荒涼たる山々の風景を眼下に、ガイアーに抱かれたマーズが、西域のさらに果てを目指す。
先のウラヌスとの一戦で受けたダメージは、未だに癒えてはいないのだろう。
磨かれたように冷たい大気に曝されているにも拘らず、
マーズの額には、うっすらと脂汗すら浮かんでいたが、
その瞳には一切の迷いの色も無く、地平の先、遥かなエジプトの地を見つめ続けていた。
「……それにしても」
マーズがゆっくりと辺りを見渡す。
日本海上空まで彼を護衛してきたF15戦闘機に代わり、
現在は中国籍の戦闘機の編隊がガイアーの周囲に展開していた。
「僕が眠っている間に、状況も随分と変わったようだな。
いや、それだけ事態も深刻になったと言う事か……」
やや深刻な含みを持たせ、マーズが一人思考する。
現在優先すべきは、拓馬達との合流し、エジプトを襲った神体を撃破する事である。
だが、他の神体がこの差し迫った状況を、黙って静観し続けるとは思えない。
既に事態はマーズ達でのみで収められる範疇を超えている。
神体の、そしてゲッターの存在を知った世界とどのように協力していくか、
マーズは今後の行動についても考えておく必要があった。
「うん?」
両翼に展開していた殲撃七型が慌ただしく動き出したのを見て、マーズが思考を中断させる。
顔を上げた先には、逆光を背にゆっくりと近づいてくる、奇妙な浮遊物が見えた。
「あれは……、 神体、なのか?」
前方の障害を排除すべく、編隊を組み直した一団が先行する。
その不用意な行動に、マーズが思わず声を荒げる。
「いけないッ! うかつに近付いては……!」
マーズの叫びは、爆発の衝撃によって遮られた。
閃光と爆音、黒煙が視界を塞ぎ、色めきだった編隊が散開する。
やがて爆風が過ぎ、大きく開いた視界の先に、巨大な神体が姿を露わにした。
それはまるで、
今しがた遺跡から発掘してきたばかりと言った風の、古ぼけた巨大な土偶であった。
サーチライトのようにチカチカと瞬く、シンプルで大きな二つの目。
空を飛んでいること自体が悪い夢としか思えないような、ずんぐりむっくりとした体系。
巨大な赤土を練って、そのまま窯の中に放り込んだかのような素朴なボディ。
だが、マーズは知っている。
この人を喰ったデザインのロボットが、
各国の軍隊が採用する現役の戦闘機を遥かに凌ぐ、凄まじい戦闘能力を秘めている事を、
仲間の敵を討たんと、合流した一団が空飛ぶ土偶目掛け、一斉掃射を浴びせる。
もし眼前のデカブツが、外見通り素焼きの装甲であったなら、
瞬く間に粉微塵と化していたであろう猛攻……、だが、
「ダメだ! この場から離れるんだ」
まるで子供の悪戯でも咎めるかのように、無傷の神体がゆっくりと首を回す。
直後、両眼から眩い怪光線が照射され、前線の一機が避ける間もなく消滅する。
土偶はガイアーの存在を気にも留めず、算を乱した一団を、首を振って尚も追撃する。
「クッ、そうか、アイツの狙いは……」
マーズがぐっ、と身を震わす。
現状、ガイアーのバリアに守られたマーズに、神体の光線は届かない。
だが、逆に言うならば、マーズを懐に抱えているうちは、
ガイアーは反攻に転ずることが出来ない。
敵はそれを知っているからこそ、ガイアーの前で隙を見せて誘っているのである。
「仕方ない、ガイアー、僕を地上に降ろすんだ」
「…………」
しばしの間、ガイアーはマーズの指令が聞こえないかのように、
用心深くバリヤーを展開していた。
あるいは、この時のガイアーには、
満身創痍の主を守るため、何らかのセーフティが働いていたのかもしれない。
だが、ガイアーはじめ神体の行動は、原則的に主の指令を最優先とする。
「どうした? ガイアー、早く地上に投げ降ろせ」
二度目の指示を受け、ガイアーが高度を徐々に下げ、右手の拘束を緩める。
思いもよらぬ大胆な行動に、スキンヘッドの監視者が、神体の中で驚きの声をあげる。
「なんと! ガイアーの懐を離れるとは、マーズは状況が分かっているのか?
自分が死ねば、そのまま地球が消滅すると言うのに……」
慌ててスイッチを操り、神体の両眼を合わせる。
地上へと降り立ったマーズからは、モニター越しにも疲労の色がありありと伺えた。
「いや、そうか…… 今のマーズはガイアーの能力を知らないのか!
ガイアーのバリヤーの堅固さを知らないから、攻撃する事しか頭に無いのだな。
よし! それならば、この【シン】にも、十分な勝機がある」
一抹の希望を得た監視者が、ピアニストのような流麗な指使いで、手元の操作盤をまさぐる。
同時に土偶の扁平な頭部が開き、何物かがプシュゥと勢い良く飛び出す。
「ムッ」
神体の奇妙な変形を、地上のマーズが油断なく見上げる。
だが、射出された物体はマーズでもガイアーでも無く、周囲へ広範囲に拡散する。
そのミサイルのような物体は、地表に落下すると直ちに回転を始め、
さながら小型のドリルのように土中へと沈みだした。
「なんだ、これは攻撃では無いのか?」
敵の怪しい行動に、マーズが疑惑の声を漏らす。
監視者は応じない、言葉の代わりに、神体はくるりとガイアーに背を向けた。
「……逃走する気か? よし! 追撃しろ、ガイアー」
主の指示を得たガイアーの全身が煌々と輝き、すかさず土偶に対し光弾が放たれる。
元々ガイアーと他の神体では、根本的な出力が違う。
バリアー越しに突き上げる衝撃に、土偶のコックピットが激しく揺れる。
六神体の防御能力ではガイアーに拮抗できない事は、
先のウラヌスとの一戦で証明済みであった。
だが、愛機を襲った危機に対し、スキンヘッドは不敵な笑みを浮かべた。
「グッ…… フ、フフ……、
元々シンの能力で、真っ向からガイアーと渡り合えるなどとは思っていない」
「アイツ…… 一体、何を?」
「ガイアーがシンのバリヤーを破るのが先か、
シンが地下のエネルギーを探知するのが先か……、
地球を掛けた鬼ごっこと行こうか、マーズ!」
・
・
・
マーズが第四神体・シンと接触する三時間ほど前、
ゲッターチームはエジプトの地にあって、灼熱地獄を前に苦戦を強いられていた。
「ク、ウゥゥ……ッ」
視界を包み込む眩いばかりの輝きに、さしもの拓馬も唸り声を上げる。
六千度、実に太陽の表面温度に匹敵するほどの熱を放つスフィンクス達の包囲により、
周囲が白一色の白光に覆われる。
いかに変幻自在のゲッターの装甲であろうとも、
近距離で放熱を浴び続ければ、物の数分と持たない事は明白であった。
だがこの時、真に危険に曝されているのは、むしろ機体の内部の方であった。
空調の処理能力を超えて際限なく上がり続ける室温が、
拓馬達の思考と体力を容赦なく奪い去っていく。
「た、拓馬、騙されるな、コイツらは……」
「分かっているさ! 孔明と戦った時と同じだ」
焼けつくような高熱に包まれながらも、拓馬の瞳は冷静にモニターを追っていた。
四方は四体のスフィンクスに囲まれ、目も開けられぬほどに白熱していると言うのに、
画面に映る熱源は、前方の一つのみであった。
すかさずアークが身を翻し、後方の神体目掛けて高速で飛び込む。
モニターのデータが故障であるなら、ゲッターは蒸発をまぬがれないところであったが……
「見ろ、拓馬! 光源が引いていく」
「フン! やっぱり幻か、チンケな手を使いやがって」
ゲッターの飛行速度に合わせ、光源が蜃気楼をように、等距離を守って引いていく。
この幻こそがエジプト軍を壊滅させた、スフィンクスのもうひとつの武器であったのだ。
「ほぅ、気付いたか…… だが、だからと言ってどうするつもりだ!
逃げてばかりでは勝負にならんぞ」
「うるせェ! こうするまでだよッ!」
言うが早いか、アークが振り向きざまに頭部からビームを放つ。
前回の戦いで、神体が攻撃と防御を同時にはこなせない事を、拓馬は学習していた。
以前の雪山のような、ビームを遮るものも無い。
ゲッターロボの代名詞たる光線は、一直線に敵の装甲を貫くものと思われた…… が!
――バシュウゥゥッ――
「……!」
強烈なはずのゲッター線の一撃は、対手の装甲にぶつかると、
まるで放水を浴びせたかのように幾重にも分かれ、後方へと消えた。
閃光が収まり、静寂が戻った砂漠には、
まるで何事も無かったかのように佇立する、人頭獅子の黒色のボディがあった。
「ゲッタービームが、効かない、だと……?」
「フフッ、いやいや、そう悲観したものでは無い
先のビームは、人類には十分過ぎるほどの出力を持っていたよ。
――六千度の放熱に耐えられるスフィンクスの装甲でなければ、致命傷だった」
「!?」
「分かるか? この神体はそもそもバリヤーなど必要とはしないのだ!
この機体を破壊出来るもがあるとすれば、それはガイアーだけだ!」
「クッ!」
再び発光を始めたスフィンクスを避け、アークが旋回する。
逃走を始めた獲物を追って、漆黒の獅子が無人の砂漠を駆ける。
今のアークでは、敵を叩くどころか、近づく事すら敵わない。
距離をとったところで、ゲッタービームも相手には通じない。
といって、トマホークを投げ打ったとしても、チョコレートのように蕩けた鉄塊が、
スフィンクスのボディで潰れて張り付くのみであろう。
「どうしたゲッター、このまま日本に逃げ帰るつもりか?
それならそれで構わぬぞ。
こちらはこのままリビア、スーダン、エチオピアと順繰りに地上を焼き尽くすのみだ!」
監視者の言葉は、裏を返せば、
スフィンクスはゲッターを追う手段を持たない事を意味していた。
が、その内容は決してブラフでは無い。
ここで拓馬達が引けば、この神体は、北アフリカ一帯に灼熱地獄を拡大し続けるだろう。
だがその時、男の挑発に対し、拓馬は不敵な笑みを見せた。
「逃げるだと? フザけるな!
この程度の焚火で、ゲッターを焼き尽くせると思うなよッ!!」
「何だとッ!?」
突如としてUFOのような鋭角的な軌道を見せ始めたゲッターに、監視者が思わず叫ぶ。
アークは体勢を立て直してスフィンクスに向き直ると、直後、超高速での突撃を始めた。
「うおおおおおっ!!」
「……馬鹿なッ! 死ぬ気か、ゲッターッ!?」
監視者の眼前に、真紅の悪魔の姿がぐんぐん迫る。
それはあたかも、太陽に挑むイカロスの如き無謀、
瞬間、男は見た、得物を掲げるゲッターの、その槍投げのような構えを……!
「……!? し、しまっ」
「いッけえェ――ッ!! トマホォーク ボンバァァ――ッ!!」
拓馬の咆哮に合わせ、斧槍の刃がバチンと稲光を発し、たちまち眩い輝きを放ちだす。
同時にアークの両足が大地を踏みしめ、機体に急制動を掛ける。
強力な慣性が、膝、腰、肩、肘、そして指先へと連動し、
つんのめるような体勢で、アークが白刃を投げ放つ。
帯電する斧槍が光弾と化し、燃え尽きる間もなく一直線に神体を襲う。
「ウオォォ!!」
刹那、閃光が炸裂音と共に大地に満ち、衝撃が投擲したアーク自身をも襲う。
バリヤーを持たぬスフィンクスには耐えられぬ一撃。
いや、元よりあの高速が相手では、バリヤーを展開する余裕すら無かったであろう。
「グッ……、ま、まだ、まだだ……」
胸甲を貫いた斧槍に串刺しとされ、ドス黒いオイルを噴出しながら、
スフィンクスは尚も抵抗せんと、その身を再び発光させようとする。
よろめく身体にとどめを刺すべく、アークが灼熱地獄の中へと飛び込む。
「往生際が悪いんだよォー!」
スフィンクスの周囲は未だ余熱が引かず、
胸元から背中へ貫いた斧槍は、早くもグズグズと蕩け始めていたが、
アークは構いもせずにその柄を鷲掴みにして、帯電する避雷針のような翼を扇状に展開した。
「サンダーッ ボンバァーッ!!」
拓馬の叫びと共に、今度はアークの全身が白光し、
その身を中心として驚異的な放電現象が巻き起こる。
痛烈な電撃は両腕から斧槍を通し、高熱の渦となってスフィンクスを体内から襲った。
「グッ グオオオォォォ…… これが、ゲッター、か」
「…………」
「だ、だが、これでいい、
お前らが滅んでも、我らが滅んでも、結局は同じ こ と……」
「……何だと?」
サングラスの男の奇妙な言葉に、拓馬が呟きを漏らす。
だが、その疑念に答える声は、既にない。
放電が止んだ後も、スフィンクスはしばしの間、
あちこちをショートさせながら、生物のように全身を痙攣させていたが、
やがて、グズグズに熔けた関節が自重を支え切れなくなり、大地にどうっ、と崩れ落ちた。
六神体の一柱
太陽にも等しき力を持った灼熱の人頭獅子は、皮肉にもその身を内側から灼かれて果てた。
・
・
・
バラバラと言うローターの音が砂漠に響く。
騒ぎを聞きつけたエジプト軍の生き残りが現場へと到着したのは、
ちょうど周囲の熱が引いたのを確認した拓馬たちが、
ゲッターの外装を点検している時だった。
「流拓馬くんに、山岸獏くんですね」
ヘリから出てきた中年が、流暢な日本語で喋ったことに、二人がほっ、と胸を撫で下ろす。
「私は日本の大使館の者です。
あなた方のことは、日本政府からの連絡で聞いています。
どうか、この場は我々に同行して、六神体に関する情報を提供して下さい」
「日本政府が……」
拓馬の脳裏に、病室で出会った指令の顔がちらりと浮かぶ。
日本を飛び出してから一日半の間に、ゲッターを取り巻く状況は好転しつつあった。
もっともそれは、六神体の猛攻を前に、
手段を選んでいることが出来なくなっただけの話ではあったが。
「よろこんで、と言いたい所だが、実はあんまり時間がないんだ。
これから急いで、日本にトンボ返りしなきゃならねぇ」
「マーズ君の事だね、それなら大丈夫。
つい今しがた、彼もこちらへ向かっているという連絡が入ったところだよ」
「何! マーズが目を覚ましたって言うのか!?」
男の報告を聞いた拓馬は即座に顔色を変え、ゲッターのコックピットへと駆け上る。
「点検は終わりだ、行くぜ、獏」
「あ、ああ、分かった!」
突然の空気の変化に、驚いた大使館の男が、拓馬を引き止めようと慌てて声をあげる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
大した準備もなしに、一体どこに行こうって言うんだ?」
「六神体の狙いはマーズだ!
敵が既に動き出している以上、一刻も早くガイアーと合流したい」
「そ、そんな、無茶だ! 下手をすると行き違いになるかもしれないし、
それに、このロボットだってメンテナンスをしないと……」
男の言葉に、乗り込みかけていた獏が動きを止め、困った風に振り返った。
「それがよ…… そういうワケにもいかないんだ」
「えっ?」
「つまりさ…… この世界はまだ、ゲッター線の研究が進んでないから、
傷ついたコイツを直す技術が無いんだ。
どれほど時間をかけたとしても、根本的なダメージの修復は、多分できないよ」
「そ、そんな!」
『急げ、獏!』
「オゥッ!」
つい今しがたの話が無かったかのように、獏が威勢の良い掛け声をあげる。
呆然とするエジプト軍の兵士達を尻目に、真紅の悪魔は風のように東の空へと消えた。
・
・
・
幸運の女神は、人類に味方したかに思われた。
チベット近郊で中国空軍の救難信号を探知したアークは、
ガイアーの居場所を補足する事に成功したのだ。
連戦のダメージをものともせず、高速航行を続けるアークの前に
やがて、空中に悠然と貯立する偶像が姿を現す。
「見ろ、拓馬! ガイアーが居たぞ!」
「ああ、だが、マーズはどこに……」
スピードを落とし、アークが周囲を巡回する。
ガイアーが無事である以上、マーズの身もひとまずは安心な筈である。
ただ、近辺で中国軍が遭遇したという、
土偶型の神体が姿を見せぬ事に、一抹の不安はあったが、
「拓馬、居たぞ、マーズだ!」
獏の通信を受け、我に返った拓馬がモニターに視点を戻す。
そこには確かに、周囲の様子を伺う赤毛の少年の姿があった。
「マーズ! 無事だったかッ!」
巨大な影に気づいたマーズが、ふと上空を見上げる。
その視線が、高速で接近するアークの姿を捉えた瞬間、彼は、思いもよらぬ言葉を発した。
「来るなッ! ゲッター!! これは――」
――ドワオォ!!
マーズの叫びは、突如、地の底から轟いた爆音によって遮られた。
「な……!?」
拓馬にも驚いている余裕は無かった。
謎の爆発を契機に、大地が鳴動し、広大な山脈に次々と亀裂が走る。
轟音が一帯に響き渡り、大地を襲う衝撃が、上空にいるゲッターまでにも突き上げてくる。
震動で大地が砕け、なすすべも無いマーズが、岩盤と砂煙の中に姿を消す。
それはあたかも、黙示録の1ページを体現したかのような絶望的な光景であった。
「マ、マーズッ!!」
「クソッ、返事をしろ! マーズ!?」
――チベット地震。
後にアメリカの研究チームによって名づけられたその地震は、
震度7、マグニチュード9.7という、驚異的な測定結果が報告され、
同チームによって、有史以来の最大級の地震であると結論付けられた……。