結論を出す前に、アドルフさんはそう言った。
「それは駄目!私たちはアドルフさんのプロキシ!そうである以上、あなたをこのホロウから出すまでが私たちの仕事!」
「僕も反対です。僕たちはあなたを殺すためにここに来たわけじゃない。あのときあなたが言ったように、生きる希望を与えたくてここに来たんだ」
「ありがとう、プロキシさん。だけど、その話は聞けない」
「なんで──ッ!?」
「この依頼は私を探し物のもとへ連れて行くこと、依頼は達成され、君たちはもう私のプロキシではない」
「そんな、屁理屈を」
そう、屁理屈だった。だけど、その屁理屈で僕たちとアドルフさんの関係は断ち切られてしまう。
「最初からッ!アドルフさんが死ぬためにここに来るって知っていたなら、私はこの依頼を受けなかったッ!」
「……」
「アリスは知ってたんでしょ!?なんで、なんで止めてくれなかったの?『この依頼を受けて良かった』って言ってたのは、なんだったの……?」
「……すまない、リン」
「……君たちの心を裏切るようで申しわけない。それでも君たちがここに連れて来てくれたことに私は感謝したい」
「────ッ!」
リンはそれ以上は何も言わず、扉を力任せに開き外へと飛び出した。
「本当に、ここで死ぬ積もりですか?」
「あぁそうだ」
「少しの未練もないと?」
「あったが、もうなくなった」
「……っ僕たちではあなたの心を変えられないのですか」
「すまない」
僕はアリスを見た。だけどアリスは気不味そうに、目を逸らして言った。
「別に、私も自死を称賛するような古代の価値観は持ち合わせていない」
「だったら!」
「でも……気持ちは分かるから」
「………………っ!」
言葉が詰まる。
またこの目だ。憂うような、悲しむような、だけどどこか遠くの出来事を眺めているような目。彼女の説得は期待出来ないと分かった。
どうにか、彼を止める術を考えよう。言葉では不可能。実力行使も駄目。感情、理屈に訴える?駄目だ!覚悟した人にその手の説得は効かない。
……どうしようもないのか?
僕が頭の中で考えごとをしてる間に数分が経った。その間に言葉はなくただエーテリアスの呻き声だけが響いている。
「『アドルフ・ミュラー。我が友、そして比類なき戦友。君に受けた恩は一族が滅びるそのときまで忘れない。君が望めば私は必ず力となろう』」
突然アリスがまるで小説の一文を読み上げたかのような台詞を呟いた。
「何故私の姓を……それにその言葉……まさか!君は!」
「幼い頃、お祖父様よりアドルフさんは戦地で共に戦った恩人であると聞き及びました。輝夜家は受けた恩は必ず返します。あなたの介錯は私が引き受けましょう」
「そうだったか、君はキヨの孫娘か。彼は階級は違えど良き友人であった。退役したあと何度も手紙を交わしたものだ。君のことも手紙で彼から教えてもらったよ。孫娘自慢を何度もされた。キヨは──『
「お祖父様は、最後まで敵と戦いました。そして……その場にはこれだけが」
脚に着けたホルダーから銀の拳銃を取り出す。家族を旧都陥落とときに亡くしていると言っていたから、この拳銃は彼女の祖父の形見なのだろう。
彼女の祖父がアドルフさんが友人だったなんて……戦地でと言っていたから、軍人だったのだろうか?
一瞬アドルフさんを止める口実になるかと考えたが、すぐに止めた。彼女の祖父も既にいないのだ。それがどうして生きる理由になろうか。
「そうか……残念だ。しかし、介錯の必要はない。君の負担になるだろう。子々孫々まで恩を返すと言えば聞こえは良いが、それは親の、祖父の負担を子や孫に継がせると言う意味ではないと思うが」
「お気遣いなく。私はいつでも見送る立場でした。慣れています。それに言ってはなんですがアドルフさんは本来重体ですので、侵蝕を止めることを止めるだけで済みます」
「君も難儀な人生を送っているようだね。そうか……なら、頼む。あの世で彼に会えたら、君の孫は立派に生きていると伝えておこう。少し悪戯が過ぎるともね」
「……幼い頃はそれで祖父によく怒られましたので、言わなくても大丈夫です」
「おっと、そうだったか」
それはこれから死に行く人の会話とは思えない程に、落ち着いた会話だった。
そして、アドルフさんが車椅子から降りた。
「──…@#%:?」
「あぁハンナ、ずっと放っておいて済まなかったな」
アドルフさんがエーテリアスに近づき抱擁する。エーテリアスはその抱擁に対し、なんの反応もしない。そこにいるのは彼の妻ではない、物言わぬ骸だ。
もう……止まらないだろう。
「アキラ。目を瞑っていろ、それか外に出ておけ」
「いや……見届けるよ」
この結末は僕たち──いや、正確に言えば僕が依頼を引き受けたことで招いた結末だ。そのくらいの責任は負って当然だろう。目を背けることは出来ない。
「そうか、なら良い。アドルフさん」
「──頼む」
返事のあと、アリスは何か行動をするわけでもなくただ状況を見つめている。だが既に終わったのだろう。見えない守りが外されたと同時にアドルフさんの体を蝕むようにエーテル結晶が結露し始める。
アドルフさんが苦しむ様子はない。表情は……もう結晶に覆われ見えなくなってしまった。
「……記憶をほとんど読み取れなかったと言いましたが、逆に、極一部の記憶だけを読み取ることが出来ました。それはきっと彼女の見た最後の記憶です」
「記憶の中で、彼女は心強さを感じていました。自分の意識が薄れ行く中で聞こえていたのは、扉の向こうで愛する人が自分のために戦いながら必死に呼びかけてくれる声です。だから彼女はきっと、孤独ではなかった」
「ここにいるエーテリアスは、所詮現世に残された影法師。だから……あなたは誰も、置いていったりはしていないのですよ」
その言葉とともに、二人がエーテルの霞となって消えた。
「二人の次の旅路が、より良いものでありますように」
祈るように言葉を捧げるアリス。
最後、霞の中に穏やかなアドルフさんの表情と、彼を包み込む女性の腕のようなものが見えた気がした。
互いに交わす言葉もなく家を出る。階段にはリンが泣き腫らした目を擦りながら座っていた。
「ごめんね、アリス。それと……アリスは、エーテリアスを人に戻すことは出来ないの?」
中での会話を聞いていたのだろう。リンはアリスへそう言った。
「出来ない。火傷した組織が、変性した蛋白質が元に戻ることがないように、変質した肉体は元には戻せない。極めて生前に似た肉体を蘇生出来たとしたとしても、それはある種のクローンであって、魂の蘇生ではなり得ないんだよ……っ」
その苦い事実を噛み締めるように告げる。彼女自身がそのことに対して強い不満を感じているようだった。
「なぁ『パエトーン』、お前たちは、自分の命の使い道について考えたことはあるか?」
「──私には、良い使い道がなかったよ……」
僕はなるべく、震える声でそう言う彼女のほうを見ないように、川の向こうに沈む夕日を見た。
あの太陽よりも目が眩むくらい、彼女の頬を流れる涙が眩しく見えたから……。
特に何事もなく零号ホロウを出た後、僕たちは依頼報酬を受け取れないとして『羊飼い』に突き返した。
『羊飼い』も何かを察した上でそれでも渡そうとしたけれど、アリスの『邪兎屋にでも渡せ。きっと……良い使い道を知ってるだろう』と言う言葉で諦めた。
事情を聞いたニコは何も言わずにお金を受け取ってくれた。
「リン、大丈夫かい?」
「うん……なんだか、疲れちゃった」
「こういう依頼を受けたことは今までなかったからね。今日は早く寝たほうが良い。明日になれば、心も体も回復するはずだ」
「うん……ねぇ、今日は昔みたいに一緒に寝ても良い?」
「今日だけだよ」
「ありがと、お兄ちゃん」
こんなに妹が甘えて来るのはいつぶりだろう。少なくとも旧都が陥落したばかりの頃はずっとこうだった。
「アリスは、どんな想いだったんだろうね」
リンがおもむろに呟いた。不安そうな目で僕を見ている。
「アリスも、あの日に家族を失って一人で生きて来たって言ってたでしょ?彼女も心の中ではアドルフさんみたいに思ってるんじゃないかな。だから介錯を申し出たのかも。自分の心を重ねて……」
『でも……気持ちは分かるから』
あの言葉、僕よりも年下の少女が漏らした本音。そしてあの瞳を思い出す。彼女は生きていく上で、きっと心をどこか遠くに隠してしまったのだろう。
今まで触れてきた彼女の姿はずっと浅い部分でしかなくて、その深いところは触れることすら叶わないのかもしれない。
「そうだとしたら、私たちでどうにか助けてあげられないかな?」
「人の心に必要以上に干渉することは良くない」
「でも!」
「──だけど……僕もリンと同じ気持ちだ」
「お兄ちゃん!あ、でも、どうしたら良いのかな……?」
「例えば、僕たちは旧都で多くを失ってこの街に来た。でもそれ以上にこの街で得た物が確かにあっただろう?」
この街の人たちはいつだって僕たちを助けてくれてた。イアスが故障したとき、ビデオ屋の運営に戸惑っていたとき、お腹が空いたとき、プロキシ業がバレそうになったとき。
今ではここが、僕たちの帰る家、帰る街だ。
「そっか!私たちみたいにアリスにも六分街が必要なのかも?」
「そうだね、そして彼女とは長くないけれど、もう『パエトーン』の重要な協力者の一人だ。いなくなられたら困る」
「そう、そうだよ!せっかく契約書までしたためて協力関係を築いたのにいなくなるなんて言ったら私、怒っちゃうから!だからこれは必要な干渉!でしょ!Fairyもそう思うよね!」
いつものリンが戻ってきたみたいだ。
『回答、助手二号の言う通り彼女の不在は『RandomPlay』の収入に直結します』
そのとき扉が勢い良く開いた。
「プロキシ!依頼を受けた結果は辛いものだったかもだけど、あんたたちがしたことは決して間違いじゃないと私は思うわ!だから元気出しなさいっ……て、あれ?思ったよりも元気そうね」
「よお!店長たちが珍しくナーバスになってるって聞いて助けに来たぜ!このスターライトナイトがな!」
「プロキシ先生、新作を借りに来た」
「ニャンだか分からないけど、あたしは特性の魚パイを焼いてきたぞ!これでも食べて元気だして!」
「ニコから全部聞きました!アリスがアリスでアリスなんですよね!?」
騒がしい友人たちがやって来たようだ。
「よーし、みんな!ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけどね!」
「やれやれ、今日はお店を閉めたほうが良さそうだね」
『マスター、只今閉店致しますと減収が予想されますがよろしいのですか?』
「Fairy、確かにディニーも大事だけど」
「あ、おい!それは『パエトーン』のために作った物で……」
「猫又、あなたは料理は美味しいわ。コルンの次にだけど」
「じゃあ食べるなっての!このっ──」
「実はアリスについてなんだけどね──」
「アイツにそんな過去があったのか……なぁ親分」
「そんな……アリスが?私、アリスにもらってばっかりで何もあげれてない……これじゃあ友達とは言えないです。ニコ社長!私、アリスのために何かしてあげたい!」
「頼むぜ親分!」
「お願い社長!」
「親分親分親分!」
「社長社長社長!」
「だぁーもうッ!分かってるわよ……今回借りを作っちゃったし。ま、『パエトーン』の頼みなら断る理由もないわね。私たちも協力するわよ」
「ホントにありがとう!大好きニコ!」
「ちょっと!離れなさいよ……!具体的に何をするか、まだ決まったわけじゃないのよ?」
パイを取り合うアンビーと猫又、ニコに抱きつく妹、それを見て二人に抱きつくコルンと同じく抱きつこうとしてニコに弾かれるビリー。
愉快な彼女らを見て僕は笑って言った。
「──この時間はディニーよりも得難いだろう?」
【後書き】
これにてウェア-トゥ-ダイは終わりです。キリが良いので一旦全体を校正します。流れは変えないのであしからず。
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