前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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今回の更新以降は目に見えてスピードが落ちます。申し訳ありません。
その分、今話はいつもより長めとなっています。番外編ですが...

あと、オリキャラが二人ほど出る予定です(この話ではうち一人が登場)。彼もしくは彼女は積極的に物語へ関わることはあまりないですが、オリ主にとっては超恩人です。詳しくは本編にて。


Chaos Brigade.
Error File/02.強者のロジック


 さきほど、集団で襲って来た魔物の群れを殺し尽くしたら、そいつらの血臭に誘われて新しい化物共がぞろぞろと湧いてきた。いや、予想していなかったわけではないのだが、今日の分の食糧を奴らの死体から頂けなかったのは正直予想外の痛手だ。

 ─────そして、その予想外の事態は今現在まで続いていた。

 

 

「...なんでアイツら俺を追ってくるんだ」

 

 

 森の中を跳躍しながら走っている最中に振り返ると、木々の合間から奴らの飢えた怒号が幾つも聞こえて来る。それから暫くすると図体のデカいヤツは立つ木をなぎ倒し、周りを走る小型の魔物どもを踏み殺しながら走り、一方の小型はそんな輩に踏みつぶされないよう距離を空けはじめた。

 

 ...俺はこの辺りの地形を良く知っている。何せ一か月以上は生活拠点としている山なので、山菜が良く取れる場所、川のある場所、精霊の類が住み着いている場所、魔物の巣がある場所...そして、一際開けた、戦闘するにあたって最適な場所も、勿論知っている。

 

 突如視界に差し込んだ陽光とともに、周りに茂っていた樹木の包囲網から抜けた。そこは見渡す限り平らに近い地形で、自分の足首辺りにまで伸びた雑草ぐらいしか特筆すべきものはない。

 ─────つまり、ここなら自身にとってのハンデがほぼ皆無となる。

 

 

「はッ!」

 

 

 俺は手に干将莫耶を出現させ、地を蹴って一際大きな宙返りをし、天と地が逆さになった背後の景色が見えた瞬間に放る。一対の陰陽剣は流麗な放物線を描きながらそれぞれ飛行し、ちょうど頭を出してきた猪顔の大柄な魔物の首を交差する形で切り裂き、宙に飛ばした。

 派手な血飛沫を絶叫の代わりにまき散らしながら、頭を亡くしたソレは為す統べなく絶命し、ただの肉塊と化す。地面に降り立った俺はそんない猪の屍を見ながら、今際の際に頽れる自分の身体を見てどう思ったのだろう。と、そんなことを頭の片隅で考える。

 続けて、新たに創った莫耶を右手に持ち、鋭い歯を蓄える口を開けながら突貫してきた蜥蜴型の魔物を、顎から尻尾にかけて真っ二つに断ち斬る。

 

 

「そんなに喰いたきゃ、テメェの肉喰って腹満たせよ」

 

 

 そう吐き捨ててから片手で切り離された直後の蜥蜴の上あごを掴み、地面に落ちた半身へ叩き付けた。途端に果物の潰れるような水音が響き、多量の赤い血と白っぽい脂肪の塊がまき散らされ、鮮やかだった翠色の地面を瞬く間に血肉で染め上げる。

 俺はそれに止まらず、上げた片手で腸管を掴んで引っ張り出すと、それで牙を突き立てて来たもう一匹のお仲間の口を縛り上げる。驚愕によって動きを完全に止めたところで、そのまま脳天から剣を突き刺し、顎を突き破って貫通。絶命させた。

 

 

「あんまり褒められたやり方じゃないな」

 

 

 呟きながら、上空より飛来してきた鳥型の魔物へ強化(エンハンス)済みの正拳突きを喰らわせ、爆散させる。その直後、空からの敵に気を取られている最中が機と読んだらしく、素早い挙動で接近を果たす三体目の蜥蜴の魔物。しかし、俺はそちらを見ずに蹴りで応答し、真面に受けた蜥蜴は顎と脳髄を粉砕されながら吹き飛んだ。

 俺は無手の左手へ干将を創り、無策で突貫してくる魔物を莫耶と合わせて次々斬り捨てて行く。後から湧いて来た魔物も、それにあわせて順に斬る。斬る、斬る、斬る。ひたすらに斬って殺す。

 何度も経験したことだから、特に目新しさなど何もないただの殺戮。俺を珍しい食糧だと思って寄ってくる馬鹿の脳みそを地面へぶちまけるだけの簡単な作業。なので、それに対しては特に何の感慨も浮かばない。魔物を殺すことに快楽なんて覚えないし、血の臭いにはいつまで経っても慣れない。

 

 ─────戦闘を初めてから体感で三十分ほど。ようやく敵の侵攻も衰え、今しがた二体の魔物の頭を飛ばした所で、この場に置いて心臓を動かし、呼吸しているのは己だけとなった。

 

 

「ふぃー、今日も狩ったなぁ」

 

 

 まさに死山血河な様相となった辺りを歩き、俺は喰えそうな肉片を急いで選び取っていく。何故急ぐのか?一度目の轍を二度も踏まない為に決まっている。もう今日は敵と合っても戦う気が起きなさそうな事もあるし、とっとと自分の住処へ戻ってしまおう。

 食糧を手製の革袋へ全て詰め終え、帰宅の途へ着こうとした時。今まで殺し合った魔物の中でもトップクラスの『殺意』を背後から感じ取った。俺はそれに抗わず、右足で地面を蹴って素早く身体を反転、前を向いた後に全力で後方へ飛び退く。

 

 

『貴様か。近頃一帯の同胞を悪戯に屠っているのは』

 

 

 声の先には、最早竜と言っても差支えないほどの巨躯をもった蜥蜴がいた。見ると奴は後ろ足で地面を踏みしめて立ち、両前脚は胸の前で組んで俺を見降ろしている。肩から背中まで覆う灰色のローブらしきものを纏って碧色の体表の大部分を隠しているが、遮るモノのない相貌は月明かりに晒されており、その紅い瞳は理知的な輝きを帯びていた。...どうやら、相当高位な魔物のようだ。人語も理解できるらしい。

 俺は革袋を地面へ降ろしながら、一度弛んだ精神に芯をぶち込み、慎重に言葉を選ぶことにした。

 

 

「....お前、人の言葉を話せるのか」

『俺のした質問に答えろ、童』

「────ああ、そうだ。だが、勘違いしてるかもしれないからこれだけは言っておく。俺は殺されない為に殺した。俺より弱かった奴らが死んだのは当然のことだ」

 

 

 俺の反論に目を丸くした蜥蜴は、次の瞬間に片手で顔を覆って笑い出した。大気を震わせるほどの哄笑は、いっそ何らかの攻撃手段なのではないかと勘繰ってしまうほどだ。事実、軽いソニックブームが起こって周りの肉片が飛び散っている。

 やがて迸る笑声を引っ込めた蜥蜴は、口角を吊り上げながら話を続けた。

 

 

『いや、全くもって貴様の言う通りよ。弱い者は強い者にとって喰われる。...残酷だが、信念無き弱者は淘汰されるのが世の常というものだ。数百年生きていれば、否でも理解できてしまう』

「じゃあ、何でさっきは...」

『ハハハハ!何、ちょっとした根性調べというヤツだ。理由も無く我らの命を刈り取るだけの野放図な性質の輩なら、手ずから始末しようと思っていたまでよ。幸い、杞憂だったようだがな』

 

 

 愉快そうに笑いながら鋭い爪の並ぶ手を握り、ギシリと剣呑な音を響かせる老蜥蜴。気付けば、先ほどまでの殺意が微塵も感じられなくなっていた。...どうやら、文字通り話のわかる奴だったらしい。

 俺は正直安心した。コイツとは恐らく、万全の状態ではないと渡り合えない。多少なりとも疲労が溜まり、緊張感も欠いてしまっている今では、殺されないまでも無傷では帰れまい。

 

 

「お前は...この山の頭かなにかか?」

『む?そうだな。確かにまとめ役のような役柄ではあるが、これといって(まつりごと)を行っているわけでもない。他者を慮る法や規矩(きく)を魔なる者どもに敷いたとして、悪戯に種間の溝を広げるのみだからな。...それに、俺たちにしてみれば食べ物を奪わず、テリトリーを犯さずに我慢するという考えなど狂っているとしか思えんだろうよ』

「.....そう、か」

 

 

 こうやって話をすればするほど、彼のあまりに人間的な価値観を含んだ意見に驚く。まさか人の治政を魔物の視点で評価できるとは思わなかった。

 しかし、だからこそ疑問は湧く。幾ら知性を持っているとはいっても、魔物は魔物なのだ。なればこそ、強者との邂逅を望み、より広い世界へ目を向け、このような山になど留まるはずもない...そう思っていた。

 ついさきほど対峙した時、目前の老蜥蜴からは巨大な連峰を思わせるほどの重圧を感じたというのに、今は壮年の草臥(くたび)れたサラリーマンのような雰囲気を漂わせている。

 湧き出る疑問に逆らわぬまま、気づけば俺は自然な挙動で口を開いていた。

 

 

「まとめ役みたいなことをやってるってことは、ここに長い間留まってるんだよな?...知識の受け皿を持ったんなら、普通はもっと貪欲になるだろ。ましてやお前は魔物だ。こんな場所に居続ける理由が見当たらない」

『...ふむ。なるほど確かに、強者は強者との戦を好むがゆえに一つところに留まらぬ。お前の言う通り魔物という種族なら尚更だろうな』

 

 

 老蜥蜴はその場にどっしりと腰を下ろし、腕に下げていた壺のようなものを掴みとると、コルクの栓を開けて勢いよく煽った。中身は酒か何かだろうか。

 そんな俺の考えも知らず、彼は低く唸りながら壺を口元から降ろし、空いたもう片方の手で頭を掻きながら片目を瞑った。

 

 

『魔物とは、自分のテリトリー内の事のみを定規にして物事を計ろうとする。それはすなわち、テリトリー外の事は興味を持たず、一切知ろうとしない、そう表現することと同じだ。だからこそ、一切の躊躇なく何かを奪ったり、殺したりできる。それが当然だとも思っているだろう』

「でも、お前の考え方には魔物らしさがほとんどない。思考のロジックが人間のそれとかなり似てる」

『だろうな。何故なら俺は、長い年月を経て本能を抑制する理性を手に入れたからだ。...そして、理性を持つということは、周囲のあらゆる事物、事象の見聞、考察が可能となるということだ。つまり、生きる為に必要なこと以外にも興味をもてるようになった。すると、それまで考えもしなかった『世界』のことを思案するようになったのだ』

「世界.....?」

『ああ。先ほども言ったように俺は長い時間を掛け、理性を手に入れた。その後はまだ見ぬ強者に思いを馳せ、少しでも『無駄』な知識を得るべく各地を放浪したのだ』

 

 

 語る老蜥蜴の目は細められ、視線は虚空の一点に留められる。

 宵闇をスクリーンに自分の記憶を投影して、今一度過去の情景を再生しているのだろうか。

 

 

『俺はその中で強くなった。無論今までよりもずっとだ。...しかし、気づいてしまったのだ。世界という『全』に対し、俺と言う『一』がどこまで強者となろうと、意味のない事なのだと』

「─────意味が、ない?どういうことだ」

『きっかけは、一度悪魔に楯突こうかと考え、下に就く者どもを集めて悪魔の中でも指折りの輩へ挑んだ事だ。...結果は凄惨な有様だった。連れて行った者はほぼ全員殺され、俺自身も深手を負って死にかけた』

 

 

 そう言ったかと思いきや、老蜥蜴はおもむろに上半身を覆うローブをまくり上げて見せた。一瞬、何を意図した行動か理解が及ばなかったが、肩口から反対側の腰にまで深く刻まれた傷跡に気付き、それが彼の言う深手なのだと合点がいった。

 俺の無言の反応に満足したか、老蜥蜴はローブを降ろす。そして、すぐ自嘲するように口角を歪ませ、それから再度壺へ口をつける。

 

 

『悪魔と言う十に満たない存在へ膝を折った俺が、世界という全に挑もうなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。そう明確に感じた途端、俺の中から強者であり続けようとする意志が霧散した』

「......」

 

 

 自分が今まで必死に追い求めて来たものを、突然見失った。その喪失感は並大抵のものではないだろう。だというのに、夜空を見上げる老蜥蜴の表情は笑みに形作られ、まるで長い間囚われ続けていた呪いから脱したような...そんな達成感を滲ませていた。

 

 

『その時に分かったのだ。この世には本当の意味での強者など存在しない、とな。それと同時に、俺は強者でいようとすることを辞めた。...かつてその証明として振るい続けた力も、今となっては降りかかる火の粉を払う時にのみと決めている』

「お前は、それでいいのか?」

『いいのさ。...強者でいることよりも無精者でいることのほうが、ずっと楽で有意義なのだからな』

 

 

 鋭い歯を月の輝きに乗せて見せつけて来る老蜥蜴。チラリとのぞく歯並びは綺麗だし、常習的に肉を食っているとは思えないほど白いが、やはり生来の獰猛さが垣間見える事で、真摯さが差し引かれている。

 案外気さくな性格なのかも、と思いかけたが、次の瞬間には『魔物』の顔に戻り、胡坐をかいていた足を地面から離して立ち上がる。追って見上げると、俺を見るその眼は冷めたものとなっていた。

 

 

『己の身を守る為...それは確かに正当な理由だが、あまり奴等をけしかけんでやってくれ。このまま同胞を狩り尽くされては堪らんからな』

「ああ、分かった。近々ここを出ていくよ」

『そうか。いや、ここは悪魔どもの街に近くてな、皆人型に興味があるのだろう。ましてや、貴様は人間だ。.....出ていくに越したことはないやもしれん』

 

 

 真剣味を帯びた声でそう呟くと、背中を向けて『話はそれだけだ。まぁ、精々殺されんようにな』とだけ言い残し、片手を振りながら昏い森の中へ消えて行った。

 結局、名を聞くこともできず、聞かれることも無かったが、ああいう魔物も冥界の中にはいるんだと再認識できた。そして、俺にはそれがとても嬉しく思えた。

 

 

「まともに会話したの、いつ振りだろうな...俺」

 

 

 あの老蜥蜴は、俺を強者と認めたのか?だからこそ、強者でいることを辞めた彼は戦うことをしなかった?.....否、碌な戦いもせずに他者の実力を決めつけるのはよくない。彼もそれを良く分かっている筈だ。

 

 しかし、強者であろうとすることを諦める。...それは、俺にとって許せない行為だ。

 何故なら俺は、純粋な強さのみを求めているからだ。それは─────この世界を生きて行くために、必ず必要となるものだから。この世界で前の俺以上の幸せを掴むために、必ず必要となるものだから、だ。

 

 その折に、この両手で干将莫耶を握ったとき、今まで持っていた目的とは別の...強迫観念に等しきある感情が芽生えたのだ。

 

 ─────『アイツの背中を追い抜けるくらい、強くなる』、と。

 

 『彼』は人のために強さを求め、俺は自分のために強さを求める。

 どちらが間違っていて、どちらが合っているのかなんて俺には分からない。それでも、答えが己の中に無い今は、我武者羅に突き進むしか方法はない。

 ただ、『彼』が自己犠牲の果てにつかみ取った悲しい結末は、一つの答えとして知ってはいるが。

 

 それでも...それでも。たとえその先にどんな結果が待っていようと、俺は絶対に受け入れてやる────。

 

 俺が求める『強さ』には、それも含まれているのだから。

 

 

 

          ***

 

 

 早朝。出発の準備をしながら、あの老蜥蜴の言葉を思い出していた。

 

 

『─────皆人型に興味があるのだろう』

 

 

 俺には人間特有の匂い、というものがあるらしい。一体どういう類の匂いなのか是非知りたいが、こればかりは他人に評価される以外、俺に理解できる術はない。ということは、イコール対策が碌に取れない事となる。しかし、だからといってさっぱり諦めていた訳ではなく、その理解不能な人間臭を消すために、魔物の血を頭からかぶってみたり、そこらに生えている草木を巻き付けてみたりして上手く誤魔化す方法を必死に模索した。そして、それらは実際に魔物避けの効果を発揮していたのだ。

 そんな確証があるにも関わらず、あの老蜥蜴に俺が人間であることを看破され、他の魔物どもに執拗なくらい追い掛け回されたという事は、ここらに住む魔物のほとんどが匂いに敏感だとしか思えない。となれば、極力平和な生活を望む俺には少々分が悪い。

 何故なら、今まで生き残っていられたのは、大々的な戦闘が無く、俺の存在が周囲に露見していなかったからだ。それも、今回のどんちゃん騒ぎで確実にパアとなったはず。明日からは俺の匂いを知った輩の訪問が絶えなくなるだろう。

 

 

「よっと...これから先は食糧難だなぁ」

 

 

 魚も山菜も、ひいては薬草まで取れる結構良い山だったのだが、自分の命を天秤にかけるほど俺は馬鹿じゃない。幾らたらふく食えても、死ねば全て終わりだ。それくらいの判断はつけられる。

 ここから先は標高の高い山脈を越えなければならないが、移動途中に食いモノを拝借していけば持つだろう。何せ、三千メートル級の山を半日で登って降りた経歴があるんだし。と、木の根に生えていた食用キノコを三本ほど抜き取りながらドヤ顔をしてみる。

 

 

「ん...?この匂い、香草か」

 

 

 森の中特有の涼しい爽風に乗って運ばれてきた、透き通るような香り。四方から俺の鼻孔を刺激するのは、まさしく香草のそれだ。あらゆる種類の香りが折り重なっていることから、この辺りには多く群生しているらしい。ふむ、ちょっと見てみるか。

 未知の品種が無いかあちこち歩き回っていたところ、背後...俺の勘を信じるなら約三十メートル先からガサッ、という草木を掻く音が聞こえた。直後に腕を地面へ着いて逆立ちし、足元に飛来してきた何かを避ける。

 

 

「棘...!?ちっ、また性懲りもなく来やがったか」

 

 

 俺は辺りを素早く見回し、警戒を緩めることなく手に干将莫耶を掴む。その瞬間、三方向から無数の棘が放たれた。...敵の姿が見えない。複数なのは間違いないが、厄介な戦い方しやがる。

 俺は脳内で毒づきながらも、回転しながら斬り払って跳び上がり、撃ち落とせなかった棘を残らず回避する。地面に降り立った後も、敵方からほぼ間髪いれず再びの掃射。舌打ちして先ほどの回避をもう一度行う。

 上手く隠れているらしく、敵の位置が視覚だけじゃ割り出せない。合わせて奴等は一切動こうとしないこともあり、聴覚まで当てにならない。そして、頼みの嗅覚も流れる香草の強い香りで獣臭が掻き消されてしまっている。回避しながらの移動も上手くさせないために、位置をかなり限定してきていることも加味すると、敵は相当なレベルのハンターたちだ。

 仕方なく、俺は所構わずここら一帯に剣を生やそうと決め、膨大な魔力を足に集中させようとしたところ─────

 

 

「がっ?!」

 

 

 ─────脳天に壮絶な衝撃が走った。まるで、超重量の物体が頭上から降って来たかのような一撃。

 致命傷は避けられたものの、既に意識は強いショックと痛みで明滅状態だった。だが、俺は執念に等しき意志で叫び声を迸らせながら身を捻り、不意打ちの犯人を離さなかった莫耶で切り捨てる。

 それを最後に力尽き、崩れ落ちる途中の視界で捉えたのは...舞い散る緑色の葉。身体を真っ二つに断ち切られて倒れる蜥蜴の魔物。そして、上方で大きく波打つ樹木。─────まさか、コイツ...上で待ち伏せしてやがったのか!

 俺が通るルートを予測されていた。その言葉が浮かんだ瞬間、俺の身体に無数の棘が突き立つ。

 

 

「お...ぐ」

 

 

 ああ、終わった。まだ意識は霞がかったままで、このままでは真面に剣さえ振るえやしない。そもそも、倒れてしまっている時点で敗北は逃れられないだろう。体内の魔力を回復に総動員させたとしても、頭を強く揺さぶられた衝撃から完全に立ち直るには十分以上必要なはず。その頃にはとうに手足をもがれて俎板(まないた)の鯉状態だ。

 

 俺の望んだ二度目の人生は、こんな所で終わる程度の価値だったのか。これじゃ小猫助けて死んだ前世の方が断然マシじゃねぇか、ふざけんなよ俺。

 

 幾らこの状況から目を背けようと、逃れようのない事実として自身に突きつけられる。それでも否定することを止めず、みっともなく地面を這い蹲りながら起き上がろうと両腕に力を込めたところで、敵の一体に腹を蹴られて木の幹へ背中から激突、肺に残った空気を吐瀉物とともに全て吐き出し、辛うじて思考することを可能にしていた酸素が大幅に失われる。

 そして、それから直ぐに俺は意識を保つ能力すら、完全に無くした。

 

 

          ***

 

 

 

 ........懐かしい、香りがする。

 

 これは、俺が好きだったアレの匂いだ。間違いない。

 

 くそ、久しぶりだからめちゃくちゃ欲しくなって来た。こんな状態じゃなけれゃ今すぐにでも...ん?『こんな状態』ってどういう状態だ?そもそも、なんで俺って碌に動けなくなったんだっけ........

 

 ああ、そうだ。思い出した。俺は...──────────ッ!何かが近づいてくる。迎撃しろ。今すぐ殺せ!じゃないと、自分が殺されるぞ!!

 

 

「─────ラァッ!!」

 

「っと!起きて早々殺しに掛かってくるとは、物騒な病人だ」

 

「あ、れ?」

 

 

 魔力で創った剣を振るってすぐに前方から聞こえたのは、聞くに堪えない魔物の絶叫でも、肉を断った時の血液が吹き出す音でもなく、人のものと思われる落ち着き払った声だった。それに内心で首を捻りながら、防御のために上げていたもう片方の腕を降ろすと...俺が容赦なく振るっただろう長剣を白いタオルで絡め取り、頭上で制止させるという妙技を披露している長身痩躯な白髪の老人がいた。

 

 

「ふむ。冷静に状況を分析することは重要だろうが、お前さんには先んじて取ってほしい行動がある。...まずこの剣を何とかしてくれんか?あまり老体に鞭打たせんでくれ」

「あ、ああ!すみません!?」

 

 

 至極まともなことを言われ、俺は急いで無骨な剣を消してから謝る。謎の老人は笑みを作りながら「気にするな。分かってくれればよろしい」と答え、タオルを畳んで横に置くと、隣の小さい円形テーブルからカップを差し出してきた。

 

 

「水は飲めるかね?」

「ありがとうございます。頂きます」

 

 

 礼を言ってから受け取り、少し温い水を喉へ流し込む。そうして一口ずつ水を含むうちに思考が澄んで来たこともあり、カップを空にする頃には以前までの記憶を完全に取り戻していた。すると、当然の如く激しい疑問として湧き出て来るのは、何故自分が生きていて、ましてやこんな場所でのんびりと水など飲んでいるのか、ということだ。

 俺はあの場所で魔物に喰われ、今ごろ奴らの養分にされていなければおかしい。そこらへんを含め、事ここに至る経緯を目前の老人へ尋ねてみた。

 

 

「私がいつもの場所で香草を摘んでいたら、人の叫び声が聞こえてな。どうしたのかと見に行ってみれば、今にも喰われそうな君の姿が...という訳だ」

「じゃあ、貴方が俺を?」

「そう言うことになるだろうな。だが、一つだけ勘違いしないで欲しいのは、窮地を救ったからといって如何こうするつもりはないという事だ。────たとえ、君が人間だったとしても、な」

 

 

 白い顎髭を蓄えた口元を笑みの形にゆがめ、厳つい顔が一転して人懐こいものへと変わる。どうやら、俺は二重の意味で助けられたらしい。これには感謝してもしきれない。

 俺はもう一度お礼を言いながら頭を下げてから、自分の名を名乗ることにした。実際のところ、それ以外で身の上を語れる言葉がないのだが。あとは放浪の旅をしてることくらいか。

 

 

「私の名は『シエル・ラファール』。こぢんまりとした喫茶店のオーナーをやってる、しがない悪魔だよ」

「ああ...だからコーヒーの香りがここまでしてたんですか」

「!ほう、まだ豆を挽いてもドリップもしていないのに分かったのかね。随分と鼻がいいようではあるが...」

 

 

 そこでシエルさんは言い淀み、顎に手を当てながら白い髭を触る。?何か言いたくても言えない事でもあるんだろうか。視線がかなり泳いでいる。

 先ほど、彼は俺の鼻がいいと評価していたので、言葉や態度を鑑みるに...微細なコーヒーの香りへ気付けたというのに、それよりももっと重要な事柄を失念している、ということが一番答えに近いのではないか?だとすると、コーヒーよりも先に気付くべき匂いが...あぁ!

 分かった。分かってしまった。確かに、これは面と向かって言い辛くはある。すぐ俺はどうするべきか暫し悩み、浮かんだ候補の中で一番自然に近い発言を選び取った。

 

 

「ええと.....風呂、入れます?」

 

 

 結構直球だったような気がしなくもないが、もはや覆水盆に返らず。あれ、これじゃやらかしたこと前提じゃね?とは思ったが、その考えこそ今となっては無駄も無駄。

 言って直ぐに後悔し始めた俺だったが、シエルさんはまるで水を得た魚のように息を吹き返した。

 

 

「あ、ああ!大丈夫だとも!汗を掻いただろうから早く入って来てしまいなさい」

「りょ、了解です」

 

 

 結論。聞き手と話し手両方が混乱状態だと、どちらも内容に碌な判断が出来ず、主旨や論点が長い旅に出る。ちなみにいつ帰ってくるかは二人次第。




実は厳ついオッサンor爺さんキャラ大好きな作者です。シエルの爺さんは早く出したくてウズウズしてました。
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