zeroでああなったのはウロブチのせい。
これは燃費が悪いどころの話じゃない。いくら星が製造元とはいえ、まさかここまで魔力を喰うとは思わなかった。
一応、魔術回路に目立った傷は見られないが、何度も試みればその限りではないだろう。いや、本当はどんな代償を払っても神造兵装は出せないんだけれども。
俺はひそかに苦笑いを浮かべ、早く取れと言わんばかりに輝きながら浮かぶエクスカリバーの柄を手に取った。へぇ、あまり重くないんだな。
その後はすぐに意識を集中させ、エクスカリバー自身の持つ『記録』から詳しい使い方のみを読み取り、脳みそへ叩き込んだ。
そう。あくまで使い方のみ、だ。考えなしに記録全てを流し込んでしまうと、一気に数百年分もの記憶を吹きかけられ、俺の中から自我が残らず吹き飛ぶ。
最初はこういったことのコントロールなど効かないと思っていたのだが、こちらから必要な情報を指定し、武具に問いかけることによって、最低限の知識のみを補うことが出来た。
簡単に表現するなら、取扱説明書の目次から知りたい項目のページへ飛ぶ、といったところか。...こういう融通は、士郎の使う投影魔術では一切効かなかったよな。
今の今まで驚愕によって誰も言葉を発しなかった中、一番最初にその静寂を破ったのは、尻もちを着いたバルパーだった。
「...バカな。何だ、その剣は」
「こいつはエクスカリバーだよ。俺がよく知ってる方の、な」
「ふざけるな!なぜ、何故そんなものが存在できる?!それはこの世にあってはならぬものではないのか...ッ!?」
流石聖剣に精通しているだけあって、この剣が普通に創られたものではないと一目で分かったようだ。とはいえ、これでも正真正銘の本物ではないから騙している罪悪感はあるのだが...
バルパーは視線を動かさないまま、まるで酔ったかのように身体を揺らして立ち上がり、呆然と俺の持つエクスカリバーを眺める。が、彼はそこから一歩も踏み出す事無く膝を着き、うつ伏せに倒れた。
─────背中に光の槍を生やしながら。
「まさか、誰よりも聖剣を知るお前が聖剣に呑まれるとはな。...かくいうこの俺も、アレが放つ輝きに圧倒されてはいるが」
「あらら、コカビエルの旦那。爺さん殺してよかったん?」
「構わん。あの剣使いが聖と魔を一つに混じり合わせた剣を創り上げていた光景を見て、神の死に勘付きつつあったからな。いずれはこうなる運命だったのだろう」
光に全身を灼かれ、灰となって崩れ去るバルパーを見下ろすコカビエルの目には、全くと言っていいほど焦りが見受けられない。正直撤退する可能性すら考慮していたのだが、その意思はなさそうだ。
というか、神が死んでる?でも、システムの運営は無事に為されるはずじゃあ.....いや、今はそんな事を考えている時ではないな。
と、俺の困惑を感じ取ったのか、彼は口角を吊り上げながらこちらへ全身を向ける。
「くく、何だ。私が何故こうまで平静を保っているのか不思議か?」
「ああ、とっても不思議だから教えてくれよ」
「簡単だ。その黄金の剣、明らかに人間が扱えるものではないだろう?それだけ大量の魔力を吸われてしまえば、貴様の身も最早数分と持つまい。...事実、体内の魔力はゼロに等しいではないか」
「......」
ああ...ものすっごい勘違いしてらっしゃる。それも仕方ないといえば仕方ないのだが。
俺の疑似魔術回路には常に魔力が流れている訳ではない。一体どういう仕組みなのかは未だに分からないが、魔力を行使するたびに何かしらの蓋が開いて、そこから供給されているのだと俺は考えている。
そして、現在はコカビエルに指摘された通り、身体の中に魔力が殆ど流れていない状態だ。
俺が本質的な魔力の現存量として捉えるのは、その蓋の中身なのだから、それが知覚できないために彼は魔力を使い果たしてしまったように見えるのだろう。
「だがまぁ、折角それだけの見世物を用意してくれたのだ。こちらのとっておきで貴様もろとも結界の外にいる仲間をまとめて葬ってやる」
コカビエルは対峙する俺に向かって手をかざすと、そこへ眩い陣のようなものが展開する。これは...聖剣統合のときに中心にあった陣か!
───コカビエルは言っていた。聖剣が統合するときに発生する膨大なエネルギーを、駒王学園で解き放って街全体を消滅させる気だったと。
どうやらヤツは、聖剣の力が溜め込まれた魔方陣を解放して、直接俺に撃ちだそうという魂胆らしい。
「これに俺自身の力も合わせ、貴様らを消し飛ばした後は駒王学園に向かって放ってやる!あの街一つを消すのは不可能だが、あれしきの建物ぐらいならワケは無い!」
俺は興奮したコカビエルの言葉に耳を貸さず、一人喜びに打ち震えていた。
それは何故か───愚問だな。わざわざカリバれる理由を目の前の相手は作ってくれたんだ。出力調整の程度を掴むにはうってつけじゃねぇか。
これ以上ないくらいの昂揚感に任せ、かつて何度も夢見たエクスカリバーを掲げる態勢に入ると、見えない筈の剣の切っ先へ意識を集中させた。
この剣は、真名解放により魔力を光に換えて撃ち出すことができる対城宝具。故に、注ぎ込む魔力によって威力は調整が可能。
あまり多くならないよう意識しながら、体内に溶存する魔力を動かし、剣へ送り込むイメージを強く持ち続ける。すると、やがて俺の身体から光の粒子が漏れ始め、エクスカリバーへ次々浸透していく。
光は徐々に刀身を黄金色へと染め上げ、それでも漏れ出す耀きは激しい渦となり、俺自身をも巻き込んで収束していく。
「ッ?!何をするつもりだ、貴様はそれを
展開した魔方陣から何条もの紫電を迸らせるコカビエル。それは紛れもなく、聖剣エクスカリバーの持っていた凄まじい力だ。
しかし、夜天に掲げられた金色の剣が周囲に散らばる光を集めるという、最早星が降りて来たとしか思えない常軌を逸した光景に瞠目する彼は、絶対の一撃を放つ者とは思えないほど狼狽した表情になっている。
地上では確実に飽和状態であるはずの莫大なエネルギーを抱える物体が二つとも密集して存在する事実に、空間が壮絶な悲鳴を上げる。これ以上は結界が持たないな。下手をすれば異世界の扉が開きそうだ。
そう決心した瞬間、ついに前方の魔方陣から巨大な稲妻が放たれる。迫るは、聖剣のエネルギーと、堕天使の力を合わせ持った雷
「
─────それを見た俺は、俺は万を持してその真名を口にする。
「
手を振り下ろすとともに、全身を使って光の奔流を前方へ撃ちだす。途端に無色の波は全ての色を塗りつぶし、何もかもを余分だと言わんばかりに白へと変貌させた。
その光が駆け抜けた後、俺の目の前は真っ白になる。
....。
...。
..。
ああ、何も見えない。
感覚も、五感全てが閉じてしまったかのように断たれている。
そんな中でも、ちゃんと自分は視えている。.....いや、寧ろ今までよりももっとよく視えるようになってる、か?
(俺の...中)
良く視えるからこそ、自分の胸で輝く『それ』の存在に気付けた。
取り出してみると、手のひらに顕れたのは黄金の器。
それは─────聖杯。またの名を、万能の願望器。
多くの魔術師たちが、幾度も根源到達への足掛かりにしようとしたモノ。
黄金の盃は、穢れなど一切ない『本来』のあるべき姿で、それは俺の
..。
...。
....。
「ッ!」
────────何だ、今のは。俺は一体何を見ていた?
気付くと、周りの景色はさっきまでのものに戻っていた。今さっきの鬩ぎ合いで大分地形が変わってはいたが...いや、そんなことよりもだ。
夢か現かを確かめるように震える両手を上げ、その手中にあった杯を反芻する。が、あの感触は全く訪れず、代わりに俺の身体が大きく脈打った。
まさか────!そう思い、上げていた両手を胸に当てると....
「は、はは。神様、あんたなんてモノを俺にぶちこんでくれたんだ」
この世界に来て、疑似魔術回路を扱うようになってからずっと疑問に思っていた。ただの人間である俺が、何故神代の武具をあそこまで忠実に再現できるのか、と。
全ては、聖杯のもたらす魔力の恩恵だったのだ。
何らかの魔術や武具の精製、創造を試みるたびに聖杯から魔力が供給され、疲弊するのは単純に魔術回路が続けて流せる限界点を越えそうになっていたからだろう。決して魔力切れを起こしたわけではないようだ。
しかし、ひとつ気になることがある。
「魔力の扱いに一際長けたキャスタークラスともなれば、聖杯の仕組みを看破できる。でも、他のサーヴァントだって聖杯を『魔力の塊』みたいな感じで大まかでも知覚できるはずだ。仮に蓋があったとしても、なんで今まで出会ってきた皆やコカビエルは碌に感じ取れなかったんだ?.....って、あぁ!そういえばコカビエル!」
二度目の人生で間違いなく最大の発見をしたため、あの堕天使幹部の存在をすっかり忘れていた。まさか消し飛んではいないだろうが、俺がこの場に無傷でいるということは、向こうが押し負けているはずだ。
掴んでいたエクスカリバーを消し、周囲を探索しようとしたところ...丁度背後に人の気配を察知して咄嗟に手刀を振りかざす。が、その前に土煙の中から伸びて来た手に腕を掴まれた。
「さっすが旦那。気付かれるだろうとは思ってたけど、いざ体感すると血の気が引きますわ」
「...何だ、やろうってのか?フリード」
「いやいや、あんなモンを見せつけられちゃ戦ったところで勝ち目ねぇですって。俺っちはね、結果が分かってる勝負はしない主義なのよ」
フリードは両手を上げて肩を竦めると、持っていた統合済みの聖剣を地面に刺して降参の意を示す。只の戦闘狂かと思ってたが、少しは合理的な判断ができるらしい。
しかし、自嘲的な笑みはすぐになりを顰め、代わりに表層へ上がって来たのは悪だくみをするいつもの顔だ。それを見た俺は多少身構えるが、彼は人差し指で足元を指さして片目を瞑る。
警戒しながらも視線を下に向けると...そこには見覚えのある顔があった。
「コ、コカビエルッ?......反応が無いってことは気絶してんのか」
「ええそうですとも!へっへっへ、ものは相談ですがね旦那。今回の事件の黒幕さんとエクスカリバー全部をそちらへ預ける代わりに、俺っちがスタコラするのを見逃してくれやしませんかね?悪い話ではないと思うんスよぉ」
「.....お前、なかなかやるな」
正直、コカビエルの身柄はこの場で確保しておきたい。このまま逃がしたらきっと同じことを繰り返すだろうし、それだけの能力も備えている。
フリードの口車に乗るのは些か癪に障るが、コイツの巧みな逃げ足でコカビエル共々行方を眩ませられたら、今後に要らぬ遺恨を残すことになりそうだ。
「はぁ.....分かった。お前の提案を呑むよ」
「フゥー!話が分かるお方って大事にしたいよね!このご恩は向こう一か月くらい忘れませんぜ旦那!」
「一か月で忘れんなよ!魂に刻みつけとけ馬鹿野郎!」
「お家に帰ったらやっとくー」とふざけた言葉を残して走り去っていくフリード。俺は嘆息しながらも結界を解除し、奴の逃げ道を確保しておいた。
それから腰ポケットを漁り、手帳サイズに合わせた例のノートを取り出すと、黒歌宛てに素早くペンを走らせてメッセージを送っておく。
よし。何はともあれ、これで無事にコカビエルは拘束できそうだ。...あ、この件を先輩方へ報告した方がいいだろうか。木場と一緒に突っ走ったこともあるし。
....いや、結界で覆っていたとはいえ、これだけ大規模な戦闘をしたのだ。彼女たちが気付かない可能性は考えづらい。もう少しでこの場に到着すると考えていいだろう。
「.....にしても聖杯、か」
改めてその全貌を想起してみると、少し違和感が出てくる。
そもそも、聖杯というのはいち人間が取り込んで大丈夫なものなのだろうか?
どう考えても、美遊ちゃんみたいに聖杯そのものが人格を持ってしまったようなパターンではないし、だからといって宝具をポンポン出せることから偽物という線も考えづらい。
だとすると、俺の中にあるのは...『冬木の聖杯ではない、また別の聖杯』みたいなものだろうか?
(じゃあ、各地に散らばったとされる『本物』?...いいや、だとしたら尚更個人が取り込めるものじゃなくなるな)
『聖杯』なのか、また『別の魔術礼装』なのか。
その真実をはっきりさせる方法は、ない事にはない。が、仮に『それ』をやって成功したりしたら、俺自身が無事で済むか正直不安だ。
だが、これだけは分かった。
俺の中にある聖杯は、冬木においての『小さいほう』ではない。つまり、アレは大聖杯ないし限りなく完全に近い聖杯であることだ。
何故なら、小聖杯はいわば聖杯戦争の賞品であり、英霊の魂を納めることによってのみ形を成すからである。
なので、まず聖杯戦争という行為自体が行われていない以上、アレは小聖杯とは呼べない。器の形は凄く似ていたけど....
では、大聖杯の方か?と、考えを転じてみても、炉心となってしまった『
(考えるより、いっそやってみた方が速いか.....?)
そうは思ったが、いかんせん『やり方』が分からない。
従来の方法で成功するのか、個人が聖杯を取り込んでいる、というイレギュラーに即した方法を取らねば成功しないのか、そもそも何をしたとしても成功などしないのか。
(ま、分からないんなら、分かることから順に消化していけばいい。壁にぶち当たったら、その都度考えよう)
行き当たりばったりな結論ではあるが、このケースはFateにある常識的な概念を越えていることからして、現状いくら考えても明確な答えは出ない。ここは潔く諦め、そして決意しよう。
俺は深く呼吸し、それから口を開こうとした─────その時。
「ッ!────誰だ?!」
背後...いや、正しく言えば背後の夜空か。
物言わぬオーディエンスであった銀月の他に、もう一つ。筆舌に尽くしがたい異質な気配が俺を俯瞰していた。
「へぇ、随分と鋭いな。この距離から俺を捉えるか」
称賛の言葉を紡ぐ声は、白い鎧で全身を包み、蒼い翼を拡げて宙に浮かぶ人物から放たれた。
間違いない。今さっき感じた気配は此奴のものだ。
暴力的と形容しても差支えないほど濃厚な力の奔流。それが、月を背に蒼翼を煌めかせる鎧男から放たれている。
取り敢えず、この状況で俺が真っ先に言いたいことは一つ。
「さて。少し、話をしないか?」
...また厄介事かよ。勘弁してくれ。
バルパーは最後に真の聖剣と巡り合うことができたので、原作より少しはハッピーなエンド。
そして、フリードは捕えられる事無く無傷で脱出。
〝聖杯〟に関しては、今後詳しい性質が明らかにされて行きます。