなし、がらあきになったその胸に深々と剣を突き立てた。

 

 これで四人。

 

 深く息を吐いた刹那、鋭い飛翔音とともに何かが俺の顔に向けて飛んできた。とっさに左手で止めると、それは鈍く光る短剣だった。

 

 飛んできた方向を見ると、そこには投擲した姿勢のまま、ぽかんと口を開ける小柄な男がいた。

 

「返しますね」

 

 投げ返すと短剣は彼の額に命中し、ぐるりと白目を剝いて倒れた。

 

(……うまくいっているな)

 

 怪我人はすぐに魔法で回復されるが、殺してしまえば残った人員が死体を担いで移動しなければならないため、行軍速度はかなり遅くなる。

 

 だから殿の俺がやるべきなのは、カナート兵をなるべく殺してグレシアたちが戦闘の準備を整える時間を作ること。五名倒すことができた現状は、順調だと言えるだろう。

 

「次」

 

 そう言って前へ目を向けると、剣を構えたまま呆然としているステファンが立っていた。手が震え、剣先も小刻みに揺れている。

 

「……い、い、行くぞ」

 

 ある程度見知った人間を斬るのは気が進まないが、向こうがやる気なら仕方がない。俺が剣を構え直そうとしたとき、彼の後ろで杖を掲げる術師たちの姿が見えた。

 

──爆発魔法!

 

 位置的に俺の前に立っているステファンを巻き込みかねないが、仲間を犠牲にしてもこちらを倒すつもりらしい。俺は踵を返し走り始めた。

 

「待て! アウグスト!」

 

 自分の気迫に俺が臆したと思ったのか、後ろからステファンが追いかけてくる気配がある。俺は振り向くと、叫んだ。

 

「後ろですよ!」

「後ろ?」

 

 ステファンが間の抜けた声をあげた瞬間、その顔を閃光が照らした。

 

 轟音。

 

 続けて凄まじい振動。岩壁に命中したらしく。みるみるうちに地面にひびが入り、崩落していく。

 

「まずい」

 

 俺は全速力で走り出した。

 

 元々、この洞窟は地盤が貧弱なのだ。あんな威力の魔法を使ったら、この通路は崩れるに決まっている。

割れ目は敏捷な蛇のようにするすると足元を駆け、俺を飲み込もうと口を開けていく。

 

「くそっ」

 

 踏み出した右足が、がくんと吸い込まれた。

 

 落ちる、とそう思った瞬間、俺は反射的に手を伸ばし、崖の縁を掴む。

 

 一瞬、落下は止まる。だが、掴んだ岩は脆かった。引っかけた指の下で、ひびの入る感触がする。

 

(駄目か)

 

 俺の脳裏に、グレシアの言葉が浮かぶ。

 

『しかもこの深さだと、穴の底は濃い瘴気で満たされている可能性が高いから、底に落ちてしまったら私が浮遊魔法で降下して助けに行くこともできない。つまり、ロストだ』

 

 不可逆の死。

 

 地獄に通じる穴がぱっくりと口を開けているのを見て、俺は唾を飲む。覚悟を決める間もなく、指をかけている岩が崩れていく──

 

 思わず眼をつむったそのとき、俺の腕を誰かが掴んだ。

 

「お、重すぎるよ……アウグスト君」

 

 顔を上げると、そこには這いつくばり、必死の形相で俺を持ち上げようとするグレシアがいた。

 

「グレシアさん、なんで戻って来たんですか」

「ここで……君がいなくなったら……一体誰が私を守るんだ」

 

 先ほどの防御に魔力を使い切ったためか、グレシアは浮遊魔法ではなく、自分の腕で懸命に俺を引き上げようとしている。

 

 しかし当然、鎧を含めた俺の体重を彼女が支えられるわけがない。ずるずるとグレシアの身体が引っ張られていく。

 

(駄目だ、二人もろとも落ちる)

 

 左腕で岩壁を掴もうとするが、ぼろぼろと崩れて体重をかけられない。腰の剣を抜いて岩壁に突き刺す暇も、足を引っかけて体重を分散させられる場所もない。

 

 詰み。

 

 その結論を弾き出せば、やることは一つだけだった。何も二人で死ぬ必要はない。

 

「……俺の代わりはいくらでも見つかりますよ」

「アウグスト君?」

 

 俺はグレシアの手を振り払った。

 

 一瞬、彼女は何が起きたのか分からないというように呆けていたが、すぐに手を伸ばして身を乗り出し、叫ぶ。

 

「バカ!」

 

 そのときにはすでに、俺の身体は果てしない奈落に吸い込まれつつあった。グレシアの呆然とした顔が遠ざかるのを見送りながら、静かに目を閉じる。

 

 人生の幕切れとは、こうも呆気ないものなのか。

 

 そう思ったが、誰に求められることもなく生まれ、看取られる者もなく死ぬというのは、俺の人生らしいと言えるかもしれない。

 

 グレシアのことは少し心配だったが、彼女は俺なんかよりもはるかに頭がいい。何とかするだろう。

 

 奇妙な浮遊感の中、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 通路が崩落したおかげでカナート軍によるそれ以上の追撃は不可能になり、カティア以下交渉に向かったメンバーは、全員がヴィカスの隊に合流することができた。……アウグストを除いて。

 

「カナートの本営で何があった?」

 

 ヴィカスは、グレシアたちが息を整えるのを待ってから質問した。

 

 人質交換まではうまくいったこと。そしてカナート軍の副隊長ナベリウスが突然死を迎えるまでの経緯を伝えると、カティアは腕を組んだ。

 

「わたくしが取引のために書類を返した瞬間でしたわね。不可解でしたわ」

「いきなり血を吹き出して死んだ、か……闘技場の試合を思い出すな」

 

 数週間前、ベルナールとの試合でクローナが使った『風刃』のことを言っているのだろう。だが、カティアは首をひねった。

 

「しかし、クローナさんは取引中に見境もなく風刃を撃つ人ではありませんし……皆、私の手元に注目していたとはいえ、風刃くらい強力な魔法を使ったのであれば、風を感じるはずですわ」

「であれば、戦端を開くためのフェイの自演とも考えられるが、わざわざ副隊長を殺すのはどうも考えにくいな……」

 

 ヴィカスとカティアのやり取りをほとんど聞き流しながら、グレシアは右手をじっと見ていた。

眼を閉じる。しかし、薄く笑って落ちていくアウグストの顔は未だに網膜に焼き付いて、離れない。

 

「……またか」

 

 また、グレシアは失った。

 

 両親の死を受け入れ、歩き始めたと思っていた。だが、常に傍に居てくれたアウグストがいなくなってみると、闇の中にひとり放り出されたような孤独感だけがじわりと心臓に溶けだし、体温を下げていく。

 

 こうなるのであれば、シノエの仕事など引き受けなければよかった。

 

 いや、ヴィカスの誘いを断って地上へ戻れば。いや、それでも交渉役になることをあっさり引き受けなければ。分岐を遡り、盤上遊戯の感想戦をする指し手のように、どこで間違えたのかを考え始める。

 

 それが「後悔」という、普段はしない無駄な思考の行程であることに気づくのに、少し時間がかかった。

 

(何が代わりはいくらでもいる、だ)

 

 きっと、助からないことを悟った彼は、残されるグレシアを安心させたくてそう言ったのだろう。

だが第一、彼はハレーザー市最強と言ってもいい戦士だ。同じ実力の人間はそういない。それに、代わりになる人間がいるかどうかを決めるのは彼ではなくて──

 

「私だろう」

 

 グレシアは、拳を握りこんだ。

 

 言葉をぶつけたいのに、その肝心の相手は隣にいない。

 

 フードを深くかぶりこみ、岩壁に背を預ける。

 

 手を振り払われた感触を思い出し、静かに頬をぬぐった。

 

 会議に参加する気も起きない。好きなようにすればいいさ、とだんまりを決め込んでいると、痺れを切らしたようにマルティンが声をあげた。

 

「……おい。グレシア。話、聞いてるか」

 

 頭が重い。何もする気が起きない。だが、無視を続けるわけにもいかない。グレシアは咳ばらいをし、答えた。

 

「なんだい、こっちは休んでいるんだ……」

「死んだら永遠に休めるぜ。そうなる前に、雪原の民のありがたい知恵を使ってほしいんだが」

 

 ゆるゆると顔を上げると、その場で話していた冒険者たち──ヴィカス、カティア、クローナ、シノエ、マルティンの五人が、グレシアを見ていた。

 

 そのうち、ヴィカスが気まずそうにしながらも口火を切った。

 

「相棒が死んで気落ちしているところ申し訳ないが、これからの方針についてお前の考えを聞きたい」

「……要は、進むか退くかってことだよね」

「そうだ。ちなみに俺は、本格的に奴らと敵対するのであれば、いったん撤退した方がいいと思う。迷宮の外で包囲してカナート軍を干からびさせるのが安全だからな」

 

 相対するカティアは首を振った。

 

「相変わらず、ヴィカス隊長は慎重ですわね。死に方だけがどうも不可解ですが……相手は副官が死んでいるのですから、攻めの一手です。カナート軍と戦いながら、群生地を目指すだけですわ」

 

 どうでもいい──グレシアはそう言いかけて、ふと思った。

 

 アウグストが落ちた亀裂の底。本当に瘴気は溜まっているのだろうか。

 

 浮遊魔法で降下するのは瘴気がたまっていた場合、死体拾いが死体になるというだけなので不可能。

 

 だが、もし瘴気がたまっていなければ。そして、穴の底に通じる通路があれば。

 

(アウグスト君の死体を拾ってくることができる)

 

 当然、自分だけではカナート軍との戦闘を避けながら彼を救出することは不可能だろう。カナート軍に当てるための味方が大勢要る。

 

 そこまで考え、グレシアは自分の意見を待つヴィカスたちを見た。彼を救出するために必要な駒は、ここにたくさんある。

 

 であれば、することは一つだった。

 

「……私は、カティアに賛成だな」

 

 グレシアの発した言葉に、撤退派のヴィカスが静かに問う。

 

「なぜ?」

「地の利は、私たちにあるからね。地上に迷宮を封鎖するカナート軍がいたということは、少なくともヴィカスたちの方が先に着いていたんだろう? それなら、この迷宮のマッピングは、こちらが進んでいるはず」

 

 迷宮の構造が分かっていれば、当然挟み撃ちや奇襲はやりやすくなる。迷宮とは人数や食料と同じくらい、地図が重要になる場所なのだ。

 

「……それは分からない。向こうのほうが頭数は多いからな。こちらより早く地図を作っているかもしれない」

「頭数は多いけど、迷宮地図を作る技術についてはどうかな。正しく地図を作るには場数を踏む必要があるから、その点できたてほやほやの迷宮攻略部隊は筆が遅いはずだ」

「ふーむ、そう言われるとそうだが……」

 

 まだ煮え切らないヴィカスに、グレシアは次のカードを切る。

 

「向こうは通路を崩落させた。氷魔法や炎でもいいのに、わざわざ向こうも生き埋めになる可能性のある爆発魔法を追撃に使ってね。流石に向こうの隊長も馬鹿じゃないだろうから、狙いがあったように思うんだ」

 

 それを聞いたシノエは、逃げてきた通路のほうに視線をやった。

 

「確かに現に道がふさがっていますし、追撃しにくくなる爆発魔法は使いませんよね……。向こうはむしろ、こちらから攻めてこられたくないから、わざと通路を崩落させたということになりますね」

 

 元々主戦派のカティアも大きくうなずく。

 

「そう、向こうは虚勢を張っているのですわ。どうやらアウグストさんの最後のひと頑張りでだいぶ被害を出したようですし、勝利は目の前ですわ!」

 

 黙って聞いていたマルティンやクローナも腕組みをして考え始める。額にしわをよせたヴィカスには、決断を迷う気配がある。

 

 もう一押し、という感覚。

 

 グレシアはヴィカスに効きそうな一言を一瞬で選び出した。

 

「そして、何よりも早く片がつく。迷宮の外で包囲を敷いてカナート兵の干物を作るとなると、膨大な金と時間がかかる。確実性が高いと言っても、ギルド長は歓迎しないだろう」

 

 ハレーザー市の兵力とは、つまり冒険者たち。

 

 だが、専門の軍人と違い冒険者を兵士として使うと、報酬を払わなければならないだけでなく、「冒険者を戦いに投入しなければ得られたであろう利益の損失」がギルドに発生するのだ。

 

 そしてヴィカスは、何よりもギルド長の不興を買うことを恐れている。彼の心は、グレシアの思った方向へと転がった。

 

「分かった。カティアと、グレシアの意見を採る」

 

 ヴィカスは自分を奮い立たせるように深くうなずくと、そう言った。

 

「……ああ、カティアは後でこっちに来てくれ。編成を再検討したい」

「承知しました」

 

 探索の続行が決まり、冒険者たちは慌ただしく動き始めた。

 

 ヴィカスとカティアがひそひそと何やら密談する後ろでマルティンが首をこきこきと鳴らし、っしゃ行くぞ! と張り切り始める。クローナは地図を見直し、シノエは他の冒険者に物資の不足が無いかを確認している。

せわしない周りの様子を見ながら、グレシアはため息をついた。

 

(……実は、言うほど有利ではないけど)

 

 カナート側が不利だったため爆発魔法で通路を崩落させたというのは憶測にすぎず、迷宮のマッピングによる優位については、地図作成技術云々以前に、実は簡単に覆す方法があるのだ。

 

 フェイがそれに気づいていればむしろ手痛い反撃を受けるのは冒険者のほうだ。だからグレシアの感覚としても逃げの一手なのだが、それでも冒険者たちが迷宮の奥へと向かうよう詭弁を駆使し、誘導した。

 

 唯一の相棒の死体を拾いに行くために。

 

 眼をつむると、まぶたの裏に、風光明媚な丘に建てられている二つの墓地が浮かんだ。

 

(もう、両親のときと同じ轍は踏まない)

 

 逃げるつもりも、諦めるつもりもない。

 

 決意とともに眼を開くと、シノエが心配そうな表情で、こちらを見ていた。

 

「どうしたんですか? 置いていかれますよ?」

 

 先頭を歩くヴィカスたちの背はかなり遠くなっている。グレシアはうなずき、歩き出した。

 

「……そうだね。行こう」

 

 アウグストを助けることができるなら、ここにいる仲間全員を地獄へ導くことになっても構わない。

 

 だから、彼を見つけられたなら、蘇生することが叶うならば──

 

「代わりがいるなんて言葉は、言わせないよ」

 

 唇から零れた一言を耳にしたシノエが、傍らで首を傾げた。

 

 

 

 

 

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