前世も現世も、人外に囲まれた人生。   作:緑餅 +上新粉

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なんか戦ってばっかりで恋愛成分ペラペラになりつつある本作。Fate成分を本格的に絡めていけばこうなるのではないかと、元のプロットを組んだ時点で予感はしていましたが....

あ、今回もバトルです。がっつりやります。


File/49.赫き焔、桜色一閃

 ちょっとしたトラブルを挟みつつも、会談の内容は滞りなく進む。

 現在はグレモリー、シトリー両家によるコカビエル襲撃事件の報告を終え、木場の持つ神器の方へ議題は移行しつつあった。

 

 

「で、だ。俺は自領で神器の研究やってるわけだが、未だに生産元がいなくなったことで、コイツらにどういう影響がでてくるのか把握ができてねぇんだよ」

「なるほど。それで、僕の神器が起こした変化が手がかりになるわけですね」

「そういうこった。交わらねぇはずの聖と魔が同時に特性を発揮するなんてことは、以前じゃ有り得ないことだったんだからよ。......む、確かに混ざってやがるな」

 

 

 アザゼルは卓上に置かれた禍々しさと神々しさの両方を振りまく聖魔剣を見て、片方の眉を跳ねさせる。その隣でミカエルも注意深く剣を観察していた。

 木場は忌むべきエクスカリバーと対峙する過程で、聖剣計画に参加していた友人たちを犠牲に生み出した『聖剣の因子の結晶体』をバルパーから渡された。彼はそれを介して友の思いを知り、自身の使う『魔剣創造』という神器を禁手化させ、『双覇の聖魔剣』の能力に覚醒している。

 アザゼルはそんな聖魔剣を一頻り眺めて触って振ってと繰り返した後、満足したような息を吐いてから、持ち主である木場に投げて返した。

 

 

「一時的なものじゃねぇな。ちゃんと神器の持ちうる可能性として完成してる。ッチ、見事なまでに前提が覆ってんな」

「ええ。聖は聖として、魔は魔としてそれぞれ変質することなく、それでいて何の無理もなく剣に内包されてますね。よく、この境地にたどり着けたものです」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ミカエルに直接褒められたからか、大いに恐縮しながら腰を折って礼を口にする木場。俺は戦争以前の神器のことなど分からないため、どれほど難しいことをやってのけたのか理解に苦しむが、ミカエルが直接賛辞するほどだ。仮に可能性があったとしても、実現させるのは相当に困難なのだろう。

 木場は己の持つ神器が有力者にも認められるものだと再確認できたからか、俺の隣で安堵したような空気を纏っていた。ドライグから『至った』というお墨付きをもらってはいたが、個人と複数では安心感が違う。労うように彼の肩を叩いて軽くサムズアップしてやると、若干照れながらではあるものの、大きく頷いてくれた。

 聖魔剣に関しての報告と調査は終了し、次はコカビエル戦と全く同時期に現地で観測された、『この世に存在しないはずのエネルギー』について議題の内容は移る。

 

 

「さて、さきにご報告したように、コカビエルとの戦闘を行っていた当時、ここ駒王町付近を起点とし、天界にて未知のエネルギーが確認されました」

「ふむ....聖なる属性は帯びているはずが、この世の誰も観測、感知できない域にある。そう解釈していいのだろうか?」

「はい。簡単に言ってしまえばその通りなのですが、完全に我々が観測できない域にあっては、この報告はできていません。....振れ幅があったのです」

「振れ幅?」

 

 

 ミカエルの言葉に続けて疑問を投げるサーゼクス。一応この件の当事者は俺ではあるが、未知のエネルギーとして観測され、それがどのような形で明らかとなったのかは知る由もない。この辺りは余計な口を入れず、彼の言を聞いていよう。

 ミカエルは控えていた天使に命じ、人数分の紙を配らせた。その紙面には物理などで良く見る波状のグラフがいくつか添付されており、何のことかと首をひねる。が、サーゼクスとアザゼルの二名が先んじて理解の色を示すつぶやきを漏らし始めた。

 

 

「最初の図に示してあるように、天界で観測されているエネルギ―の全ては観測可能域に留まっています。これが普段の天使が扱う光の力のものです」

「あ、あの。質問いいっスか?ミカエルさん」

「はい。構いませんよ、一誠さん」

「えと、もしかしたらどうでもいいことなのかもしれませんけど....なんだか、上と下の方が空白空きすぎてるような?」

 

 

 遠慮がちに口を開いたイッセーは、俺も何となく疑問に思っていたことを先んじて言ってくれた。

 やはり、こういった方面の知識はさっぱりなので、どうでもいいのかもという想像が先行してしまい、疑問として身を結ぶ前に溶け消えてしまうことが多い。今回も例に漏れずそうなる所だったので、彼には感謝しておかねば。

 イッセーの疑問に対し、ミカエルは感心したような表情を浮かべながら数度頷き、『よく気が付きましたね』と称賛の声を漏らす。

 

 

「天使が扱う光の力には、基本的に大きな差はありません。無論、者によっては密度や質、量で増減するのですが、それは戦闘時のみの話ですから、普段の生活を送る上では目立った推移は見られません。....話を戻しますが、図にあるデータは、我々天使たち全員のものが示されています。ですが、視覚的には一本の線にしか見て取れません。つまり、所詮は小数点以下の違いしかないんです」

「......ああ、なるほど。これは『聖剣』か」

「ご名答ですね。それ以上の域には聖剣の発する特異な力が示されるのです。エクスカリバーやアスカロン、デュランダル。そういった次元の違う逸物が在る領域です」

 

 

 サーゼクスの得心したような呟きを肯定したミカエル。この説明をそのままに解釈するなら、言うなれば聖剣とは『絶えず上位にある力の塊』というわけか。

 聖剣の凄さを特殊な形といえど改めて知ることができたイッセーは、籠手に眠っているアスカロンを意識してか、左手の甲に目を落としていた。

 

 

「それらを鑑みた上で、未知のエネルギーが示されたもう一つの図をご覧になって下さい」

「ま、ぶっちゃけハミ出てるわな。波高が最低に来ている時だけ少し線上に除くくらいだから、最大値は見当もつかねぇな」 

「その通りです。今までに観測された最大値を軽々と越えるのも驚きですが、距離....いいえ、この場合は空間ですか。それを幾度も跨ぐほど人間界と天界は遠いにも関わらず、このように鮮明なデータとして示されています」

 

 

 ここまで話したところで、会議室内にいる全員を万遍なく見渡していたミカエルは、その視線を俺に固定する。

 ....コカビエルと戦い、撃破に貢献したのはゼノヴィア、紫藤、木場、そして俺だ。前の二名は既に直接接触し、これほどのことが起きるに足る現象があったかどうか確認済みだろう。木場もついさっき聖魔剣の特性を調べ、そして何事もなく終わったばかりだ。

 俺は内心で手を上げ、降参の意を示していた。正直なところ面と向かって見せたくはなかったが、ここまで来て無用なしこりを残す訳にはいかない。上手く調整して型落ち品を創造しよう。

 

 

「ツユリ=コウタさん。ここまで強力な聖の属性に傾く力を使った覚えは、ありませんか?」

 

「────ええ、あります」

 

『──────────!』

 

 

 室内に緊張が走る。この場にいる者は誰一人として戦闘の一部始終を観測していないのだから当然だ。それだけでも堕天使幹部を下したという過程が気がかりになる十分な要素となる得るのに、あのような未知のエネルギ―などというトンデモ案件が飛び出てきてしまっては、最早個人的な好奇心では片付けられない。天界では既に、絶対に真相を確認しなければならない事項となっているのではないか。

 俺は体内の疑似魔術回路を励起し、聖杯から魔力を汲み上げる。それを型通りに成形し、しかし所々致命的にならない程度に魔力を欠けさせていく。途方もなく無駄な癖して、恐ろしいほどに気力を喰われる作業だ。弱体化させるために頑張っているなど、努力の方向性を百八十度間違えている。

 しかし、例え間違っていても、今この時に限っては必要なことだ。....そう己に言い聞かせ、元の完成された型を崩して整えて、それを元に脳内で『俺の望む完成形』を書き上げ終わると、ついにソレを魔力で形を与える創造に移る。

 本来なら製造法を完璧に把握していなければできない加工を、干将莫耶と熾天覆う七つの円環で培った知識を総員し、削ぎ落ちとせない部分と落とせる部分に大体の当たりをつけ、半ば無理矢理遂行した。

 その結果は───────

 

 

「これが、恐らく原因の剣....約束された勝利の剣(エクスカリバー)です」

 

「エクス、カリバーだと?それがか?」

 

「はい。あくまで俺の持つ、ですが」

 

 

 軽い熱暴走を起こしている脳を冷ましながら、驚愕を多分に含むアザゼルの問に答え、無事に創造できたエクスカリバーの柄を持つ。出来損ないではあるが、真名解放の権限は有しているらしい。

 最低限のものは()()()()()つもりだ。他者が光球の中から現れたエクスカリバーに対し、神造兵装という名を冠するに足る威圧感と存在感、そしてエネルギーを感じるのも至極当然といえる。だが、既に一度真作に限りなく近いモノを振った俺は分かる。コレを真の意味でエクスカリバーなどとは、口が裂けても言えない。

 神秘が、幻想が、人の持つ何を犠牲にしてもたどり着けない星の息吹と残滓が、大きく減衰している。それをした張本人は自分自身に違いないのだが、こうして実際に見て感じると、改めて別物であると痛感させられる。

 そうはいっても、本来なら地上に存在するものでは無い、という前提は未だ内包している。それを証明するように、先のアザゼルと同じく、剣を見た会議室内にいる全員が息を呑んでいた。

 

 

「聖剣....と呼んでいいのかさえ私には分かりません。戦時に失われた七つ目のエクスカリバーの破片と最初こそ思いましたが、根本から違う。一つであった彼の剣ですら、ここまでの異常性はありませんでした」

「ええ、これはこの世に存在するエクスカリバーとは違う....そうですね、言うなれば俺が生み出した、俺のみが扱える剣です。なので、地上の誰も知らないということになります」

 

 

 ミカエルの驚嘆の言葉に真っ赤な嘘で応える。よくもまぁこれほどの出まかせをスラスラと口に出せたものだが、俺は別の世界の住人で、その世界のアニメ作品から持ってきた剣です、という真実を口にしようものなら、大量のお薬を処方されることだろう。周囲の理解が必要でなければ、こんなことを話しても自身にとってマイナスでしかない。

 そうして、天使、堕天使、悪魔陣営の全員から好奇の視線に晒されていたとき、それまで一貫して静観を決め込んでいたとある人物が動いた。人の目を引く混じりけの無い銀髪が揺れ、爛々と輝く視線が俺を射抜く。

 

 

「ふふふふ。凄い、凄いな。俺の敵は。その剣がどんな威力を秘めてるのか....知りたくなって来たよ」

「おいヴァ―リ、マジになるな。率直に言うが、コレはお前の手に負えるシロモノじゃねぇ」

「だからこそだ、アザゼル。だからこそ、俺はどこまでも挑みたくて仕方がなくなる」

「ったく、本当にどうしようもない戦馬鹿だな。お前は」

「........」

 

 

 昂ぶる白龍皇ヴァ―リを諌めるアザゼルだが、その言に反して鼻息荒く至近距離までエクスカリバーに近づき、忙しなく記録を取っている。最後のヴァ―リの沈黙は、一連の行動を取りながら自分を責める彼に対し、『研究馬鹿なお前にだけは言われたくない』と言いたげな視線を投げていた時間だ。アザゼルは背中を向けていたため、それに気付くことは無かったが。

 ヴァ―リにより形成された一触即発の空気は、しかしアザゼルの声によって結局霧散した。それはエクスカリバーの記録と計測に意識を向けながらも動向をしっかりと伺っていたアザゼルと、和平という大きな目的を為した直後にもかかわらず、不用意な蛮行に及ぼうとするヴァ―リへ周囲が高い警戒を向けたことに起因する。流石のヴァ―リも、一時的な情動に任せて飛び出すには分が悪い状況だ。

 冷静さを取り戻したヴァ―リがつまらなそうに会議室の椅子に腰かけたのを皮切りに、とりなすような声でイッセーが声を上げた。

 

 

「それにしてもさ、その剣でコカビエルを倒したんだよな?どうやったのか結構気になるぜ」

 

「あぁ。実はな、こいつってビーム出せるんだ。かなり強力なヤツでな、こうズバーッと──────」

 

「....ッ?!二人ともそこから離れて!」

 

 

 イッセーの問いに返答していた途中、突如血相を変えたサーゼクスの声が室内に響く。それより一歩早く状況を呑みこめていた俺は、分かりやすいようにビームのジェスチャーをしていた格好をそのままに、できるだけ多くの魔力をエクスカリバーに纏わせる。そして、魔力放出の助けも借りて、窓側に向け横なぎに刃を振るった。

 一瞬の空白の後に閃光が弾け、学園の校庭が一望できる窓と、その壁面が根こそぎ吹き飛び、瓦礫まじりの爆風が外へ向かって放出される。この場を襲うであろう衝撃のベクトルを、その延長線上に立つ俺が発生させた更に大威力の衝撃で呑みこみ、逆ベクトルに統一させる。会議室を狙った攻撃は、この目論見通りに今の一閃で防いだが、威力を多く見積もり過ぎたらしく、余剰分の衝撃で校庭が真一文字に抉られてしまった。

 大穴が空き、見晴らしがよくなった室内に外の空気が流入してくる。それと一緒に視界へ飛び込んできたのは、落とした雫が水面に波紋を打つように校庭へ出現する、黒い影の集団だった。その不気味な光景に、思わず正体を問う呟きが漏れる。

 

 

「....アレは」

「ありゃ恐らくは、事前に捕捉していたテロリスト共だろう。まさか会議の真っ最中に乗り込んでくるとは思わなかったが。....俺たちが和平を結ぶのが大層気に入らねぇみたいだな」

「テロリスト、ですか?」

「ああ。最近存在が明らかになった奴らでな」

 

 

 俺と同じくくりぬかれた窓際に立ったアザゼルは、未だ状況を呑みこめずにいる皆よりいち早く立ち直っていた。息を呑んで問い返したソーナにも普段通りの口調と態度で返している。しかし、テロリストというと....やはり、あれなのか?

 嫌な予感に苛まれていた時、巨大な魔力と聖なる力の流れを室内から感じ、思わずそちらへ目を向ける。その視線の先には、空中に浮かんだ幾つもの複雑な魔方陣に手をかざし、魔力の供給を行うサーゼクスとミカエルの姿があった。周囲に展開している魔方陣の中には、亀裂が入ったり明滅したりしているものが散見される。

 

 

「お二人とも、その魔方陣は一体?」

「結界にパスが直接つながった陣だ。さっきはこれに異常があったから不意打ちに気付けた」

「今は侵入経路に使われた複数の結界の孔を修復していますが、既に転移用の陣が学校敷地内に敷設されてしまったようです。侵入を果たした者による結界の攻撃も相次いでいるので、修復と並行して維持も行っている状況ですね」

「......」

 

 

 努めて冷静な態度を装うグレモリー先輩の問いかけに答えた二人の言葉と様子を見ると、結界はかなり損傷しているようだ。続けられているという攻撃もかなり激しいもののようで、異常を伝える欠損や点滅が見られる魔方陣は後を絶たない。

 ものの数秒で目まぐるしく舞い込んで来た異常事態に、この場にいる大半の人物が追いついて行けていない。だが、その中でもイッセーは何か無視できない点に気が付いたか、棒立ちから復帰してサーゼクスとミカエルに身体を向かせる。

 

 

「結界って、一度侵入させてしまったんなら必要ないんじゃ....?」

「いいや、彼らの向ける矛先が此方だけとは限らない。それに、否が応でも駒王学園内での武力衝突はもう避けられないからね。ここは戦場となるし、飛び散る戦火は校内だけに留めたいんだ」

「あ....」

 

 

 そのサーゼクスの答えで結界の必要性を理解したイッセーは、今も沸々と湧き出る黒衣の侵入者を苦々しい形相で見やる。

 一度は迎撃できたものの、この分だと数の差は圧倒的だ。この場にいる実力者の中でも指折りの二人が戦闘に参加出来ないとなると、ただでさえ少ない戦力は更に落ち込む。

 

 俺は覚悟を決め、手に持ったエクスカリバーを魔力へ還元してから、壁があったコンクリートの断面を踏み切り、空中へその身を躍らせる。頭上から制止を呼びかける誰かの声が聞こえたが、あの場でいつまでも燻っているわけにはいかない。

 

 さて....校庭に佇むのは悪魔だ。俺は転生してからの十五年間で数えきれない程の魔物や魔獣を屠ってきたが、その中で悪魔や堕天使、天使は誰一人として手にかけてはいない。端的にいってしまえば、人の形をしたものを殺したことはない、ということだ。

 空中で干将莫耶の『type-γ(ガンマ)』を創造し、魔力を流転させる。───否、例え今まで殺したことが無くとも、もうこの状況では逃れられまい。さぁ、殺せ。手中にはそれが出来るだけの力がある。大切な人を守るのだろう。大切な場を守るのだろう。なら、殺して奪い取って勝ち得ることを躊躇う理由などどこにもある筈がない。

 

 

「うるっ....せぇ!!」

 

 

 地面に降り立ち、そして駆け出す。その先には数えるのも億劫なほどの黒衣の人型が乱立している。それらは、俺が接近を開始したと見るや否や、手に持つロッドを此方に向けた。

 彼らがどんな表情をしているのか、それは全身を覆うローブが邪魔をするお蔭でうかがい知れない。恐怖に慄いているのか、愉悦に心躍らせているのか、惰性にかまけているのか。いずれにせよ、既に決定的な形で関係の明暗が分かれている以上、目視で得られる情報以外に意味などない。

 ロッドから炎の塊が溢れる。詠唱によって明確に力の指向性を与えられた魔力が、爆炎となって蜷局を巻く。それは術者の殺意を以て対象を認識し、燃え尽きるまで追い詰め、そして灰燼とさせる術。

 だとしても....考えてしまうのだ。自身と同じかそれに近い存在が、本当の死に直面したときのことを。後戻りできない、先の続いていた俺とは違う暗い道を歩む、その想像を。

 

 

「───、──────」

 

 

 振り切ろうとしたものにあっさりと追いつかれ、俺の思考は暫しの空白を生む。それを叱咤したのは、皮肉にも敵の放った炎の魔法攻撃だった。

 

 

「く、おあッ!」

 

 

 目前に迫った劫火に気付いた俺は、水際立った挙動で地面を蹴り、寸でのところで火球を回避する。立て続けに空中では回避できまいと迫ってきた大量の火炎は、行き場を求めて刀身の回路をのたうつ魔力を撃発し、吹いた蝋燭の如く消し飛ばした。――――そして、その短い間に答えはあっさりと出た。

 

 俺は....過去の俺を持つ俺では人を殺せない。

 

 俺は死を体験している。失われていく命と、流れ出ていく血肉の生々しい感触をこの身が覚えているのだ。故に自身の死のみならず、他人の死にも極めて敏感になってしまった。異形の魔物や魔獣にさえ、己の命が明確に脅かされている状況下に置かれなければ、その刃を突き立てられないほどに。

 それでいいのだと思う。死を恐れるのは人間として当然だ。誰かの命を奪ってはならないと強く思うのも、それは人間である証拠だろう。今の俺に不必要な感情などでは決してない。

 仮にこの先どのような存在になろうと、俺は人間であるがまま生きると、そう己の魂に約束しているのだから!

 

 

「おおおおッ!」

 

 

 飛んできた火球を切り裂き、その向こう側にいた黒衣の腹を莫耶の柄で打つ。一瞬で数十m先に転がって行った黒衣は、他二人を巻き込みながら倒れ込み、起き上がる兆しはない。

 それを確認する間もなく跳び、立っていた場所に撃ち込まれた火球数十発を躱す。進行方向から飛来するものは全て干将莫耶で切り裂き、途中に立っていた二人目の黒衣の足を払うと、前のめりに倒れ込んで来たところを膝で一撃、上空に打ちあげてから、最後に回し蹴りを横腹にめり込ませ完全に意識を飛ばす。その最中に飛んできた火球も余さず迎撃し、再び疾走開始。

 それを五度ほど繰り返したところで、背後から爆音が響いてきた。チラリと横目でみると、アザゼルとヴァ―リが戦場を蹂躙しているところが確認できる。俺が一人一人気絶させているのに対し、二人は一切の手加減無しに殺戮を行っていた。

 

 

「アイツらはアイツらだ。....俺は俺のやり方でやる」

 

 

 そう呟きながら六人目を莫耶の峰で弾き飛ばし、片手の干将を振るって火球を散乱させるも、周囲を見ると減っているどころか増えているような気がしてくる。流石にじり貧だ。

 どうする?既に俺は戦場の中央近くに来てしまっている。ここまで来ておきながら撤退などしたくはないし、アザゼルとヴァ―リのように加減の利かない暴力を振りまくのも却下だ。かといって、加減を調節するために一人ずつ直接手を下すのはあまりにも非効率的。

 ....では、純粋に効率的な人数の増員を行うとするか。龍の回路への切り替えを実戦で試行してみたかったのもあるし、現状の打開にも一役買うだろう。

 

 だが、その前に一つやっておかなければならないことがある。

 

 

「────『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)金牛宮(ミリアド)廻る戴天の七星(プレイアデス)』!」

 

 

 俺が発展させたアイアスのもう一つの姿、プレイアデス。これは本来なら前面に連続して展開する七つの障壁を分離させ、自身の周囲を自在に飛行させることが出来るというものだ。そして、プレイアデスの際立って優れた特徴は、多対一の状況において真価を発揮する。

 周囲に浮かぶ盾は、敵の位置と実力によって概ねの配置を完成させ、放たれる攻撃から俺を防護する。それが正面からでも、後方からでも、左右からでも、頭上からでも、足元からでもだ。つまり、盾が存在する限りは全方向から迫る危険に対応できると言える。無論、敵が移動しても魔力等を察知して自動的に位置を修正するため、わざわざ俺が敵を目で追い続ける必要もなく、その強度も従来のものと遜色ない。

 プライアデス七姉妹の名を冠した、アルキュオネ、メローペ、ケライノ、エレクトラ、アステローペ、タユゲテ、マイアの七つの盾は、発動してから瞬時に状況を把握し俺の周囲を隙間なく障壁で覆う。直後に猛烈な火矢の雨が降り注いできたが、衝撃波はおろか風や熱の一切もこちらまで届かない。埋め尽くす轟炎で外の景色は真っ赤に塗り潰されているものの、これで安心して『詠唱』が行える。

 俺は剣を一本、刃を上方に向かせた状態で精製し、それに向かって腕を水平に振ることで手のひらを浅く切る。途端に傷口から鮮血が噴き出るも、構わずその腕を水平に掲げ、聖杯の中にある『匣』へ通じる道を拓いた。

 

 

 聖杯へ接続。....経路確認(ルートチェック)、完了。

 ■つの『■』に接続。....『■』の選択:自動。

 霊脈指定:候補無し。検索....該当せず。所有者の魔術回路にて代用。

 座の干渉:拒否

 ■の干渉:拒否、不可。

 位相確定:霊基・セイバー。......実行(セット)

 

 

 

「─────告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に」

 

『真っ当な願望欲望がある奴なら、お前の問いかけにゃ耳も貸さねぇだろうさ』

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ───」

 

『俺みたいにお気楽なヤツはあんましいねぇだろうから、必然かなり絞られてくるだろうよ』

 

 

 口にする詠唱と、以前召喚した兄貴との会話が脳内でオーバーラップする。それは薄々とはいえ危惧していた、召喚される見込みのある英霊の少なさを案じるものだ。

 英霊は聖杯によって選ばれ、またその呼びかけに応じる英霊も聖杯を手に入れる目的が存在する。だが、俺の中にある聖杯は()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、そもそも内から外に出すことなどできない。行為自体は可能かもしれないが、俺は確実に無事では済まないだろう。

 

 

「誓いをここに。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者───」

 

 

 今のところ唯一召喚を成功させることができた兄貴は、聖杯が手に入らない事実を知ってもらった上で英霊の選定を行うと言っていた。それに....確か、俺のことやこの世界のことも前知識として補完しているとも言っていた。

 己が召喚される地の時代背景などはまだしも、マスターとの記憶の共有は契約が成り、魔力供給のパスがつながった時点で可能となる筈だが、それが現地情報と共に真っ先に英霊へ伝えられるというのは、一体どんな意図があるのか。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ─────」

 

 

 とりとめのない思考は、せり上がって来た苦痛により泥の中へ沈んだ。疑似魔術回路が超高純度の魔力の奔流により灼けつき、詠唱のために動かす顎の筋肉が引き攣る。それが原因で断念するより先に、聖杯の蓋を更に広く開帳し、溢れた魔力を使って一時的に魔術回路を強化する。

 

 ────これで、いける。確信は最後の詠唱の一節に代わり、口腔から吐き出された。

 

 

「──────天秤の、守り手よ!!」

 

 

 瞬間、余分に開けたことで流入した魔力の制動に失敗したか、自身の血液で描かれた魔方陣から激しい稲妻が数条放たれ、その一つがアイアス・メローペを内側から破砕して奔る。空いた穴はすぐさま移動したアイアス・エレクトラによって塞がれるが、全方向から常に砲火を浴びている現在では、一分の綻びさえ爆炎の流入経路となってしまう。

 俺はアイアス・エレクトラが移動した拍子に一瞬空いた空間から、膨大な赤い熱波が噴き出してくる光景を目の当たりにし、急いで傷付いた疑似魔術回路から龍の回路へ切り替えようと躍起になる。今は己の強化に回していた魔力の全ても召喚に費やしていた影響で、本当に只の人間の状態だ。....掠りでもすれば、間違いなく焼死体と化す。

 そんなことは分かっている!思考は現状の打開以外に使うな!防御か?迎撃か?剣も槍も盾も手元に無い!六枚あるアイアスの一枚をこっちに回すか?否、目の前の火球は防げても、それで移動したアイアスの場所から新しい火炎が吹き込んで来る。結果は同じ!足での回避、逃走はどうだ?外は炎熱地獄、そしてこの中も数秒後は灼熱地獄だ!逃げられる余地などない!

 なら─────なら、死しかないのか。

 

 

 

 

 

 

 ────────カチン。

 

 

 

 

 

 

「─────戦場に事の善悪なし」

 

 

 

 死神の足音が聞こえつつあった俺の耳に、涼やかな声と金属が噛み合う音が響いて来る。

 転瞬。空間そのものを喰らうかのような狂飆(きょうひょう)が駆け抜け、目前にある今まさに己を滅さんとしていた劫炎が儚く霧散し、更にはその先にいる黒衣の数人までも激しく血煙を上げて倒れ伏した。それから一瞬遅れて校庭の地面を割る音が幾重にも重なって響き、さしもの黒衣の間でも、暫しの沈黙が降りる。

 呆然と立ち尽くす俺の視界には、浅葱色の陣羽織、黒く棚引く襟巻....そして、桜色に輝く髪が鮮烈に焼き付く。

 

 まさか....そんな、馬鹿なことが。

 

 

 

「─────ただ、ひたすらに斬るのみ」

 

 

 

 召喚された英霊は、どこからどう見ても、新選組一番隊隊長・沖田総司その人だった。

 




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