魔王討伐の旅の途中、勇者一行は勇者の故郷であるふるさとの村(固有名詞)に立ち寄った。
不快な人物ばかりの村ではあるが、勇者にとっては半身とも言えるマヌルが暮らしているはずの場所である。マヌルの家へ向かう勇者はスキップまでしかねないほどの軽い足取りであった。
一方勇者一行の勇者以外の面々の顔色は優れなかった。勇者に黙って追い出したという事実を暴露されれば今後の冒険に差し支える。再びメンバーに入れることになってしまえば魔王討伐の旅自体が潰えてしまいかねない。マヌルは忌むべき存在であった。
「おい……ついに来てしまったわけだがどうする?」
「どうするもこうするも……勇者より先回りするには土地勘もないからね~」
「そもそも私たち全員方向音痴ですからね……」
マヌルが故郷に帰っているという情報を聞いただけで突発的に先行した勇者もまた方向音痴であった。勇者も含めた全員が方向音痴というとんでもない勇者一行は、何の変哲もない村をあてもなく歩く。村のはずれにあった噴水の前を通り過ぎようとしたとき、一行の一人であるケンシが立ち止まって尋ねた。
「なあ勇者。お前はマヌルの家とやらの場所を覚えているのか?」
「ぜんぜん」
ガクッ、とケンシは膝を折った。魔物相手の戦闘では滅多に着くことのない膝を。
「ゆ、勇者様…さすがに風聞を信じて動くのは早計だったかと…」
「でもマヌルが帰ってるなら僕が会いに行ったら喜ぶかなって」
「……」
一行の魔導士であるカスパーは下唇をひん曲げた。誰がやっても醜くなる表情である。
「む、村の中でマヌルがいそうな場所とか覚えてないかな~?」
一行の痴女枠であるティゴが冷や汗を流しながら聞いた。せめてそれくらいあるだろ、という一縷の希望を込めて。
「家にいないなら村の外の廃墟くらいじゃないかな? なんでかわからないけどマヌル、みんなから嫌われてたから…」
悲しそうに眉を下げた勇者以外の三人は顔を見合わせた。
「いないんなら帰るぞ」
「帰ろうよ~」
「帰りましょう」
「ま、待って! 最後にこれだけは!
マヌルーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
三人が許可もしないうちに、勇者はありったけの声量で名を呼んだ。勇者以外の鼓膜が一時的に死んだ。
「そんな大声で呼ばなくても聞こえてるよ」
「マヌル♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
ザパァ、と噴水の中から水飛沫を上げてマヌルが現れた。耳が聞こえず、それゆえ文句も満足に言えない三人は口を開閉させることしかできない。勇者は全裸でずぶ濡れのマヌルに駆け寄っていく。
見ていられない感動の逢瀬は省略したのち、聴力が戻ったケンシが言った。
「なんだこれは。説明しろ、マヌル」
「パーティから追放されて村に帰ったら僕んち噴水にされてたんだ」
「????????????????????????????」
「だからオウルタニアさんの遺産で土地だけ買い戻して住むことにしたんだ」
「噴水にですか」
「うん」
「しれっと死人出てない?」
「びっくりするよね」
「サイコかお前は」
「やだなぁもう知ってるくせに」
「それもそうか」
「それはともかく、噴水に住むようになって僕の生活は一気に変わったんだ」
「そりゃそうでしょ」
「まず飲み水が無限に出てくる!」
「汚水じゃん」
「そして水をもとに食糧が無限に生えてくる!」
「藻じゃん」
「さらに立ち寄った観光客がたまにお金やご飯をくれる!」
「ホームレスじゃん」
「失敬な! 僕には立派な家があるんだ! ……この噴水という、ね」
「すみません。さすがに壁も屋根もない場所を家とは呼べないんです」
「勇者のシンボルとして建てられた噴水に住まわせてもらえて、僕は今本当に満ち足りてるんだ…」
「勇者様の品位があッ!?」
「落ち着けカスパー殿! ここでマヌルを殺しても勇者の品位は変わらん!」
「マヌルの役に立てて、僕は本当に嬉しいよ…♡」
「うすうすわかってはいたけどこの勇者本当に馬鹿だね~」
「ティゴさんの服装も負けてませんよ?」
「殺す……」
「まぁまぁ。お水飲む?」
「誰が飲むか! ……やめろ勇者それは控えめに言っても汚水だ!」
「えーでもマヌルの出汁が出てるよ」
「勇者様のならともかく忌み子の出汁はちょっと……」
「誰の出汁でもアウトだ!」
「で、みんなは何をしにここに来たの? 観光?」
「そんなところだ。見るものは見たし帰るぞ、勇者」
「今夜は、ここに泊まりたいな……♡」
「なりません!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「声デケェよカス」
(このまま追放の件はうやむやにして撤収するぞ)
(今のノリならいけそうだね~)
(私のことカスって言ったのはうやむやにさせませんからね)
「マヌル……♡♡♡ 僕のパーティに入ってくれないか?(二回目)」
「「「!!!!!????????!!!!!????????」」」
沈黙が……噴水の音がうるさいので落ちなかったが、マヌルは全裸で噴水に浸かったままうつむいた。チンポジを確認するように水の中で手を動かしたのち、マヌルは顔を上げた。
「僕は、君のパーティには入らない」
(((!!!!!!!!っっっっっっっっしゃぁっっっっっっっ!!!!!)))
「そんな……どうして……? 一度は乗ってくれたのに……」
(アレは断りようがないだろう)
(実質無理強いだったよねアレ)
(ちなみにアレとは『僕のパーティに入ってくれないか?』もしくは『僕の武器は攻撃力1の針しかない』第84話での誘い文句のことです)
「僕は噴水で暮らしてるうちに気づいたんだ……僕の存在が勇者やみんなの足を引っ張ってることに」
勇者の背後で三人がうんうんと頷いた。
「今の僕は一人でも食べていける。お金を稼げる。だから勇者に守ってもらわなくても生きていけるんだ」
(主食は藻だろうけどな)
(恵んでもらったお金だろうけどね)
(誰も近寄らないだけだと思われますが……)
「マヌルは……マヌルは僕に守られるのがイヤなの!?」
(((この勇者に守られるのは正直イヤになってきたな……)))
「イヤじゃない! でも……」
「でも……?」
「勇者は誰が守ってくれるのさ!」
「!?」
「勇者が皆の平和を守ってくれるなら……僕には勇者の居場所を守らせてよ!」
「!!!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡!!!!!!!!」
(この噴水を……?)
(このマヌル汁を……?)
(この汚物の生息地を……?)
「勇者。魔王討伐の旅が終わってここに戻ってきたら、そのときには……結婚しよう」
「マヌル……♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
少しの間マフラーをいじっていた勇者は、意を決したようにマヌルに向き直り言った。
「はい。……喜んで」
棒立ちの馬鹿三名と噴水が見守る中で、勇者と忌み子の婚約が成立した。
DEAD END.