筆が、筆が一昔前のラブコメ主人公並みに鈍い。
カチリ、カチリと時計の針の進む音が部屋に響く。扉を背中に、丁度私が壁ドンをするような姿勢のまま、私とこの兵士がただ見つめ合うこと数十秒が経過した。
「あの、閣下。突然いかがなされたのですか?」
困惑したように見返す兵士に私は詰め寄る。
「あの大尉はお前を置いていくとき、『彼』と言った。しかしだ。偽装しているが、私の見たところお前は女に見える。これは一体どういうことかな?」
「…………」
「大尉の言い間違いか、お前が上官に性別を偽っているか、それとも……別人が身分を成りすましているか」
「一般の兵士というのは共通の装備を着ていて、外見でそれぞれを判断するのは難しい。つまり、中身を入れ替えるのは容易という訳だな。違うか?」
否定は無く、答えは沈黙だった。せめて取り繕うくらいはすれば良いものを……図星だったか。
「それで、お前は誰だ?目的は私か、それとも反乱軍か?」
思いつく候補は様々だ。私を追っているホロウ調査協会、防衛軍、あるいはホロウレイダーか。治安局の潜入調査員という線もあるかもしれない。
まぁ正体は別に何でも良いが、目的は反乱軍であって欲しい。そうであれば協力できる。
もし目的が私なら……とりわけ私の捕獲や討伐が目的なら、遣りづらいが。
目の前の彼女は答えに窮しているのか沈黙を貫いている。
私はさらに圧を掛けるべく彼女を扉に押し付け、耳元で囁いた。
「取引をしよう。お前の正体については詮索しないでおく。私がここに来た目的はあの大尉の持つ情報とコネクションを調べるためだ。もしお前の目的が反乱軍への内偵であるなら目的は同じ、協力できるはずだ」
返答はない。何を迷っている?
「聞いているのなら返事をしろ。それとも、今ここで確かめてやろうか?お前の、その正体を──」
そう言ってヘルメットと首の隙間に指を滑り込ませ持ち上げようとすると腹部に何か冷たいものが当たった。
「……一応、私のことは知っているよな。そんなものが効くと思うか?」
突きつけられたのは銃口だった。
「いいえ。けれどあまり煩くしない方が互いにとって有益ではないかしら」
彼女は背後の扉を踵でコツコツと無らした。銃声が鳴れば私にダメージは与えられずとも人が来ると言いたいのだろう。
「強かだな……嫌いじゃない」
体を離してやれば向こうも銃を下ろした。ひとまず会話には応じてくれるらしい。
「あなたが反乱軍の味方でないというのは理解したけれど、まだ確認したいことが残ってる。あなたは新エリー都の敵?それとも味方?」
口ぶりから察するに、公機関の者か……。
「こちらの質問を無視した上で一方的に質問するのは卑怯じゃないか?」
「あなたに協力できるかできないかはそれで決まるわ。答えて」
「ふむ……
少し考えて、私はエーテリアスを呼んだ。彼女が驚いたが『落ち着け、何もしない。少し状況を整える』とだけ言って武器を納めさせた。
ドッペルゲンガー……他者の姿、経験とその強さを模倣するエーテリアスだ。その強さはオリジナルには及ばないものの十分強力で使い勝手の良い駒の一つ。
現れたエーテルの泡のような存在は徐々に人型を形成し、やがて私と彼女そっくりになった。
「これで偽装は良いだろう。それじゃあ、行くか」
そう言って私は扉を開けて外に出る。
「何を言って……待って、何処に行くと言うの?」
制止しようとする彼女に足を止め振り返った。
「この基地から常に不愉快な気配がするからそれを見に行く。どうせ一時間ほど暇なんだからお前も来い。私が敵かどうかはそれを見てからお前が決めろ」
道中特にトラブルもなく歩くこと十数分。私たちは厳重な扉の前にいた。
「鍵が掛かっているな。カードキーは持ってるか?」
「ええ。今開けるわ」
そう言うとキーを取り出し端末に翳すが、残念なことに機械が『ジーッ!』と不機嫌な音を鳴らすだけで扉は開かなかった。画面には『管理者権限が不足しています』とある。
「どういうこと?基地内の施設ならカードキーで正常に入れるはず。それが……」
「お前の持つキーで開けられないなら、つまりこの先には一般兵には知られてはならない何かがあるんだろう」
煮え切らない表情のまま頷く彼女。そしてそのまま耳に手を当て何かを呟いた。なんだ?
「……少し待って頂戴。幸い、協力者が基地の管制設備にアクセス出来るから、そこから扉を開けて貰えないか頼んでみるわ」
インカムを通して協力者とやらと通信したのだろう。彼女が私にそう伝えてくる。
「待て、必要ない 」
「何を言っているの、他に扉を開ける方法でも……」
「私の能力を知らないのか?扉は開けなくても向こうに行ければそれで良いだろう?ほら、行くぞ」
そう言って私は扉の向こうに繋がる裂け目を開いた。裂け目の向こうは薄暗く、地下に向かって階段が続いている。
「……知ってはいたけれど、実際目にしてみれば本当に規格外な能力ね。一体どうやっているの?」
二人で階段を下っている最中、そんな質問が飛んできた。
「それはどうも。理屈の上では自然発生する裂け目と同じ。それを意図的に出現させられるだけの話だ」
「あなたはどうしてホロウレイダーをしているのかしら。あなたが新エリー都と共にあれば、より多くの市民を救うことができるはず」
救う……ね。自分のことも手一杯なのにな。
「一方的な質問は卑怯だと言ったんだがな。はぁ……確かにこの力は誰かを守るために使うことができるが、加えてどんな犯罪にも悪用することだってできる。使う主体が私であれ、市政であれだ。そして私は私を信用できるが新エリー都は信用できない」
「なぜ……?」
「いつだって自分を助けることができるのは自分だけで、新エリー都は頼りにならなかった。それだけのこと」
「……」
そう言うと彼女は静かになった。私の言った言葉に何か思うところがあったのかもしれない。まぁ、市政機関に所属している者としては恨み節に聞こえたのだろう。別に、彼女個人に責任を感じてほしい訳ではないのだがな。
「すまない、八つ当たりするつもりはなかった」
「ええ、分かっているわ」
そうして話しているうちに、階段下まで降りきった。扉を開ければ、センサーが反応し長い廊下が薄暗く照らされる。
「ここは……?」
「歩けば分かる」
そう言って私は歩みを進めた。
体の向きは変えず、視線だけを泳がせる。廊下を歩けば──血の匂いが鼻を突いた。廊下側には鉄格子が張り巡らされている。
そしてその向こう、牢の中で人が鎖に繋がれていた。
【おまけ】
「ちなみに協力者とは?」
「聞いて驚きなさい。彼は伝説の異名を持つ、数多のホロウを攻略して来た凄腕のプロキシ。愛らしいボンプの姿を借りているけれど、決して侮ってはいけない。その名は」
(ま、まさか『パエトーン』か?確かに先日『反乱軍ってどう思う?』などと唐突にメッセージが来ていたな。アキラめ、そう言うことならせめて私に一言くらいあっても……)
「『クリムゾン・アイズ・ハーミット』よ」
「──誰!?」
いつも感想評価ありがとうございます。