「つまり、アリスはこう言いたいわけ?このエーテリアスは、アドルフさんの奥さんだって。流石に、流石にそれは失礼だよ。だってアドルフさんの前でさ」
アリスの言葉から始まった重い沈黙を破ったのはリンだった。
「リン」
リンの気持ちも分かるが、アリスを責める必要はない。アリスは、あくまで可能性について述べただけだ。
「お兄ちゃんからも言って!こんなのおかしいって!だ、だいたい証拠だってないでしょ。たまたま足のないエーテリアスが、たまたまこの家にいただけなんじゃないの!?」
「リン!」
「アリスは!エーテリアスの記憶を見れるって言ってたよね?どうだったの?」
リンが否定して欲しいと言わんばかりの声でアリスに問う。
「このエーテリアスは衰弱していて、もうコアも消えかけている。記憶も殆ど読み取れなかった。断定は出来ない」
アリスはリンの望んだ通りの言葉を述べた。完全な否定ではないが、彼女の述べた可能性は可能性のままに収まった。
「ほら!だからきっと違うよアドルフさん!奥さんは」
「プロキシさん。もう良いんだ」
「──な、んで……?」
「妻をここに残したのは私だ」
「………………っ!」
リンがまるで天意を得たとばかりに言葉をまくし立てアドルフさんを励ますが、それを断ち切ったのは他ならぬアドルフさん自身だった。
「どういうことか、説明して頂けますね、アドルフさん。僕たちを騙していたんですか?」
「あぁ、勿論だ。君たちには全てを話そう。ここまで連れて来てくれた君たちには知る権利がある」
そう言ってアドルフさんは、空の上では語らなかった真実を語り始めた。
「ホロウに飲み込まれ、私が急いで家に戻ったとき、家の前にはエーテリアスが立っていた。そこまでは間違いではない」
「はい」
「なぜエーテリアスが店の前に立っていたのか。そのとき私はこう想像した──やつらの狙う誰かが、家の中にいるからだと」
「開店前に家の中にいる人間は、私の妻を置いて他にいない」
「なら、アドルフさんは奥さんがいると知っていて、一人で逃げちゃったってこと……?」
リンは少し責めるような口ぶりで質問した。
「違う、逃げてはいない。私は戦ったんだよ」
「え……?」
「腐っても、私は元軍人だ。コックの傍ら、いつ何時も戦えるように鍛えていた」
「私は家の前に立つエーテリアスを自らに引き付け、徒手でやつらを打ち負かした。備えあれば憂いなしとそのときは思ったよ。これでなんの障害もなく妻を救い出し、共に逃げることができると。私はまるで都市を凱旋する将軍のような心持ちだった」
「そして……家の中に入ってみれば、今と同じ光景があった。妻の姿はどこにもなく、いるのは足をなくしたエーテリアスだけ」
「私は混乱した。そして、混乱の最中こう錯覚したのだ。『妻は私が戦ってるうちに、自力で裏口から逃げたに違いない』と」
「……つまり」
「そうだ。私は空の上で嘘八丁を述べたわけではない。君たちを騙すつもりもな」
「避難所に着いた私は妻を探し、妻がいないと知ると妻を待った。一日、二日、三日……一週間と経ってやっと気づいた」
「『私は妻をあの場所に見捨てて来たのかもしれない』と」
「それからはずっと、頭の中でその疑問が浮いては消えて、堂々巡りを繰り返す。気づけば、何もせずただ病室で死を待つ老人に堕ちぶれていた」
言葉が出ない。彼のあの涙は嘘ではなかったけれど、そこに秘められた思いは違っていた。
それは後悔だろうか、それとも悪い予感が外れるようにと願う心だったんだろうか。
「だから最後にここに来て、真実を知る──いや、再確認することを願った。あの日見た景色は現実だったのかと。そこに意味はない。だが何もしないよりはマシだと思った」
「そして、依頼を出した。十中八九私は実力もなく、名誉もなく、ただ金銭を求めるだけの紛い物の手によってこの場にたどり着くこともなく死ぬ。それもまた運命だろうと言う思いで」
「だが君たちに出会い、ここまで来ることが出来た」
アドルフさんはすべてを語り終えた。彼の出した依頼の内容は零号ホロウに残した探し物のもとまで彼を連れて行くことだ。辻褄は合っている。
「これでもう依頼は達成と言うことですか?」
「あぁ……私の出した依頼はこれで終わりだ。二人には感謝しかない」
「なら、早くホロウから出ようアドルフさん。アリスがいるとは言っても、いつまでもここにいるわけにはいかないもん」
しかしアドルフさんは頷かなかった。
「アドルフさん?」
「まだ、何かやり残したことが?」
「いいや、ない。やり残したことは一つも」
アドルフさんはそう言うが、明らかにまだする事が残っていると言った様子だ。
「──プロキシ」
アリスの声だ。
直前まで僕たちの会話に入るつもりはなかったのか、窓際でどこか遠くを見つめていた彼女の目線がこちらを向く。
一瞬、いつもと違う褪せたような銀色の瞳に全てを見透かされているような感覚に襲われた。まるで、壁一枚向こう側の世界を、フィルム越しの物語を無感情に、無感動に見つめるような目。
──まるで、上位者が俗世を退屈に眺めるような……。
「仮定の話をしようか。以前にお前たちは旧都陥落の折、恩師を失ったと言っていたな?」
彼女にそれを話したのは協力関係を築いて間もない頃だ。僕らの目標を語る上で伝えた。無論その過程全てを伝えたわけではない。
ふと、気がつけばいつもの彼女に戻っている。白昼夢でも見ていたのか?
いけない。質問に答えなければ。
「うん……私たちの先生はあの日何かに連れ去られた」
「お前たちはその後、どんなことを目標に生きて来た?」
「先生を取り戻す。プロキシをしているのはそのためだ」
そして事件真相を暴き先生の名誉も取り戻す。
僕たちの、否、『パエトーン』の始まりの物語。H.D.Dも、イアスも、僕たちの知識さえも先生が遺してくれたモノだ。僕たちは先生からもらったこの力で、きっと先生を取り戻す。
「なら、それが成し遂げられないと知ったらどうする?」
「「………………?」」
アリスから投げられたのは考えたこともない仮定だった。
「恩師は既に死んでいて、取り戻すことは出来ない。仮にそうだとして生きる目的を失ったとき、お前たちはどんな選択をする?」
「それは……」
「僕たちは……」
「迷うだろうな。だがそれは恩師がお前たちの中で全てではないからだ。せいぜい半分。残りは──兄妹の中で既に互いが占めている。ではその半分も消えて、全てを失ったら?」
半分。つまり僕にとってのリン、リンにとっての僕のこと。僕たちは常に二人で生きてきた。まさしく半身と言っていい。
恩師を失い、体の半分まで失う。生きる意味の全てを失ったとき人は……まさか──ッ!?
「あの時妻を守れなかったのならば、私の死ぬべきだった場所はここだ。私にとって旧都陥落以降の人生は不本意で、不必要で、余計なものでしかなかったんだよプロキシさん」
「生き方を選べる人間は少ない。だからこそ、死に方くらいは選ばせて欲しいと思うのはおかしなことかね?」
【後書き】
終わ……終わ……尾張の国!。『──』を多用しちゃう癖を滅ぼしたい。
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