「ガイアー……」
静謐さに満ちたガイアーの体内で、ポツリとマーズが呟く。
一度はゲッター線の影響を拒み、自ずから同化を解いたマーズである。
あるいは、もう二度とガイアーと繋がる事は出来ないのではないかとも考えた。
だが、神体は再び主人を受け入れ、その最も深い部分へと彼を導いた。
この事により、全ての舞台が整えられた。
空中での高速戦闘を得意とするゲッターに対し、
外部操作のガイアーでは臨機応変に立ち回ることが出来ない。
ガイアーの持ち得るポテンシャルを引き出し、
ゲッターを真っ向から叩き潰すためには、この同化が不可欠であったのだ。
(だが、だとしたら……
再び成功した同化現象も、この星の運命を賭けたアークとの決闘すらも
ゲッター線に内在する、ある種の力が導いた必然、と言う事なのか……?)
不意に胸中に影を差した疑念を、頭を振るってマーズが四散させる。
(よそう……、考えたところで答えはでまい。
今はただ、目の前の戦いに集中するだけだ)
やがて、泰然と見下ろす視線の先に、
高層雲を掻き分けながら駆け上ってくる、真紅の機影が姿を見せる。
これから始まる出来事は、時間にすれば、おそらくは数分。
永劫の宇宙の営みの中で瞬きにも等しい刹那の時の内に、
互いの雌雄は決し、地球の運命は分かたれる事となるだろう。
今のマーズに、果たして自分の行動が、最善の判断であったかは分からない。
だが、人類の命運を賭け、全身全霊で立ち向かってくるであろう彼らに対し、
一瞬たりとも悔いの残る戦いをしてはならない、
という凛呼とした意志だけがそこにあった。
「行くぞ、ガイアー! ただ、この戦いに勝つために」
マーズの咆哮に合わせ、逆光を背に、青き神体が高らかと両腕を掲げる。
やがて、その全身が太陽に溶け込むかのように、眩い黄金色に輝き始めた。
・
・
・
分厚い雲を突き抜けたアークの前に、輝き放つ神体の姿が現れる。
会話を挟む暇も無い、
ピュンピュンという光弾の風を切る音が響き始め、戦いのゴングを鳴らす。
「いきなり全開か! マーズの野郎、やってくれるぜ」
「来るぞ、拓馬!」
直後、ガイアーの周囲に展開したおびただしい数の光弾が、
巨大な面となってアークを押し潰しにかかる。
アークは速度を落とす事無く、軌道を鋭角に変えて焦点から離れる。
「いける……、これなら! 久しぶりにアークの全力が出せるぜ!」
距離をとって旋回するアークの背後を、間断入れずに光弾が攻め立てる。
ドジュゥという熱波が後背を舐め、層雲に突き刺さっては真っ青な穴っぽこを空けて行く。
「だ、だが、どうする拓馬! これじゃあ、近づく事もできやしねぇ」
「うろたえんな、アレを試すぜ、獏」
言いながら、再び軌道を直角に変え、アークが上空へと跳ね上がる。
咄嗟に仰ぎ見たガイアーの頭上で、
今度は先ほどとは正反対に、逆光を受けたアークの姿が影を成す。
「小細工を」
眩む目を押さえながら、迷う事なくマーズが右手を振るう。
上空で静止したアーク目掛け、間髪入れずにありったけの光弾を打ち放つ。
眼下に迫る光の群れを前に、アークは深く腰を落とし、
刃のような背後の翼をばさりと広げる。
「サンダアァァ―――ッ ボンバァ――ッ!!」
「ムッ!?」
光の渦がアークを呑まんと見えた刹那、
アークの全身より放出された濃密なエネルギーが、強烈な稲妻となって周囲に拡散する。
高濃度のエネルギー同士の衝突で、
周囲を覆っていた光弾が次々と爆ぜ、強烈な閃光と化して連鎖的に消滅する。
白一色の世界が直ちに天空を覆い、痛烈な光が瞼の上からマーズの網膜に突き刺さる。
「くゥッ!?」
視界を奪われ身動きの取れなくなった神体目掛け、風を切って三つの機影が踊りかかる。
金切り音はたちまち一つとなり、やがて巨大な車輪と化す。
「チェンジッ! ゲッターカーン!!」
「チィッ!」
轟音の迫る方向に向き直り、マーズが両腕を突き出す。
同時にガイアーの周辺にエネルギーの障壁が展開し、高速で迫る質量をドシンと受け止める。
ガギャギャギャンという破壊音が生じ、
力の衝突が火花を散らして機体を染め、全身砲丸と化したカーンが仇敵の頭上で空転する。
「クソッ! バリヤーかッ!?」
「確かに見事な動きだが、その攻撃は、前に一度見せてもらっている!」
「――ッ!? オープゥン!」
怪しげな動きを見せるガイアーの先を取り、再分離したゲッターが神体の懐から飛び立つ。
奇襲が失敗した以上、その場に留まれば、たちまち重力装置の餌食となるのみであった。
からくもガイアーの重力圏を脱し、
距離をとる事に成功したように見えたゲッター、だが……。
「甘いぞ、拓馬! 今のゲッターの弱点は、既に理解しているさ!」
「!」
突如としてガイアーがくるりと向きを変え、上空の一点目掛け光弾を釣瓶打ちにする。
直後、まるでその焦点に引き寄せられるかのように、
三機のゲットマシンが光弾の中へと飛び込んでいく。
ゲッターアークの弱点。
それは機体自体の性能ではなく、本来搭乗すべきパイロットが一名足りない事に由来する。
機体の一つがコンピュータの自動制御に頼っている現状では、
自然、合体に移るパターンは限定され、また、非常時の緊急回避も困難なものとなる。
そして、変幻自在の高速戦闘を本領とするゲッターチームの戦いにおいて、
そのハンデは致命傷となるものであった。
光の奔流の中、合体を敢行するゲッターの脇腹目掛け、一発の光弾が吸い込まれ、
一際強大な閃光と爆音が、拓馬達を包み込んだ。
・
・
・
「やったか?」
上空に広がる爆煙を臨みながら、ポツリとマーズが呟く。
だが、そう口にしたマーズ自身、
この程度の小細工でゲッターとの因縁に決着がついたとは思ってはいなかった。
果たして、マーズは徐々に晴れていく黒煙の中に、薄緑に輝く半透明の球体を捉えた。
「……そうか、進化を始めていたのは、ガイアーだけでは無かったな」
大気に満ちる緑色のエナジーは、ほどばしるゲッター線の障壁。
先のラーとの対決の折、神体の機能に学ぶかのように発現した、
アークの新たな能力であった。
爆風の霧散と共に障壁は潰え、緑の膜の裏側より、
悠然と牙を研ぐ真紅の悪魔が、再び姿を見せる。
「へへ、ちょっとばっかし危なかったが……、
これでようやく対等にやりあえそうだな、マーズ!」
「対等に、か。
それほどのエネルギーが炉心に残っているのか、拓馬?」
「……ッ!」
弱点を正確に突くマーズの指摘に、二人が息を呑む。
元々、地上に降り注ぐ限られた量のゲッター線のみでは、
莫大な出力を要するアークの動力を賄いきれるものではない。
まして、ゲッター線を収集する設備の無いこちらの世界においては、
先の宇宙での戦いで蓄えたゲッター線のみが、
現在のアークを動かすエネルギーの全てであった。
無尽蔵に近いガイアーの攻撃を真っ向から受ければ、いずれはジリ貧になるのが必定である。
「拓馬……」
「ふん、あんまり情けねぇ声をだすなよ。
何も神体だって、万能ってワケじゃあ無いんだからよ」
「! ……何か弱点が分かったのかッ!?」
「ああ、聞いて驚け、獏。
あのガイアーは何と! 攻撃と防御が同時に出来ねぇんだぜ!」
「……へっ?」
あまりにも分かりきった拓馬の回答に、獏が絶句する。
確かに、ガイアーのバリヤーが外部からの攻撃を通さない以上、
バリヤーの内部からの攻撃もまた、届くはずは無い。
だが、ガイアーは一度攻勢に出れば、
遠間においても近間においても、今のアークを圧倒できるだけの性能を持つ。
そして一端守りに入れば、対手の攻撃の大半はシャットダウン出来る。
唯一通用する可能性があるとすれば、
バリヤーの対消滅を狙えるゲッタービームのみであろうが、
遠距離においての打ち合いは、むしろガイアーの独壇場であった。
「……拓馬、君はそれが、弱点と呼べるものだと思うのかい?」
獏の疑念を引き継ぐ形で、マーズが口を差し挟む。
「大体、攻防を同時に行えないのは、神体の能力を模したゲッターであっても……」
「同じ事、か? そいつはどうだろうな」
拓馬のおどけた口調に合わせ、
両肩のハッチがドシュゥと開き、二本の戦斧がアークの両手に宿る。
単なる兵装としての意味合いを超え、
一種のアイディンティといっても過言ではないゲッターの魂、ゲッタートマホーク。
だが……、
(この距離で二本……、投げるのか、それとも……?)
拓馬のとった予想外の行動に、マーズが疑念を巡らす。
一方、何の狙いがあるのか、
アークは両腕をクロスさせ、体を縮こまらせてガイアーをじっと睨み吸えている。
「へへ、こいつは単なる思いつきだが……、うまい事いけば、面白い事になるぜ!」
「……こけ脅しを」
動きを止めたアーク目掛け、ガイアーが様子見に光弾を放つ。
咄嗟にビームで相殺するか、翼を広げて避けるか……。
いずれにせよ、直後アークの行動が、第二ラウンドのゴングを鳴らす筈だった。
だが、拓馬はどちらの方法を選ばず、
代わりに、迫り来る光弾目掛けゆっくりと得物を振り上げた。
「――秘技・二天一流ッ!」
拓馬の叫びと共に、両腕から放たれた斬撃が十文字を描く。
巨大な鉄塊が光弾を通過し、
直後、実体を持たぬ筈の光のエネルギーがすっぱと四分割されて、
真紅の悪魔の両脇をすり抜けていく。
「光弾を…… 斬った……?」
「……マジか!」
物理法則を無視したアークの動きに、マーズが、いや、搭乗員である獏すらも絶句する。
だが、呆然と敵を見詰めるマーズの瞳が、
刃先に煌く薄緑の残滓を捉えた瞬間、マーズは全ての事態を理解した。
「……!? まさか、ゲッター線の障壁を、斧の刃に集中させたのか!」
「驚いてる場合じゃねぇぞ! マーズ」
怪しく輝く戦斧を払い、風を巻いてアークが踊りかかる。
我に返ったマーズが、迫り来る悪魔目掛け、ありったけの光弾を解き放つ。
バリヤーの局所的な集中運用。
それは神体のような無尽蔵のエネルギーを持たないゲッターにとって、
苦肉の策と言うべき戦法であった。
その一手は障壁を全周囲に展開できない以上、常に撃墜の危険性が付きまとうものの、
その分少ないエネルギーで、より厚い障壁を張る事が可能となる。
更に拓馬は、敵の光弾を真正面から受け止めるのではなく、刃先で切り裂き逸らす事で、
衝突によるエネルギーの損失を極力抑える事に成功していた。
防御よりも攻撃、後退よりも前進を目指す、ゲッターならではのバリヤー運用術。
同時にそれは、当の拓馬にとっても予想以上の成果をゲッターにもたらした。
「ウオオオオッ!」
「クッ!」
降り注ぐ光弾の雨の中、戦斧で光を打ち払いながら、
一直線にアークがガイアーへと肉薄する。
反射的にバリアーを巡らしたガイアーの頭上に、斧槍の一撃が打ち下ろされる。
この時、万能である筈のガイアーのバリヤーは十分な反応を見せず、
刃先は火花を散らしながら、
重油の海でも掻き分けるかのようなゆったりとした動きで、神体の脳天へと迫った。
「バ、バリヤーを切り裂いただと?」
咄嗟に後方に退いたガイアーを胸元を穂先がかすめ、青銅色の胸甲に一筋の傷を残す。
「高濃度のゲッター線の刃が、障壁を打ち消すというのか!?
拓馬! お前はそこまで考えて…!」
「偶然だよ! だが、どうする!」
これまでの一連の行動において始めて狼狽の色を見せたマーズに、
息つく間も無くアークが迫る。
光弾を捌きバリヤーを無力化する攻防一対の戦法は、
ガイアー優位に働いていた状況を、瞬く間に一変させた。
遠間で放つ光弾は、拓馬の集中力の前に弾かれる。
バリヤーが効力を発揮しえない以上、近間ではゲッターの機動力に押し切られてしまう。
と言って、ただ重力装置を使って待ち構えていたのでは、
むざむざとビームの餌食になるのみである。
本来、ガイアーとアークの間には、
出力・性能両面において、大人と子供ほどの開きがあった。
だがその差は、アークの見せた応用力……、
こと戦闘における引き出しの多さの違いによって、今や覆されつつあった。
かたや誕生より数千年もの間、
爆弾の安全装置として以上の存在意義を持たなかったガイアー。
かたや設計時より戦闘用ロボットとしての転用を余儀なくされ、
戦いの歴史の中で性能を高め続けた、早乙女ナンバーの最終型・ゲッターロボアーク。
両者のルーツに由来する兵器としての純度の違いが、
カタログ上のスペックの差を完全に打ち砕いたのである。
(これが、これがゲッターロボ…… 強い!
このまま終わってしまうのか……? 何か、何か対抗できる武器は……)
間断なく迫る悪魔の猛攻を凌ぎながら、マーズが反撃の糸口を模索する。
だが、現在のガイアーが未だ試していない攻撃はただ一つ、
アークとの融合・同化のみである。
そして同時に、マーズはその一手を打つ事だけは出来なかった。
先ほどのラーとの一戦で、同化が半ばまで成功したのは、
ガイアーの六神体に対する優位性が有効に働いたからに過ぎない。
本来の能力の持ち主であるゲッター相手に、果たして同じ事が出来るものなのか?
あるいは最悪の場合、ゲッター線の働きによって、
ガイアーの能力があべこべに取り込まれてしまう危険すら覚悟せねばならないだろう。
「どうした、マーズ! 動きが鈍いぞ!」
「!?」
拓馬の咆哮が束の間の思考の世界を突き破り、真紅の巨体がマーズの眼前で躍動する。
マーズが気づいた時には、すでにガイアーは振りかぶった大斧の下。
後方に逃れるか、真下に退くか?
いずれにしても、深刻なダメージを覚悟せねばならない状況であった。
そしておそらく、その一太刀によって両者の決着は付くであろう。
どくり、とマーズの心臓がうねり、思考がふっ飛ぶ。
その時の刹那の判断が、
自身の意思によるものなのか、内在する監視者の本能が成した行動であったのかは、
ついにマーズ本人にも分からなかった。
「なッ!?」
対手がとった予想外の行動に、拓馬が戦慄する。
眼下のガイアーは一切の防御行動をとらないどころか、
驚くべき事に、自らバリヤーを解いてアークに向かい合ったのだ。
敵の意図に気づいた拓馬の心音が跳ね上がる。
加速の付いたゲッターの一閃は、もはや止められない。
「くッ!? クッソオオオォォォ――ッ!!」
目一杯にレバーを倒し、拓馬が機体に急制動をかける。
バランスを崩した唐竹割の一撃は狙いを僅かにそれ、
ガイアーの脳天ではなく、肩口へと突き刺さり、
そのまま巨神の右胸に深々と刃を食い込ませた。
「……すまない、拓馬、獏…… だが! これで……!」
「うッ!」
身を挺して悪鬼の動きを止めた青銅の巨神が、
巨大な両腕をガシリと回し、対手を抱き込んで静止する。
元より、大人と子供ほどに馬力の違う両機である。
一度ガイアーの重力圏に囚われては、アークに脱出の余地は無かった。
「これで、これで終わりだ! ゲッターロボ!」
「くぅッ! うっ、うオオアァアァァァ―ッ!!」
ありったけの力で操縦桿を振り回し、拓馬が反撃を試みる。
帯電する八枚の刃が神体の腕の中で暴れ、
頭部より滅茶苦茶に放たれたビームがその背を掠める。
だが、全てはただの悪足掻きにしかならなかった。
やがて、異常なエネルギーの高まりと共に、周囲の大気がひとつ震え、
今までより一際眩い金色のオーラが、ガイアーとアークを包み込んだ……。