星色モラトリアム   作:らぶりー

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4/ 倉田ましろ

 

 久しぶりに、外を出歩くことにした。

 ここ最近になってようやく涼しくなった風が、なんとなく秋の趣を感じさせたからだろうか。そんな、私に似合わない天気予報の口上がふとよみがえる。

 

「ましろちゃん? 具合は大丈夫なの?」

「うん……ちょっと元気出てきたから、散歩に行ってくるね」

「夜ご飯までには帰ってくるのよ」

 

 玄関口で靴を履いている私に、お母さんはそんな声をかけてくる。

 本当に心配そうな、柔和で温かい声。きゅっと、胸が締め付けられるような罪悪感。「……ましろちゃん?」「うん。ありがとう、行ってきます」なんとか絞り出した声で返事をしながら、足早に家を出た。

 家から出ればその先は賑わいのある街だった。私よりも小さな子供たちが、ランドセルを背負いながら帰路についていたり、エコバッグを片手に提げた近所のお母さんがおしゃべりしていたり。なんとなく自分が場違いに思えて、行先も考えず歩き出す。気分とは真逆にさんさんと照らしてくる太陽に、ほんのりとした反抗心を抱く。

 

 ──胸の中に、(いや)なイメージが湧き上がる。

 

 昔はともかく、今の私にとっては外を出歩くことはこんなにハードルが高いことではなかったハズなのに。それが今では、人の目を避けるように歩いて、どくどくと鳴る心臓の音を聞くのでいっぱいいっぱいだ。

 街を歩くのは、気分転換の意味が大きいのだと思う。場所を変えれば、この胸のわだかまりと少しは向き合えるかもしれないから。それとも逆に逃げ出したいのかな。……どちらにしろ、今の私にはどうすることもできない自問だ。もうどうやっても、あの光に溢れた世界には戻れないんだから。

 

 ──大通りを歩くのをやめて、小さな脇道へ曲がった。

 

 私は今年で十六歳になる。

 学年で言うのなら高校一年生で、通っている高校もこの辺りでは有名な月ノ森。

 本当なら、平日のお昼過ぎに街を散策するなんてことはしない年頃。……そこまで考えて、ううん、と小さく呟いた。私だって、好きで仮病を使って学校を休んでいるわけじゃないんだから。

 自信が無かったから、自信が欲しくて。

 何かになりたかったから、詩を書いて。

 眩しい景色を観たかったから、バンドをして。

 けれどそれは失敗だったのかも。

 

 ──道の様相が変わって、ズボンの裾をススキが擦る音が耳に届く。

 

 不意に誰かの顔が思い出された。

 近頃、私は落ち着かない。落ち着かない理由はきっとバンドについてだけではなくて、なにかの拍子に思い出す写真と男の子のことだった。

 つい数週間前に出会った写真を撮る男の子とは、名前も聞いていなければ連絡先すら交換していない。ただ、偶然出会った先で写真を撮ったりお話したりした後で、またあそこで、なんて軽い口約束をするだけの関係。自分でもびっくりだけど、そんな関係をこの前までずっと続けていた。

 そう。

 学校を休み始める前まで、彼との出会いは習慣だった。

 ──遠くの道の先に開けた場所が見えた。

 歩いている足が止まった。彼の無防備な笑顔を思い出した。

 ──その先に、見慣れた男の子の背中が見えた。

 今の私は、あの男の子と話しても迷惑をかけちゃうだけなんじゃないか。

 ──一度引き返しかけて、行きなれたあの場所に背中を向けた。そんなことをずっと繰り返していた。

 あの口約束を、私は何も言わず無下にしたのだから。

 ──気がつけば、私は広場の入り口にいて。妙な気持ちを誤魔化すために、また背中を向けて。

 

「久しぶり」

 

 声とも言えない声で、うん、と返事をする。

 背中を向けているから、顔は見られていない。心の中で、帰ろうよなんてそそのかしてくる私がいる。本当なら、こんな悪魔の言うことを聞いちゃいけないんだけど……どうしよう。今からでも帰ったほうが良いのかな。こんな私に……ううん。

 

「……久しぶり」

 

 振り向いて、唇の内側を軽く噛んで、彼の手元にあるカメラを見つめた。

 どうしてか、彼に背を向けたままではいたくなかった。

 

 

 

「ちょうど良かった。最近は天気が微妙だったから、良い写真見せれなかったんだよ」

 

 ぎこちない挨拶を交わしてから、彼に誘われるままちょっとしたおしゃべりに興じることにした。天気が悪ければそれはそれでいい写真が撮れることもあるけれど、やっぱり秋晴れの空は格別だから。何よりこんなに散歩しやすい日でしゃべるのも楽しいし、それだけでなんだか気分がいい。そんな彼の言葉に、私は曖昧に首肯を返すしかなかった。

 

 窓の外なんて見ていなかったから、天気が悪かったなんて知らなかった。自分で思っていたよりも部屋に閉じこもると世界が見えなくなるらしい。

 

「紅葉も結構進んできたよな。ほら、もう青い葉っぱなんて全然見ないし、そろそろ冬に差し掛かる雰囲気さえある。写真を撮って初めて、あ、こんな風に景色は変わってるんだって思う」

「うん」

「構図とかを考えるの楽しいんだ。季節が変わったら変わったで、構図で印象が変わったりすることもある」

 

 古い木造のベンチ。私とベンチの間にはシンプルなデザインの紺色のハンカチ。先日一緒に行ったショッピングモールで彼が購入したもの。

 

「なんか気に入った写真があったら教えてくれると助かるな。最近は人を被写体にしてないから雰囲気が似たようなのばっかりだけど」

 

 最近の写真について尋ねた私に、彼は一通りの写真を送ってから「ちょっと撮ってみるよ」なんて言って、少し離れたところで写真を撮り始めた。携帯の液晶をスワイプするのを止めて、なんとなく会話を続けながらその姿を見つめてみる。カジュアルなデニムに、襟のついた大きめの白いシャツ。そういえば、学生カバンが見当たらない。カメラだけの姿はやけに身軽。

 

「どう?」

「……え?」

「ほら、この写真」

 

 ぼうっとしてしまっていたらしい。手元のスマホを促されて、視線を落とした。スマホが表示する写真はブルーベリーの木が真ん中にあって、その奥にどこまでも広がるようなうろこ雲。「次、さっき送った写真見てみてよ」「え? うん」液晶をスワイプしてみれば、同じ所から撮ったであろう写真。……確信が持てないのは、単に構図が違ったから。さっきの見上げるような写真とは違って、主役であろうブルーベリーの木は中央から遠い場所に在って、相対的に空がやけに狭く感じる。

 

「ね、違うでしょ」

「……うん」

「写真の撮り方、なんて大仰なものじゃないけど、少しは気分が晴れた?」

「そう、かも」

 

 気分転換には、なったと思う。話すことに困って「写真の撮り方を教えて」なんて突飛な質問をした私に、彼は嫌な顔もせず応えてくれて。だから、そう。何の目的もなく、気が付いたらここにいたけど、やっぱり来てよかった……と思う。あくまで私のことばっかりだけど。

 

 ぽわりと浮かんだ思考を、ちょっと待って、と打ち止める。あれ? そういえば、なんで。

 

「な、なんで」

「うん?」

「気分転換で来てるって」

「いや、普通に今日平日だし……」

 

 「それに」と言って、彼は言葉を続ける。秋晴れの空を見て紅葉で染まった赤い風に吹かれながら、私は小さい頃にお母さんに怒られそうな時を思い出していた。私の顔をちらりと見た彼が、怪訝な顔。私のことが小さな子供に見えたのかもしれない。

 

「明らかに調子悪そうじゃん」

「え」

「体調って意味じゃなくて、元気ないなーって」

 

 そこまで聞いて、優しく眉尻を下げる彼の行動の意図が分かった。

 なんだか見透かされているような気がして、頬が火照る。理由も分からないまま、ふいと視線を逸らす。

 当たってるみたいだな、と彼は優しく笑った。私は的確な返答が思いつかなくて、ただ口をもごもごと動かすだけだった。

 

「でも、ちょっとは元気出た?」

「そ、そんなこと……!」

「ふふっ」

 

 なんだか、微笑ましそうに笑われている。どうも私の強がりだということは分かっているらしい。同級生のはずだよね。なんだか悔しい。

 む、と頬を膨らませて抗議の視線を向けてみれば、彼は両手を上げて降参のポーズをした。「ごめん」「許さないって言ったら?」「それは……結構困る、かも」…………どうして、疑問形? 思わず見つめ返してみれば、その頬は真っ赤で──よく見たら、頬の内側を噛んで笑いをこらえている。「ちょ、ちょっと!」「ごめんごめん」「もうっ」大袈裟に顔を背けてみる。慌てたように謝ってきたので、許すことにした。

 二人してくすりと笑ったら、心地よくて気が抜けた。なんだか、この人と話すときはこんなことばっかりだ。

 

「まあなんにせよ、また会えて嬉しい」

「そう、なの?」

「もちろん。友達……は、ちょっと驕りだったか」

 

 自虐気味な表情にそんなことないよ、とだけ返して唇の端を噛む。嘘偽りない本音でそんなことを言う自分が意外で、後悔が芽生えていたことに納得した。そうだ。彼とは口約束だけの関係だったけど、それでも……こんなにも長い間会っていなかったのだから、心配をかけたに違いない。

 ……やっぱり申し訳ないな。元気が無かったからとはいえ、私にとっても大切な友達の一人なんだから。

 

「……ごめんなさい」

「なにが?」

「ずっと、来れなくて。えっと、いろいろ、あって……」

 

 もう、私はまた言い訳ばかり。これに関しては私が全部悪いのに。いや、口約束だからそんな重く受け止めていないかも……そうかもだけど……。責任転嫁。そんな誰かの言葉を思い出す。

 彼の表情を見なくて済むように、視線を下げた。

 

「よかった。嫌われたわけじゃなかったんだ」

「……え?」

「いや、ちょっとしつこかったかもって不安だったからさ」

 

 そっと縮こまろうとしていた肩がびくりと震えて、その勢いのまま顔を上げた。なにも気にしていないとでもいうような口調。切れ長のまなじりが少し下がって、口元が柔い弧を描く。私でも分かるくらい、安堵の色が混ざっているのが見えて……なんだかおかしくなって、くすりと息が漏れる。強がりなところは似ているらしい。

 

 彼が隣に座る。膝の上で握りしめていた手とにらめっこするみたいに、私はまた下を向いた。風が柔らかく吹いて、前髪が揺れる。

 

「……今日は、何時ごろまでここにいる?」

「ええっと、夜ご飯までだから……夕方になったら帰ろうかな」

「そっか。じゃあそれまでに、たくさん写真撮らないと」

「どうして?」

 

 隣にはまっすぐ空を仰ぐ黒い瞳。長い睫毛が前髪をなぞって瞬きをする。ふ、と吐いた口が開く。背もたれに背中を預けて、なんでもない会話のように。

 

「話しやすいように。俺たちのいつも通りをなぞって」

 

 静かな声で、彼はそう言う。

 ぎこちない会話。お互いに何か気を使って、互いの距離感を測り合うような、そんないつかの焼き直し。その違和感を、やっぱり感じ取っていたらしい。

 

「いつも、通り」

「うん、いつも通り話せたら」

 

 確かに、私たちの会話はいつも写真と一緒だった。暮らしの話。好きなものの話。趣味の話。カメラの話。思い出の話。──そして、バンドの話。

 木陰の下で笑うような。

 茜色の雲に刻むような。

 晴天の陽を仰ぐような──そんないつも通り。

 だから、だろうか。喉の奥からすんなりと、言葉が飛び出してくる錯覚があった。

 

「──あのね」

 

 彼はきっと、私の調子が悪い理由に見当がついていて。ぎこちない空気を好んでいるわけではなくて。それでも、心の玄関は土足で踏まない。

 不器用だと私でも思う。もっとうまい方法も、もっといいコミュニケーションもあるはずで──けれど、その不器用な気の使い方が、むしろ楽に受け止められた。

 

「モニカ、解散しちゃいそうなんだ」

「……そう、なんだ」

「もっとびっくりするかもって思ったんだけど」

「びっくりは、してる」

「そう?」

「うん」

 

 目頭が熱い。このまま続きを話したくなくて、逃げたくて、向き合いたくなくて──手を、膝からベンチに動かした。何か期待していたわけでもない。何かが起きるわけでもない。だから、手の甲を覆う不慣れな温かさは日差しのもので、頬を静かに伝う水滴は場違いな雨に違いない。

 

「バンドメンバーの──るいさんって言うんだけど。えっと、バイオリンがすごく上手な」

「ああ、あの背の高い」

「うん。何でもできる人だから、私たちのバンドも……多分、るいさんからしたら大したことなくて」

 

 あの日。みんなの前から立ち去った彼女の姿を、今も覚えている。

 

 何かを期待してはいない。自分の声に何かが混ざっているのも、隣の距離が少し縮まったように感じるのもきっと勘違い。

 

「結局、私たちが頑張ってきた先にあるのは、うぬぼれと自己満足なんだって。そんなものじゃ、私たちはダメだった。るいさんにとって、そんなのに意味はなかったんだと思う」

 

 このバンドの先にあるのは、うぬぼれと自己満足だけ──そんな彼女の言葉が、頭の中でリフレインした。

 

 何も期待していない。勝手に話して、勝手に落ち込んでいるだけ。やっぱり私は自己満足で、彼女の言う通り何も変わっていない。

 

「私も、みんなと一緒だったから変われたってうぬぼれて、勘違いして。だから──どんな顔してみんなに会えばいいのかも、どこに行けばいいのかも分からなくなって」

 

 肯定されることを期待していない。

 慰められることを期待していない。

 叱責されることも期待していない。

 

「バンドは結局全部無駄で、意味がなくて」

 

 建前はない。そのままでもいい、と言ってくれた彼だから。きっと私はこんな風に、彼にとってどうでもいいことを、自己満足に、吐き出すように喋れている。

 

「──私は結局、何も変われていなかったのかな」

 

 逃げ出すような独り言。胸のつかえが外れたように、詰まっていた呼吸が再開した。そんな私に、かけられる言葉はなかった。

 ほんの少しの緊迫感。私の言葉は、この距離を離してしまわないだろうか。

 風が葉を揺らす音。遠いところで、電車が高架橋を通過している。下を向いた視線の隅で、赤とんぼが景色をなぞるようにかくかくと泳ぐ。

 

「自己満足だとして」

 

 まるで独り言でも言うかのように、ぽつりと落ちた言葉があった。その口調には、どこか迷いがあったように思う。ふさわしい言葉をどうにか探して、私に伝えられたら。そんな意思が象ったような空気が、私の鼓膜を優しく震わせる。

 

「それが、無意味なわけじゃないと思う。綺麗ごとかもしれないし、君たちのバンドの全てを知っているわけじゃないけれど。その先に得るものが全てなわけじゃない」

 

 なんていうか、と困ったように彼は言葉を濁す。

 

「要は、もっとわがままでいいんじゃないか」

「わがまま?」

「そう、わがまま」

 

 顔を上げる。またあの優しい目を細めて、彼が口の端を小さく上げている。

 

「俺だって同じだよ。自慢できる才能とかないし、褒められるのだってきっと見せかけで」

 

 それでも、こうして写真を撮っていると彼は言う。無言で隣を見ながら続きを待つ。頬にあたる風はやけに冷たい。

 

「俺が写真を撮ってる理由だってすごいものじゃない。綺麗な星があっただけで、今もまだ、こんな風に撮れているのは……たぶん、君に褒めてもらえたから」

「……えっ?」

 

 目を見開いた実感があった。錯覚だろうか、彼は視線を合わせない。

 

「自己満足でも、うぬぼれでも。他人から見たらどうでもいい、くだらない理由でも……たぶん、それを信じることに意味はあるんだと思う。まあ、俺がそう思いたいってだけかもしれないけど」

「それが、わがまま?」

「そう。最初にバンドをしようって思った理由、あるだろ?」

 

 彼の言葉に導かれるようにして、私はうーん、と小さく唸ってみる。

 最初から私は自己満足のために走っていた。キラキラしたあの世界を見たくて。音の粒で満ちた景色が綺麗で。何より、自分のことを変えたくて。そうしてみんなと会えて、ライブもして。ここまでやって来た。

 

「自信を持てなかったとしても。結局のところ、自分で信じられるものは自分のわがままだけなんだよ。バンドのみんなとか、家族とか。いろんな人に、自分はわがままでここまで来たって言えるような何か」

「そんなの、理由になんて……」

「なれるよ」

「……どうしてそんなこと、言えるの?」

 

 知らず語気が強まりかける。私のこと、名前も何も知らないのに──そう言いかけて、口をつぐんだ。

 本当に? 私には本当に、信じているものは無かったっけ。

 ──いや。頭のどこかで、否定する。心の中で、そんなことはないと首を振る私がいた。私はこの道の先で誰かに誇れる自分になることを、どこかでずっと信じていた。そうだ……うん、それが始まりだった。

 

「自分が変わりたいからっていう、そんな理由だけでバンドをするのだって悪いことじゃない……と、思う。だってその過程で、それが素敵だって思う人もいる」

 

 その口調はまるで、あの星について語った時みたい。ノイズの混じらない言葉が、音楽みたいにそっと胸に流れ込む。

 優しい目。切れ長のまなじり。

 それは言外に、他ならない自分がそうだと言ってくれているようで。

 

 うん、と浅い息を吸う。手から小さな陽が避けていく。頬を伝った雨は渇いて、少し熱い。

 なんだか、不思議だ。ただ思いを吐き出しただけで、ほんの少しだけの勇気を貰えたみたいで。

 

「……少しくらいは、役に立ったかな」

「……うん、ありがとう」

「大したこと言ってないけど」

「ううん。それでもありがとう」

 

 わがまま。そう、わがままだ。私はバンドをしたくて、そんなわがままでみんなと走って、それでここまで来た。

 まだ変われていなかったとしても構わない。私はそれよりもみんなと過ごす時間が楽しくて──亡くしたくないから、バンドを続けていたいんだ。

 シャッター音が意識を叩く。隣を見れば、悪戯っぽく笑う彼。黒い瞳に導かれて、そっと手元のスマートフォンを見る。

 液晶の奥には秋晴れの茜空。ブルーベリーの木を背景にした私の横顔。薄い赤の入った目尻の仄かな笑い顔。眉根を下げて、自信が無さそうで。なのに、こんなにも写真は綺麗に見える。

 

「綺麗に撮れてる」

「と、撮る前に言ってよ!」

「ごめん、あとで消しとくからさ」

「……誰にも見せないって、約束してくれる?」

「……うん」

「そ、それなら……やっぱりなんでもない」

 

 立派な勇気なんてない。答えなんて見つかってない。

 けど……こんな風に笑えているなら、なんて。そんな根拠のない自信で前に進める気がした。

 

「みんなに、会って来ようかな」

 

 躊躇はした。胸の中にしまったささやかな勇気だけは信じられた。

 

「何を言うか、ぜんぜん決まってないけど……私はやっぱり、諦めたくない」

 

 だって、自己満足でもいいと言ってくれる人がいた。後悔しか生まなかった私の心に、違うフィルターが通った。なら伝えられる。根拠のない自信。小さすぎる勇気。今の私には十分だ。

 

 るいさんが間違っているとは思わない。私よりもずっとすごい彼女からしたら、モニカを続けることに確かに意味は無いのかもしれないから。……うん、でもやっぱり私は信じたいし、みんなとバンドがしたい。手に入れたつながりを切り離して、何もなかった私には戻れない。

 

「……大丈夫」

 

 呟いて、立ち上がって、ブルーベリーの木に背を向ける。ポケットで震えたスマホ通知を一瞥して、つくしちゃんのメッセージを確認した。どうやら学校は終わったらしい。

 

 私の胸の中で輝く何かを、私の心を変えた世界を、音にしたくなった。皆とならそれが音の星になって、誰かの瞳に流れていける。皆とバンドをして、眩しい世界の果てで。自己満足のまま──私は、昨日の私に誇れる自分を探し続けたい。

 いってらっしゃい──なんて、背中から投げられる声は柔らかかった。

 

「いってきます」

 

 良かった。今度は、顔を上げて答えられた。

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