夏海 現(なつみ うつつ)の横向き日記 作:endoendo
特に思い入れのないペンを買いました。
と、言いますか……買い足しました。理由としては単純に日記を書くのに使っていたペンのインクが切れてしまったからです。
『特に思い入れのないペン』としか書いてないと、後から日記を見返した時に「よう分からんこと書いてはりますなぁ……」となってしまいかねないので具体的に説明を残しておくと1本20円ぐらいで買える安いボールペンです。
少し前、友人に「普段使いするならもっと良いもの使った方がいいんじゃないかい?」と言われたのですが、私だって普段はもう少し良いものを使っています。ですが、この日記を書くには思い入れのないペンが良いのです。
今日はその辺の理由を書いてみましょうか。
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とある狐曰く、本当に大切なものは目には見えないそうです。これは結局のところ、何が大切であるかというのは主観的な感情であり心の内にあるものだからなのではないか、と常日頃思っています。
ですが、心の内にあるものだからこそ、時に人間の感覚に影響を及ぼすこともあるのではないでしょうか?世間で言うところの幽霊の正体の内の幾らかはこういう事だと考えています。
さて、何故いきなりこのような話をしたのかといえば、私が特に思い入れのないペンを使う理由がここにあるからです。
人間の感覚に影響を与えるというのは何も視覚に限った話ではないと思います。例えば、そう、重さとか。
気に入った道具、大切な貰い物、そういうものは他の物と重量は全く変わらないはずなのになんだか少し重さを感じるように思います。大切なものは目に見えずとも、やはり違うのです。
この重さは心地の良いものですが、昨日にも明日にも目を向けず、その日を気ままに記すこの日記では少しばかり相性が悪いようにも思うのです。
ここまでの理屈で言えば、思い入れのあるペンで書いた文章は当然そうでないペンで書いた文章よりも重みが出ると考えられます。そして、その重みとは『大切なペンで記した思い出達』という文脈の重みです。
それはそれで素晴らしい日記にはなると思いますが、繋がりのないその日その日を残すための日記としては些か重すぎるように思うのです。
詩的な言い方をすれば、私は今日の自分だけを切り取りたいのです。
私が特に思い入れのないペンを使うのは、そういった理由です。
……使い終わったはずの思い入れのなかったペンは何故だか使う前よりも重くなっているように感じます。それ故に捨てられずに残している20円の安いペンが増えてきましたが、それはそれで良いのではないかと思う今日この頃です。
「今日はまた、思い入れのないペンを買い足したんです」
「うーん、まぁ個人の自由だとは思うけどさ。普段使いするならもっと良いもの使った方がいいんじゃないかい?例えば、そう、大切に出来そうな良いものを」
「大切ではない物が最も適している事だってあるんですよ、それに……」
「それに?」
「どんな物でも、使い続ければ大切になってしまうものですから」