華やかな英雄譚の裏でコツコツと金を稼ぐ無口な銃手の話   作:アンドララベリャ

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2 無口な銃手、谷に潜る

「朝からご苦労だねえ。あんまりみかけたことのない顔だけれど、新入りかい?」

 

 街のあちこちには、モグラが谷に潜るための昇降機がある。

 

 昔はモグラはみな谷の淵から好きに降りていったらしいが、それではとても深いところまではいけないというのでこうしてある深さまでは昇降機が設けられるようになった。

 

 そんな昇降機のうちのひとつに乗るシグナーは、運転する中年の女に新入りのモグラかと声をかけられた。ふたりきりなので、シグナーのことなのは違いない。

 

 シグナーは静かに頷いた。

 

「若いのに、そんなにお金に困っているの。ふびんな話なこと」

 

油と土煙で汚れたつなぎを着た昇降機の女はシグナーに悲しげな色の瞳をむけた。シグナーはぎゅっと魔銃をだきしめる。

 

 曲がりくねっているレールを走る昇降機はいつ落ちてもおかしくないほどにガタガタと震えていた。いつもなら嫌だと思うのだろうが、腹の虫が鳴るのをかき消してくれるので今は嬉しかった。

 

 なにしろ、シグナーは金がなくて汽車に乗る時に買ったサンドイッチのほかは今の今までなにも口にしていないのだ。お腹がすいてしかたがなかった。

 

 ひもじくて恥ずかしくて、シグナーは黙りこくることしかできなかった。

 

 やがて、昇降機はシグナーの望んでいたとおり、谷のもっとも浅いところにとまった。シグナーはいたたまれない思いから逃げだすように昇降機を飛びだす。

 

「気をつけて、モグラに谷の慈悲がありますように」

 

 女の声を背にして、シグナーは谷の岸壁をえぐるように続く山道に消えていった。

 

 

 

 

 

 谷は、深く潜れば潜るほどによりよい火鉱石を掘ることができる。そのかわり深ければ深いほど人の手も入っておらず、より強くて恐ろしい獣が隠れている。

 

 モグラたちはそんな東の谷を一日にたとえる。潜りだしてからしばらくの深さをアカツキとして、そのままアケボノ、タソガレ、そしてハクメイへと。

 

 新入りのモグラがアケボノやタソガレのような谷深くに潜るのは死ぬようなもので、たとえ掘りつくされた後のかけらほどしか火鉱石がなくとも、アカツキに潜るのがよいとされる。

 

 そうしてアカツキで谷に潜ることを学んだモグラはアケボノへと踏み入る。タソガレなどはほんのすこしの優れたモグラしか潜ることができず、ハクメイから帰ってきたモグラは誰もいない。

 

 シグナーももちろんアカツキから火鉱石を掘りだすことにしていた。

 

 アカツキはこれまで数えきれないほどのモグラが訪れた深さであり、木の柵やはしごがかけられていて新入りのモグラでも降りていくのに困ることはない。

 

 それに、まだ浅いのでランプをかざさなくとも日の光であかるいのだ。

 

 

 

 

 

 木でできた橋はぐらぐらと右に左に傾いて、その上を歩くシグナーを冷や冷やさせた。下をみると、どこまでも険しい谷の岩壁が続いている。

 

 すこしでも足をすべらせてしまえば、それで終わりだ。

 

 どんなに優れたモグラであろうとも、誰も終わりを知らない谷に落ちたりなどすれば生きて帰ってくることはできない。ザクロのように潰れて死ぬのだ。

 

 ぶるりと恐怖に震えながらも、シグナーは首からさげた木のかごをのぞいた。

 

 蝶の魔術がふわふわとほのかに光る煙を吐きだし、その煙がシグナーに道を教えてくれる。この蝶の魔術はそばにある火鉱石に気がつくことができるのだ。

 

 そうしてしばらく歩いていると、シグナーは遠くに赤く光る石ころを目にした。

 

 慌てて駆けよったシグナーは、震える手でその石ころをひろいあげる。恐らくは先にここを歩いたモグラの袋からこぼれた火鉱石だろう。

 

 が、これがシグナーが初めてモグラになった時だった。

 

 シグナーはすぐさまその石ころをずた袋に放りこんだ。こんな石ころではパンくずすら買うこともできないだろう、もっと大きな火鉱石を探さなくては。

 

 蝶の煙が、また新しい道をシグナーに教える。まるで働き蟻のようにあくせくとシグナーは細い山道を歩いた。

 

 それからはしごをいくつも登り降りし、やがてシグナーはかなりの大きさの火鉱石のかたまりをみつけた。それは山道からはずれた崖につきだすようにしてくっついている。

 

 シグナーはさっと周りのしっかりとした岩に釘をうちこんでロープをまわす。そして息をついたかと思うと崖下へとゆっくりと降りていった。

 

 モグラのほとんどはこうした崖の火鉱石を掘ろうとして落ちて死ぬ。

 

 そもそもシグナーだってこうしてロープで崖を降りていくやりかたは耳で聞いて、生まれた街のそばの山でちょっと試してみただけなのだ。その技に熟しているとは言い難かった。

 

 危なっかしく火鉱石のそばまでやってきたシグナーは、崖のでっぱりに足をかけるとそっと釘とトンカチを手にした。

 

 釘を岩に刺して、それですこしずつ火鉱石を欠けさせていく。

 

 そうして手に入れた火鉱石のかけらを、シグナーはずた袋に放りこんでいった。モグラになったばかりなのに、あっというまにずた袋がいっぱいになる。

 

 どうやらシグナーは幸運に恵まれているらしい。そうしてシグナーが火鉱石を掘るのにのめりこんでいると、ふと崖の上から鈴の鳴る音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 先ほどまでシグナーが歩いてきた山道を、黒ずんでブヨブヨとした肉のかたまりが這う。その獣はとても不思議な姿をしていた。

 

 目も鼻もなければ耳もない、足や手のようなものすらありはしない。ただ肌に生えた細やかな毛がぶるぶると震えて、それでその獣は音もたてずに動いていた。

 

 獣がしばらくしてシグナーが崖下に降りるのに頼っていたロープに気がつく。

 

 しばらく辺りを調べるように動きまわっていたその獣は、やがてそのまま崖下へと続いていくロープに身をからませた。

 

 静かに、その獣が崖を降りていく。

 

 すこし離れた山道にいたシグナーは、そんな気味の悪い獣に魔銃から弾を撃ちだした。

 

 紅の閃光がさっと宙を飛んだかと思うと、獣の肉をうがつ。ぶしゃりと青い血をまき散らしながらその獣は谷の奥へとまっさかさまに落ちていった。

 

 しばらくして獣が谷を登ってこないのを確かめたシグナーはため息をついて胸をなでおろす。崖下に降りていくより先に、あたりに音の鳴るしかけを施しておいてよかった。

 

 もしもあの獣がやってくるのに気がつかなかったら、そう考えるとシグナーは顔が青くなる。

 

 あんなロープに吊るされたところで獣と戦うなんてできっこしない。襲われてそのまま食われていただろう。

 

 あの獣はツチミミズという名の獣だ。そこらの畑に生きているミミズと姿がそっくりだからそう言われるようになったと聞いている。

 

 音もなくそばによってくるので、このアケボノでもっともたくさんの新入りモグラを殺していると噂されるほどの獣であった。

 

 ふつうなら、モグラというのはいく人かで潜るものである。なので、たとえば誰か一人が崖下まで降りている時はほかのモグラたちがロープのそばで待つこともできる。

 

 だが、シグナーは頼れるようなモグラを知らないし、これからも頼るつもりはない。だから、これからはあのツチミミズがシグナーにとっての難敵になりそうだった。

 

 ただ、そう悪いことばかりではない。

 

 シグナーは先ほどツチミミズの命を奪ったばかりの古びた魔銃に目をやった。かなり離れていてもシグナーは難なくツチミミズを魔銃で撃ちぬくことができた、それはよいことだ。

 

 シグナーはもともと猟師の親のもとに生まれたのだが、なかなかに弓の才があった。どうやら弓で猪をしとめるのと魔銃で谷の獣を倒すのとはそっくりのことらしい。

 

 

 

 

 

 天に目をやると、だんだんと東のほうが赤みがかっていた。夕暮れがやってくる、夜の暗い谷にランプなしで潜るほどシグナーは勇敢になるつもりはなかった。

 

 火鉱石でいっぱいになったずた袋をひきずりながら、シグナーは昇降機にむかってまた山道を歩きだした。

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