申谷カイが諸々の後、先生と遊ぶお話

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 申谷カイとかいう噛めば噛むほど解釈が広がりそうな女と出会い、妄想が形になってしまったので一筆書きました。お納めください。


優しい毒の使い方

 カチャカチャと彼女が音を立てる度に、普段書類仕事や鉄火場に出ている『貴方』には嗅ぎ慣れない独特な薬品の香りが鼻腔いっぱいに広がる。

 作業風景を用意された柔らかな椅子に腰掛けて眺めている『貴方』だが、当然、専門の知識を持っていない為に彼女の動きからそれがどんな道具かは想像を膨らませるがやっぱり、何も分からないと諦めてただ彼女の観察を行う。

 

 外に居る時は常に人を小馬鹿にした様な笑みを浮かべている彼女だが、こと科学に関してはとても真剣な眼差しで薬品一つ一つの反応を見定めており『貴方』がジッと観察をしている事にすら気が付いている素振りは見せず、器用に作業をするには邪魔に思える白と黒の髪を一切器具に触れさせる事なく動き、今度はゴリゴリと何かを専用の道具で砕き始めた。

 

 そんな真剣な様子で何かを作っている彼女の名前は『申谷カイ』

 七囚人の一人であり、山海経で数々の問題を起こし五塵の獼猴の異名を持つ生徒で再び、矯正局に収監されたものの一度脱走を果たしている為か『貴方』に会うという目的の為に脱走した悪い生徒だ。

 

 『貴方』の立場からすれば彼女を観察しているよりも早く、ヴァルキューレに通報をしなくてはならないのだが、折角自分に会いに来てくれたのだからと持ち前の甘さを発揮し、彼女の頼みを聞くべく今此処に座っていた。

 

「……よし。これで良いか」

 

 トポンっという何かを液体に落とした音を最後にどうやら彼女が作ろうとしていた薬品が完成したらしく、小さい声ではあったが達成感に満ちた声が『貴方』の耳に届き、ワクワクしながら彼女を見ているとそんな『貴方』を見た彼女が少し驚いた様に目を開き、すぐ後に微笑ましそうなものを見たという風に極々自然に笑う。

 

「いや驚いただけさ。ククッ、あの時は勇ましくも優しい顔をしていた先生だったが、今は随分と子供の様じゃないか。まさか今頃になってあの時の薬が効いてきたのかねぇ」

 

 素直すぎる反応、七囚人である自分を全く警戒していない『貴方』をケラケラと揶揄う彼女に少しだけ拗ねた表情を浮かべれば更に彼女は楽しそうに笑い、完成した薬を『貴方』の前に持ってくる。

 

「すまないねぇ。少しばかり揶揄うのが面白くてね。気を悪くしたのなら謝るよ」

 

 未だ顔は笑っていたけれど、謝罪を示す彼女に『貴方』は大丈夫、慣れてるからと返した。

 

「慣れてる?ククッ、なるほどなるほど……あのキサキが気を許すのも分かる気がするな」

 

 そう話す彼女は目の前に置いたなんとも毒々しい色を放つ薬品が入ったフラスコをクルクルと回しながら、中身を飲みやすい様にガラス製のコップに移すと『貴方』の方へと差し出す。

 『貴方』が薬品に関して問いかけると彼女は楽しそうに答える。

 

「聞けば先生は随分と激務の日々を送っている様じゃないか。今も化粧で誤魔化している様だけど、目の下にクマが浮かび上がっているほどだ。そこまでして凡夫の願いを叶える為に走り回る価値は私には分からないが、先生の生徒としてこれは見逃せないと思ってねぇ……疲労回復に効果がある薬品を作った次第さ」

 

 そう言われて改めて薬品をよく見てみれば、確かに普段『貴方』がよく飲む栄養ドリンクの類も缶から中身を取り出してみれば、こんな色をしているかもしれないと思ったが、目の前にいるのは七囚人にして山海経に多大なる薬害を引き起こした彼女だ……普通ならそんな彼女が作った薬品など末恐ろしく飲める筈がない。

 

「だからさ是非、飲んでくれたまえよ。先生?」

 

 目を細めてにっこりと笑う彼女を見て『貴方』は目の前の薬品を──一切の警戒なく一気に飲み干した。

 

「は?」

 

 その事実に何故か、飲む様に提案した彼女すら目を丸くしてしまう。

 『貴方』が底抜けのお人好しである事ぐらいは、よく知っているつもりだった彼女だがまさか数々の異名を持ち、『貴方』の目の前で事件だって起こしその被害者も知っているというのに何一つ警戒せずに飲むとは思っていなかったのだろう。

 

 『貴方』は薬品を飲み干した瞬間に、この手の栄養ドリンクによくある独特の甘みとケミカルチックな味わいと炭酸に少しだけ咽せてしまうが、流石はあの申谷カイが作っただけはあるのか、瞬く間に身体は火照り感じていた身体の怠さと眠気が一気に吹き飛んだ事に驚き、凄い凄いと彼女を褒める。

 

「……ククッ、そうかそうか予想通りの効果が出た様で嬉しい限りだ。しかし、何一つ躊躇いなく飲んだねぇ。私が毒を仕込ませているとは思わなかったのかい?」

 

 一瞬何を聞かれているのか分からなかった『貴方』だったが、すぐに彼女の目を見つめて答える。

 

──生徒が気遣って差し出してくれたものを疑う先生が何処にいるんだい?──と。

 

 彼女は自分を『貴方』の生徒だと公言してから、この薬品を差し出してきたのだから先生としてそれを正面から受け止めるのは当然だと『貴方』は目を丸くしている彼女に優しく答える。

 

「……先生として生徒とは真っ直ぐに向き合うか、やはりお人好しだねぇ先生は」

 

 『貴方』の言葉を噛み締める様に頷き、呟く彼女を今度は『貴方』が微笑ましげに見つめ彼女がそれに気がつき、照れ臭そうに目を逸らすのを見届け薬品を全部飲み切った『貴方』は彼女に座る様に促し、真剣な表情を浮かべた。

 

「ん?今度は何かな?」

 

 彼女は『貴方』の為とは言え、収監されている矯正局を抜け出してやってきた悪い生徒だ。

 先生として悪いことをした生徒にはしっかりと指導をしなくてはならないと彼女に告げると、彼女は驚いた様にワタワタと動き出す。

 

「私が言うのもあれだとは思うがね、所謂、良い雰囲気というやつではなかったかな先生。此処は一つ、私が矯正局を抜け出したという些細な事は疲労回復の薬品を作ってあげたという事で見逃してくれても」

 

 彼女の言い訳をそれはそれ、これはこれ、先生としての役目があるからねと一蹴した『貴方』はヴァルキューレの生徒達が来るまでの間、大人しく正座している彼女に今度は正規の手続きをしっかりと踏んでから会いに来る様にと説教をするのだった。

 その後、『貴方』はシャーレへと戻り、積み重なっていた書類を一気に片付ける事に成功するのだがちょうど、0時を回った辺りで凄まじい眠気を感じてベッドで死んだ様に眠り、朝を迎えるのだった。

 

「ククッ、薬の副作用がないと私は一度も言っていないよ先生?」


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