夏海 現(なつみ うつつ)の横向き日記   作:endoendo

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9月16日/花を偲ぶ

 花を買ったわけではないです。

 昨日永いお休みを取った親戚がいて、その通夜に行ってきたわけです。

 必ずしも良い思い出だけがあった人ではないのですが、それでも思うところはあります。悲しい……というよりは寂しいというところでしょうか。

 こういう時、前を向くのは難しく、かと言って後ろを向くのは永い旅の邪魔をすることになりかねません。

 ですからこういう時こそ横を向きたいと思います。いつだって、「今」は見逃せない物事に満ちています。そして、「今」が空いた穴を埋めてくれると思うのです。

 

 

*****

 

 

 花はめでたい出来事と縁が深いものですが、それと同時に死に密接に関わるものでもあります。なぜ、死者に花を手向けるのか。国や宗教によってその意味は様々ですが、結局のところ「1人は寂しい」からなんじゃないかなと思うのです。

 古来の王族が埋葬される際に生贄が共に埋葬されていた、なんていうのは有名な話ですが、これはそんなことをしてしまうぐらいに人は死後の世界を1人で歩く事を恐れていた事を意味します。

 ですが、この現代において死者の付き添いを人間がするわけにはいかないのです。だからせめて、想いだけは花に託して死者に寄り添ってほしいと願う……それが花を手向ける意味なのだと考えています。

 そんな花についてですが、ふと思ったことがあるのです。

 故人を偲ぶことはあれど、その故人に付き添ってくれた花を偲んだことはあっただろうか、と。

 別に私が人なんかの為に花を燃やすんじゃねぇ!というような過激派だからそう思ったというわけではないですよ。むしろ、普段は花に対してさして興味を持たない側ですらあります。ですが、それでも故人に付き添ってくれた花達には、少しぐらい感謝をしてもいいのではないか。そう思ったんです。

 感謝したからといって何があるわけでもないのですが、そうして立ち止まる時間こそが寂しい心によく効くもので、それはもしかすると感謝された花達がお返しにもたらしてくれた安らぎなのかもしれません……。

 

 

*****

 

 

 ところで、通夜の時になんというかシュールすぎて驚いたことがあるのですけど、今時の通夜って始まる前にお寺さんのCMが流れるんですね……。

 遺影の映像が突然切り替わってお寺や住職についての紹介映像が流れた時はなんか妙な空気になったのを感じましたよ。遺影は死の領域に近いものだと勝手に思っていましたが、ああやって映像が切り替わるぐらいなのですから思いの外、生の領域のものだったのかもしれません。

 ……いや、やっぱり変ですよアレは。

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