何か最近戦闘描写ばっかり文字で起こしているような気がする作者です。
さて、2017年度一発目の更新ということで、謝辞を。
私がここまで本作を続けてこられたのは、偏に読者の方々の存在に他なりません。時折かけてくれる声援に励まされ、半ばスランプに陥った時もそれを思い出し、再び筆を執ることができました。
2017年も粘り強く本作を続けていきたいと思っているので、何卒よろしくお願い致します。
.......感想とか沢山欲しいな、と遠まわしにお願いしてます。
白龍皇を宿す少年、ヴァ―リは強敵だ。
時間経過というハンデがあるものの、触れればあらゆる物体を半減し、それで生じたエネルギ―を己のものとする。時間が経つごとに敵は弱体化し、一方自分は強化されていく。神すら恐れる神器と呼ばれるに足る能力だ。
また、イッセーと違い、今代の白龍皇の籠手の使い手であるヴァ―リは飛びぬけて優秀らしく、既に禁手に至っているばかりか、力に溺れることも振り回されることも無く使いこなしているのだ。
そんな彼と実力的に拮抗できる存在は必然、強大な魔力を持つ上級悪魔や、白龍皇の籠手に匹敵する神器を持つ者などと限られてくるだろう。そのどちらも持たぬような輩が立ちはだかろうものなら、木の葉の如く吹き飛ばされるに違いない。
「く────っ、馬鹿な!視覚強化の術式を当ててまだ見えないのか!」
────否。何事にも例外は存在する。それも、こと戦闘においてならば尚更だ。
魔力の貯蔵量に秀でていなくとも、神代の武具をその身に纏っていなくとも。それらを持つことで得る全ての利を凌駕するほどの技術や能力があれば、不利など立ちどころに消え失せる。
魔力も武具も満足なものではない沖田総司は、只一点。剣術という手段を以て万能の強敵と拮抗────否、圧倒する。
「倍速で吶喊するなら、こちらは三倍速で迎え撃ち、三倍速で吶喊するなら、こちらは四倍速で迎え撃つのみ。増してや、そこに無駄なものがあれば尚のこと付け入る隙が生じるというもの」
あらゆる方策を以て沖田の動きに対抗しようとするヴァ―リだが、死角から狙い打ったはずの拳を白刃で弾かれ、それとほぼ同時に放たれようとしていた膝蹴りも脛への一撃で仕損じる。この攻防で崩れたバランスは翼を使って一瞬の後に修正するが、その一瞬の間を縫って二度の突きが肩と腰に突き刺さり、音速に達する物体が通過した衝撃で爆風が駆ける。
「ぐぅぁ!ッチ、なら!当たっても問題ないようにすればいいッ!」
ヴァ―リは後退しながら追撃として放たれた左右の挟撃を両手の甲で受け、同時に光翼から迸る魔力を使って防護障壁を纏う。それで更なる攻勢に出ようとした沖田の刀は弾かれ、一時の撤退を余儀なくされる。───かに思えた。
彼女は斥力で退いた足をすぐさま前方に動かし、迷うことなく白龍皇の展開した防壁に挑む。
とはいえ、もし先ほどのように押し負けて弾かれてしまえば、その隙を突いた強力なカウンターが待っている。無策ではないだろうが、どのようにして突破を────
「ッッ!!?」
「何だ、案外脆いのですね」
銃弾が金属性の物体に連続して着弾したような高音が響き、ヴァ―リの展開した防壁は沖田の『一点を執拗に狙った連続突き』により数秒と立たず砕け散る。
打突の衝撃により表面の魔力を少しづつ剥ぐことはできる。だが、その方法であの魔力障壁を破るには、数十にも及ぶ突きを素早く、かつ全く同じ部位に叩き込み続けなければならない。難しいという次元の技術ではないが、彼女にとっては赤子の手を捻るようなものなのだろう。
「────なるほどッ!静より動、動かねば殺られるということか!」
驚愕に表情を彩るヴァ―リだが、それでも致命的なまでの隙は生じさせない。詰めの一手と思われても仕方ない沖田の高速の一突きを上体を捻って回避し、続けて断頭台から落ちた刃が如く頭上から放たれた斬撃は翼のブーストを合わせたバック転で辛くも回避する。
しかし、それでは駄目だ。ただ速いだけでは沖田の刃から逃れることはできない。
「ええ。存分に動いてください。右往左往するモノを斬ることには慣れてますので」
「グッ!?またソレか!」
ヴァ―リが後方へ下がったことで空いた両者の距離は、沖田の縮地により瞬きの間にゼロへ。その途端に袈裟切りが彼の肩にめり込むが、ワザと腰を捻り、刀が抜ける軌道に上体を向け、衝撃を下方にいなすことで肉体へのダメージを最小限に抑えた。
ヴァーリはこれまでの攻防による沖田の斬撃全ての直撃コースをギリギリで回避できているが、鎧へのダメージは決して少なくない。それが分かっている彼は割れたバイザーの奥で眉を顰め、後退する途中に高く舞い上がり、光翼に魔力を集中させる。
「悔しいけど、現状じゃ近接戦闘で敵う相手ではなさそうだ。故に、こちらで相手をしよう」
そう言うや否や、蒼い光翼から大量の光弾が放たれる。それらは数だけではなく速度もあり、放射状に軌跡を描いたものも弧を描いて沖田の立つ場へ向かったところを見るに、ホーミング性能も有しているようだ。
一つ一つは巨大ではないが、宙を彩る光弾は相当な威力だ。下級の魔獣辺りだったら一発で塵にできるほどのものだろう。そんなものが、目測で推定20はばら撒かれた。
「ふむ....幕末にこのような類の兵器はありませんでしたが」
沖田は迫る光弾を前に刀の持ち方を変え、刃を上に向かせると、切っ先を地面スレスレの位置につけた。
一見、戦闘をする者が取る構えとは思えなかったのだが、彼女の纏う白刃そのもののような鋭さが、それを期に一層増した気がしたのだ。もし沖田と対面し、肉薄しようとしているものが俺だったとしたら、間違いなく彼女の刀の届く範囲へ突入することを躊躇うほどのもの。
そして、その危惧が誤りでは無かったと確信できる光景が展開されたのは、先頭の光弾が沖田の持つ刀のテリトリーに入った直後だった。
「鉄砲の弾よりもずっと遅いですね」
沖田がそう呟きながら、刀を逆袈裟に振ったと察知した瞬間、録画したテレビ映像の高速コマ送りみたく九の剣閃が追加され、今まさに彼女を射程に捉えんとしていた八ほどの光弾と、上空からの接近も画策していた二つを切り裂く。更には後方へ抜けた剣閃と爆破の衝撃が後続を巻き込み、連鎖的に爆裂を起こしていく。
「....なるほど。火力は大したものですが、衝撃さえどうにかすれば何とでもできますね」
拍子抜けのような言葉を漏らしたあと、沖田はその場を蹴って真横に移動する。ホーミング性能のある残りの光弾もそれに続き、彼女を追って軌道を修正したが、それで位置を縦列に近い形にされたため、最も先頭の三つほどを切り裂くことで、先ほどと同様の形で連鎖爆発が発生し、あっという間に全弾が撃墜されてしまった。
これで、ヴァ―リには打つ手なし────そう思われたが、降り立った彼の表情に悲壮なものはなかった。
「ふ、悪いけど、時間稼ぎは十分させて貰ったよ!」
『Divide!』
「────!」
今の音声は白龍皇の籠手の能力発動のサインか!ヴァ―リは沖田に直接触れていないから、恐らく半減のターゲットは菊一文字だ!
俺がそれに気付いたと同時、当の沖田も異常を察知したようで、手に持っていた刀を訝し気に確認し始める。しかし、目前の敵はそれを親切に待っていてくれる相手ではない。
ヴァ―リは意識が自分から離れた僅かな間を抜け目なく狙い、ついに沖田の懐へ侵入を果たすが、直後に銀光が駆け、放たれようとしていた彼の右拳を一閃にて真横に弾く。
「ふっ、まだまだ!」
この迎撃を予測していたヴァ―リは、魔力を貯めて青白く発光する左手を素早く水平に持ち上げ、至近距離での光弾発射を目論む。が、その前に上腕を二度の斬撃が打ち、強制的に上方を向けられた瞬間に魔力が奔り、光弾は天高く打ち上げられて不発に終わる。
沖田は反撃に三度の突きを瞬きの間に繰り出すが、二度分は光翼が展開した薄い障壁に阻まれ、残りの一撃は手甲で防御される。未だ完璧ではないものの、最初の頃より格段に対応力が上がっている。少しずつ彼女の剣戟に目が慣れて来ているのかもしれない。
「鮮やかな剣閃だ。だが────」
ヴァ―リは沖田の反撃を上手くいなした後、縮め過ぎた距離に危機感を感じたらしく、光翼を動かして後方へ退避するが、逃がすまいと二つの突きが得物を追う猟犬の如く放たれる。それは彼にとって不意を衝く一手になり得た筈だが、どういう意図か、一方の突きを激しく受けて肩の装甲を砕きながら、もう一方の僅かに遅れて届いた突きを右手で掴む。
ガリガリッ!という耳障りな金属音が響き、刀の直進を強い摩擦で強引に止めると、ヴァ―リの手には沖田の持つ菊一文字が握られる結果となった。
「これで、チェックメイトだ」
「何を言っているのか、分かりませんね。この手に得物が握られている限り、果し合いは終わりません」
沖田の言う通り、彼女の刀は未だ健在だ。しかし、ここにきて状況は一変している。
時間的に二回目がそろそろ来る頃だろう。兄貴のゲイ・ボルクでさえ二度の半減で相当の神秘がはがれてしまったことから、下手をすれば菊一文字は二度の半減で鈍レベルにまで落とされる可能性がある────!
「....くっ、沖田さん!今すぐ刀の拘束を解いてくれ!────そのままじゃ、
「へっ?いや、幾ら握力が凄まじかろうと、概念的な補強も掛かっている私の愛刀がちょっとやそっとの衝撃で折られることは────いや、待って下さい。もしかして、さっきの違和感ってまさか....」
『Divide!』
俺の叫びをまさかと苦笑いを浮かべつつ否定しようとした沖田だったが、先の刀に感じた違和感を思い起こしたか、一転して神妙な表情となる。....それでも、やはり遅すぎた。
ヴァ―リの手の中で二度目の半減が敢行され、恐れていた通り一般的な日本刀のレベルにまで落とされてしまった菊一文字。そこへ魔力で強化した彼の握力がすかさず加わり、最早一秒も耐えられないとばかりに半ばから砕け散ると、地面へと落ちる前に魔力の残滓となって解け、消えてしまった。
「っ────────!」
それでも、やはり百戦錬磨の剣客か。不測の事態にもかかわらず、柄と数㎝ほどの刃を残して折れてしまった菊一文字をすぐさまヴァ―リの顔面向けて躊躇なく放り、後方へ跳躍し距離を取る。
しかし、これで沖田は正真正銘の無手となってしまった。剣術の流派によっては武術、柔術の教えも受けるそうだが、相手は生身の人間ではない。精々時間稼ぎくらいにしかならないだろう。
どうする、どうするどうする?沖田は丸腰だ。このままじゃ確実にやられる。武具だ。刀が必要だ。
菊一文字を新しく創ること自体は可能だが、この切羽詰まった状況じゃ時間があまりにも足らない。だからといって急ごしらえの刀では....いや、待て。相手はオーフィスほど常軌を逸した相手ではない。半減さえ喰らわなければ、アレでも十分打ち合えるだけの性能はある。
何より────
俺は沖田の居る位置を確認し、同時に龍の回路を励起。ヴァ―リは既に彼女の牽制で投擲した菊一文字の亡骸を掴んで砕き、吶喊する体制に入っている。時間が無い。
自分ではなく他人に向けて、というのは初めての試みだ。できれば試運転をいくつか挟みたかったのだが、駄々をこねても仕方ない!
「沖田さん!」
「──────!」
蒼雷が奔り、沖田の立つ左右に二振りの長刀が精製される。自画自賛したくなるほどジャストの位置だ。
沖田は考えるよりも先に身体が動いたと言わんばかりに、右の刀を凄まじい速度で抜き取ると、勢いそのままに袈裟懸けでヴァ―リを迎え撃たんとする。その速さたるや、まさに紫電のごとし。
一方のヴァ―リも負けておらず、刀が出現した瞬間に必死を予期して片翼のみを動かし、身体を横向きに倒して反対側の光翼を少し破損させるにとどまった。
「っははは!そう来たか!実に面白いな!」
砕けた翼の破片が舞う中、ヴァ―リは驚嘆の声を上げながら手を地面に着いて軸とし、バランスを保ちつつも全身を捻転させ回し蹴りを放つ。それを沖田は柄頭で受け、片手に持ち変えると下腿を下方から振り上げ一撃。そして手首を捻り振り下ろしの更に一撃。これで彼の左足の装甲が砕ける。
それでもヴァ―リは退かず、片翼のブーストで態勢を直立に戻しながら右手から光弾を放出し、がら空きの左を狙う。この一手を沖田は左横に精製された刀を抜き、切り裂くことで回避し、続けて右手に持つ刀で突きを二撃。だが、彼は再び一撃を正面からわき腹に貰う最中に二撃目を見切り、その手で掴み取り右の刀を粉砕する。
凄まじい胆力と無謀さだ。その姿勢には敬意を評そう。しかし、
「残念だが────」
「────次弾、あるそうですよ?」
「む!?」
雷が奔り、沖田の立つ右方に俺の精製した刀が再度出現する。それを
対し、沖田は片手で左の刀を菊一文字の鞘に納めると、右に持つ刀で切り裂き、それを迎撃していく。途中で度重なる衝撃に耐えかねた刀が砕けるが、直後に今度は左の刀を鞘から抜きとり、前方へ駆ける。
「ふ────魔力の嵐に真っ向から挑むか!」
「舐めないで頂きたいですね!この程度、土方さんの扱きに比べたら屁でもないですよ!」
沖田が光弾の中を切り裂き搔い潜る中、何度もその刀が砕ける。が、その度に彼女の周囲に新しい刀を俺が精製し、それを取ることで直進していく。やがてその流れを見切ったか、霞の構えを取ったまま光の雨中を疾走し始めた。
ヴァ―リは高速で迫りくる沖田を迎え討とうと高密度の弾幕を張るが、彼女は僅かに進行を左右にずらすことで生まれた光弾の間隙を縫い、ほぼ減速せずに、寧ろ速度を上げながら距離を詰めていく。
しかし。この挙動、この加速、この歩法....もしや────!
「一歩音越え────────」
加速。
「二歩無間───────」
更に、加速。
「三歩絶刀────」
そして、弾幕を進む沖田の姿が掻き消える。
転瞬、ヴァ―リの両手が火花とともに上方へ弾かれ、同時に沖田が現れた。それに目を見張る彼は、引き絞られる彼女の右腕に握られた刀の切っ先に何かを感じたか、後方へ移動するよう向けていた翼の魔力の放出を急ぎ左方へと向ける。
そして、両者の距離は、ゼロへ。
「────────無明、三段突き!」
沖田の声とほぼ重なるタイミングで、ヴァ―リの声も木霊する。
「アルビオンッ!!」
『心得た!』
(あれは....盾か!)
ヴァ―リの胸部装甲が変形し、青白い半透明の魔力障壁が連続して展開する。それらは内在する魔力から察するに、アイアスほどではないにせよ、即興とは思えないレベルの強度を誇る。
ただの剣戟では傷一つつかぬだろう、強靭な盾。それが四枚。
それに向かい、駆け抜ける沖田の銀閃は一つ。仮に衆目の中であれば、誰もが無情にも弾かれ、白龍皇の目前にて隙を晒すのが道理と思われる攻防だが───交錯後に初めて響いたのは、校庭の土を踏む音だった。
「やはり、
チン。と、ヴァ―リの背後に立つ沖田が刀を鞘に戻した音が響く。だが、ヴァ―リは振り返らない。否、
それも無理はない。四にも及ぶ盾は、その全てに障子に指を通したかのような穴が開き、それはヴァ―リ自信の身体にも届き、腹部から背へ抜けている。
「ご、はッ......!」
「マスターの命です。命までは取りません。尚も挑むというのなら話は別ですが」
大量の血液を吐き出したヴァ―リは、膝を折って地面に倒れ込む。貫かれた箇所を右手で抑えているが、流血は止まらない。回復の術はあるのだろうが、この有様では即時の戦闘続行など不可能だろう。
ヴァ―リはきっと苦痛に喘ぐ最中で、それでも『何故』という疑問が脳内を駆け巡っていることだろう。あれほど切羽詰まった一瞬で、この上ない対抗策ともいってしまえるほどの手を打ったはず。にも拘らず、何故たかが鉄刀の一突きを防げぬのか、と。
それを代弁したのは、ヴァ―リと共にその身を以て一撃を受けた、白龍皇・アルビオンだ。
『馬鹿な!なんだ、なんだこれは、有り得ん!障壁の破壊は衝撃によるものではなく、同一の空間に複数の物体が存在したことによる事象飽和だと?!空間に歪みが三つあるということは、あの人間は一つの刀で三つの一撃を全く同時に打ち放ったというのか?!』
驚くのも無理はない。真っ当な物理法則上では、同じ位置に同じ物体が同時に存在することは不可能だ。沖田はそれを剣技で為したのだから恐ろしい。
事実上防御不可能の絶技、無明三段突き。実際にこの目で見たが、その実、俺の目では何も視えていないに等しかった。
「ぐ......いや、まさかこれほどまで....とは。そも、君の手の者だと....知っている時点で、侮っては......ならなかったのにな」
絞り出すように言葉を漏らし、何とか身体を起こそうとするヴァ―リだが、足は震えていて力の芯が入らない。仮に立ち上がることができても、これでは数分と持つまい。沖田も一向に刀を抜こうとせず、見下ろしているだけだ。
『......やはり、お前の好敵手は想像以上に手ごわいらしい。我が身を優先し、今は退くぞ。ここでの目的はもう達したのだろう?』
「ああ....やっぱり、悔しいけど....これ以上は無様を晒すだけ、だな」
ヴァ―リは一度大きな血の塊を吐き、それからゆっくりと立ち上がる。四肢の震えを無理矢理に抑え、右胸から滴る鮮血も意に介さず、俺と沖田のみを視線に捉えると、その顔に笑みすら浮かべて言った。
「今、及ばないからこそ、俺は明日を生きる意味がある。....だが、ツユリ=コウタ。いつの日かお前を超えて、その先にいる者の元へ行く」
「....フ、そうか。でも、俺の先は辛いぞ?」
「であれば、望むところだよ。......では、また会うだろう。次は、こうはいかない」
ヴァ―リは手を振って魔方陣を展開し、その中へ消える。
ボロボロだったくせに最後の最後まで見栄を貫き通し、ヴァ―リは『自分』を示して見せた。それは自分の命を鑢掛けする意味のない行為だが、男は時に、意味のある無しで片付けられない問題を抱えるものだ。
────要するに、そういう類の病気なのである。
****
「うお!沖田さん?!」
俺がそんな声を上げたのは、ヴァ―リが消えたと同時、支えを失った樹木のように沖田の身体がぐらりとよろめいたからだ。彼女との距離は決して短くはないが、ここはしっかりと抱き止めなければ男が廃るというもの。
俺は長年の勘を頼りに魔力放出を調整し、その場から跳ぶ。普通に走ってでは世界レベルの陸上選手でも届かないので、必然超常の手段に頼らざるを得ない。こんなことに魔力を使うなといった奴は正義の味方の素質はないから諦めてくれ。
「っく!間に合っ────た!」
ワザと沖田のバランスが完璧に崩れたところを狙い、下から掬い上げるようにして抱き止める。その際に尻を思い切り擦ってしまったが、名誉の負傷だと胸を張れるだろう。
一先ずは安心だが、病弱発動による発作が原因で倒れてしまったと思われる腕の中の沖田を見てみると、その顔面は青を通り越して白くなりつつあった。宝具発動後は高確率で発動すると知ってはいたものの、ここまでくると己の死と引き換えに宝具ブッパするどこぞの
「す、すみません....マスター。このような醜態を晒すなど、英霊失格ですね」
「いや、沖田さんにやって欲しいことの全てはもうやって貰った。十分だから、もう休んでくれ」
「そう、ですか。....なら、もう少しお話したかったんですけど、この有様ではそれもままなりませんね。ごほっ、ごほっ!......全く、今昔通して同じ道を歩むとは、これも魂に刻まれた運命....ってやつなのでしょうかね」
沖田総司は生前患っていた肺結核で亡くなったとされる。戦場でも度々病の気を見せていたらしく、有名な池田屋事件では吐血した後に倒れた記録があるらしい。それ以降は新選組の活動には積極的に参加できずにおり、彼女は恐らく、このことを死の間際まで悔いていたのだろう。
病によって長い間床に縫い付けられ、その間は衰えていく自分の身体と剣の腕を自覚するだけの毎日。無力感と焦燥感に苛まれ、ただ漫然と死へ向かってゆく己にやるせなさを感じていたのは想像に難くない。
だから、俺は沖田にこう言うことにした。
「なに、助けが必要になったときはまた呼ぶさ。そのときは改めて色々話そう」
この発言に、沖田は脂汗を浮かべて喘いでいることすら一時忘れ、それから心底困惑した顔を作る。
「────え、と、マスター?私、こんな身体なんですよ?運が悪ければ一歩踏み出しただけで血を吐き出してぶっ倒れる、どうしようもない英霊なんですよ?」
自分でいうのもなんですが、貧乏くじ引いたようなものですって。という言葉を自嘲気味な笑顔を浮かべながら漏らしてきた沖田の口に、俺は仏頂面のまま手のひらで栓をする。元気な彼女であれば躱して反撃など容易だろうが、今は病弱で心身ともに凹んでいるので、モゴモゴとくぐもった声を上げるだけだ。
しかし、驚いた。自身の来歴から大方の予想はつくが、まさかここまで自己評価が低いとは。一たび剣士の顔になれば、自分のことなど度外視してキリングマシーンになるのだが....抱えている闇は想像以上に大きいのかもしれない。
それでも、沖田は決して惨めな剣士として歴史に名を遺したわけではない。新撰組の隊士として戦の要を数多く担い、幕末の世を鮮やかに駆け抜けた男....否、女性なのだ。
「他の人が沖田さんをどう思ってるのかは分からないけど、俺は剣士として尊敬してるし、出来れば師事させて貰いたいとも思ってる。簡潔に言うと好きだ」
「────っ!──────っ?!」
「大事なのは過去の沖田さんじゃなく、今ここにいる沖田さんだ。その沖田さんを俺は病弱含めて評価してる。だからそういうこと言わずに、するんならするで遠慮せず吐血してくれ」
「.......遠慮せず、吐血ですか」
口から手を外すと、呆けたように俺の言った末尾の言葉を復唱する沖田。そんな反応を前にした俺は、もしかして選ぶ言葉間違えたか、と内心で冷汗を流し、思わず視線を宙空に外した。
しかし、それを裏付けるような反応はなく、代わりにころころと鈴を転がしたような笑い声が眼下から響き、下を向くと、そこにはやはり笑顔の沖田がいた。
「こんな私を必要としてくれるなんて、物好きな方ですね、マスターは」
「今の沖田さん見たら、その物好きは数百人くらいに膨れ上がるぞ」
「それこそまさか、ですよ」
絶対なんだけどな....と呟きながら、右手の甲の令呪に目を落とす。
実は抱き止めた時点で沖田の治癒を始め、それから今までずっと続けているのだが、目立った変化は見受けられない。回数は減ったものの吐血は止まらないらしく、これ以上は悪戯に苦痛が続くだけだろう。そろそろ還したほうが良いかもしれない。
そんな俺の考えを見透かしたのか、沖田は数度目の吐血をした直後に力の無い笑みを浮かべ、赤い令呪の刻まれた右手に自分の左手を添えた。
「向こうで、マスターの同胞の方たちが戦っています。なので、私はここで結構です」
「....沖田さん」
「マスターは言いましたよね。沖田さんが出来ることは全部やってくれたって。....なら、満足です。加勢に行ってください。あちらの戦況は不利なようですから」
最後、という訳ではない。だが、別れは別れだ。そう易々と召喚は行えないし、次に会えるのはいつか分からない。
それでも、Stay Nightの士郎が体験したアルトリアとの別れより、ずっとずっと軽いはずだ。
俺は兄貴の時のように再会の約束を取り付け、そして右手の令呪に意識を集中させる。
「令呪を以て命ず────セイバー、『匣』へ帰還せよ」
「はい。ピンチの時はいつでも、沖田さんを呼んでくださいね」
そう残し、沖田は金色の粒子となって空に解けていった。
****
俺は一つ息を吐き、気持ちを意識的に切り替えながら立ち上がる。視線の先には、俺自らが張った結界があった。
「
ヴァ―リと沖田の戦闘が終わり、この場には静寂が訪れたかと思うだろうが、実はそうでもない。結界の外側では黒い魔力波が飛び交い、駒王学園の校庭はさながら地獄絵図の様相を呈しているのだから。
状況の異変を感じ、沖田とヴァ―リが戦っている最中に俺が張った結界。両者は互いに死闘を演じながらも外の状況に気付いていたようだったが、それの存在を感知するや完璧に意識外へ追いやっていた。
恐らく結界があろうとなかろうと同じ対応をしていたと予想はつくが、俺にはあれほど割り切った判断は到底真似できない。
何故なら───────向こうで、文字通り必死に戦ってくれてる奴がいるから。
「お疲れさん、イッセー先輩。よく持ちこたえてくれた」
両手に持つ干将莫耶が黒雷と青雷を迸らせ、準備はできているぞと唸りを上げ始める。アレがオーフィスではないと分かってはいるが、やはり力の根源が同じだと無意識にγの出力を上げてしまうな。交戦時は上手く調整しよう。
俺は結界を解除し、身体強化を発動。同時に防壁を失ったことで黒い暴風が殺到するが、莫耶の一振りで爆轟が起こり、あっという間に直線上の弾幕は霧散する。それで出来た道を魔力放出で駆け抜け、傷付き倒れ伏すイッセーへ迫った黒い魔力波を切り裂いた。
「................」
敵の双眸が俺を映す。あまりに黒く濃密なオーラに全身を呑まれ、その姿の大半は判然としないが....分かる。コイツは、敵として俺を見ている。
そんな先方の反応に満足していた時、背後からうめき声とともに砂を掻く音が聞こえた。その後に紡がれるのは、悔しさに彩られながらも、決して失われぬ克己の意志。そして希望。
俺は笑みを浮かべながら足元に転がった黄槍を手に取ると、力強く穂先を地に突き立て、背後の友へ向かって叫んだ。
「よく言った!....なら、後は任せろ!」
沖田さんとヴァ―リが戦っている間、向こうでなにが起こっていたのかは次回判明します。