華やかな英雄譚の裏でコツコツと金を稼ぐ無口な銃手の話 作:アンドララベリャ
モグラというのは頭を働かさなければならない。
ただがむしゃらに火鉱石を掘るだけではあまり儲けられない。パンパンになった鞄を目にしながら、どの火鉱石がより質がよく金を稼げるかを考えてこそ手に入る金貨である。
ずっとこの青の湖の洞穴にいられるわけでもない。
帰りのぶんの缶詰も考えておかなければならない。それもなにか災難に巻きこまれたことを考えてたっぷりと数は残しておいて、である。
そのうえで、シグナーはこの洞穴にとどまるのを三日とした。
どんなことがあっても三日より先はかならずこの谷を登りだす。貪欲に飲まれて火鉱石の山を築いても、チャタレーの街の下で飢え死んでしまえばなんにもならない。
三日のうちをずっとシグナーは火鉱石と睨めっこしながら暮らすつもりだった。
「む、さっきのタニクジラのモグラじゃないか」
火鉱石をふるいにかけるシグナーに声をかけたのは、いつぞやにタニクジラの絵で会った学者であった。たしかネモアイアという名であったはずだ。
魔銃を手にし、ロープやらランプやらをあちこちにくくりつけているその姿は、書庫にこもって古書を読みふける学者というよりはまるで谷に長年潜ってきたモグラのようにみえる。
大きな岩を背にしているネモアイアは壊れないようそっとその岩を降ろした。
シグナーが岩をのぞくと、そこにはたくさんの人々が輪になって祭壇のまわりで踊っている賑やかな絵が描かれている。恐らくは、ネモアイアが調べているという谷の民のものなのだろう。
重い荷をようやく肩から降ろすことのできたネモアイアはうめき声をあげながら湖のほとりに腰かけた。そのままだらしなく横になる。
「俺ももっと若いころは教官の荷まで奪って担いでたのにな、歳ってやつか」
あの岩は崖崩れの恐れがあるところから掘りだして運んできたものらしい。いくら数百年の長きをたえた岩とておなじぐらいの大きさの岩が降ってきてしまえば砕けてしまうのはそうだった。
王都の大学には巨大な博物館があって、この岩もその地下に眠ることになるだろう。かつての人が遺した足跡をこの先に託していくのは、大学で歴史を学ぶネモアイアの責でもあった。
「どうして、青の湖まで?」
「この先に、タニクジラを誘いだすために築かれた神殿があってな。それを目にしてから谷を登るつもりだったんだが……。このぶんならもう帰ったほうがいいかもしれんな」
ちらりと背にしていた岩に目をやりながら語る。この岩を背にしたまま神殿まで歩いていけるかあやしいのだろう。
その神殿は学者としてのネモアイアの生誕の地であるらしかった。
ずっと昔にネモアイアが恩師とともにこの谷に潜った時に神殿のあまりの美しさに惚れこんでしまい、それからは谷にくるたびに目にするようにしていたのだという。
学者を志したのもその神殿を築きあげた人々がいかなる者たちだったのかを知りたい一心で、そしてそのまま大学に残ってひたすらに谷の民を調べる暮らしをすることになった。
谷の民たちが谷にて暮らすようになった始まりからあったものらしく、それは学術としても重みをもつ。ネモアイアにとって、己の人生のすべてともいうべき神殿らしい。
初めて聖教の軍がやってきた時には砦となり、谷の民たちが秘してきた魔導も隠されているという噂もある。モグラが一攫千金を夢みて荒らしにいくこともあるほどに。
「そういうモグラのことを心から憎んでいるが、これがどうしようもない。鉱石公社は火鉱石が手に入るのならモグラたちがかつての人の教えの跡になにをしようとも気にかけんのだ」
顔をしかめながらネモアイアがため息をつく。
「荒らされんようにいろいろとやっているのだが、これがどうもうまくいかん。俺とて歳だ、ずっと潜り続けることはできんのだがな」
「お弟子さんは、いないのですか」
「大陸で大戦の香りがしている今、軍や魔導機械にそのほとんどの金を費やしている王国が歴史などという道楽に金をくれると思うかね。俺がいなくなったら歴史学科も終わりだよ」
戦争というのは、あまり遠いものではない。
大陸はいつも戦乱に荒れていて、あちこちで帝国や同盟諸国がぶつかりあっている。今のところ海で守られた王国はその嵐をかわすことができていたものの、もうそうでいられなくなった。
魔道革命で生みだされた魔導機械は人にとって海を水たまりにしてしまい、空を庭にしてしまったのだ。王国もまた、砲艦や魔導鳥をいくつも造ろうとしている。
ネモアイアは暗い顔で焚き火で温めたほかほかのリャパル茶をすすった。
「すまんな、あんまり気のいい話ではなかった。ともかくこのぶんなら神殿にいけそうにもないからな、帰らせてもらうことにするよ」
「……はい、モグラに谷の慈悲がありますように」
「おいおい、俺はモグラじゃないぞ?」
にっと笑いながらネモアイアはまた岩を背負った。
これからまた谷のうえまでまた昇っていくのだろう。遠ざかっていくネモアイアの背をじっとみつめていると、シグナーはなぜか心臓の鼓動がはやまるのを感じた。
胸の奥から絞りだすようにして声をあげる。
「その!」
いきなり大声をあげたシグナーをいぶかしむように、ネモアイアが顔をふりむかせた。気がついた時には己でもおよそ信じられないことを、なぜか口走ってしまう。
「その岩、背負いますから。神殿まで、連れていってくれませんか」
それは、シグナーの胸からほとばしったひと筋の思いの閃光だった。
どうしてこんなことを、みずしらずの学者だというのを信じられるかもわからない男にもちかけてしまったのだろう。朱に染まる顔を隠すように、うつむく。
目をまるくしたネモアイアの瞳が、たわわに実った稲穂な己の頭をみつめているのを感じた。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうになりながら、口を開く。
「……いえ、すみませんでした。忘れてください」
唇を噛みながら顔をあげたシグナーが目にしたのは、なぜかほころぶような笑顔をみせたネモアイアだった。
「いや、そんなことはない。己の気になるなにかをもっと知りたい、みたいと願うことのできることは人としての最上の幸福だ。ここで君の誘いを断るようでは俺は学者でいるべきではない」