―― 太平洋・南洋諸島近海。
空の蒼と海の藍、二つの青の狭間にぷかりと浮かぶ異物のような黒球の内部で、
件の監視者の男が、人知れず溜息をついていた。
「……機体にこれといった損傷は無し、か。
あの深さからの大気圏突入にも耐えうるとは……、
やれやれ、偉大すぎる先人のテクノロジーも、こうなると考えものだな」
金属の内装を軽く指で弾きながら、男が苦笑する。
もし今少し、男の操る神体・ラーの装甲が脆弱であったならば、
今頃は燃え尽きる神体もろとも、地球は消滅していた事であろう。
「ともあれ、多少手順は変わったものの、当初の予定通りゲッターは斃した。
今はそれだけでも、良しとしておかなければな」
男が一つ頷く。
先の上空での最後の激突の際、
機能を停止したゲッターが核の閃光に呑まれていくのを男は見た。
ゲッターが消滅した以上、もはや地上にイレギュラーとなる存在は無い。
ガイアーとラー、二つの神体のどちらが敗れたとしても、その時に人類は消滅する。
地球人との接触以来、数千年の時をかけた彼らの計画も、完結の時を間近に控えていた。
とは言え、男の中に不安要素がない訳ではない。
ガイアーの起爆条件を満たすためには、
ラーはあくまでも『外部からの』攻撃によって破壊されなければならないのだ。
それは、神体の故障によってガイアーが爆発しないための例外的な措置であったが、
その一文こそが、男の懸念する部分であった。
この、設計上の『盲点』をマーズが知ったならば、
物量に勝る人類に反撃の糸口を与える事になるだろう。
「やはり、悠長な事をしている余裕は無いだろうな。
対策の時間を与えぬためにも、ここは、多少強引にでも攻めるべきだ」
だが、と、男の思考が蔭る。
ガイアーが地球消滅の鍵である事を知られた以上、
日本政府はマーズの居場所を意地でも秘匿し続けるであろう。
マーズをおびき寄せ、直接対決の形に持ち込むためには、
何か特別な仕掛けを考える必要があった。
と、そこまで思案が巡ったところで、不意に男の瞳が不吉に輝き、その口元が邪悪に歪んだ。
「ふふ……、ここは一つ、搦め手を試してみるとするか。
我等が最も忌み嫌う、人類の醜さを眼前にした時、
果たしてお前はどう動くかな、マーズ?」
男の言葉に同調するかのように、やがて、巨大な黒球はざばりと中空に浮かび上がると、
そのまま音も無く、北西の空へと飛び立った……。
・
・
・
ガソリンと、オイルと、埃と泥と血の臭い。
むせ返るような大気に満ちた、ほの暗い、赤一色の世界の中、
分断された陸橋の上で、マーズは一人、眼前の光景をただ呆然と見下ろしていた。
「ここは…… これは一体、どういう事だ……」
マーズの視線の先には、砕け、倒れ、崩れ果てた高層ビルの墓石群があった。
瓦礫の山と化して行く手を阻む、コンクリートの道路の成れの果て。
染み出したオイルで赤々と燃え上がる大地。
陥没した路盤より、天空に向けて突き出した地下鉄車両……。
一切の人の営みが感じられない風景を前に、マーズは一瞬、
その光景がガイアーが起爆した後の、崩壊した地球の姿なのではないかとすら錯覚した。
だが違う。
監視者達が目指すのは地球の消滅、
人類の存在の痕跡すら残さぬ、静謐さに満ちた終末である。
これでは、この光景はまるで……。
その時であった。
不意に視界に煌くものを捉え、顔を上げたマーズの視界に、高速で迫る二つの彗星が映った。
彗星はまるで、もつれた凧のように互いを相食みながら、みるみる大地へ近づいてくる。
瞬間、マーズは理解した。
二つの彗星はただ落ちているのではない、高速で落下しながら戦っているのだ。
「……まさか!」
直後、爆撃のような彗星の衝突が爆音を上げ、衝撃が廃墟を揺るがす。
崩れ落ちる陸橋から降り立ったマーズの頭上に、瓦礫の雨が容赦なく降り注ぐ。
「くっ! コイツは……」
瓦礫を避け、大通りへと回り込んだ所で、
不意に一陣の風が埃を吹き飛ばし、マーズの視界が晴れた。
眼前に捉えたのは、そそり立つ二つの異形である。
這いずり足掻く、烏賊のような細身のロボットと、
馬乗りになって襲い掛かる、樽のような大柄のロボット。
鋼鉄の拳が絡み合い、唸りを上げて大地を揺るがす。
そんな、暴力という言葉を体現したかのような凄まじい光景が、
マーズの思考に、とある確信をもたらした。
「やはりコイツは……、コイツらは、ゲッター?」
『オオ!』
大樽が一声野太く叫び、天高く突き上げた蛇腹のような両腕を打ち下ろす。
鉄槌の一撃が再び大地を揺るがして、
頭部のひしゃげた烏賊が、踏み潰された昆虫のように痙攣する。
大樽は爪のようなマニュピュレータをわきわきと動かし、
烏賊の胸部に器用に差込むと、力いっぱい装甲を切り裂いていく。
金属の擦れるような絶叫が響き、
ドス黒いオイルが返り血のように噴出すが、大樽は怯みもせずに部品を引き千切る。
無機質なる機械にあるまじき地獄絵図に、思わずマーズが口元を抑える。
『チッ、あっけねぇ!
思った通り、碌なパーツを持っちゃぁいねぇな』
やがて大樽は、完全に動きを停止した烏賊の解体を始め出したが、
その段になってようやく異分子の存在に気づき、頭部のみをクルリとマーズの方へ向けた。
『……何だ、お前は?
なんだってタダの人間が、こんな所にいやがる?』
「……人間が? どういう意味だ……」
『フン、寝ぼけてやがるのか? まあいい』
と、大樽はたいして気にも留めず、再び視線を物色作業へと戻すと、
右のマニュピュレータをゆっくりと持ち上げ……、
不意にマーズ目掛け、蛇腹のようなアームを勢い良く伸ばした。
「うっ! うわあああ!?」
状況を掴めないまま不意を突かれたマーズに反撃の余地は無い。
三本の爪が竜の顎のようにマーズを咥え、唸りを加えて壁面へと叩き付ける。
圧倒的なパワーにより、ブ厚いコンクリートが容易く突き抜け、砂塵が再び宙を舞う。
『ったく、こいつは何だってん……』
大樽のぼやきはそこで中断された。
脆弱な人間ごときは容易く握り潰せるであろう、大型マニュピレータ、
その豪腕を内側から押し返そうとする、異常なまでの怪力に気付いたためであった。
『ムオッ! コ、コイツ!?』
「うわァッ!!」
バチバチとしたエネルギーの渦が球体を無し、巨大な爪を弾き飛ばす。
驚き振り向いた大樽が見たのは、金色の輝きに包まれた件の少年の姿であった。
「こ、この姿は……」
かろうじて敵の爪を凌いだマーズであったが、
彼自身、自分の身に何が起こったのか理解出来てはいなかった。
ただ、とっさに省みた自らの肘先についていたのは、見慣れた肌色の腕ではない。
そこにあったのは、独特の鈍い輝きを放つ、青銅色の金属の腕であった。
『テメェ……、何者だッ!?』
「くっ!」
マーズに迷っている暇は無かった。
迫りくる二本の大型アームを前に、反射的に合金化した両腕をかざす。
黄金色の輝きが再びマーズの全身を包み、
今度は先程とは逆に、巨大な爪をピタリとその身に吸い寄せていく。
『ウ、ウオオォォ!?』
大樽が叫ぶ。
マーズを貫くかに見えた大型アームは、
その胸元で、見えざる拳に握り潰されたかのように大きくひしゃげ、
球状の小さなスクラップとなって、灰塵へと還っていく。
一方マーズは逆に、対主を喰らうかのように大型化を始め、
その全身がみるみる金属の装甲に包まれていく。
「オオ!」
引き抜こうとした両腕を失い、
バランスを崩した大樽めがけ、マーズが巨大な両腕で取りすがる。
堅牢そうな大樽の装甲は、先の二本の大型アーム同様軋んで千切れ、粉微塵に分解された。
『グゥ、テ……テメェ、ゲッターじゃあねェな……!』
「答えろ! ここは何処だ! お前らはこんな所で何をしているんだ」
『何って…… 殺戮と、強奪よッ!
この世界からおさらばするために、弱ェヤツを喰らって、
あそこへ行く力を蓄えてんだろうがよ』
「あそこ…… だと?」
大樽が顎を向けた先を、マーズの視線が追う。
遥か上空に見えたのは、真紅の空に不気味に浮かぶ、大きくドス黒い雷雲であった。
「あそこに…… 一体、何があると言うんだ」
『ゲッター…… 聖、ドラ、ゴ、ン……』
「……ゲッター?」
その奇妙な言葉を口にすると同時に、大樽の姿は地上から消滅した。
・
・
・
「この世界は、夢……なのか?」
呆然と、マーズが自らの両腕を、
そして、すっかりミニチュアの光景となった地上を見下ろす。
自らの全身を包む青銅色の金属、
地上から見上げたならば、さながら偶像の如く映るであろう威容。
それは間違いなく、彼を守護する神体、ガイアーの持つ姿であった。
「いや、僕だけでは無い、ついさっき出会ったアイツらも」
ちらり、と視線を先ほどの烏賊の残骸へと移す。
動力源を失った無残なボディは、彼の知るロボットのそれとはいささか異なるものの
その鋭角的なスマートなフォルム、そして何より、
左腕に備えた不釣り合いに巨大なドリルを、よもや見紛う筈が無かった。
「やはりこいつはゲッターの二号機、
と、すると、さっきの樽型は三号機……か?」
突然自らの身を襲った異常事態を、マーズが推し計る。
マーズの知る地球に良く似た瓦礫の世界、だがそこは人類の世界では無い。
この異世界を跳梁するのは、一個の人格を有した巨大ロボット達。
あるいは、鋼の装甲を有した外道達の世界と言うべきか。
『へっへ…… 強いねェ、旦那』
不意に足元から投げかけられた声に、ぎょっ、とマーズが振り返る。
見ると声の主は、既に事切れたかと思われた、件の烏賊ロボットであった。
「お前……」
『マジな話、旦那なら行けるんじゃ無いのかい…… あそこにさ?』
痙攣する烏賊に促され、マーズが再び虚空を仰ぎ見る。
その時、マーズはふと上空の異変に気付いた。
巨大な黒雲に取りつかんと飛び回る、蠅のようにちっぽけな点の群れ。
それら全てが、先程の樽や足元の烏賊と同じ、寄せ集めのゲッターの群体であったのだ。
刹那、一際大きな雷鳴が周囲に轟く。
強烈な稲光が天空を焦がし、逃げそびれたゲッター達が、
炎に包まれカトンボように燃え尽きていく。
『ハハ! パワーが全然足りて無ェのさ、ヤツらも、あっしもね』
「……一体全体、この世界は何だと言うんだ!
アイツらはあそこまでして、何をしようとしているんだ!?」
『何って…… この最悪の世界を抜け出すには、あそこを目指すしかないんでさァ
そのためには、より強力なパーツをぶんどって、大量のエネルギーも蓄えなきゃいけねえ』
「…………」
『だが、旦那のその体ならあるいは…… なあ、飛べるんだろう、旦那?』
……飛べる、のか?
と、自らを包む神体のボディに、マーズが自問する。
先の一戦において、マーズが無我夢中で繰り出した技は、
間違いなくガイアーの重力装置であった。
あの攻撃が、マーズ自身の意思による物だったと言うのならば、あるいは……。
(ガイアー……)
マーズはゆっくりと瞳を閉じると、普段のように、自らを守る神体に対して指示を出した。
程なく、マーズの足元が重力の枷から外れ、全身がふわりとした無重力感に包まれた。
「やはり、飛べる……」
ゆっくりと瞳を開けたマーズの眼下に、ひらひらとドリルを振るう烏賊の上半身が映る。
「聖ドラゴン……か」
先程の樽の残した奇妙な言葉を口にすると、マーズはそのまま上空へと舞い上がった。
・
・
・
「地獄……」
ポツリ、とマーズが言葉を漏らす。
地上を見下ろせば、互いの部品を奪い合い、破壊の限りを尽くす鋼の異形。
天空を仰げば、イカロスの如く焼き尽くされては地上に堕ちる鋼の異形。
この世界は、ゲッター線と人類の邂逅がもたらす、パラレル・ワールドの一部なのか、
あるいは、遠い未来、宇宙全体の脅威となるであろう、
おぞましいゲッターの存在を知ったマーズの見る、
被害妄想が形をとった夢の一部に過ぎないのか……、
「いや、今はこれ以上は考えるべきじゃ無いな。
この世界は、分からない事が多すぎる」
事の全容を推し量るには、マーズには情報が圧倒的に不足していた。
今はただ、この世界の謎を紐解く鍵を求め、
上空で繰り広げられる地獄に加わるしか無かった。
「……ムッ!」
思考を戻したマーズの視線の先に、不意にきらめく物が映る。
風を切る旋回音に反応を促され、身を翻したマーズの脇を、
巨大な鉄隗が高速で突き抜けていく。
「トマホーク!? ……くっ!」
間髪おかず背後に迫る殺気を、振り向きざまにマーズが受け止める。
かざした右手から生じた障壁が、件の殺気の正体、唸りを上げる巨大ドリルを押しとどめる。
だが、驚く間もなく第三の太刀が、がら空きとなった右脇に迫る。
「くっ! くそォッ!」
横一文字の日本刀の一閃を、左手をクロスさせて受け止める。
身に迫る二機の刺客が動きを止めた一瞬をつき、バリアーを最大出力に高めて打ち放つ。
ほどばしるエナジーが渦となり、両機の豪腕を大きく弾いて押し返す。
「お前ら…… 一体、何のつもりだ」
大きく息をついたマーズが、計三体の刺客をジロリと睨み返す。
そのいずれもが、規格もカラーも異なるパーツをごてごてと組み合わせた、
異形のゲッター達であった。
『お前の体が欲しい』
卯耳のゲッターが、数十メートル級の大太刀を八双に構えて言い放つ。
『ヘヘ、お前はどうやらレア物みてぇだからな、その力、オレ様のものにしてぇ』
下卑た笑いを漏らし、黒色の二本角が左手のドリルを唸らせる。
「馬鹿な事を言うな! そんな無茶な事が出来るわけが……」
どくり、と心臓がひとつ高鳴り、マーズの言葉が止まる。
思考が濁流のように脳内を巡り、過去に見たビジョンが無理やり引き出される。
先の宇宙での戦いにおいて、アークは一体どうやって核の衝撃を防いでいたか……?
戦いの度に進化を積み重ねるゲッターロボは、
あるいは、神体のテクノロジーすらも取り込んでしまえるのではないのか?
『お前の持つ力は、我等の新たな進化を促す筈だ
そうすればきっと、我々はこの世界から脱出することが出来る』
灰色のゲッターの一言が、マーズの思考の中から禁断の扉を引き出す。
鮮烈なる未来のビジョンが再びマーズを包む。
退廃し、忘れ去られた太陽系から飛び出していくゲッター。
永劫の戦いの中で、無限の進化を積み重ねていくゲッター。
惑星を呑み込み、立ち塞がる文明を蹂躙して、宇宙の秩序を破壊し続けるゲッター。
時空を超えたゲッターと神体の出会いは、本当に偶然の出来事であったのか?
本当は進化を重ねるゲッターの意思が、ガイアーの力をも取り込むべく、
その尖兵としてアークを送り込んで来たのではないのか?
『オラァッ 油断してんじゃァねぇ!』
がくりと空中で静止した神体目掛け、黒色のゲッターが突貫する。
左手の高速の螺旋が、一直線に装甲を貫くかに見えた…… 刹那!
「ガイアァ――!!」
カッと両目を見開き、マーズが咆哮する。
神体の全身が眩い太陽の如き光を放ち、
その身に触れんとしたドリルが先端から分解消滅していく。
突然の対主の変化に、黒のゲッターは避ける事も声も上げる事も出来ず、
慣性のままに塵芥へと還った。
『オオ! それがキサマの真の姿か!?』
『な、なんと、コレ……がっ!?』
立て続けにガイアーの全身から放たれた光弾の波状攻撃が二機を襲う。
至近距離にいた兎耳は避ける事も適わず、光の渦に半身を呑まれて地上へと堕ちる。
残った灰色は蝙蝠のような翼をバサリと広げ、全身兵器と化した神体から距離をとる。
『ハ、ハハッ! 凄いじゃねぇかッ!!
その力があれば、オレは何だって出来る! この世界をたやすく飛び出して……』
「ふざけろッ!!」
遥か上空の蝙蝠目掛け、マーズがありったけの光弾を叩き込む。
「分かっているのか! その驕りが……、お前らの存在が宇宙を滅ぼす事になるんだぞ!?」
『へっ! 何を青臭い事を……』
灰色のゲッターの言葉はそこで途切れた。
機体を巧みに翻し、光弾の大群を避けようとしたその瞬間、
天空より煌いた雷鳴の一閃が、彼の全てを奪い去ったのだ。
「なっ!?」
我に返ったマーズが、咄嗟に全身にバリアーを巡らす。
雷撃の嵐は天空を覆いつくし、
懸命の徒労を重ねていたゲッター達を容赦なく撃ち落して行く。
轟音と閃光、衝撃と断末魔――。
――やがて雷鳴は去り、ただ一人となったマーズの眼前で、ゆっくりと黒雲が割れ始めた。
・
・
・
「うっ!?」
我が目を疑う光景に、マーズが呻き声を漏らす。
大きく開けた黒雲の間から覗いたそれは、
ただひたすらに巨大で、巨大で、おぞましいばかりに巨大なゲッターの上半身であった。
「こいつが、聖ドラゴン……?」
ぞくり、と全身が一つ震える。
眼前のそれは、ただの図体だけのモンスターではない。
そびえたつ装甲の表面をうねる、ウジのような奇妙な隆起、
よくよく目を凝らせば、それらの一つ一つが、
ガイアーと同サイズはあろうかと言う、ゲッターの群体で構成されていたのだ。
言うなればそれは、ゲッターのレギオン。
永劫の死闘と際限なき犠牲を喰らいながら無限の進化を積み重ねる、
ゲッター線の妄執そのものであった。
どくり、と再びマーズの心臓が跳ね、ドス黒い衝撃がマーズの全身を包み込んでいく。
マーズは既に気付いていた。
全身を襲う炎のような激情が、どこから来るものであったかを。
「 ゲ ッ タ ア ア ァ ―――――ッ!! 」
衝動のままに、マーズが、そしてガイアーが叫ぶ。
神体の咆哮が届いたか、その怪物は、
まるで小五月蝿い羽虫でも見るかのように、ゆっくりと瞳を開いた。
「聖ドラゴン! お前は何故、僕をこの世界に呼んだんだ?
お前が僕を、ガイアーの力を利用するために、
異世界からアークを遣わしたと言うのならば、
なぜ、こんな悪夢のような光景を僕に見せる!?」
『…………』
「答えろッ! ゲッター!!
お前は僕に、一体何をさせようと言うんだ?」
『…………』
「……そんなに僕にゲッターを、……人類を滅ぼさせたいのか!? 聖ドラゴン!!」
その怪物は、ガイアーを丸ごと閉じ込められるほどの巨大な両眼に茫漠とした光を宿し、
マーズの怒りを受け止めていたが、やがて、望外の言葉をマーズの脳へと投げつけてきた。
『構わぬ……』
「……? な、何だと……?」
『お前がそれを望むならば、それだけの力を持つのならば、
そして、宇宙全体を揺るがす運命を背負う覚悟を持つと言うのならば……、
構わぬ、人類諸共、我等を焼き尽くして見せろ! 監視者マーズよ』
「……ッ!? ば、馬鹿な……!!」
ドラゴンの放った予想外の言葉に、
マーズの思考がぐらりと揺らぎ、最強の神体が体を泳がせる。
そんな少年の脆さを哀れむかのように、異形のゲッターがゆっくりと瞳を閉じる。
『元の世界へ戻るのだ、監視者マーズ、
今のお前には、まだ、我等と対峙する資格は無い……』
「ま、待て…… まだ話は……」
『 帰 れ !! 』
カッ――、
と、再びドラゴンが両眼を開く。
たちまち白色の閃光がマーズの視界を奪い、
バリアー越しの衝撃が、マーズの全身から感覚を奪い去っていく。
(ゲッタアアァァァ――ッ)
『力を蓄え、真理を求めよ、監視者マーズ
我等はお前とガイアーが、宇宙を支える巨大な歯車となる事を望む……』
世界が白色に包まれる中、マーズは途切れ行く意識の片隅で、
ゲッター聖ドラゴンの言葉を聞いた……。
・
・
・
「うっ…・・・」
瞼の裏に光を感じ、マーズがゆっくりと瞳を開ける。
視線の先には、突き刺さるような蛍光灯の白色があった。
「ここは……」
おもむろにベットから降り、周囲を見回す。
そこは白塗りの壁に四方を囲まれた、病院のような簡素な一室、ただし窓は無い。
ゆっくりと扉を開けて廊下へと出ると、やがて人々の喧騒が、マーズの耳元へと響いてきた。
「……群集は既に基地全体を取り囲んでおり、猫の子一匹出る隙間もありません
今は衝突は散発的ですが、いつまた暴動に発展するか」
「マーズがこの基地にいる事が知られたか……、無理も無い。
ガイアーの巨体は、いくら取り繕っても隠しようが無いからな」
「しかし、こんな事になるなんて……」
その一室では、件の司令官と岩倉、それに幾人かの自衛官が卓を囲み、
深刻な表情で数台のモニターを睨み続けていた。
「……総理からの連絡は」
「未だ、今後の指示は届いてはおりません、向こうもだいぶ対応に追われているものかと」
「……マーズが目を覚ましたなら、この光景をどう思うだろうか?」
「岩倉さん、それは今言っても始まらない事です。 今は……」
と、そこまで言った所で、指令が思わず言葉を切った。
異変に気付き、背後を振り向いた岩倉もまた顔色を失う。
部屋の入り口には、噂の主であるマーズが佇んでいた。
「マ、マーズ……」
「何が、あったんですか?」
あくまで抑えの聞いた声でマーズが尋ねる。
その問いに答える者はいなかったが、
却ってその沈黙こそが、状況の深刻さを如実に物語っていた。
部屋の奥のモニターの群れを覗き見る。
そこに映っていたのは、自衛隊のバリケードの前で一触即発となった群集達の映像であった。
この部屋に来るまで、周囲に窓が一つも無かったことから、
自分のいる場所が、どこかの地下であろうと、マーズは推測していた。
とすれば、眼前の映像は、この基地の周囲の光景と考えるべきであろう。
「教えて下さい、地上では、一体何が起こっているんですか?」
「…………」
「……第六神体・ラーが本格的に動き出したんだ」
「岩倉さん!」
「こうなってしまっては、黙り通す事は出来ませんよ」
机に置かれていた一本のビデオテープを取り上げながら、岩倉が説明する。
「マーズ、君は広島で倒れてから、一週間、眠り続けていたんだ」
「一週間も……」
「ああ、その間ラーは東京に出没して、
我々が迂闊に反撃できないのを良い事に、都民を人質にとって要求を突きつけてきた」
やがてビデオの再生が始まり、モニター上に、件のオールバックの監視者の姿が映った。
・
・
・
『日本国民の諸君、
私が要求するのは、日本政府と結託した我々の裏切り者・マーズの引渡しである。
諸君らは、マーズが死ねば地球が滅ぶと言う、政府の公式発表を真に受けているようだが、
それらは全て、彼らの手によるプロパガンダである。
彼ら日本政府は、マーズのもたらした異星人のテクノロジーを独占せんが為、
虚偽の情報を伝えてマーズの解放を妨げているのだ。
我々の活動を妨げ、多くの同胞を死に追いやった、
あの真紅の巨大ロボットの存在こそが、我等の技術が奪われた何よりの証明である。
もはや政府との交渉の道は閉ざされた。
私の手でこれ以上日本の都市を破壊されたくなければ、
君達の手でマーズを見つけ出して欲しい。
マーズが私の前に姿を見せるまでは、私は攻撃の手を休めはしない!
以上、諸君らの懸命な判断に期待する。』
――男の行った大胆不敵な演説を、マーズが呆然と反芻する。
「……こんな滅茶苦茶な演説を、彼らは信じたんですか?」
「仕方が無いんだ、首都圏はラーの攻撃によって壊滅状態に陥っている。
身内を人質に取られ、誰もが正常な判断力を失っているんだ、それに……」
「それに……?」
マーズの問いに、岩倉は目を伏せ、沈鬱な表情で言葉を続けた。
「……それに、先のゲッターとラーの戦闘によって、
各主要都市も少なからぬ打撃を受けている。
そのゲッターに対する反発感情が、日本政府による陰謀説を助長しているんだ」
「そ、そんな……!」
岩倉の予想外の言葉に、今度こそマーズは顔色を失った。
それからしばらくの間、室内を沈黙が支配していたが、
やがてマーズは顔を上げると、くるりと背を向けた。
「どこへ行く気だ? マーズ」
「……ラーが都心を占拠している以上、僕が出て行かなければ、事態は収まりません」
「そんな! 無茶はやめるんだッ! マーズ」
指令の叫びによって、室内の凍り付いていた時間が動き出す。
傍らに待機していた二人の自衛官が弾かれたように飛び出し、
マーズの前へと立ちはだかった。
「席に戻って下さいマーズさん」
「今、あなたに万が一の事があっては……」
だが、自衛官達は、そこから先の言葉を告げる事を出来なかった。
正面から向き合ったマーズの顔には怒りの色も、悲しみの色も無かった。
いや、それどころか、全ての表情がすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。
「戻らなかったら、どうするというんですか?
無性生殖人間の僕を、殺す事無く拘束する事が、あなた達に出来ますか?」
「い、いや……」
「そこを、どいてくれ」
「…………」
「どくんだ」
「マーズッ!」
ひっ、と自衛官がたじろいた脇を通過するマーズの背中に、岩倉が呼びかける。
マーズは扉の前で立ち止まると、振り返る事無く口を開いた。
「大丈夫です、岩倉さん。
このまま、アイツの好きにさせたりはしませんよ」
「……何か、勝算があるのか?」
「ええ、今はまだ、僕が地球を滅ぼさせたりはしません」
「マーズ……」
マーズの言葉に、得体の知れない恐ろしさを感じた岩倉が、再び力無く呼びかける。
だが、今度は応じる事無く、マーズは一直線に部屋から飛び出した。
・
・
・
(そう、今はまだ……、だ)
地上へと続く長い廊下を駆け抜けながら、マーズが思考する。
眠り続けた一週間の中で、彼は自らの想像を遥かに超えた、ゲッターの世界を体験した。
土壇場で新たな進化を始めたアーク、遥かな未来で無限の膨張を続けるエンペラー、
そして自らに奇妙な言葉を残した、ゲッター聖ドラゴン……。
マーズが今日まで戦い続けてきたのは、人類の中にある良心を信じるが故であった。
だが、既に事態は、善悪による動機を上回っていた。
(ゲッター線の存在は、単なる兵器としての意味を超えるものだった。
僕達を生み出した異星人達は、ゲッター線の存在を知らなかったんだ。
監視者はただ、プログラム通りに人類を滅ぼせば、
全ての決着がつくと思っているんだろうが、
今、安直に地球を消滅させては、将来にどんな影響を及ぼすのかが分からない)
やがて、階段を駆け上がったマーズの前に、混乱をきたす群集の姿が飛び込んできた。
「見ろ! アイツが姿を現したぞ」
全ての災いの元凶となった赤毛の少年の姿に、群集が一斉に色めきだつ。
マーズはそんな人々の姿を、どこか冷めた思考で見つめていた。
「クソッ! 今まで俺達を騙しやがって!!」
「私の家族を返してよォ!」
「お前さえ……、お前さえ日本に来なければ!!」
自衛官達の制止を突き抜け、一発の石礫が投げ込まれ、マーズのこめかみを直撃する。
その一投を皮切りとして、次から次へと物が飛び交い、罵声が容赦無く浴びせられる。
それほどの暴動の渦中にありながら、
マーズはやはり他人事のような心境で、事態を呆然と見つめていた。
(これが……、これが、人間か……)
額の傷口からどろりとした血液が流れ、マーズの視界を染めたが、不思議と痛みは無い。
ただ、未だ生死定かならぬ拓馬達の事を思うと、ちくりと胸が痛んだ。
(拓馬は、獏は、あんなものを守るために、命を賭けていたのか)
不意に胸中に沸いた負の思考を、頭を振るってマーズが打ち消す。
こんな風にマーズが絶望してしまっては、
それこそ拓馬達が命がけで戦い続けた意味が失われてしまうだろう。
(拓馬、獏……、君達は生きているのか?
出来ることならもう一度、君達と話がしたい)
この戦いが終わったら、彼らを探そう。
異世界のゲッターの事、彼らの今後の事、そして、これから自分がとるべき道を語り合おう。
そんな思いだけが、今のマーズに残された希望であった。
眼前の光景に打ちのめされながら、それでもマーズは、
拓馬達の見せた強かさこそ、人間の本質であると信じたかった。
「チクショウッ! 黙ってないで何とか言いやがれッ!!」
怒声と共に放たれた礫の一撃が、不意にマーズの眼前でピタリと静止する。
いや、その礫だけではない。
マーズの足元に転がっていた投下物が、重力を無視してふわりと宙に浮き始めた。
「ア、アイツはッ!?」
突如、地上を覆った巨大な影に、群集からどよめきの声が上がる。
マーズがゆっくりと振り返り、上空を見上げる。
そこには、遥かな異世界でマーズと共に戦い続けた、最強の神体の姿があった。
「ガイアー……」
ぽつり、とマーズがその名を口にする。
すぐに彼は、相棒の変貌に気付いた。
勿論、その外見、顔の造形に変化があった訳ではない。
だがマーズは、物言わぬガイアーの瞳の中に、
魂無き機械のそれを超えた、ある種の意志が宿っているのを見抜いていた。
「ああ…… 分かっているさ、ガイアー」
そう。
地球を滅ぼす鍵であるガイアーは、常にマーズと共にあるのだ。
人類とゲッターに対し、どのような決断を下すべきか……、
結論は、全ての決着をつけた後でも遅くは無いのだ。
「行こう、ガイアー! ヤツとの決着をつけるんだ」
混乱を来たす群集を一瞥もする事無く、
マーズは相方の掌へと飛び上がると、そのまま緩やかに東の空へと飛び立った……。