――拓馬達が日本を飛び出してから、丸一日。
岩倉は日本の巡洋艦の甲板にあって、
黒煙を噴き上げる隆起島を、じりじりと睨み続けていた。
ゲッターがエジプトへ向けて飛び立った直後から、
自衛隊は秋の島新島の調査へと乗り出していた。
それは、マーズの目覚めた同地を探る事で、
未知なる六神体に対抗する術を得る事が出来るかも知れないと言う、
岩倉の提案を受ける形での派遣であった。
だが……
「やはり、調査は難航しているようですね」
「ウム……」
岩倉の問い掛けに、指令の男が苦い顔で応じる。
今回の派兵に、常ならぬ使命感を持って挑んでいる彼らだったが、
タイミングの悪い事に、ここにきて秋の島近辺の海底火山が、再び活動を活発にしていた。
度々鳴動する自然の脅威を前に、調査は難航し
島内の捜索はおろか、まともに島内に留まる事すら困難な状況となっていた。
「ともあれ、現状ではこのまま待機しておくしかありませんな
火山の活動が沈静化するのを待って、第二陣を派遣するとしましょう」
「その、次回の捜索に、僕も加えてはもらえませんか?」
「えっ?」
司令が思わず聞き返す。
いずれ岩倉がその言葉を口にするであろう事は、彼にも予想が付いていたものの、
現在の島の状態を考えれば、民間人である彼を上陸させる事はためらわれた。
「いや…… 危険すぎます。
島内は、いまだに隆起が続いているし、
火口付近は、素人がまともに近づける状態ではありません」
「ですが、こうしている間にも、エジプトでは戦端が開かれているかもしれないのです。
早いところ、監視者達に対抗する術を見つけなければ、
全てが手遅れになるかもしれません」
「…………」
「お願いします! マーズの第一発見者は僕です。
彼の居た正確な位置を分かるのは、この僕しかいません」
岩倉の熱心な懇願に、指令がひとつため息をつく。
地球の、ひいては友人の運命を背負う岩倉の熱意を、元より止められる筈も無かった。
「……分かりました、でも、決して無茶だけはしないで下さいよ」
「ハイ!」
・
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・
「成程、確かに随分と周囲の景色も違うな」
未だ地鳴りの止まぬ大地に降り立った岩倉が、ゆっくりと周囲を見渡す。
吹き上がる黒煙と凝り固まった溶岩が凹凸を成し、平時とは異なる緊張感を一同にもたらす。
後から降りた自衛隊の隊員が、おっかなびっくりに岩倉に語りかける。
「岩倉さんは、こんな危険な状態の島を取材していたのですか?」
「いや、そうじゃないよ
この間は火山も活動を休止していたし、島だってもっと……」
そこまで言ったところで、はっ、と何事かに気付いた風の岩倉が、突然駆けだした。
「い、岩倉さん!? 危険ですよ!」
「そうだ、どうりで周りの風景が違うはずだ!
島全体が隆起しているんだから、マーズと出会ったのは、もっと火口付近だったはずだ」
未だ島全体が断続的に鳴動する中、
隊員達の止めるのも聞かずに、岩倉が頂上へと登っていく。
やがて、彼の眼前に、見覚えのある風景が広がってきた。
「やはりだ、間違いない、マーズが居たのは、確かにこの辺りだった」
「岩倉さん、引き返して下さい! 辺りの様子が変です」
「何だって? ……うっ!?」
突如として一行を襲った強烈な地鳴りに、岩倉が驚きの声を漏らす。
直後、轟音とともに、赤々と灼けたマグマが、火口より勢い良く吹き出した。
恐慌をきたす一行の頭上目掛け、大小さまざまな岩石が降り注ぐ。
「だ、ダメだッ! 退避だ!」
「岩倉さん! 早く戻ってください」
「くっ、せっかく手がかりを得たって時に……!」
灼熱の火山弾を避けつつ、岩倉が火口から駆け降りようとする。
だが、繰り返す大揺れと不安定な足場に阻まれ、まともに動く事すらままならない。
意を決し、前方の大きな岩盤に跳び移った瞬間、
ズンッ、という一際大きな縦揺れが岩倉を襲った。
「う、うわあぁぁ――!!」
「い、岩倉さん!?」
地震の衝撃で足もとの岩盤が大きく崩れ、
バランスを失った岩倉が深い亀裂の底へと転落する。
咄嗟に駆け寄ろうとした隊員達の頭上に、岩石が容赦なく降り注ぐ。
「くそ、仕方ない、火山の活動が沈静化するまで、ひとまず退避だ!」
隊長の言葉に、隊員達は後ろ髪を引かれる思いをこらえ撤退を始める。
この時点で、誰もが口にこそ出さなかったものの、
岩倉の生存は絶望的なものと考えていた。
・
・
・
「……むぅ」
どれ程の間、気を失っていたのか。
頭をひとつ振って、岩倉がゆっくりと上体を起こした。
「ここは……?」
岩倉の眼前に広がっていたのは、天然の隆起島には似つかわしくない乳白色の内壁に
正方形に区画化されたタイルの床、
そして、コンピュータと思しき巨大な機械が立ち並ぶ、秘密基地のような一室だった。
「これは! 間違いない、ここだ。
ここにマーズがセットされていたんだ!」
ゆっくりと身を起こし、辺りを見回す。
程なく、大小の岩石が散らばる床と、長方形の溝が入った壁が目に映った。
「どうやら、ここから飛び込んできたようだな。
岩盤の奥にこんな空間が広がっていたなんて……」
扉とおぼしきその外壁を、様々に押し引きしてみるが、壁はビクともしない。
そもそもが降り注ぐ岩石をシャットダウンするほどの隔壁である。
正しい開け方が分からなければ、人力ではどうしようもなかった。
「やれやれ、助かったは良いが、これでは閉じ込められたも同然だな」
「……なんだ、騒がしいと思ったら、もう目を覚ましていたのか」
「――!?」
後方からの慮外の問いかけに、岩倉が思わず振り返る。
咄嗟に言葉を返そうとした彼であったが、
相手の顔を見た途端、ただパクパクと口を動かすことしか出来なくなった。
「あっ、あ……」
「こんな危険な状態の島に取材か? 新聞記者の岩倉さん、
いや、こんな危険な状態だからこそ、か」
おそらくは、岩倉が気絶しているうちに抜き取ったのであろう名刺を、
片手でひらひらさせながら、ゆっくりと男が近付いてくる。
だが、今の岩倉には、男の言葉は耳に入らない、何故なら……、
「ト、ト、トカゲ……」
「…………」
トカゲ呼ばわりされた男は、既に辟易した風に大きくため息をつくと、
ぬぅ、と岩倉の眼前へと顔を寄せた。
「ひ、ひィ!」
「やれやれ、あるいは、この島の関係者かと思って介抱したものの
なんだ、本当にただの職務熱心な記者だったか……」
「か、関係者……?」
「……チッ!」
緑顔の男は一つ舌打ちすると、興味を失った風にくるりと背を向けた。
過ぎ行く男の後姿を、岩倉はしばし、呆然と見送っていたが、
やがてハッ、と、かつての拓馬達の言葉を思い出すと、いそいそと男の後を追った。
(――で、俺達にはもう一人仲間がいたんだが、ここに来る途中ではぐれちまったのさ)
(岩倉さんも、もしそいつと会っても、迂闊にハ虫類呼ばわりしちゃいけねぇぜ
アイツがキレたら、それこそ血祭りどころじゃすまないからよ)
――部屋の奥には、人一人が横たわれるほどのカプセルがあった。
(マーズの眠っていた部屋か……!)
岩倉が思わず息を呑む。
一方、件の男は岩倉を顧みもしない。
カプセルに腰を下ろし、機械じみたヘッドギアを被って、
移り変わる大型モニターの映像を、ただ黙々と追い続けていた。
(今の映像は……、タイタン!
あのヘッドギアは、本来はマーズが使うはずだった、学習装置という事なのか?)
「……まだ、俺に用があるのか?」
男のぶっきらぼうな物言いに、岩倉の思考が現実へと引き戻される。
岩倉はためらいつつも、やがて、意を決して口を開いた。
「……カムイ君、なのかい?」
「何……!」
岩倉の問いかけに、男が始めて意外そうな驚きの声を上げて振り向いた。
数瞬の沈黙の後、赤みがかった瞳で、まじまじと岩倉を見つめながら、男が口を開いた。
「岩倉……、アンタ、もしかして拓馬たちを知っているのか?」
「やはり、君がカムイ君だったのか……」
・
・
・
秋の島新島にて、岩倉とカムイが邂逅を果たしていた頃、
拓馬達はエジプトの地で、惨劇の跡を目の当たりにしていた。
「……これを、六神体がやったってのか」
「一体一体が大陸一つを吹っ飛ばすほどの能力を持つロボット、だったな
この間のダルマ野郎は吹雪、そして今度のは……」
拓馬達の眼下に広がるのは、無残に焼け落ち、あるいは、蕩けて崩れた生活の跡。
見通しの良くなった街並みを分断するかのように、
幅200メートルにも及ぶ巨大な溝が、地平の果てまで永遠と続く。
「運河が……、蒸発してやがる」
「クソッ! 何だってんだ
このままじゃあ、本当にエジプト全土が焼き尽くされちまうぜ!」
ガン、と、拓馬が手元の計器を叩く。
ゲッターアークの超音速巡航により、
二時間足らずでエジプト上空へと到達した二人であったが、
土地勘の無さに加え、敵の凶悪なまでの破壊活動により、一切の情報を得ることが出来ず、
敵の足取りを掴めぬままに、そこから丸一日が経過していた。
「落ち着け拓馬、このまま敵の破壊活動の跡を追っていけば、いずれは……」
その時、突如として響いてきたノイズが、獏の言葉を遮った。
即座にふたりは会話をやめ、無線の内容へと集中する。
コックピットに満ちる言葉は、日本語ではなかった、が、背後の爆音とけたたましい会話、
そして何より、その意味も分からぬ言葉より伝わる必死さが、
彼らの置かれた状況を如実に語っていた。
「拓馬! どうやら向こうでドンパチやってるみたいだぜ!」
「分かっているさ、行くぜッ! アーク」
無線の発信源へ向け、アークが疾風となる。
やがて、上空から見下ろした広大な砂漠に、鉄隗が転々と姿を見せる。
現況へと近付くほどに、鉄隗は数を増し、赤々と灼けた生々しい姿へと変わっていく。
「戦車が、熔けてやがるのか……、近いぞ!」
「た、拓馬! アレを見ろ」
「!?」
開けた砂丘の先、二人の眼前に、巨大な砂嵐が近付いてくる。
「間違いねぇ! 無線の発信源はあの中心だ」
「出迎えの準備は万端ってか? 乗ってやるさ! ゲッタートマホークッ!」
両肩から飛び出した大斧の柄尻をドッキングさせ、頭上でブンブンと旋回させる。
機体に満ちたエネルギーにより、双刀諸刃の戦斧が変形を始め、
ジャキリと構え直した時には、長柄の斧槍へと変貌を遂げていた。
「行ッけええぇぇェェ―――ッ」
斧槍の無骨な刃で暴風を二つに切り裂きながら、アークが漆黒の竜巻の中心へと飛び込んだ。
・
・
・
「オオッ!」
拓馬が叫ぶ。
黒旋風の中枢にいたのは、まさに見紛う事なきスフィンクスそのものであった。
全長はゆうに70メートルはあろうかという、人頭四足のモンスター。
だが、その外見は拓馬の知る、岩石を積み上げただけの遺物ではない。
それは、滑らかな曲線を描く堅牢そうな金属で全身を包んだ、
まさしく【西方の守護者】を体現するかのような威容を誇る、漆黒の魔獣であった。
『フッフッフ、来たな、ゲッターロボ』
スフィンクスの瞳が真紅に瞬き、内部より男の重低音が響く。
ヘン、と拓馬が鼻先をこする。
「ダルマ野郎に続いて文化遺産が相手とはな、趣味が悪いぜ六神体。
お次は大仏でも出て来るんじゃぁねぇだろうな?」
『フン、威勢だけは良いようだが、お前は次の事を考える必要は無い
どうせ貴様らは、この地で果てるのだからな!
……時にマーズは、ガイアーはどうした?』
「お前らごときじゃあ役者不足だとよ!
それこそお前が心配する事じゃあねぇさ!」
拓馬の威勢の良い啖呵を、サングラスの監視者はスフィンクスの中で聞いていたが、
一瞬の沈黙の後、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
『……そうか、どうやらウラヌスのじいさまは、十分な仕事をしてくれたようだな』
「何だと!?」
『フフ、このスフィンクスは、火力こそ六神体随一だが、巡航能力に少々難があってな。
はじめから北アフリカでひと暴れして、
貴様達をおびき寄せる腹積もりだったというワケだ』
「…………」
『貴様らをうまい具合に分断させることが出来ようとは、まさにもっけの幸い
今頃は他の四つの神体が、日本を目指して動き出している事だろうよ』
「フン、ベラベラうるせえぞ、人面犬が、戦力分断が目的だって言うんならよォ……」
言いながら、拓馬が迷いもせずに手元のレバーを倒す。
「テメェを瞬殺して、日本にトンボ返りするまでだッ!」
直後、アークの頭部から一条の閃光がドシュゥと飛び出し、戦いのゴングを鳴らす。
近距離から不意打ちで放たれたゲッタービーム、
対手に避ける余裕は無いように見えた。
……が、
「何ッ!」
炸裂直前で、漆黒のボディが蜃気楼の如く掻き消え、
目標を失った光が空しく彼方へと消える。
「消えた、だと…… ぐっ!?」
「拓馬! 後ろだッ!?」
「くそっ!」
予期せぬ後方からの体当たりに弾かれ、アークがかろうじて体勢を立て直す。
振り向いたその先には、確かに先刻まで前方にいた筈の、スフィンクスの姿があった。
『危ない危ない、いきなりの不意打ちとは、えげつない事をしてくれる』
後方から現れたスフィンクスが言う。
『なるほど、ラーの奴が警戒するワケだな』
右方向から現れた二体目のスフィンクスが言う。
『だが、その程度の不意打ちで、六神体を欺けはせんよ』
左方向から現れた三体目のスフィンクスが言う。
『さてゲッターよ、貴様にこのスフィンクスのエニグマが解けるかな!』
さらに後方、先ほど消えたはずのスフィンクスが現れると、
それを契機に、四体のスフィンクスの体が輝きを放ち始めた。
目も開けていられないような輝きの中、アークを包む周囲の熱が急上昇していく。
「くっ、こ、これが、街を焼き払った力の正体か!」
「や、やべぇぞ拓馬、このままじゃ……」
急激な放熱の効果は、外装よりも先に内部を襲った。
コックピット内部が熱波に包まれ、直ちに蒸し風呂状態と化し、尚も温度上昇は止まらない。
『このスフィンクスの放つ高熱は六千度、実に太陽の表面温度に等しい!
さあ、このまま地獄の業火に灼き尽くされるがいいッ! ゲッターよッ!!』
・
・
・
――同時刻、東京。
朝焼けの彼方より飛来した、強大な乱入者の姿がひとつ、郊外の病院の静寂を破る。
その招かれざる客のため、先日の事件から、
現場に詰め掛けていた自衛隊員たちも、慌しく動き出した。
周囲を軍用ヘリに取り囲まれながらも、その機体の動きは一切の淀みを見せない。
どのような構造をしているのか、後光を背に受け、
直立不動、祈るような姿勢で飛び続けるその姿は、ある種の神々しさすら感じさせた。
「パパ、あのロボットは、一体……」
「うむ……、まさか、あれがマーズ君の言う、六神体なのか?」
窓の先に映る乱入者の姿を、不安げに春美が見つめる。
自衛隊の護衛があるとはいえ、六神体の前では、現在のマーズは無防備に等しい。
今、病院が攻撃を受けたなら、地球は一巻の終わりであった。
「大丈夫、あれは、僕達の敵ではありません」
「―― マーズ!?」
思わず春美が驚きの声を上げる。
いつの間にか室内には、先日重症を負って昏倒していたはずの、マーズの姿があった。
ゆっくりと、ふらつく足取りで、マーズが窓際へと近付く。
未だ体力が回復していないのは、傍目にも明白であった。
「マーズ君、今はまだ安静にしていなさい」
「そうよ、マーズ、無茶はしないで」
「いえ、そうも言っていられませんから……、ようし、こっちだ、ガイアー!」
主の指令を感じ取り、乱入者・ガイアーが、ゆっくりと病室に近付いてくる。
三人の眼前に、貝や藤壺に覆われた不気味な外装が迫る。
「一体どうしようって言うの、マーズ?
……あなた、まさかエジプトへ!?」
「だ、駄目だ!? 君が死ねば、地球は消滅するのだろう?
ムチャはよしなさい! マーズ!」
思わず取り乱す二人に、マーズは静かに首を振る。
「神体は、いまだ五体も残っています。
もし今ゲッターを、拓馬達を失えば、僕らの勝機は失われるでしょう。
それに、他の神体が僕の命を狙ってくる以上、
いつまでもここに留まるわけにも行きません」
「でも、だからってそんな体で……!」
「それに……」
窓から身を乗り出しながらマーズが静かに呟く。
「……それに、僕にだってケジメはあります。
本来この世界とは無縁だった拓馬達ばかりに、戦いを背負わせるわけにはいきませんよ」
「え……?」
思わず春美が聞き返した一瞬をつき、マーズがひらりと窓から飛び出し、
差し出されたガイアーの掌の上へと着地した。
「マーズ! 聞いていたのね、拓馬君の言葉を!」
マーズは答えない、ただ一度振り返り、穏やかな笑顔を少女へと向けた。
「マーズ……」
主人を懐に抱えた神体は、
再び緩やかに上空へと舞い上がり、空の彼方へと消えていった……。