激突!! ゲッター対ガイアー   作:いぶりがっこ

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第十八話

時間にすれば、わずかに数分。

 

だが、互いの持つ力の全て、

そして、地球を待ち受ける命運を賭けた決戦は、遂に決着の時を迎えようとしていた。

 

刹那の内に刻まれた死闘により、

究極の神体ガイアーは、その身に尋常ならざるダメージを負った。

高度な治金技術によって作られた堅固な装甲には、大小数多の傷を受け、

特に、右肩から袈裟掛けに打ち込まれた大斧は、

胸部を半ばまで断ち切って、ばっくりと食い込んでいた。

 

だが、多大な犠牲を払いながらも、ガイアーは仇敵を捕らえる事に成功していた。

勝利を確信した巨神の姿が金色の輝きを灯し、

なおも腕の中で足掻く真紅の悪魔の姿を包み始めた。

 

ビイィィィン、という独特の起動音と共に大気が震え、

帯電するアークの外装が次々と爆ぜる。

 

万物を捕らえ、触れたもの全てを塵に還す破壊の光。

その輝きを前にしては、人類の切り札たるゲッターロボも例外では無く、

たちまち消し飛んだ装甲の奥から、

溢れ出したエネルギーが緑色の光と化し、中空へと拡散し始めた。

 

(これで…… 終わった……)

 

全ての終わりを告げるゲッター線の輝きを前に、呆然とマーズが思考する。

 

この決着に、悔いが無いと言えば嘘になる。

だが、過程に納得が行かなかったからと言って出た目を返せるほど、

軽々しい戦いをしていた訳では無い。

 

むしろ、無意識の内に非常な手段を使ってしまった事、

それ自体が、今のマーズには運命の一部にすら思えていた。

 

いずれにせよ、全ては過ぎ去った感傷に過ぎない。

後は、天空を覆うゲッター線の残滓が消えさえすれば……。

 

……

………おかしい。

 

胸中の感傷に気を取られていたばかりに、マーズは異変に気付くのに遅れた。

 

ゲッターの外装が消し飛んでから、既に一分弱。

堅牢な六神体すら、ものの数十秒で塵に還すガイアーのフルパワーを、

至近距離で浴びせているのだ。

いかに人類最強の兵器たるゲッターであっても、

本来なら、とっくの昔に地上から消滅している筈である。

 

だが、この段になっても中空に満ちた緑色の光は、未だ霧散する気配を見せない。

それどころか、ゲッター線の輝きは、まるで、失われた装甲を補うかのように、

機体の周辺に凝縮して、緑のヴェールでコックピットを覆いつくしていた。

 

幻覚では無い。

マーズは輝き放つエナジーが、人型の影法師を成して揺らめく様を確かに見た。

 

「この上、まだ…… 何かあると言うのか、ゲッター……!」

 

 

「た、拓馬……! こりゃあ……」

 

「俺に聞くなッ! 

 くっ、こっちに来てから、アークは一体どうしちまったって言うんだ?」

 

ある種の生物のようにうねるゲッター線の胎内で、二人が狼狽の声を上げる。

確かに、先の宇宙での戦いでも、ガイアーとの決戦の最中にも、

アークは二人が驚くほどの進化を見せていた。

 

だが、眼前に揺らめく緑色のエナジーは、

もはや、単なる兵器としての範疇を完全に越えている。

 

「くそ! もうこれ以上、何が起きたって驚かねえぞ!」

 

「……! 拓馬、見ろ、こいつは……」

 

「何!?」

 

獏の声に促され、拓馬が手元の計器を見つめる。

彼もまた、すぐに異変に気づいた。

炉心より流れ出たおびただしい量のエネルギーは、

アークの腹部、ちょうど無人の筈のコックピットへと注ぎ込まれていたのだ。

 

「何て極端な集中をしてやがるんだ。

 この現象は二号機の…… キリクの仕業だって言うのか!?」

 

「おい! 二号機! 誰か乗っているのか、いるなら返事をしろ!

 カムイ! お前なのか!?」

 

拓馬の必死の呼び掛けに、応える者は無い。

だが、まるで彼の声に合わせるかのように、

ゲッター線のヴェールは、奇妙な揺らぎを見せ始めていた。

 

緑色にゆらめく人型の背から、

ひときわ輝き放つオーラが天空に駆け上り、箒星のように長い尾を引く。

光線は上空で大きく孤を描き、幾重にも絡み合って螺旋を描きながら、

突如としてガイアーの元へと迫った。

 

刹那、マーズは直感的に理解した。

迫りくる螺旋の渦が、いかなる理屈によるものなのか、それは分からない。

だが、この現象はビームなどではない。

言うなればロボットを模したゲッター線のオーラが【変形】したのだ、と。

その証拠に、螺旋を刻み唸りを上げ、一直線に獲物を貫かんとするその動きは、まるで……。

 

「これはまるで…… ゲッター線のドリルッ!?」

 

マーズの驚愕と同時に、螺旋の破壊衝動が神体の胸元を刺し貫き、

巨大な傷跡を抉り取って、ガイアーの体内へと侵入を始めた。

 

 

「くっ、こんな事が……!」

 

ガイアー内部、マーズのみしか踏み込めぬはずの聖域に、薄緑色の輝きが満ち始める。

 

ゲッター線による、神体内部へ直接的な侵略。

最も恐れていた事態が現実となり、吹き上がる額の汗をマーズが拭う。

この邂逅が、ガイアーと自分にどのような異変をもたらす事となるのか?

もはや事態は、マーズに予測できる範疇を、遥かに越えてしまっていた。

 

「――!? 誰だ、そこにいるのは?」

 

ただならぬ気配を察知し、マーズが咄嗟に叫ぶ。

それがおかしな言葉である事は、口にしたマーズ自身にも分かっていた。

だがマーズは、自分とガイアーの意思以外が存在しないはずのその空間に、

何者かの意思が存在している事を、鋭敏に感じ取っていた。

 

果たして、マーズの叫びを肯定するかのように、ゲッター線の輝きが眩さを増し、

一点に向かい収束しながら、やがて、揺らめく人影を作り始めた。

 

「お……、お前、は、 そんな……!」

 

慮外の来訪者を目の当たりにし、マーズが言葉を失う。

薄緑の輝きを放ちながらマーズの眼前に現れたのは、風にたなびく赤毛が特徴的な若者。

 

――他ならぬ、マーズ本人であった。

 

「お前は一体……? これは、ゲッター線の見せる幻覚、なのか?」

 

「――初めは、ただの偶然だった」

 

ゲッター線のマーズは、ゆっくりと瞳を開き、静かな声で、訥々と言葉を紡ぎはじめた。

 

「海底火山の噴火による早すぎる目覚めが、

 プログラムの一部に過ぎなかった僕たちに【感情】をもたらした。

 それはささやかな偶然で、地球の命運は、常に危ういバランスの上にあった。

 異世界より介入したゲッターの意思は、

 その事に気づき、戦いの中で僕たちをキリクへと導いた……」

 

「お前は…… 何者なんだ?」

 

「僕は僕…… 異星人のプログラムに疑念を抱き、キリクへと乗り込んだ僕自身。

 この事態を想定して、ゲッターの記憶の中に刻み込まれた僕。

 いや、ゲッターの内に預けておいた、僕自身のもう一つの意志だ」

 

「僕自身の……」

 

青ざめた表情で、マーズが自信の鏡像を睨み付ける。

彼の、いや自身の言葉が真実ならば、

キリクに乗り込んだあの時から、全ての運命が決まっていたという事になる。

 

「今の僕たちには、ゲッターを滅ぼす力はない。

 それは自分自身でも気づいている筈だ。

 なぜならアークの、ゲッターの故郷は、

 この地球とは違う、別の時空に存在するのだから……」

 

「……ッ!」

 

「今ここでガイアーを失えば、ゲッターに対抗する手段が無くなってしまう。

 今はまだ、僕はこの地球を、人類を消滅させるわけにはいかない」

 

「……だから、ゲッター線の恩恵を受け、その走狗になれというのか?

 ヤツらの軍門に降って、宇宙を滅ぼす因子になれと……?」

 

「ゲッターと人類の間に、僕たちが介在する余地など、元よりありはしないさ。

 そう、人類の持つ好戦性と好奇心は、ゲッター線のパートナーして最適過ぎた……。

 だからこそ、ゲッターに内在する意志は、僕たちの存在を必要としたんだ」

 

「ゲッター線が、僕らを?

 人類の仇敵である監視者を必要とした……?」

 

マーズは顔を上げ、眼前にいる、もうひとりの自分の表情を改めて覗き込んだ。

その、燃えるような赤い瞳の奥には、

とてもゲッター線の傀儡とは思えない、澄んだ輝きが宿っていた。

 

「もし、進化と破壊を生み出すゲッター線が、

 この宇宙にとって許されざる存在だったとしても、

 ゲッターと一心同体になった人類に、それを抑止する事は出来はしない。

 彼らは例え、この宇宙を焼き尽くしてでも、

 その上で地獄の釜を押し開いて、進化の果てを覗き込もうとするだろう」

 

「…………」

 

「ゆえに僕たちは生き延び、力を蓄えねばならない。

 永劫の戦いの果てに、ゲッターが何を求めているのか……。

 その存在が、宇宙全体にいかなる影響をもたらすのか……。

 長い時間をかけ、虚空に溢れる情報の断片を拾い集め、真理を追い求めねばならない。

 

 そして、ゲッター線の存在が、宇宙全体の脅威としかならないと判断した時は……、

 その時、ゲッターを滅ぼすのは、人類ではない。

 

 それが出来るのは、人類を滅ぼす宿命を背負い、有史以来、その存在を監視し続けた者。

 与えられたプログラムではなく、

 自らの意志で、宇宙の脅威を抑止する歯車たらんと定めた者……。

 

 神体ガイアー! そして、人類の監視者・マーズ! 僕だけだ!」

 

「あ、ああ……!」

 

マーズが感嘆の声を漏らす。

深緑のヴェールは徐々に晴れ、マーズの視界から影法師が揺らいで薄れていく。

やがて影は消え去り、ゲッター線の霧散した室内に、バチバチという火花が走り始める。

 

「そうか…… そうだったのか……!」

 

重傷を負い、激しく痙攣するガイアーの体内で、マーズの呟きが零れ落ちた。

 

 

「こ、こいつはヤベェぞ、拓馬!」

 

「くぅ! 行け、行くんだ、アーク!」

 

突然、空中でガクリと停止し、緩やかに落下を始めたガイアー目掛けて、

鋼の骨格標本と化したゲッターが宙を駆る。

その挙動から、胸元の深手を抉られたガイアーが、

命的なダメージを負った事は明白であった。

 

「マーズッ! 生きているのか!?」

 

崩れ落ちる神体に取りすがりながら、拓馬がマーズへと呼び掛ける。

だが現状のアークもまた、いまだ宙に浮いていること事態、奇跡に等しい状況である。

拓馬の必死の操縦も空しく、両機は互いにもつれ合いながら、

ゆっくりと地表に引かれ始めた。

 

「返事をしろ! マーズゥーッ!!」

 

『……拓馬!』

 

「!? 無事か、マーズッ!」

 

『地球の消滅を防ぐ、力を貸してくれ、拓馬! 獏!』

 

マーズの叫びに合わせ、二つの機体が徐々に一体となり、

膨張する青銅色の装甲が、アークの骨格を覆い始める。

ケーブルやコードが生物のように内部を走り、

ゲッターの炉心に、コンピューターに、操縦桿に、

そしてパイロットの二人へと巻付いて、シュルシュルと繭のように全てを包み込んでいく。

 

「う、うおお!? 何だ、こりゃあ!!」

 

「マ、マーズ! これは一体……!!」

 

『……ガイアーの機能の停止は、もはや避けられない。

 だから拓馬、コイツが爆発する前に、

 ゲッター炉心に残されたパワーをフル回転させてくれ。

 高濃度のゲッター線エネルギーをガイアーに注ぎ込んで、

 宇宙へ向けて一気に射出する!!』

 

「!?」

 

マーズの提案に驚く二人を尻目に、有袋類のようにアークを抱えたガイアーの背から、

巨大な刃のような八枚の翼が生え揃う。

 

迷っている暇は無い。

既に地表は、三人の目と鼻の先へと迫っていた。

 

「……よし! その提案、乗ったぜ、マーズ!

 ゲッターアークのド根性を、もう一度見せてやる!!」

 

『拓馬…… すまない。

 結局、この世界とは無関係の君たちを巻き込む事になって……』

 

「今さらつまらない遠慮はいらないぜ。

 なんたって、お前も一度はゲッターチームだったんだからよぉ」

 

『獏も…… ありがとう』

 

「うおおおおォォ!! やるぜッ! ゲッターッ!」

 

溢れ出る激情を両腕に込め、拓馬がレバーを押し倒す。

キュイイイイィィンという高揚感と共に、ガイアーの胸元から緑色の輝きが溢れ出し。

その全身が、再び金色のオーラに包まれる。

 

「……! ……ズ!!」

 

ふっと、耳元に届いた何者かの声に、思わずマーズが振り返る。

足元には、不安そうに機体を見上げる岩倉、そして、必死で何事かを叫ぶ少女の姿が見えた。

 

「……て! マ……」

 

『春美さん……』

 

少女の喚き声が何を告げているのか、この距離では聞き取る事は出来ない。

だが、マーズは穏やかな表情を浮かべ、優しくさとすように呟いた。

 

『大丈夫…… きっと僕たちは……』

 

「準備万端だ! こっちはいつでもいいぜ、マーズ!!」

 

『……よし! 行くぞ、ガイアァ――ッ!!』

 

頭上に広がる蒼穹を見上げ、マーズが咆哮を上げる。

直後、金色の神体は一筋の光となって天空へと駆け上り、

地上で見上げる人々の前から姿を消した。

 

「マーズ……」

 

神体の消えた飛行機雲の果てを、

その時の春美はただ、呆然と見つめ続ける事しかできなかった……。

 

 

(こ、こいつは…… なんてパワーだッ!?)

 

強烈な加速がたちまち神体を襲い、巨大な重圧が、拓馬の全身を押し潰さんと圧迫する。

全身が背後のシートに飲み込まれ、レバーを握る拳が小刻みに震える。

 

(マーズ、獏!)

 

仲間の安否を問いただすべく、拓馬が大きく口を開く。

だが、強烈なパワーに肺腑を押さえられ、その叫びは声にはならない。

 

そうしてる間にも、周囲の光景は見る見る移り変わり、

ほの暗い星々の世界が、たちまちガイアーを包み込む。

既に拓馬は指一本動かす事も出来ない状況であったが、

機体は尚も際限ない加速を続け、拓馬の精神を、前人未踏の領域へと導いていく。

 

いかにゲッター線の申し子を名乗ろうと、拓馬も人の子である。

人体の限界を超えた衝撃に、肋骨が折れ、

こみ上がる血泡が吹き出し、視界が赤一色に染まる。

 

(グッ、このままじゃ、爆弾を離す前に、こっちが……)

 

『落ち着け、拓馬、意識をアークに委ねるんだ』

 

(!?)

 

混濁する意識がブラックアウトに至ろうとした直前、拓馬はマーズの声を聞いた。

その瞬間、全身の拘束がフッと緩み、勢いのままに拓馬の精神が機体の外へと飛び出した。

 

(これは…… 俺の体は……?)

 

『君は今、ゲッターと、ガイアーと同化しているんだ、拓馬』

 

(同化だって! ゲッターと……?)

 

存在する筈もない虚空からの風を捕らえ、ガイアーが一直線に加速する。

そのスピードは光の速さに至り、氷のように冷たい世界が拓馬の意識を吹き抜けていく。

だが、先ほどまで全身を覆っていた圧迫感は微塵もなく、

奇妙な心地よさすら感じられるようだった。

 

(マーズ、ガイアーはどこまで飛ぶ気なんだ?)

 

『もっと先へ……、破滅の終焉を超え、新たな始まりを迎えられる場所へ……!』

 

(新たな始まり……?)

 

やがて拓馬は、移ろいゆく星々の中心に、ひときわ赤々と瞬く点が迫ってくるのを見た。

 

(あれは……、火星!?)

 

 

その瞬間――、

 

 

惑星一つを吹っ飛ばすほどの閃光が宙域に満ち溢れ、

天空に拡散した緑色のオーロラが、火星の大気を覆い尽くした……。

 

 

 

――気がついた時、拓馬は再び虚空にいた。

 

 

永劫の刻の狭間で、束の間に煌いては塵へと還る星々の営みを、

拓馬はただ、茫漠とした瞳で見つめ続けていた。

 

(俺は……一体? 獏は、マーズは……)

 

取り留めの無い思考が、虚無の狭間に浮かび上がっては消えていく。

暫しの間、拓馬の意識は虚空の一部となって、無限の時間の中を漂っていた。

 

どれほどの時間が経ったであろうか……。

やがて、星々の間に満ちた輝きが、拓馬の眼前に集結し、ある種の人型をとり始めた。

 

(あれは……)

 

拓馬の意識が急速に覚醒を始める。

眼前で輝きを放つ、その存在には見覚えがあった。

拓馬の記憶に間違いがなければ、その男は、かつて自分達のいた世界で、

ゲッター1のメインパイロットを努めていた男。

 

そして……、

 

(親父……!)

 

拓馬の驚愕は叫びにならず、無限の虚空へと掻き消えた。

眼前の男は拓馬を一瞥すると、くるりと背を向け、後方へとゆっくり飛び去っていく。

 

『どうやら、ぎりぎりで間に合ったようだね』

 

(! マーズ)

 

後方に現れた気配に拓馬が振り向く。

そこにはやはり同様に、うっすらと輝きを放つ、赤毛の友人の姿があった。

 

(マーズ、一体何が起こったって言うんだ)

 

『あの時……。

 爆弾が起動する瞬間、新たな進化を始めていたガイアーの力を開放したんだ。

 覚醒したガイアーは、爆発の際の膨大なエネルギーの一部を取り込み、

 時空を歪めるワームホールを形成し、君たちを別の時空へと跳ばした……』

 

(あの一瞬に、そんなことが……)

 

『君たちがどこの世界へと跳ばされるのか、それだけが不安だったが……、

 どうやら向こうも、君の事を探していたようだね』

 

(マーズ)

 

『さあ行け、ここでお別れだ、拓馬。

 彼の後を追いかければ、君も無事に、元の時空へと帰れるはずだ』

 

(……お前はどうなるんだ、マーズ?)

 

拓馬の問い掛けに、マーズはどこか困ったような笑顔で、ちらりと背後を振り向いた。

程なく、二人の視点の先に、先ほどの赤く輝く惑星が、ゆっくりと近づいてきた。

 

(火星……、か?)

 

『そうだ。

 ガイアーは火星の空に散ったが、それで全てが終わったわけではない。

 かつて、ビッグバンと呼ばれた破壊の一撃が、

 この宇宙に生命を宿す因果を生み出したように……。

 

 星一つを消し飛ばすほどの爆発が生み出した高熱は、

 火星の極地の氷を溶かし尽くすだろう。

 溢れ出る水はやがて海を形成し、長い時をかけて、惑星の大気を変えていく……。

 そして、火星の空に満ちたゲッター線の輝きは、

 あの星に内在する生命の進化を促すはずだ。

 

 それまで僕とガイアーは、

 ひとまずは火星に眠り、彼の地の変容を見守り続ける事にするよ。

 来たるべき、再開の時のために……』

 

(再開の時……?)

 

『……君には、言っておかなければならないな。

 僕たちは、ゲッター線にまつわる事象の全てを受け入れた訳ではない。

 だから、次に僕が目覚める時は、本物の監視者となって、人類と向き合おうと思う』

 

(本物の監視者…… また、人類を滅ぼす敵に回ろうってのか?)

 

『あくまで可能性としての話さ。

 僕が目指すのは、異性人に押し付けられた、プログラムとしての監視者では無い。

 

 これから僕は、この世界に満ちた情報を拾い集め、

 長い時をかけてゲッター線の是非を判断しようと思う。

 他の誰に委ねるでもない、あくまで、自分自身の判断で、だ。

 そして、人類とゲッター線が、宇宙にとって脅威にしか成らないと思った時は……』

 

じっ、とマーズが拓馬の瞳を見つめる。

その深紅の瞳の奥には、切実で物憂げだが、しかし迷いの無い凛とした輝きが宿っていた。

 

(なぁに、お前がそう決めたのなら、こっちは構いやしないぜ、マーズ)

 

深刻なマーズの表情を消し飛ばすかのように、ぶっきらぼうに拓馬が言う。

その口元には、豪放で楽天的な彼らしい、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

(しっかし、お前もつくづく心配性なヤツだな。

 大丈夫、お前が考えるような事にはなりはしないさ)

 

『拓馬?』

 

(ゲッターを操るのは俺だぜ、マーズ。

 もしゲッターが、人類を誤った方向に導こうと言うのなら、

 ゲッターアークのパイロットである俺たちが、体を張ってでも止めて見せるさ!

 残念だが、未来にお前の出番は残っちゃいないな)

 

『拓馬…… そうか、そうだな』

 

拓馬の軽妙な口調を受け、マーズもにやりと笑みを浮かべる。

今までの彼らしからぬ、不敵でやんちゃな笑いであった。

 

やがて、マーズの体がスゥ、と後方に引き、背後に迫る赤色の惑星に吸い込まれ始めた。

 

『さぁ、今度こそ最後だ。

 拓馬、今までの事、本当にありがとう。

 次に僕が目覚める時、その時は君たちと肩を並べ、

 共通の敵に立ち向かう時である事を祈っているよ!』

 

(そうか…… だったら、あばよ、なんて言わないぜ。

 またな、マーズ!)

 

拓馬の最後の声が届いたかも分からぬうちに、

マーズの体は、みるみる小さくなっていき……、

やがて、火星の大地へと吸い込まれ、視界から姿を消した。

 

 

『……たのか! ゲッターアーク……、 

 生き……ら返事をしろ!……馬、カムイ、獏――』

 

ノイズまじりの酷い声が、耳元でけたたましく鳴り響く。

全身を襲う激痛と疲労感を堪えながら、拓馬が重い瞼を開ける。

スクリーンが丸ごと吹き飛び、随分と風通しの良くなったコックピットに、

眩いばかりの太陽の日差しが容赦なく差し込んでくる。

 

拓馬が思わず顔をしかめる。

全身がハムエッグになりそうなほどのバカ陽気が、

疲労でワヤになった肉体をじりじりと焦がす。

 

「……生きてるか、拓馬?」

 

「……何とか、な」

 

空ろな思考のままに、窮地を乗り越えた二人が言葉を交わす。

通信の必要も無い、大破した今のアークでは、

二段ベットの上下で話しているような物なのだから。

 

『こちらは早乙女研……だ! 誰でもいい、返事を……!』

 

かろうじて機内に残った通信機は、晴天には相応しくない、深刻な叫びを続けている。

あまりの煩わしさに、獏がひとつため息を付く。

 

「とりあえず…… 戻ってはこれた、みたい、だな……」

 

「ああ…… しかし、俺もアークもズタボロだってぇのに……

 何だって通信機だけは生きてやがるんだ……」

 

いや……、と。

雲ひとつ無い、別時空まで吹き抜けるような青空を見上げながら、拓馬が思考する。

これもまた、あそこで眠りについた【彼】の残した、

ささやかなプレゼントなのではあるまいか、と。

 

「……ったく、アイツも余計なおせっかいを……」

 

悲鳴を上げる全身に鞭打って、拓馬が右腕を伸ばし、送信スイッチを切り替える。

 

「うるさいなぁ……、そんなにがなり立てなくたって聞こえてるよ、神さん」

 

『――ッ!? 拓馬! 無事だったのか!?』

 

「無事じゃないよ、早いとこ助けに来てくれ。

 もう、こっちは指一本うごかせやしないぜ――」

 

と、そこまで伝えたところで、不意に拓馬の腹が、ぐうぅ、と情けないうなり声を上げた。

青空を見上げ、拓馬は少し考えた後、再びポツリと口を開いた。

 

「……いや、やっぱりあんまり急がなくていいから、

 途中でコンビニに寄ってきてもらえませんか?

 よく考えたら、向こうじゃ昼飯を食い損ねてたもんでね……」

 

 

 

 

 

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