華やかな英雄譚の裏でコツコツと金を稼ぐ無口な銃手の話   作:アンドララベリャ

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10 無口な銃手、天幕にこもる

 シグナーはせっかちにもほどがある夕食を口にかきこんで、そのまま天幕にひっこんでしまった。うちからはなんの音もしないシグナーの天幕に、ラミレスが歩いていく。

 

 ラミレスはどこかむすっとした顔をしていた。

 

 ラミレスにしてみれば、シグナーは歳のそう違わない己のような駆けだしのモグラだ。もちろん谷を潜る術や魔銃の狙いをつける腕もそう違わないはずだと考えていた。

 

 そんなシグナーが、ラミレスにはまったくわけのわからないなにかに気がついた。しかも、あのカミラがそんなシグナーに感心しているのである。

 

 カミラは偉大なモグラだったラミレスの父について数えきれないほど谷に潜った優れたモグラで、アケボノの深みにも足を踏み入れたこともある。ラミレスとてカミラの腕は尊んでいた。

 

 そんなカミラとシグナーはなにかがわかっていて、ラミレスだけがおいてけぼりになっている。

 

 それは、どこか心のうちでシグナーを競い高めあうことのできる友として親しみを感じていたラミレスにとって辛いことであり、苦しいことだった。

 

 だが、カミラにいくら聞いてみても笑われるだけで教えてはくれない。ただ缶詰をとりだして飯を作っている。

 

 ゆえにラミレスは恥を忍んでシグナーの天幕を訪れたのだ。

 

ラミレスが天幕についた鈴を鳴らすも、うちから聞こえてくる声はない。

 

 ラミレスはむっとして鈴を鳴らしてまわった。天幕のまわりにはシグナーが獣がくるのを知るために鈴がくくりつけられた糸があちこちにあるのだ。

 

 さしものシグナーもたまらなかったのか、天幕からひょこりと顔をだす。

 

 日が天にあるというのに、シグナーはもう眠りにつこうとしていたようだった。寝ぼけまなこでシグナーがラミレスをジトッと瞳におさめる。

 

「……なに? 寝たいから、話は短く」

 

 シグナーのくりくりとした青い瞳ににらまれたラミレスはすこし腰がひけたが、やがていつもの気の強そうな口調でシグナーに問いかけた。

 

「おまえ、どうしてマシュバッドの盾を越えようとしないんだよ。昼についた時だったら夕暮れまでに降りられただろ」

 

「雨がくるから。話がそれだけなら、寝る」

 

 ラミレスの問いへのシグナーの言葉は実に素っ気なかった。

 

 ラミレスがその言葉がいったいどういうことなのかうんうんと悩んでいるうちに、シグナーはまるで亀のようにひょいと頭をひっこめてしまう。

 

 また鈴を鳴らすつもりにもなれなかったラミレスは大人しくカミラの待つ天幕に帰った。

 

「どうだい、わかったかい?」

 

「雨だって言われた。でもそんなことありえるか、チャタレーの天気塔の魔導師どもはこの日はずっと晴れたままだって言ってたぞ」

 

 

 

 

 

 谷に潜るモグラたちは、絶えず天気というものを気にする。それもそのはずで、雨が降ってぬかるんだ山道で足を滑らせてしまえば、そのまま谷に落ちて死んでしまうからだ。

 

 そうでなくとも雷雨で冷えるとわかったのならばコートをもっていかなければならないし、凍りついた谷を降りるのならば棘のついた靴などをもっていかなければならない。

 

 そのためにチャタレーの街にはなんと鉱石公社のためだけの天気塔があった。

 

 天気塔というのは巨大な鉄の針のような魔導機械で、雲や雨がやってくるのを教えてくれるものである。その塔で暮らす魔導師たちはわざわざモグラたちのために天気を予報してくれるのだ。

 

 ラミレスたちだって、天気塔の魔導師たちが鉱石公社にある大きな板に木の札をかけて天気の予報をするのをずっと目にしてきたのだ。今さら雨が降るとはラミレスには信じられなかった。

 

 ラミレスが思わずといった風に声をあげる。

 

「やっぱりシグナーがなにか思い違いをしてるんだって。ほら、空に目をやっても雲ひとつないじゃないか、どこから雨が降ってくるっていうんだ」

 

「ふふ、はたしてそうなのかね」

 

 焚き火にかけたちいさな鍋から玉ねぎの粥をよそおいながら、カミラが笑った。ズズズと粥をすするラミレスはカミラのからかうような声に不満げだ。

 

 夕暮れが迫ってくる空は茜に染まっているが、どこをどうみても雨雲はない。

 

 ラミレスはそれみたことかと考えていた。明日の朝になればシグナーもカミラも思い違いに気がつくだろう、雨なんて馬鹿馬鹿しいことだ。

 

 

 

 

 

 ラミレスとカミラが鍋をからにして、しばらくしたころのことだった。

 

 ふと、カミラが魔銃を手入れする手をとめる。焚き火のそばで暖まりながらウトウトとしていたラミレスはカミラに肩をゆさぶられた。

 

 ラミレスが瞳を開けると、カミラの厳しい顔がある。

 

「きたぞ、すぐに天幕のなかに駆けこむんだ。はやくっ!」

 

 カミラが大声をあげることなどほとんどない。そして、そのほとんどない時というのは命にかかわる危うい一瞬の話がほとんどだった。

 

 ラミレスは考える暇もなくカミラの言うがままに天幕に飛びこむ。

 

 カミラは焚き火の炎を足で踏み潰すと、天幕を地に縫いつけている釘をさっと目にしてからラミレスのとなりに滑りこんできた。

 

「カミラ、いったいなんなんだ! 獣でも襲ってきたのか!」

 

「しっ ……よく耳をすませ」

 

 魔銃を手にしてびくびくしているラミレスの口をカミラはその日に焼けた指で閉ざした。そして、天幕の入口をそっと開ける。

 

 初めはなにがなんだかわからなかったラミレスも、しばらくしてなにかを耳にした。

 

 ゴゥ、ゴゥ、ゴゥ……。

 

 まるで雷鳴が轟くような、大地が悲鳴をあげているような、そんな音がラミレスの耳に入ってくる。それまで静かだった谷がにわかに震えだした。

 

「思ったよりも遅かったが、やはりきたな。あの子もいい目をしている」

 

 カミラがちいさな独り言を口にした瞬間、ラミレスたちのすぐそばを凄まじい勢いで水が流れ落ちていった。

 

「なっ! なんなんだ、これは!」

 

 滝のように水の落ちていく音でラミレスは己の声すらもしっかりとは聞こえない。轟音と激しい水しぶきのなかで、ラミレスは息もできないような気がした。

 

「雨だよ。あの子の言ったままさね」

 

「嘘だ、だってまだ空は晴れたままじゃないか!」

 

 厚い水の壁のむこうからゆらいでみえる空は、赤く染まりつつあるものの雲ひとつない快晴であった。こんな大雨が降っているようにはどう考えても思えない。

 

 そうラミレスたちが話しているうちに水の勢いはどんどんと激しくなっていく。もう天幕から足を踏みだしてしまえばそのまま水に足をとられて谷に落ちてしまうだろう。

 

「べつにあの子はチャタレーに雨が降るだなんて言ってない。チャタレーの街からうんと離れたところで大雨が降って、その水がここまで流れてきたのさ」

 

 天気塔は塔から離れれば離れるほどその予報は違いやすくなる。たとえチャタレーの天気塔が遠くのほうも晴れると予報したとして大雨になることもないわけではないのだ。

 

「ここ、マシュバッドの盾はちょうどその水が谷に流れ落ちるところになってる。どうして崖の岩があんなになめらかででっぱりがほとんどないか、教えたろう?」

 

 ラミレスとてマシュバッドの盾については詳しく調べたのだ。マシュバッドの盾というのが大雨の時にだけできる滝の下だということは知っていたし、だから天気塔の予報もきちんと目にした。

 

 だが、ラミレスが気づいていなかったことがあった。

 

 ひとつ、チャタレーの街が晴れていても遠くで大雨が降れば一時だけ滝が生まれること。ふたつ、天気塔の予報というのは、こと遠くになれば違ってしまうこともあること。

 

 もしカミラもシグナーもいなければ、ラミレスはどうなっただろうか。

 

 マシュバッドの盾を降りだせば、もう逃げることはできない。一気に降りてしまうかそれとも登って帰るかのふたつしかない。

 

 恐らくラミレスはすぐに崖を降りていっただろう。崖の下まで辿りつくことはできなかったに違いない。

 

 ラミレスは青ざめた。

 

 なにが起こったかもわからず、頭の上から降りかかる滝に流されて落ちていく。やがては潰されて、死ぬ。それがラミレスのなれの果てとなるはずであった。

 

「昼、あの子は流れる雲を目にしてたろう? いつもよりもずっとはやく雲があっちのほうに流れていってたんだ、なにかおかしいと考えたんだろうさ」

 

 カミラの言葉に、ラミレスはそっとシグナーの眠っている天幕をみつめた。流れる雲を目にした時、シグナーにはラミレスにはみえないものを目にしていたのだ。

 

 水の流れ落ちる爆音が響き渡っているのにもかかわらず、シグナーの天幕は閉ざされたままだった。

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