激突!! ゲッター対ガイアー   作:いぶりがっこ

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第十五話

『起きろ、拓馬』

 

(うっ……)

 

聞き覚えのある呼び声に刺激され、拓馬がゆっくりと瞳を開ける。

全身が泥中に嵌っているかのような疲労感から、彼は指一本動かす事ができず、

かろうじて開いた視界から僅かに覗く、

うすぼんやりとした世界を、ただ呆然と眺め続けていた。

 

(ここ、は……?)

 

『どうやら聞こえてはいるようだな……

 さすがに不死身と言うだけの事はある、しぶとさだけは相当なもんだ』

 

(なに、を?)

 

癪に障る口調の男を見定めようと、拓馬が瞳を凝らす。

しかし、朦朧とした意識が捉える事ができたのは、眩い逆光に揺らめく人影のみであった。

 

『聞け、拓馬…… 第六神体・ラーが再び動き出した。

 日本政府に匿われているマーズをおびき出すため、都民を人質にとってな』

 

(何だって!?)

 

『おそらく、マーズも近い内に動かざるを得ないだろう。

 そして、ガイアーとラーが激突する事態になれば、

 例えどちらが勝とうとも、地球は消滅する』

 

(…………)

 

『だが……』

 

と、男はそこで言葉を区切り、ゆっくりと顔を上げた。

その視線の先を窺う事は、今の拓馬には叶わない。

 

『だが、アークなら……

 新たな進化を始めたあのゲッターならば、この事態を収拾できるかもしれん。

 この世界の悲劇的結末を回避せんがために、

 ゲッターに内在する意思が、アークを飛ばしたと言うのならば……』

 

(お前……)

 

『ゲッターは動かせるようにしてある、後はお前次第だ』

 

(ま、待て……)

 

靴音を響かせ遠ざかってくシルエットに、拓馬が必死で取りすがる。

しかし、肉体はまるで根を下ろしたかのようにピクリとも動かず、

拓馬の思いは空回りするばかりであった。

 

と、その時、不意に男は歩みを止め、拓馬に対し、振り向く事なくポツリと言った。

 

『こんな茶番でハジをかくなよ、拓馬。

 ……俺たちの戦いの決着は、元の世界でつける!』

 

(――ッ!?)

 

 

「待てッ! カムイ!」

 

叫びと共に、拓馬は寝床から跳ね起きた。

無人の室内に残響がこだまし、やがて、シンとした静寂が周囲を包んだ。

 

「ここは……?」

 

頭を一つ振るい、周囲を見渡す。

そこは、おびただしいダクトと配管が走り、大小の計器が立ち並んだ、廃工場のような一室。

いや、薄汚れた厚手のシートで区切られていなければ、

部屋とすら呼べないような袋小路の一角であった。

 

と、不意に即席のカーテンが開き、見覚えのある坊主頭が、にゅっと顔を覗かせた。

 

「オゥ、ようやく起きたか! 拓馬」

 

「獏…… ここはどこだ?」

 

「いや、俺にも分かんねぇことばかりなんだがよ……」

 

獏に促され、ほの暗い廊下を二人が進む。

鼻を突くカビ臭い匂いが、その建物が長い間、

無人で放置されていた物であろう事を示していた。

 

やがて、通路の果てから差し込む光と共に、二人の視界が一気に開けた。

 

「うおっ!」

 

眼前に広がる壮大な光景に、拓馬が驚きの声を上げる。

辿り着いた先は、ゆうに体育館が一つは収まりそうなほどの広さを持った、

円筒状のホールであった。

 

「何だこりゃ? ここは一体どこなんだよ!」

 

外周に巡らされた欄干より下層を見下ろす。

ホールは吹き抜けの構造で、ほの暗い非常灯の下では窺い知れぬほどに底が深い。

一方、頭上を見れば、巡らされた幾つかの欄干の輪の先に、

垂直に取り付けられた門のような、大型のハッチの姿がわずかに見えた。

 

その部屋は、例えるならば、まるでロケットの発射台、

巨大な何らかの兵器を、上空へと打ち上げるための構造を有した部屋であった。

 

そして部屋の中央には、

打ち上げの時を待ち望むかのように佇む、真紅の悪魔の巨体があった。

 

「アーク! 無事だったのか!

 一体全体何だってんだ、こりゃ、NASAの陰謀か!?」

 

「さあな、確かにこれほど大がかりな設備が、日本にあるとは思えねぇが、

 だが、さっき見て回った限りでは、この施設は無人だったし、それに……」

 

「うっ!?」

 

間近に見た愛機の異相に、拓馬が再び驚きの声を漏らす。

頭部、胸部を中心に、大きく打ち破られていた外装は、

今や灰色の地金でべっとりと覆われ、鈍い輝きを放っていた。

あたかも、溢れ出た血液が凝固して瘡蓋となり、傷口を塞いで再生を促すかのように。

 

明らかにそれは、人為的な修復の跡とは思えなかった。

周囲には相応しい設備は見当たらないし、それに、それほどの時間的猶予もなかった筈だ。

何より、破壊を免れたアークの隻眼に、

常ならぬ輝きが宿っているのを、拓馬は感じずにはいられなかった。

 

コックピットに潜り込み、手馴れた操作で機体を立ち上げる。

ほどなく、ブゥゥゥンという起動音と共に室内が高揚感に包まれ、

全周囲のスクリーンがホールの光景を映し出した。

 

「信じられねえ…… 機体が持ち直してやがる。

 宇宙空間で取り込んだエネルギーを使って、

 アーク自身が修復をしたとでも言うのか……?」

 

「ああ、だが、驚くのはそれだけじゃなさそうだぜ」

 

獏の声に促され、拓馬がモニターを見る。

画面の右隅、見慣れた日本地図の南洋には、アークの現在地を示す光点が赤々と瞬いていた。

 

「ここは…… まさか、秋の島新島なのか!?」

 

その時であった。

突如、金属の軋む重厚な機械音がホールに響き渡り、

アークの頭上に、大量の水が滝の如く降り注いできた。

 

「な、なんだ!? 水、いや、海水か?」

 

「天井が抜けたのか? それとも、まさか、誰かがハッチを!?」

 

突然の異常事態、だが、二人に状況を詮索している余裕は無かった。

逃げ場のない大量の海水は、見る見るうちにアークの腰部にまでせり上がり、

機体から降りる事は既に不可能となっていた。

 

「誰の仕業かは分からねぇが、もう、行くしかないようだな、拓馬」

 

「ああ」

 

機体の調子を確認しながら、やや硬い面持ちで、拓馬が手元のスイッチを動かす。

そんな主の緊張とは裏腹に、

アークはご機嫌な炉心の回転音を響かせながら、八枚の翼をばさりと広げ、

狭い室内というハンデを感じさせない軽やかさで、緩やかに宙へと浮き上がった。

 

「ゲッターアーク、発進!!」

 

拓馬がレバーを勢いよく倒す。

主人の意思と同調し、閉ざされていたアークの右目がカッ、と開く。

瀑布の如き海水の雨をドウッとばかりに掻き分け、

衝撃で欄干を吹き飛ばしながら、真紅の悪魔が一直線に飛び出した。

 

――拓馬達は知らなかった。

 

彼らがいた場所は、秋の島新島のさらに地下。

眠り続ける最強の神体を不測の事態から守るため、

強固なシェルターとして建造された、ガイアーの揺り篭であった事を。

 

そして、ゲッターが海上へと飛び立った後、何者かの手によって再びハッチは閉ざされ、

備え付けの大型ポンプによる室内の排水が進められていた事を……。

 

 

荒廃した東京の光景を、マーズはガイアーの掌中から見下ろしていた。

崩れ落ちたビルディングに砕けた路盤、

大きくひしゃげた廃車の山が道を塞ぎ、ライフラインを分断している。

 

崩壊していたのは物質ばかりではない。

食料や生活用品を求め、マーケットに乱入する民衆。

そして、神体・ラーに煽動され、自衛隊と衝突する暴徒の群れ。

 

秩序が奪われ、誰が、何のために戦っているのかさえ分からぬ地獄絵図。

遥か遠い世界で垣間見た光景の一部が現実のものとなって、マーズの眼下で展開されていた。

 

尤も、事ここに至って、マーズに迷いは無い。

自らの内にある疑問の全てを、マーズは既に決着の後の問題と捉え、

その答えを保留していたのだ。

 

やがて、空を行くマーズの視線の先に、

爆心地と化した新宿の中心に鎮座する、巨大な黒球のオブジェが姿を見せた。

 

 

 

「おお! あれを見ろ!」

 

「ガイアーだッ!? ガイアーが来たぞ!」

 

上空に現れた神体の姿に、疲労の極みにあった人々が立ち上がり、

蜘蛛の子を散らしたように瓦礫の影へと走り出した。

たちまち静まり返った広場の中央に、

ガイアーはゆるりと着地し、最後の神体・ラーと向かい合った。

 

「あいつが、マーズか」

 

「あれが、この惨劇の中心人物……」

 

立ち塞がる瓦礫をバリケードにして、人々が遠巻きにマーズの姿を眺める。

ラーに人質にとられ、男の言うがままに、マーズの引渡しを望み続けた彼らであったが、

ふたつの神体が対峙した時、果たして地球はどうなってしまうのか。

居合わせた人々は、事態の推移を、ただ固唾を呑んで見守り続けるしかなかった。

 

『来たか、マーズ』

 

神体の内部より、監視者の男が声をかける。

ガイアーの掌中で、マーズは無言でかつての同胞を睨み続けていた。

 

『ここに来るまでの光景はどうだった? 

 かつて、お前に話したことがあったな。

 人間という生物は、場所や環境の変化によって、

 瞬く間に悪鬼に変わり果ててしまう……、と』

 

「…………」

 

『人間なんぞ、一皮剥けばあんなものだ。

 一度秩序が失われれば、本性のままに、

 あのような地獄を進んで作り出すのだ、それでも……』

 

「そうだ、そして、そうなるように……、秩序が失われるようにお前が仕向けた。

 あの地獄は、お前が作り出したものでもある」

 

『何だと……? 何が言いたい、マーズ?』

 

「別に……、

 ただ、僕達を生み出した異星人達も、この星の人々と大差ないって事さ。

 進退窮まれば、たった一つの種を滅ぼすために、

 星一つを吹き飛ばす事くらいは平然とやってのける。

 何百万種もの生物と、周辺の星域への影響を犠牲にしても、だ」

 

『それは違うぞ、マーズ!

 我々の戦いは、あくまで宇宙全体の秩序を守るためのものだ』

 

「お前に、いや、僕達にそれを判断する資格はあるのか?

 彼ら異星人が手を汚さぬためだけに作られた、彼らの兵器の一部に過ぎない僕達に」

 

『マーズ、お前は……!』

 

チッ、と男が舌打ちをする。

マーズの口調に調子を乱され、すっかり熱くなっている自身に気付いたのだ。

 

男が日本人を煽動し、東京に地獄絵図を築いたのは、

単にマーズをおびき寄せるためだけではない。

人類の浅ましさを目の当たりにしたマーズが、

あるいは、自らガイアーを起爆させてくれれば、

という期待が、彼の中に少なからず存在していた。

 

だが、彼の放った毒は、必要以上に効き過ぎていた。

今やマーズは万事に対して懐疑的になり、

自分達を創造した異星人達の行為にすら疑念を抱き始めていた。

 

『……どうやら、お前は本当におかしくなってしまったようだな、マーズよ』

 

「…………」

 

『だが、それならばどうやって俺を止めるつもりだ?

 知っているだろう、この六神体、ラーを破壊すれば……』

 

「もう、お前を破壊する必要は無い、と言ったら?」

 

『何!』

 

思いもよらぬマーズの言葉に、監視者が驚きの声を漏らす。

一方マーズはと言えば、もはや話は終わったとばかりに、既に監視者を見ていない。

ゆっくりと顔を上げ、ガイアーの瞳に宿る、ある種の意志を確認しているかのようだった。

 

ここに来るまでの道中で、マーズは一つの結論を導き出していた。

虚空で垣間見た、ゲッターと人類の戦いの歴史、そして、あの異世界での死闘。

もしもあれらの光景が、この世界の人類の窮地を救うべく、

ゲッター線に内在する意思が見せたものであると言うならば……。

 

ゲッター線との邂逅で新たな進化を始めたガイアーならば【それ】が出来る筈であった。

かつて見た別の地球で、【真のゲッターロボ】と呼ばれていた機体がそうしたように。

そして、あの地獄のような世界で、彼とガイアーがそうであったように……。

 

「行くぞ、ガイアー! この戦いでケリをつける!」

 

主の意思を確認し、ガイアーがゆっくりと右腕を動かす。

マーズを乗せた掌が、ガイアーの胸元でピタリと静止し、そして……、

 

そして、なんとガイアーの右掌が、ゆるやかに体内へと吸い込まれていくではないか!

 

『な、なんだとォ!?』

 

ガイアーの見せた想定外の行動に、状況を静観していた監視者が叫ぶ。

六神体の操縦者として生み出された彼は、

当然、それぞれの神体の持つ能力と役割を、知識として知っていた。

だが、眼前で繰り広げられる悪夢のような光景の意味を、彼は知らない。

ガイアーの操縦者であるマーズのみが知る、

ガイアーの秘められた能力が発現したものなのか、あるいは……。

 

男が混乱する最中にも、ガイアーとマーズの融合は進んでいく。

差し込む右腕の動きに合わせ、ガイアーの胸甲がチリチリと分解し、

内部よりシュルリと伸びるコードの類が、触手のようにマーズの体を包み込む。

絡めとられたマーズの全身が、ガイアーの体内、

水銀のように煌く銀色のゼリーの中へ、とぷん、と沈む。

 

『マ、マーズ、ガイアー……、お前ら、何を……』

 

呆然自失する監視者の前で、胸元の穴はチリチリと再生を始め、

やがて、元の艶やかなな青銅色の装甲が、すっぽりと胸元を覆いつくした。

キッ、と顔を上げたガイアーの双眸に、まるで、命ある者のような輝きが宿る。

 

『う、うおおおお―――ッ!?』

 

本能的な恐怖に駆られた監視者が、咄嗟に神体を飛ばす。

瞬く間に上空へと飛び上がったラーを追い、

ガイアーが大きく腰を落とし、反動で一直線に飛び上がる。

かつての偶像のような挙動からは想像のつかぬ、能動的な跳躍であった。

 

『く、くるなァ――ッ!』

 

一瞬の内に眼前へと迫ったガイアーに対し、

攻撃態勢に移ったラーが、ありったけの放電を浴びせる。

強烈な閃光が天空を焦がし、ガイアーの全身を包み込む。

だが、半狂乱となって電撃を放ちながらも、

監視者の中に残った理性は冷静な考察を続けていた。

 

すなわち、六神体を統べる特別な存在であるガイアーに、

この程度の攻撃は通用しない、と……。

 

『ヒィッ!?』

 

懸命の抵抗も空しく、

稲妻の嵐から飛び出してきたガイアーの両腕が、ラーのボディをがしりと捕らえる。

ほどなく、黒光りする重厚な装甲が、奇妙な揺らぎを見せ始めた。

 

『マーズ! キ、キサマ、何をするつもりだ!?』

 

「……同化する!」

 

『や、やめろオオォォォ――ッ!!』

 

マーズの宣言に合わせ、ラーの球状の装甲が歪み、

風船のように膨らみ、あるいは、粘土のようにぐにゃりと捻じれる。

黒色の輝きが見る見る色褪せ、蕩け、交じり合って、

徐々にガイアーの青銅色へと吸い込まれていく。

同時に、境界を失ったラーの体内に、ガイアーの揺らめく巨大な指先が侵入を始める。

 

『うおおおおおおおッ!!』

 

そこは既にガイアーの体内、監視者の男に逃げ場は無い。

 

巨大な指が男の動きを捉え、腹部を貫く。

直ちに男の体が変容を始め、指先から溢れたコードが血管のように全身を走る。

指先に触れた男の皮膚が青銅色と化し、全身が硬質な金属と化してうねり始める。

男の恐怖は絶叫となって室内に響き渡ったが、

やがて男が背景と同化するとともに、咆哮も次第に消え去っていった。

 

 

(これで、全てが終わった……)

 

うぞうぞと両腕に取り込まれていく歪んだ球体を眺めながら、マーズが思考する。

 

最後の神体が破壊された時、ガイアーの起爆条件が満たされ、地球は消滅する。

それならば、爆発の条件もろともに、

神体の存在そのものをガイアーの体内に取り込んでしまえば良い。

 

異世界から介入したゲッターの意思は、

まさしく、この攻略法を教えるべく、マーズに過去のゲッターの戦いを見せたのであろう。

地球の滅亡を防ぐためとは言え、

ゲッター線に感化されたガイアーの力を用いる事に、躊躇いが無かったわけではない。

だが、今のマーズには、ゲッターの力を使う他に、現状を打破する術が無かったのだ。

 

全ては、これでよかった筈である……。

 

『……すばらしい……』

 

「――!? な、何ッ!」

 

ポツリ、と同化の進むラーの体内から響いてきた呟きに、

マーズの意識が現実へと引き戻される。

見ると、原型を失ったラーの内部で、

半鉄の顔面を残し、すっかり取り込まれてしまった監視者の男が、

忘我の表情を浮かべながら、奇妙な呟きをポツリ、ポツリと漏らしていた。

 

『成る程、そうか、そうだったか……。

 これでは、これほどのものとあっては、仕方があるまいな……』

 

「何を…… おい! お前は何を言っているんだ……!?」

 

『何を、だと……? フフ……、とぼけるのは、よせ』

 

「お前、一体……?」

 

『マーズよ…… お前は、ゲッターの意思に触れて知ったのであろう?

 貪欲に力を求め、容赦なく奪い、惜しみなく与える、ゲッターの本性を、

 そして、ゲッター線に触れたものは、すべからくゲッターの一部となる運命を……!』

 

「!?」

 

心臓がドクリと一つ跳ね、おぞましい映像がサブリミナルのように脳中を駆け巡る。

ゲッター艦隊、聖ドラゴン、そしてゲッターエンペラー。

心音が否応無しに高鳴り、錐で刺したような頭痛が襲い、マーズの視界がグラリと揺らめく。

 

『ハハ、そうだ、これで、これでいい…… もはや、人類を滅ぼす必要は無い。

 ゲッター線の庇護の下、進化を始めたガイアーは、宇宙に新たな秩序を築くであろう』

 

「やめろ…… お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

『ハハ、ハ、いいぞ、喰らい尽くせ、ゲッター』

 

マーズは気付いた。

結局、この男はただの傀儡だったのだ。

自身が何の意思も持ちえぬことにすら気付かない、プログラムじかけのロボット。

異星人達の計画の欺瞞に、一切の疑問を抱かぬままに人類を滅ぼそうとしていたように、

ゲッター線の導くままに感化されつつあるのだ、と。

 

そしてその発見は、双刀の剣のように自らの心臓を抉った。

一時の方便としてゲッターの能力を利用しようとした自分が、

その実、ゲッター線に取り込まれていないなどと、誰が証明できるであろうか?

一種のイレギュラーによって自我を得たものと思っていたが、

マーズ自身、異星人の残したプログラムの一部に過ぎないというのに……。

 

『おお……! 全てが、ひとつに』

 

「やめろ! やめるんだ! ガイアーッ!!」

 

『ハハ、ひか、り、が……』

 

恍惚のままに、男はガイアーの体内へと取り込まれ、地上から完全に姿を消した。

 

 

「う、うわあああああああァあァアアァァァ―――ッ!!」

 

直後、頭部が爆ぜんばかりの頭痛の嵐がマーズを襲う。

ぐるぐると回る世界の中で、嘔吐感が喉元までこみ上げ、

心臓を焼き鏝で貫かれたかのような激痛が走る。

全身がバラバラに砕け散らんばかりの衝撃で、同化が急速にほどけ、

テープを逆回ししたかのように鋼鉄の細胞が逆流を始め、

無人となった黒球が、ドスリと大地に落下する。

 

同時に、バランスを崩したガイアーが、ゆるゆると降下を始める。

拒否感から同化を解かれたマーズが、

銀色の液体と共にガイアーから射出され、ゴミ屑のように地面へと転がる。

 

「う、うう……」

 

揺らめく視界の中で、マーズが半鉄と化した自身の左腕を見つめる。

肩口から飛び出したコードの束は、

主の意思に背き、未だ繋がる相手を求め、うぞうぞと地面を這いずっていた。

 

「ぼくは……、ボクハ、一体、何をやっていたんだ……?」

 

呆然とマーズが呟く。

身を起こそうとした瞬間、再び激しい嫌悪感が全身を包み、胃液が逆流する。

全てが悪い夢であって欲しかった。

そんな、憔悴しきったマーズに追い討ちをかけるかのように、

更なる悪夢の旋律が、その耳元へと響いてきた。

 

 

 

 

「見ろ、アイツのおぞましい姿をッ!!」

 

「どうだ、やっぱり地球はなんともないじゃないか!」

 

「よくも俺達を騙しやがったな! この機械野郎がッ!?」

 

「殺せッ! あのペテン師を血祭りにあげろ!!」

 

その時、事態を静観していた人々が、半ば機械じみたマーズの姿に恐慌を起こした。

元より、昼夜問わずラーに虐げられ続け、極限状態となっていた彼らである。

先頭の一人の叫びにより、理性の壁はたちどころに崩壊し、

異星人のマーズ目掛け、暴徒となって襲い掛かった。

 

起き上がろうとしたマーズ目掛け、角材が振るわれ、

容赦なく大地に叩き付けては踏みつけにする。

凄惨なる私刑がマーズを叩きのめす、が、

その攻撃ですら、今のマーズにとっては救いであった。

このまま激痛に思考を奪われ、何も考えられぬままに瞳を閉じてしまいたかった。

 

だが、地球を守るべくマーズの救援に駆けつけた秩序ある一団が、

その望みを叶えてはくれなかった。

 

「貴様ら! 一体何をしているッ!?」

 

「やめろッ! 分かっているのか、マーズが死ねば地球は吹き飛ぶんだぞ!」

 

「うるせえ、無駄飯ぐらいの軍隊が、どのツラ下げて出てきやがったッ!」

 

「もう騙されないわよ、コイツの力を利用するために、私達を見殺しにしようとしたくせに」

 

「構う事ァねェ、お前ら、やっちまえ!!」

 

「くっ、やむを得ん、マーズを守れッ!!」

 

マーズが止める暇もなく小銃の斉射が火を噴いて、

先頭の数名が叫び声を上げてバタバタと倒れこむ。

人々が通常の精神状態であったならば、この射撃は十分な抑止効果をなしたであろうが、

極限下におかれ暴走を始めていた彼らに対しては、

かえって火に油を注ぐ結果となってしまった。

 

「な、何だと、こんな異星人を守るために俺達を撃つのか!?」

 

「ふざけるな! このクサレ政府の犬どもめッ!!」

 

「チクショウッ! まずはコイツらからぶっ殺せェ!!」

 

「くそッ! 構わん、撃ちまくれ! マーズを救うんだ」

 

瓦礫の新宿は、再び阿鼻叫喚の舞台と化した。

怒声が響き、機関銃が唸りを上げ、血風が土埃を孕んで舞い上がる。

そんな悪夢のような光景を、マーズはどこか他人事のように呆然と見続けていた。

 

(なんと言う、醜い姿だ……)

 

震える体に活を入れ、ゆっくりと立ち上がる。

人類の醜さを眼前で見せられた事が、

皮肉にもマーズに冷静な思考を取り戻させつつあった。

 

(ぼくは、なんで、こんなヤツラを守ろうとした……?)

 

――そして、気が付いた時には、マーズはその言葉を叫んでいた。

 

「うう、いけッ! ガイアァ――!!」

 

直後、事態を静観していた偶像の瞳に、爛々と瞬く炎が灯る。

両腕を掲げた神体の姿が光に包まれ、流星の如き光弾が人々の頭上に降り注ぐ。

 

圧倒的な光の渦が、殺し合いをしていた群集を包み、吹き飛ばしては塵芥へと返す。

一切の容赦のない暴力が選択肢を奪い、人々は為すすべもなく逃げ惑う。

数瞬の内に光は収まり、広場にはおびただしい瓦礫の山と赤毛の少年、

そして巨大な神体を残すのみとなった。

 

遠巻きに見つめる人々の視線が、容赦なくマーズに突き刺さる。

 

恐怖、畏怖、憎悪、敵愾心――。

そんな、自分を人類から孤立させる、諸々の感情のうねりが、

今のマーズには却って心地よかった。

 

何より、ゲッター線の影響下に取り込まれつつあったガイアーが、

尚も自分の意思に従った事に、マーズは深い安堵感を覚えていた。

 

(そうだ…… これで、コレデ、イイ……。

 今なら、マダ、全テヲ、ナカッタコトニデキル……)

 

全てはイレギュラー。

海底火山の噴火というイレギュラーよって目覚めたマーズは、

たまたま人類に助けられた事で、人類に与した。

そして、その感情のゆらめきが、ゲッター線の介入する余地を生み出したのだ。

 

今ここで、再び一個のプログラムへと還り、

任務を遂行したならば、全ての悪夢を無かった事に出来るのだ。

 

シン、と静寂に包まれた大地の上で、マーズが大きく深呼吸をする。

血なまぐさい大気を肺腑に蓄え、一つ瞑目すると、やがて天空へ向け、カッと目を開いた。

 

 

「ガ イ ア……」

 

「ウ オ オ ォ オ オ オ ォ ォ ォ ッ! ! ! !」

 

全てを終わらせる筈のマーズの声は、彼方からの少年の雄叫びによって掻き消された。

 

 

――刹那、マーズは見た!

 

 

あの日のように大地を分断して走る、天空からの一条の光。

 

一瞬の静寂、そして……

 

 

 

ド ワ オ ォ ッ !!

 

 

 

直後、轟く爆音と共に瓦礫の山が一直線に断ち切られ、巨大な断層の如く大地が陥没する。

断面から熱線が火柱となって噴き上がり、マーズの眼前を赤く染める。

 

「ゲッター…… ヤハリ、イキテ…… 生きて、いたか、拓馬!」

 

再び上空を仰ぎ見る。

そこにはやはり、遥か虚空より猛スピードで迫る、真紅の彗星の姿があった。

 

「ムオオ!」

 

彗星が叫ぶ。

鋭利な刃のような八枚の翼がバサリと開き、その物体が急速に減速する。

腰を落として両足を踏みしめ、乱暴に着地する。

衝撃で、大地がひとつズンッ、と揺れ、

瓦礫の渦が爆風で舞い、血風をもろともに吹き飛ばす。

 

「マーズッ! テメェ、何のつもりだッ!?」

 

コックピットを押し開き、身を乗り出さんばかりにして、拓馬が怒声を上げる。

一方、マーズは光の宿らぬ双眸を拓馬へと向け、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「見ての通りだ、僕は、人類を滅ぼす事に決めたんだ」

 

「何だとッ!?」

 

「何故ここへ、この世界に現れた、流 拓馬……、

 僕達は、僕と君は、出会うべきでは無かったんだ」

 

「フザけた事を抜かすんじゃねぇ!」

 

一声叫び、拓馬がコックピットから飛び出す。

差し出されたアークの右手でワンクッションとると、

大きく腰を落として瓦礫の大地を踏みしめる。

 

「……? 何故だ、僕を止めたいのならば、何故ゲッターから降りる?

 この世界の人類の危機を救う事が、君の、ゲッターの意思なのだろう、ならば……」

 

「ウルせぇッ! 人類も監視者も、ゲッターもガイアーも関係あるかッ!」

 

拓馬は今にも爆発せんばかりの形相で睨み付けると、

硬く握り締めた右拳を、マーズへ向けて真っ直ぐに突き出した。

 

「タイマンだッ! マーズ!

 その歪んだ性根、俺が叩きのめしてやるッ!!」

 

 

 

 

 

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