華やかな英雄譚の裏でコツコツと金を稼ぐ無口な銃手の話   作:アンドララベリャ

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1 無口な銃手、モグラになる

 けたたましい警笛が鳴って、シグナーは夢から帰ってきた。

 

 汽車はもう駅についているらしい。三等客車の冷たい木の腰かけは、貧しい暮らしになれっこのシグナーをして嫌になるほどひどい乗り心地だった。

 

 なにはともあれ、シグナーはこれから己が生きていく街に足をつける。ほかにも汽車を降りる人はたくさんいて、ホームはすぐに騒がしくなった。

 

 駅の白くなった窓からは、暗い谷とその淵にへばりつくようにして建っている家とが瞳に飛びこんでくる。ここは金貨の山を夢みて荒くれ者たちが集まる街、チャタレーだ。

 

 

 

 

 

 こじんまりとした村だったチャタレーがこれまで栄えたのは魔導革命がきっかけである。

 

 魔導革命というのは、魔導機械というもののおかげで、これまでよりもはるかに人が豊かになったことだ。

 

 人と違って休むことのない魔導機械は日夜を問わず布を織り、小麦をひいて鋼をたたく。そうしてこの国には安くて質のいいシーツやランプがあふれかえった。

 

 今シグナーが着ているぼろぼろのコートは古着なのだが、そもそも魔道革命がなければ古着と言えども貴族ぐらいしか手に入れることはできなかっただろう。

 

 魔道革命の恵みはこの国のすみずみまでを照らし、人々は偉大なる魔導に感激した。

 

 だが、なにもかもが上手くいっているわけではない。魔道革命の礎となっている魔導機械にはひとつだけ困ったことがあるのだ。

 

 魔導機械を動かすためには、たくさんの魔力を貯めこむための火鉱石がいくつもいる。だが、この火鉱石は大昔から宝石として尊ばれた珍しいものだったのだ。

 

 もちろん、やがてはこの国の大地を埋めつくすだろう魔導機械のための火鉱石など雀の涙ほどしかない。このことは、王国の魔導師たちを悩ませた。

 

 だが、魔導学院の調査隊がその難題に勝利をおさめる。この街のすぐそばの谷でとても質のいい火鉱石がたくさん掘れることがわかったのだ。

 

 それから、このチャタレーはこの国にとってなくてはならない街となる。

 

 チャタレーは火鉱石のおかげで栄え、あたりの貧しい村をどんどんと飲みこんで巨大な街へと育っていった。シグナーもそんなチャタレーの栄華に誘われたうちのひとりである。

 

 谷には、たくさんの恐ろしい獣が隠れている。だから谷に潜って火鉱石を掘るのは死んでもおかしくないことで、だからこそ谷に潜る者は数えきれないほどの金貨が稼げるのだ。

 

 人は、そうしてお金のために谷に潜る者のことをモグラとよぶ。貧しいシグナーもまた、ここチャタレーでモグラになるつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 煙を吐きながら遠ざかっていく汽車を背に、シグナーは駅を後にした。ほかのモグラになろうとしている人だかりに飲みこまれながら、シグナーは街を歩いていく。

 

 やがて遠くに石造りのまるで宮殿のような館がみえてきた。つるはしを手にした男たちの大きな彫像がそびえている。

 

 火鉱石の売り買いをしている鉱石公社だ。

 

 鉱石公社は王家の名の下に、モグラたちが命がけで掘ってきた火鉱石を独占して売り買いできる。もちろん、それは王家に巨大な富をもたらすための術であった。

 

 だが、モグラにとっても悪い話ではない。

 

 鉱石公社のみに火鉱石を売るかわりに、鉱石公社はモグラたちのための家を貸したり、魔獣の職人を世話したりする。そうしてたがいの利となっているのだ。

 

 つややかな木の柱が目にまぶしい鉱石公社では、あちらこちらで怒声が飛んでいる。新たにモグラになろうとする者たちが我先にと鉱石公社の窓口におしかけていた。

 

 そうでなくとも、激しやすい者ばかりのモグラたちが声を荒げる訳に困ることはない。

 

 やれもっと金をくれてもいいんじゃないか、やれ教えてもらった家がぼろぼろだったぞ。かわいそうなことに公社の官吏たちは顔を青ざめさせていた。

 

そんな人混みをくぐりぬけるつもりもないシグナーは諦めて人が減るのを待つ。

 

 日が陰ってきてようやく、シグナーも窓口に声をかけることができた。くたびれて陰気な窓口の男にモグラになるための申請書を渡す。

 

 汽車でずっと握りしめていたからか、ぐしゃぐしゃになったその紙を太った男はこれみよがしにひきのばした。シグナーは責められているような気になった。

 

「はいはい、チャリントンのシグナーさんね。それではこちらがモグラの証となります、なくさないように気をつけなさい」

 

 男からぞんざいに渡されたのは、木でできた虫かごだった。よく目をこらしてみると、虫かごのなかで蝶のかたちをした魔術が羽ばたいている。

 

 シグナーはさっそくその虫かごを鎖で首からかけた。

 

 この虫かごは谷の道を教えてくれる頼もしい魔術であるとともに、モグラが火鉱石を闇の市に流せばそれを公社に告発する密偵でもある。なかなかに粋なモグラの友であった。

 

 シグナーがもの珍しげに虫かごをしげしげとみつめているのを尻目に、男はごそごそと懐から鍵をとりだした。これまたぞんざいに渡されるのをシグナーは危なげに手にとる。

 

「マッカレーストリート49番地が、シグナーさんの下宿となります。それでモグラとして谷に潜るにあたっての魔銃ですが、こちらの職人にまずは話をしてもらって……」

 

 書類に目を落としたまま男が話を続けようとするので、シグナーは布でぐるぐる巻きにされた魔銃を慌てて渡した。男が眉をひそめて魔銃をしげしげとみつめる。

 

「はあ、たしかに魔銃はお持ちなようで。ですが、こんな造りの古い魔銃よりも新しく作ってもらったほうがよいと思いますが……」

 

 シグナーは魔銃をぎゅっと握りしめた。男が首をすくめる。

 

「まあ、どうしてもというのならなにも言いますまい。それでは、モグラに谷の慈悲がありますように」

 

 魔銃は、人の魔力を弾として撃ちだす魔導機械のひとつである。これまでは剣や弓で命がけで倒さなければならなかった獣をすぐに撃ち殺してしまうのだ。

 

 日夜をかけて獣が歩きまわる谷に潜っていくモグラにとって、命を預けるよりどころだ。

 

 そんな魔銃を新しくこしらえてもらうのはお金がかかる。ほとんどのモグラは金を借りて職人にお願いするのだが、十年も火鉱石を掘り続けてようやく借金がなくなるかというぐらいだ。

 

 だから、シグナーが生まれた街のがらくたの山からこの魔銃をひろったのは実に幸運だった。

 

 

 

 

 

 チャタレーの街のあちこちには、モグラたちが掘ってきた火鉱石を運ぶためのトロッコが走っている。街ではトロッコと道とが糸のようにからまりあっているのだ。

 

 さらにチャタレーの街は谷の淵に建てられている。だから坂や石段、細い路地でできたこの街はまるで迷宮のようで、シグナーはいくどとなく迷うはめになった。

 

 やがて日が暮れて魔導灯が青い光を灯したころ、ようやくシグナーは下宿へとたどりついた。

 

 シグナーの頭の上を、火鉱石でいっぱいのトロッコがケーブルに吊るされて駆けていく。赤い粉がふりかかってシグナーの肩を汚した。

 

 シグナーの下宿は、上下を鉄道の駅と火鉱石の炉とではさまれていた。のしかかるかのように重厚な巨大な駅と赤熱する炉のあいだに潰されるようにして扉がついている。

 

 新しくモグラになった者にただの家を貸してくれるほど公社も優しくはないようだ。

 

 扉のむこうは、陰気な茶けた壁紙で囲われた下宿だった。こじんまりとしたコンロと、まんまるの机がひとつ、それにおんぼろのベットがあるだけである。

 

 炉がぐつぐつに煮えたぎった火鉱石を流しだすたび、煤けた窓から紅の光がさしこんできた。

 

 シグナーはため息をついた。たしかにこれはひどい下宿だが、このチャタレーの街にやってくるのでなけなしの金をはたいてしまったシグナーにはどうしようもないのだ。

 

 幸いなことに、シャワーだけはついていた。水もみた限りではそれほど汚くない。シグナーはさっと水を浴びると、泥のように眠りこけた。

 

 もともと森のすぐそばで暮らしていたシグナーにとって、この機械じかけの街はまるで遠い異国のようだった。あまりいい夢はみれそうにない。

 

 

 

 

 

 朝、まだ日も昇りきらないうちからチャタレーの街でシグナーはずた袋をひきずっていた。

 

 歩く先にあるのは東の谷、この王国でもっとも深い谷でありモグラたるシグナーが日夜を問わず潜ることになる職場である。

 

 汽車の席のための金に、この下宿を借りる金、さらにはモグラになるために国にはらう金。もうシグナーの懐は寒いどころの話ではない。

 

 どんどんと谷に潜って、火鉱石を掘らなければ。人もまばらな街をシグナーは心を新たにして歩いていった。

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