深夜の六分街の一角、路地の裏。
賑やかな昼間と異なり、人の通りは無い。間もなく日を跨ぐだろうこの時間に街を出歩くのは人には明かせない秘め事を持った人間くらいだ。
僕みたいなプロキシか、あるいは──人知れず極秘任務を遂行する防衛軍のエージェント……とかね。
情報屋『羊飼い』から連絡を受け、規定の時間に来てみれば彼女がいた。
月光に映える銀髪。バイザーに隠れた琥珀色の瞳。
そう彼女は──コードネーム『11号』、防衛軍所属のエージェントだ。
以前に羊飼い経由で防衛軍から依頼を受けた僕は『パエトーンの振りをする一般プロキシ』として彼女と協力し、防衛軍にいた裏切り者……内通者を捕獲した。
それ以来、僕と彼女は協力関係にある。本来ならばプロキシと軍人が組むことはあまりないはずなのだけれど、彼女の信頼を勝ち取れたのか、あるいはその任務の特殊性から人材不足なのか依頼を受け任務に駆り出されること数回。
今では深夜一緒にラーメンを食べる程度には関係を構築出来ている。……未だ彼女お勧めの激辛ラーメンを攻略出来た試しはない。
そんな彼女の様子を少しだけ覗いてみれば、何やら真剣な表情で黒猫──クロと言う野良猫と見つめ合っている。……今、彼女が小さな声で『にゃあ』と呟いた 。そしておもむろに取り出される猫じゃらし。
あの厳格で気難しいところがある『11号』が猫様に陥落してしまった……!僕はまだ名前も知らないのに!
……っと、いけない。このまま観察してみたい気持ちもあるが、仕事の話をしなくては。
「ファイヤー。猫缶はいるかな、『11号』」
「っサンダー……遅刻した上に不埒に覗きを敢行するとは良い度胸ね『クリムゾンアイズ・ハーミット』?あなたが軍人なら腕立て300回と兵舎30周は課していたわ」
「ごめん。君と猫が楽しそうにじゃれ合っていたから、話しかけるタイミングを見計らっていたんだ」
「……兎跳び10周も追加よ」
そう言うと彼女は気不味そうに猫じゃらしをしまう。いつの間にかクロは姿を消していた。
「それで、今回はどんな依頼なんだ?」
「最初の任務と同様、反乱軍への潜入任務よ」
「またかい?構わないけれど、君の顔は割れているんじゃ……?」
「今回の任務では『11号』としてではなく反乱軍の一兵士に成り替わる形になるわ。防衛軍も反乱軍内に内通者を用意出来ると言うことね。……裏切りは好ましくはないけれど、今回ばかりは幸運と言えるわ」
「それなら前回のように相手のご機嫌伺いをせずとも直接情報を調べられそうだね。なるほど、具体的な内容は?」
「本任務の内容は反乱軍の前哨基地への潜入及び情報収集よ。ホロウの中にあるその基地には中隊規模の人員が詰めていて、兵器の開発を行っているそう……そしてもう一つの目的が──『ホロウの女王』の確保」
「なっ……『ホロウの女王』だって!?」
聞き覚えのある名前に思わず声が高くなった。近所迷惑ならないよう声を押さえ静かに詳しい説明を求める。
『ホロウの女王』とはつまり、アリスのことだ。思えば今週はまだ彼女の姿を見ていない。いつもなら週の初めにビデオを借りに来るはずなんだけど……まさか、反乱軍と何かいざこざが?
「流石、耳が早いのね『ブラッドレッド・メロディーズ』。防衛軍はここしばらく『ホロウの女王』の動向を追っていたわ。またの名を『虚の妖姫』、『Queen of hollow』、『ムーン・ダークネス・ウィッチ』」
こちらがアリスについて知っていることに一瞬驚き、情報のすり合わせに入る『11号』。
前2つの異名は聞いたことがあるけれど最後のは……うん。変なコードネームを付ける癖は変わっていないみたいだ。
「内通者の情報から、『ホロウの女王』と反乱軍が接触し何らかの交渉を行うことが分かったわ。万が一、反乱軍と彼女が手を組んでしまったら市政にとって重大な脅威となる。そうなる前に、軍の上層部は彼女をこちら側に引き込むこと決めた」
「今回の任務であなたにはボンプを使った基地内でのデータ収集と言葉による『ホロウの女王』の引き込みを依頼することになるわね」
……アリスが反乱軍と組むとは思えない。彼女の行動理念はホロウの撲滅だ。そして手段として市政の力ではなく自らの力を使う。
一方反乱軍は様々な理由から防衛軍から離脱した者たちによって組織されている。文字通り反乱……つまり防衛軍及び市政の転覆を目標としている組織だ。アリスが市政を重視していない以上、本来反乱軍に手を貸す理由はないはず。
「私たちが彼女を確保出来るかどうかに、新エリー都の未来がかかっているの。頼りにするわよ、プロキシ」
「……責任重大だね」
数時間のドライブを終え車が止まった。運転手に言われ目隠しを取り車を降りる。道中道筋を悟られないためのものだが……ホロウの中である以上私に対しては無意味な措置だな。しかし、長時間視界を遮ったせいか日差しが思いの外眩しく感じる。
……少し暑いな。車の中は空調が効いていたから余計にだ。
外套を脱ぎ、後頭部から簪を取るとするりと解けた髪が肩にかかった。簪を口にくわえ、手際よく頭の後ろで結んでいく。元の髪形だとうなじにかかってしまうからな。
昔はいつもお母様に結んで貰っていたが……いつの間にか独りで出来るようになってしまったな。
にしても伸びたな……髪。前世と比べると手入れが大変だ。あんまり長いと重いし邪魔なんだがな。シロが切らせてくれない。『せっかくお似合いなのに切ってしまうなんて勿体ない!』だそうだ。まぁ、似合っていることには同意するがな。
そうこう考えているうちに髪を結び終え咥えていた簪で留めた。
これで良し。涼しくなったな。
──む……何やら視線を感じる。
改めて周囲を見渡せば、私の目の前にある建物の入り口、出迎えに来たであろう特徴的な軍装備を身に着けた何人かの兵士がこちらを見つめていた。
『おぉ……』じゃないぞ。何を不躾にジロジロと見ているんだ、不埒者が。ふん。
恥じらうような可愛げは持ち合わせて居ないので堂々としていると声が聞こえた。
「貴様ら、客人に色目を使うんじゃない!まったく、軍人として恥ずかしいとは思わんのか!」
喝を飛ばしながら奥から一人の男が現れる。
「部下が失礼をば致しました。しかし、いやはや、まさか本当に来ていただけるとは思いませんでしたよ──『ホロウの女王』陛下!お噂はかねがね……以前虚狩りと大型エーテリアスを同時に相手取り撃退したとか!それを聞いてこのヤマダ、胸のすく思いですな!」
煽てるように何とも聞こえの良い言葉とともに揉み手で近づいて来る。
口ひげを生やし、体形は小太りで身長は低い。年齢は私の倍程に見える……30半ばあたりだろうか。
元防衛軍大尉にして現反乱軍幹部。
今目の前にある建物──ホロウ内に存在する反乱軍前哨基地の長。
そしてどこから知ったか、私の存在を探り当てここに招いた張本人。
「お招き感謝します、ヤマダ大尉殿」
お前は一体、私に何を望む?
【後書き】
書いたときは良くても投稿して見返すと粗を感じる謎現象。だいたい深夜テンションで書いて投稿してるからね仕方ないね。
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