フェニックス編突入。
File/19.修行開始
休日の早朝。
俺は小猫ちゃんと一緒に旧校舎までの道を歩いていた。
今のところ理由は不明だが、宿泊道具を持って部室へ来てくれとのお達しを昨日例のノートでグレモリー先輩から受けてやって来ている。
...それにしても、学校を休んだことで小猫ちゃんから応答を求む旨のメールが五十通以上届いていたのには肝が冷えた。まさかヤンデレ属性あり?ハッ、冗談キツいぜ。
ああ、キツいと言えば黒歌の説得は大変だった。部活の行事だから連れて行けないって何度も言ってるのに、保護者役だどーのと訳の分からん理由で引っ付いて来ようとするし...。昨日の夜はずっと押し問答してた記憶しかない。
「グレモリー先輩の婚約者....か」
「はい。その件で昨日いざこざがありました」
「...いざこざねぇ」
俺も昨日は次元の狭間で無限の龍神さまといざこざしてたからな...。まぁ、それを言う気はないけど。
ときに、先輩の婚約者がフェニックス家の三男とはな。かなりの名家だし、純血の悪魔同士ということで全く文句はないと思えるんだが....
やがてオカルト研究部の部室前へ辿り着き、扉を開ける。
「失礼しま─────って、なんだコレ!」
「?カバン」
「確かにそうだけど...凄い詰まってんな」
部屋に入って早々、膨れ上がったバッグやら筋トレグッズやらが散らばっている意味不明な光景が飛び込んできた。
「待ってたわよ?二人とも」
「グレモリー先輩、これは一体...?」
「ふふ、このバッグは全員分の荷物、そこの筋トレグッズ一式はトレーニング用ね」
「トレーニング?...まさか」
俺は今日小猫ちゃんから聞いた、もう一つの昨日起きた出来事を思い出す。それと関連付ければ、確かにトレーニングする意味は頷ける。
と、いうことは…?
「力持ちの二人に、コレを集合場所まで持っていって貰おうと思ったの。とは言っても、転移魔方陣があるから少しの間だけだけどね。で、私は魔方陣の展開を請け負うから、バッグとかの移動をお願いするわ」
「なるほど、こういうオチか...すまん小猫ちゃん、俺の荷物お願い」
「?わかりました」
俺はため息を吐きながらも、宿泊道具(?)が詰まってるらしいゴツい登山用バッグを五人分一度に持つ。え、軽っ!合わせても100kgちょっとしかないだろコレ!
拍子抜けした俺は、片手でバッグを全て持つことに決め、もう片方に筋トレグッズをぶら下げた。コイツは総重量70kgくらいか?
「あ、あの...」
「ん、どうした?小猫ちゃんは向こうで鍛練するから、自分と俺の荷物以外は持たなくていいぞ」
「いえ、重くないんですか?コウタさん」
「?全然大丈夫だけど」
「一応予想通りだったとはいえ、私がやったら腕取れちゃうわね...」
二人が目に見えて引いている。
いや、それは前世の時と比べたら俺自身だって驚く。だが、そんな事に一々びっくりしていては最早キリがない。
何も無いトコからポンと剣とか盾を出せるなど有り得ない。魔物や魔獣も有り得ない。悪魔の存在だって有り得ない。...といった感じに。
「じゃあ、行きましょうか!」
うーん、こりゃイッセー大丈夫かな?鍛錬で死んだりしなけりゃいいけど...
***
「やっぱり、レーティングゲームですか」
「そうよ、ライザーとはこれで決着をつけるわ。...幸い、皆やる気になってくれてるみたいだから」
「特に、イッセー君は天を衝かんばかりですわね」
姫島先輩がそう言ってから向けた視線の先では、超重量のバッグを背負い、雄叫びをあげながら必死に斜面をかけ上がるイッセーがいる。しかし、それを尻目に小猫ちゃんや木場は黙々と山を昇っていく。
あのバッグを背負った状態では、ある程度鍛えている人間でもこの山の半分くらいの標高まで登れるかどうかだ。もう山上近くの目的地は見えつつあるのだから、イッセーも負けず劣らず人を越えている。
あっ、転けた。
「わ、私ちょっと行ってきます!」
それを見たアーシアが飛び出していき、甲斐甲斐しくイッセーの傷を癒し始めた。辛いとはいえ、一般の登山ルートじゃこういうことは出来ないから利点はあるな。
「そういえば、アーシアさんってイッセー君のお宅へ住み始めたのですよね?」
「はぁ、だからアイツはここのところ急に余裕ぶり出したのか...」
「ふふ。一応、私も泊まってるんだけどね」
「ちょ...グレモリー先輩までイッセーと同じ屋根の下?!危ないですよ!」
そう言っても、先輩は『可愛いから大丈夫』とウインクして答えた。き、危険だ。男はみんな飢えた野獣なんだぞ?
少し...いや、かなり心配になったが、俺たちが頂上についた時のイッセーの態度でそれは霧散した。
「部長!朱乃さん!お疲れさまです!」
なんというか、これはもう神聖視のレベルだな。コイツは二人へ邪な考えを持つこと自体の撲滅を画策してやがる。
表面上は明るく、尊敬の念とともに主へ仕える眷属として振る舞ってはいるものの、彼はそれ以上の感情の昇華を自ら封殺していた。
...まだ、イッセーの心には天野夕麻が生きている、ということか。
「コウタ君?どうかしましたか?」
「いえ...」
姫島先輩の言葉に否定とも肯定ともつかぬ返答をしてから、俺は自分の手のひらを見つめた。
(心の中、か)
─────内に住む本当の俺は、どちらなのか。
前世で動物たちと暮らしていた平凡な俺か、現世で悪魔と暮らす非凡な俺か。...分かるのは、ここにいる俺こそが本物の俺自身であることだ。
しかし、今問題にしているのは存在ではなく、自己を形作る『中身』。
(いや、中身の俺も現世のはずだ。じゃないと、俺はここまで非凡にはなれなかったはず。...じゃあ、『向こう』の俺は死んだのか?)
いや、きっと違う。俺は『俺』を殺していない。何故なら、ちゃんと己の心にいるからだ。─────確かな記憶として。
本当の死とは、世界の誰からも忘却されること。...だから、俺だけは絶対に『彼』の事を忘れない。奇しくも今の俺の置かれた状況と似ている、人ならざる存在に囲まれながら生きた、とある人間を。
「イッセー、憎しみや悲しみは...辛くても、忘れるなよ」
過去も未来も現在も踏破してこそ、人は本当の意味で強くなれる。
それはきっと、悪魔でも人間でも変わらぬ筈だ。
***
時折休憩を挟みながら、イッセーたちグレモリー眷属の皆は過酷な鍛練に励んでいる。
フェニックス家の三男、ライザー・フェニックスとのレーティングゲームまでは十日間の猶予があるらしく、その期間中は全てお山に建つグレモリー所有の別荘での修行に当てるそうだ。
「ハァァァ!」
「く、速っ...あいだぁ!?」
イッセーは毎日木場との打ち合いをしているが、未だに一本も取れていない。攻撃や移動の速度に翻弄され、目も身体でも木場を捉えられていないのだ。
剣なら攻撃範囲は決して狭くないと、イッセーは技法や戦略を無視してがむしゃらな戦いをしているのだろう。それでは成長するはずもない。
「くそっ、また負けた...つっ」
「ごめん、ちょっと強めに打ち過ぎたかな?」
「いや、確かに痛かったけど大丈夫だ。...っと、サンキュ」
イッセーは木場に手を取って貰い、起き上がる。ふむ、絆が深まって来てるな。重畳重畳。
二人もそうだが、今のオカ研を見る分だとチームワークに問題は無さそうだ。あとは....
俺は考えをまとめながら、今まで身を隠していた木の幹の裏側から歩いて外に出る。
「イッセー、木場先輩。ちといいか?」
「うおっ!びっくりしたぁ!」
「こ、コウタ君、見てたのかい?」
「ああ。...ついでに、二人とも戦いに没頭するのはいいが、もう少しくらい周りへ気を配った方がいい。多対一、それか不特定多数の敵を相手取った場合の戦術は昨日少し教えたろ?」
「そ、そうか。レーティングゲームでも十分その可能性がある訳だな。背後を狙った不意打ちってやつ」
ここ三日ほど厳しい鍛練を受けてきたイッセーは、以前と見違える...とまではいかないものの、確実に成長していた。
木場に木刀でボコボコにされ、小猫ちゃんにぶん殴られてボコボコにされ、俺から大まかな戦術の数々を叩き込まれて精神までボコボコにされているはずなのだが、イッセーはそのたびにアーシアからの治癒を、慰めを施され立ち上がるのだ。流石元聖職者、他人へ希望を持たせることに関してはプロ級だな。
レーティングゲームのルールも覚え、
「そうだ。だから、無闇に自分の姿を晒すような戦いは避けるべきだ。都合よく味方全員が敵全員を足止めしてるとは限らないからな」
「あぁ、俺は一対一向きだからな。数で簡単に負け...ってなんか自分で言ってて悲しくなってきた」
「へぇ、コウタ君ってそういう知識はどこから持ってきてるの?以前から何処かの団体に属してたり、眷属になったりはしてないんだよね?」
木場の問いに俺は頷き、周りの緑を軽く見渡した。目に映るのは勿論、樹木繁る森林だ。
「山の中じゃ喧嘩吹っ掛けてきた魔物と戦ってる最中に、別の魔物に背中からバッサリやられる場面が沢山あったんだ。誰の目にもつかないしルールもないから、当然奴等も色んな手を使ってくる」
まだ弱かった頃は毎回それで死にかけた。なんせ、一体相手するだけでも骨が折れるのだ。(実は比喩ではなく実際何本も折れた)そうとなっては、二体目など到底手に負えない。
逃げ足の速さと運の良さが上手く味方したから何度も生還出来たのだろう。知能が低い輩はその場で勝手に争ってくれたりもしたからな。
「でも、運もコッチ側へ引き込んでこそ、真の強者だ」
「ははは、君らしい考え方だ。まぁ、それには僕も概ね賛同できるかな」
「うーん、俺は実力で勝ちたい派だなぁ...」
「ほー。じゃあ、毎日夕飯用の野菜の皮だけを少ない魔力で素っ裸にする行為は、本番で勝てる結果に繋がるのか是非とも知りたいねぇ」
「んな!?何故知っている貴様コウタぁ!」
俺は黒い笑みを張り付かせ、隠していただろうイッセーの秘密を暴露する。すると案の定問い質され、俺は毎日全員の鍛練を見て回ってる事を悪びれもせず素直に白状した。だって悪い事なんてしてないし。
これには木場も驚きを呈し、グレモリー眷属の索敵能力の低さも新たな課題となった。
「じゃあ、ここ三日間誰にも気付かれないでコッソリ覗いてたのか?!アーシアや部長や朱乃さんや小猫ちゃんの鍛練を!?ちくしょう変態め!ことと次第によっちゃ返り討ちにされると分かってても殴りに行くぞ!!」
「大丈夫大丈夫。あくまで俺が見るのは純粋な鍛錬のみだからよ」
ま、隠すような事をしてたのはお前くらいだけどなイッセー。と、心の中で呟いてから、木場の方へ顔を向ける。
「そうだ。木場先輩、ちょっと打ち合わないか?」
「あぁ、良いね。ちょうど鍛錬も行き詰まってきたところだったんだ。...ってことでイッセー君、試合は一時中断でいいかな?」
「はぁ...了解」
俺は簡単な長剣を
やはり動きやすさ重視か。だが、それでは威力や攻撃範囲に欠ける。
「ふむ」
「...?」
俺は切っ先を上へ向け、剣を掲げる形をとった。これを見た木場は、首を傾げながらも攻撃的な姿勢を崩さない。
そのうちに、剣へ魔力を纏わせていく。
「えくすかりばー」
気の抜けた声をあげながら剣を降り下ろし、魔力で編み上げられた剣圧を飛ばす。その破壊力は、発生地点の地面が丸ごと消し飛ぶほどだ。
しかし、こんなものは所詮ある程度の魔力を固めて放出しただけ。それ以外に特別な技や芸当などないし、本家の
盛大に巻き上がった砂煙を眺めながら、無理な扱いにより砕けてしまった剣を土くれへ戻す...ところで、気付いた。
「チッ」
舌打ちしながら立っていた場から飛び退くと、同時に地面から二本の剣が生えた。
そんな風に逃げる俺を追うような形で剣は連続出現したため、目前には剣の道が出来ている。
と、背後に気配。俺は咄嗟に剣を振るう。
バキャアァン!
「─────ッ!」
しかし、切ったのは剣。しかも魔力が少し含まれているものだ。
そして、真横から突きつけられる銀の切っ先。...あらら、騙されたな。
「やっぱり、コウタ君は敵の存在を魔力で察知するんだね」
「あぁ、基本そうだ」
これが一番楽な手法ではあるが、魔力の通った武器にまで該当してしまうので、正確さに欠く。
本気の戦闘時に索敵で使うのは危険なので避けていたのだが、『グレモリー眷属にはこれで十分』と知らない内に慢心していたらしい。
「流石は木場先輩。正直驚いた」
そう言って笑うと、彼も負けないくらいの笑顔で返答した。
「僕だってたまには先輩面したいさ」
「ただの見栄っ張りかよ」
木場は周りの剣を消失させながら、尚も笑う。どうやら否定する気はないらしい。
と、終わり的な雰囲気だったのに、それをぶち壊す声が響いた。犯人は無論、イッセーだ。
「はっ!じゃあ次は俺が先輩面してやるぜ!」
回り込んで周到に逃げ道を塞ぐあたり、コイツの面倒な闘争心へ火をつけてしまったと見える。
俺は露骨にため息を吐いてから、仕方なくイッセーに向かって片方の手のひらを突き出した。
「はぁ....いいぜ。ただしその頃には、アンタは八つ裂きになってるだろうがな」
...八つ裂きにはしなかったが、木場に負けた鬱憤晴らしに凡そ数割増しでフルボッコにした。
慢心は怖い。でもヤンデレはもっと怖い。
※原作において、この話の時系列ではリアスとイッセーの同居はまだされていないはずですが、ワケ合って早期に部長さんは兵藤家へ行って頂きました。
...理由を察せる人はいるかもしれませんが(笑)