華やかな英雄譚の裏でコツコツと金を稼ぐ無口な銃手の話   作:アンドララベリャ

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12 無口な銃手、地に足つける

 鳥、というものは恐ろしてずるい獣である。

 

 モグラはもちろん宙を舞うことはできない。そんなことができるのならとっくに谷の深みに飛びこんでいて、それでは死んでしまうからこうして崖にしがみついているのだ。

 

 鳥はそんなモグラたちをあざ笑うようにその大きな翼を震わせる。

 

 鳥たちにとって地に足つけないというのは恐怖ではない、むしろ心地のよいものだ。ひとたび高みに飛びあがってしまえば、誰も鳥たちのところまでやってくることはできない。

 

 危うくなれば天に逃れ、隙を目にしたかと思えば飛びかかってくる。まさしくモグラの天敵だ。

 

 

 

 

 

 ガケヒバリの大きな翼はまるで崖にとけこむような緑がかった灰の羽をしている。その翼を震わせて強いつむじ風を生むガケヒバリは、シグナーにむかってまっすぐに飛んできていた。

 

 その鋭いくちばしがあんぐりと開けられ、鮮やかな赤の喉奥がみえる。

 

 ガケヒバリはマシュバッドの盾にしがみつくひとりのモグラを飲みこみ喰らわんと矢のように風をきってくる。シグナーは己が地にへばりつく虫けらになったかのような思いさえした。

 

 だが、シグナーは虫けらは虫けらでも鋭い鎌をもつカマキリである。

 

 ゆっくりと息をついて、シグナーは己の心を鎮めた。たとえ敵が空駆ける怪鳥であっても、シグナーはなにもかわらない、狩人である。

 

 シグナーは流れるように魔銃をかまえた。もう目と鼻の先まで迫るガケヒバリに銃口をむける。

 

 ガケヒバリは巨大な鳥だ、ただ魔弾がかすめただけでは死にはしない。ちょっとしたかすり傷といくつかの羽がぬけるだけで、しっかりとシグナーをくちばしでとらえるだろう。

 

 ならば、シグナーが狙うはありとあらゆる獣の弱み、すなわち瞳である。

 

 ゆれるロープにしがみつきながら、ひき金に指をかける。あちらこちらに吹き荒れる風、ガケヒバリの稲妻のような速さ、なにもかもを頭に入れて狙いをつける。

 

 シグナーが瞳を大きく開けた。指がくいっと動く。

 

 谷に魔銃の雷鳴のような音が響きわたった。シグナーのもとから飛びだした魔弾は、そのまますいこまれるようにガケヒバリのつぶらな瞳にまっすぐに駆けていく。

 

 一瞬の後、つんざくような鳴き声がシグナーの耳を刺した。

 

 紅の血がばしゃりとシグナーに頭からかかる。額に滴るガケヒバリの血をぬぐうこともせず、シグナーはまた魔銃をかまえた。

 

 ガケヒバリはすんでのところでシグナーを避けたらしい。

 

 おかげで魔弾はガケヒバリの頬、その先の翼の根もとを斬りつけるようにえぐっていった。この血はそのガケヒバリの傷から吹きだしたものだろう。

 

 ガケヒバリは痛みにもだえながら、マシュバッドの盾をまっさかさまに錐もみしながら落ちている。シグナーが止めを刺そうとさらにいくども魔銃を撃つが、ゆらゆらと飛ぶ影にはあたらない。

 

 やがてガケヒバリは首をもちあげるとまた翼を勢いよく羽ばたかせた。

 

 ビューッと風に乗りながら、ガケヒバリは血で染まった瞳をシグナーにむける。ガケヒバリはまだシグナーを諦めていない、そのことは誰が考えてもわかることだった。

 

 ガケヒバリはまるでシグナーを翻弄するかのようにあちらこちらを飛ぶ。

 

 ぐるりと円を描くように飛んでいたかと思うと、いきなり天遠くに飛びあがり、まるで彗星のようにシグナーのもとまで降りてくる。

 

 賢い鳥だ、シグナーはほうっとため息をついた。

 

 ガケヒバリはわかっているのだ、そうしていればシグナーが魔銃の狙いをつけられないということを。それはガケヒバリの生への苦闘でもあり、そして憎きモグラを殺すための一歩でもあった。

 

 ピチピチピチ……。

 

 ガケヒバリが美しい鳴き声をあげる。

 

 それはまるで人魚姫のような華やかな歌で、だが耳にしたモグラたちの顔を青ざめさせるガケヒバリの恐ろしい声でもあった。

 

 シグナーはそれがほかのガケヒバリに声をかけているのだとわかっている。ガケヒバリの嫌なところはひとたび一人では勝てないとわかると数に頼んで襲いかかってくることなのだから。

 

 やがて谷の遠くからこれまでシグナーが戦ってきたあのガケヒバリのような緑がかった灰の群れが飛んでくるのがみえた。ほかのガケヒバリが声にひかれて集まってきたのだ。

 

 つくづく運がない、シグナーはため息をつく。

 

 こうしているうちにもどんどんと夕暮れまでの時はなくなっていく。ガケヒバリは日が暮れれば巣にもどればよい、だがシグナーは夜の闇のなかで崖を降っていかなければならないのだ。

 

 もっとも、それまでのうちに谷の奥へと落ちていかない限りの話であるが。

 

 シグナーはガケヒバリの群れを目にして、ぎゅっと魔銃を握りしめた。これから長い狩りがはじまるだろう、果たして殺されるのはガケヒバリたちだろうか、シグナーだろうか。

 

 

 

 

 

 だが、そんなシグナーの考えは思わぬ客人によってぐちゃぐちゃにされた。

 

 まるで海の潮の荒ぶるような胸奥に響く鳴き声がする。どう思い違いしたとしてもこれはガケヒバリの声ではない、もっと大きくて恐ろしい獣だ。

 

 ガケヒバリたちはぴたりと騒ぐのをやめる。

 

 その瞳に恐怖の光を煌かせながら、ガケヒバリたちはてんでばらばらに散って逃げようとした。まるで地獄から悪魔がやってくるかのような慌てっぷりである。

 

 だが、もう遅い。ガケヒバリたちにとっての死神はすぐそばまでやってきていた。

 

 シグナーの瞳を、青が埋めつくす。岩やコケや、はてはトカゲまで生きているその獣の肌はどれほどの年月を生きてきたのだろうか。

 

 潮の香りをさせながら、その獣は谷の奥から湧きあがってきた。

 

 タニクジラ。ここ東の谷におけるすべての頂となる獣だ。

 

 フジツボの生い茂るその巨大な瞳にとらえられたような気がして、シグナーは息もできなくなった。ただひたすらに雄大なタニクジラは、シグナーの心を戦わずして屈させる。

 

 バアッとタニクジラの大きな口が開いた。

 

ガケヒバリたちが死にもの狂いで翼をはためかせるも、タニクジラからはすこしも遠ざかっているようにはみえない。やがて天を埋めつくすばかりの群れに影がさした。

 

 終りはあっというまで、タニクジラが口を閉ざしていくのはやけにゆっくりとしていた。

 

 いくつもの命がタニクジラに飲みこまれていく。かのガケヒバリたちはいつかはこの巨大な獣を動かす血肉となり、死すらもともにすることになるのだろう。

 

 すこしばかりの軽食を終えたタニクジラは、もうシグナーに目をくれることもなかった。

 

 そのまま軽やかにふたたび谷の奥へと消えていく。腹びれを優雅にゆらめかせながら、その獣はシグナーの瞳にもとらえられないほど遠くへと飛んでいった。

 

 シグナーはしばらく動けなかった。

 

 あれがタニクジラ。この谷の神にして、時の偉大なるモグラたちが挑んでは負けてきた巨大なる力。この世でたったひとつだけ、モグラに狩られたことのない獣なのだ。

 

 ふと、シグナーは己が笑っていることに気がついた。

 

 ああ、なんと美しいのだろう。シグナーはこの世であれのほんのすこしほどでも美しいものをみた覚えがなかった。

 

 厳しく深い東の谷で、ほかの獣やモグラがはいつくばって生きるその上をゆうゆうと飛んでいく。なにがあっても雄大にその腹びれをはためかせる。

 

 あんな獣を目にしてしまえばシグナーなどは虫けらだ。いや、ひとしく人はすべてタニクジラからしてみれば虫との違いがわからないだろう。

 

 タニクジラにとって、この世よは己と己ではない小さきものでできているのだから。

 

 

 

 

 

 タニクジラの訪れた後の谷は、静かだった。まるで獣はタニクジラの残り香にすらびくびくと怯えているようだ。シグナーはそんな沈黙のなかをひたすらに降っていった。

 

 昼になって、ようやく地に足をつける。マシュバッドの盾を越えたのだ。

 

 だが、そんな喜ばしい時であってもシグナーはどこかうわの空だった。シグナーは、おそらくはタニクジラを目にした時からずっと心がふわふわと宙を舞っているのだろう。

 

 この日、シグナーの心に、初めて美しさというものがきざまれた。

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