華やかな英雄譚の裏でコツコツと金を稼ぐ無口な銃手の話 作:アンドララベリャ
駆けよってきたそのモグラは、気の強そうな吊り目をしていた。息も荒くシグナーをおしのけると、その子どものモグラは鳥の獣の亡骸に跪く。
「っ、ひどいな! ほとんどの羽をむしりとってくれてるじゃないか、盗人とはいえすこしは慎ましさがあるものじゃないのか?」
「こらこら、ラミレス。谷で走ったら危ないだろう」
ラミレスというらしいモグラの後ろからもうすこし歳を重ねた女のモグラがついてきていた。女のモグラが流し目でシグナーをみつめる。
ピリピリとした強い獣によくある威を感じて、シグナーは魔銃をもつ手に力をこめた。
ラミレスはどうとして、この女のモグラは強い。ここで撃ちあいになったとして、シグナーは女に楽に勝てると思えるほど己の腕を信じてはいなかった。
モグラの争いごとなど誰も怖がって首をつっこまない。こんな夜の谷のなかならそもそも人もやってこないだろう。
シグナーを助けてくれる者は、どこにもいないのだ。どうしてこのラミレスたちがこの鳥の獣を狙っているのかはわからないが、己の命は己で守らなければならない。
「カミラもそんなこと気にしてる時じゃないだろう。僕たちが罠をしかけるのにどれだけお金を費やしたと思ってるんだ、そうやってようやく罠にかかった獣をかすめとられたんだぞ!」
「まあまあ、まずは話を聞いてみないと」
激しているラミレスをカミラがなだめている。シグナーはようやくそばの岩陰に鉄のワイヤで罠がしかけられていることに気がついた。
なるほど、ラミレスはシグナーが罠にかかった鳥の獣から羽を盗んだと思っているのか。
シグナーはため息をつくと、鳥の獣の亡骸を手にした。口を動かそうとしたラミレスたちにむけて、獣の頭に残る魔弾の跡をみせる。
「なんだ、脅しかなにかのつもりか? こっちだってやる気だぞ」
「ラミレス、違う。この子は魔銃でこの獣をしとめたって言いたいんだ。罠にかかっていたんだったら針金でしめつけられた跡があるはずだろ?」
ラミレスはいまだ怒っていたが、カミラは気がついてくれたらしい。
シグナーは舞い降りるところの鳥の獣を撃ち殺したのだ。だから鳥の獣がラミレスたちがしかけた罠にかかったはずはない。
ラミレスがシグナーの手から獣の亡骸をひったくる。そしてにらむように調べた後、苦々しげなうめき声をあげた。
「っ、たしかに罠の跡はないな。疑って悪かったよ……」
シグナーは気づかれないようにそっとため息をつく。殺しあいにならずにすんでよかった、人の命を奪うのも奪われるのも嫌なことだ。
シグナーはそのままぺこりと頭をさげてラミレスたちから去ろうとした。
羽を手にしたうえは、もう谷に潜り続けることもない。三日も土に横になっていたのだ、汗やら脂やら泥やらでシグナーは汚れきっていた。
しおらしくしているラミレスと違って、カミラは鳥の獣についた傷をしげしげとみつめている。
「すまない、待ってくれ。どうやってこの獣を殺ったのかぐらいは教えてくれないだろうか、こいつが実に勘がよくてまったく捕まえられないんでな」
「ちょっと、カミラ……」
「へまをやらかしてこの子にあらぬ疑いをかけたのはラミレスだ。なんにも思うところのないあたしが、たまたま会ったモグラと話をしてもいいだろ」
思い違いもとけたのだ、シグナーははやく下宿に帰ってシャワーを浴びたかった。
カミラに声をかけられたシグナーは先ほどまで魔銃で獣を狙っていたところを指さす。そして口を動かすのも嫌だとばかりに黙りこんだ。
ラミレスがその遠くをみつめて首をかしげる。カミラがまるで続きをうながすかのように目をむけてくるので、シグナーはしかたなくノロノロと手をあげて魔銃をみせた。
カミラがほうっと感嘆のため息をこぼす。
「なるほど、あそこから撃ったわけか。なかなかの腕だな、あたしでもあんな遠いところからなら獣に弾をあてるのでギリギリってところだ」
カミラが感心したようにうんうんと頷いている。だが、その脇で話を聞いていたラミレスはなにやら信じられないことがあるようだった。口をとがらせながらラミレスが割って入る。
「カミラ、嘘にきまってるだろ。あんな遠くから魔銃で狙いをつけることができるなんて、そんなのありえない。僕と年もそんなに違わないんだぞ」
そう言われても、シグナーは困ってしまう。現にシグナーは鳥の獣に気づかれないよう遠ざかったあそこから魔銃を撃ったのだから。
だが、あきれたようにため息をつくカミラはラミレスに言い聞かせるように語った。
「ラミレス、この子の魔銃をみてみろ。今よりずっと古い魔銃だろ? 銃身を短くつめて谷でのとりまわしを良くする今と違って、昔は長い銃で遠くから狙うのがふつうだったんだ」
そうらしい。すくなくともシグナーはそんなことは知らなかった。
ちらりと己の魔銃に目をやる。よく考えてみれば、ほかのモグラたちが手にしている魔銃とくらべてとても銃が長いのはそのとおりだ。
たとえばラミレスたちの魔銃はよくても腕ほどの長さしかないのに、シグナーの魔銃はその背たけほどだ。そのおかげで猟師のころのようにシグナーは遠くから獣を倒すことができたらしい。
「ま、こういう魔銃はすぐそばから獣が襲いかかってきた時にはてんでむいてない。ラミレスみたいななりたてのモグラには難しいもんだね」
カミラがにやりと笑いかけてきた。
思い違いをされているのかもしれないが、シグナーも新入りのモグラである。しかし、シグナーはそれを正すこともないと思って黙っていた。
ラミレスがなにやらこちらのほうを悔しそうににらんでいる。シグナーがようやく去ろうとすると、飛びだしたラミレスに肩をつかまれた。
「そもそもなんで一人で谷に潜ってるんだよ。モグラなら数をそろえて火鉱石を掘らないとなにかあった時に死んじゃうって聞いたことがあるはずだろ!」
もうこれより先は話を続けることもない。シグナーは魔銃を勢いよくはねあげると、ラミレスの眉間に狙いをつけた。
「……帰る、もう話しかけないで」
青ざめた顔をさせたラミレスが後ずさる。その後ろで静かにカミラが魔銃をぴたりとシグナーの頭にむけていた。
「悪いが腐ってもこいつはあたしの主なんでね。殺る気なら死んでもらうしかないよ」
どうやら、カミラはラミレスに雇われていたらしい。いや、ラミレスの歳を考えるとその親でもおかしくないか。道理でカミラのほうがはるかに魔銃の腕があるようにみえるわけだ。
ラミレスはともかく、カミラとは戦いたくない。シグナーは重い口を開いた。
「……こっちはここを去りたいだけ」
「そうかい、なら悪かったね。ラミレスにはよく言い聞かせておくよ。じゃ、モグラに谷の慈悲がありますように」
「……モグラに谷の慈悲がありますように」
カミラと目をあわせ、シグナーは魔銃をおろす。
いまだ冷や汗をかいてしりもちをついているラミレスから目を離すと、シグナーは谷の深い闇へと足をむけた。