明星を見上げれば   作:唐草

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注意
※この小説には、二次創作、キャラ崩壊、中二病、どこかで見たような文章などの要素が通常よりも多めに含まれています。貴方の健康を害する恐れがあるので、読み過ぎにはご注意しましょう。


幻想の喧噪

 

 

 

 

 

「幻想と現実、どこがどう違うんだ?」

「それに生きることが赦されるかどうか」

 

 

 

 

 

 

 

 嫉妬。

 嫉み、妬むこと。

 おそらくだが、嫉妬というものをしたことがない者は、ろくにものを考えられない者以外ならばいないだろう。

 どんな立場にいる者だろうとも、隣の芝生は青々と茂っているように見えるし、他人の空想が創り出した現実にはないはずの芝生さえも羨む。

 平等であれ。

 こう言葉にすると素晴らしいことなのかと錯覚してしまいそうになるけれど、結局は自分を押し上げ、他人を蹴落とすだけだ。

 人並みの欲望を持っているのなら、逃れられない宿命でもある。

 ───少なくとも、僕が知っている限りの人間は、そうだったのだろう。

 心が壊れたり、狂っていない限り。

 ならば、僕の嫉妬は何なのだろうか。

 生きとし生ける者ならば必ずと言っていいほど持っているその性は、僕が見るどの部分に蔓延っているのだろうか。

 きっとそれは無意識的なものなのだろう。

 お世辞にも自らを把握しているとは言い難い僕ならば、それくらいのことはしている。このことを彼女に話したら「自分と向き合ってないからでしょ」と返された。

 自分と向き合っていない。

 自分を見つめていない。

 自分が見えていない。

 自分が見当たらない。

 どれをとっても合っているような気がするし、間違っているような気もする。

 それもまた、自分を把握しきれていない弊害ということだろうか。難しい。

 まあ、僕がどのような存在にせよ、嫉妬くらいはいくらでもしているだろう。幸いにも───というか、不幸にも。

 僕の周りには僕よりも優秀な存在が揃っていて。

 僕は常に人より劣り続けてきたのだから。

 道化として踊り続けてきた、と言い換えてもいいかもしれない。

 故に、嫉妬しているのだろう。

 自分とは違いすぎた両親にも。

 狂気を演じた演奏家にも。

 自意識過多な傍観者にも。

 何事も受け入れる曖昧主義者にも。

 他人と断絶した元殺人鬼にも。

 目的地を見失った詐欺師にも。

 才能の有り余る巫女にも。

 努力ができてしまう魔法使いにも。

 善意と平等を信じる尼にも。

 運命を絡繰る吸血鬼にも。

 永遠を具現する姫にも。

 ───嫉妬をせずにはいられない彼女にさえ。

 嫉妬していたのかもしれない。

 何とも情けない話だ。いかに僕が人として劣っていようと、お世話になっている人にまで悪感情を向けようとは。

 恩も恥も知らないような人間だ。

 怨と辱しか知らないような人間だ。

 とまあ、ここまで全て憶測にすぎないが、可能性は十分過ぎるほどに存在する。

 何故なら、僕は劣っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妬ましくなんかない───本当に。これっぽっちも」

「そりゃあ───そうさ。羨むところがまるでないんだから」

 

 僕は答える。

 目を地面に伏して。

 懺悔でもするように。

 

「劣っているんだよ。普通に生きてればまずは見かけない0点だって取ったことはあるし、50メートル走っただけで過呼吸になったことだってある。先日は生きてるのが不思議なくらいだって医者に言われたし、外見だってこの通りだ」

「それでも、ちゃんと話せているじゃない。嫉妬に狂っているようでもないし、劣等感に潰されそうでもない。わかる?あなたは異常なのよ」

 

 彼女はただ告げる。

 事実を、真実を、現実を。

 

「───ねえ、あなたはどうして生きていられるの?」

 

 それを言うのが当たり前だというように、さらりと僕に言った。

 緑色の宝石のなり損ないのような目が、僕をじっと見つめる。

 その瞳は、まるで哀れんでなどいない。

 そこにあるのは、未知の何かに対する恐怖心か、それとも、別の何かか。

 僕の答えを待たずに彼女が続ける。

 

「私だったら生まれた瞬間に自殺を考えて───いえ、下手をしたら生まれた瞬間既に実行をしていたかもしれない」

「それは───」

 

 言い過ぎだろう。

 とは、言えなかった。

 なぜなら、彼女はそれができるのだから。

 

「自殺を、考えなかった?誰かを殺したいほどに死にたい、なんて。本当に思わなかったの?」

「───否定は、しないよ。自殺なんて、それこそ数えられないくらい考えた。考えて考えて考えて考えて考えて───やっぱり、できなかった」

 

 ある日偶然、僕の意志とは全く関係なしに殺されたらよかったんだけどね、と柄にもなく笑みを浮かべる。

 彼女もそうね、と笑わずに頷いた。

 

「そうすれば会わずにいられたし───会えなかった。どっちを使ったらいいのかしらね」

「会わずにいられた、で正解だと思うよ」

「それでも、嫉妬をせずにいられるのはいいことよ」

「人に会わなければいいじゃないか」

「人に会わないと生きていけないのよ」

 

 人に会うと嫉妬せずにはいられない。

 だが、人に会わなければ生きていけない。

 それが、彼女の背負ったジレンマなのだろう。

 成立する矛盾。

 精神の曖昧な歪み。

 

「私はずっとそうして生きてきたわ。……人に会ったら嫉妬してしまうけれど、そうしなければ自己が保てないから。そこに憎しみと妬みと苦しみしか残らなくても、生き続けてきた」

 

 どうしようもない独白。

 どうにもならない告白。

 僕は何も言わない───否、言えない。

 彼女がどれだけ憎しみ、妬み、苦しんだのか。

 僕には、想像もつかないから。

 ほんの数瞬、彼女がようやく笑みを作った。

 泣きそうな顔で、僕への憐憫を含みつつ、笑っていた。

 

「でも───私には理解できないの。いくら私の生きてきた道には後悔しか残って無くても、私には他の何かがあった。───だから生きてきたの」

 

 惰性みたいに。

 そう彼女の口が動いた気がした。

 そう言っていたのかもしれないし、もしかしたら別のことを言っていたのかもしれない。

 

「聞かせてくれるかしら」

 

 彼女が真っ直ぐと僕の目を見つめて。

 達観とも諦観とも取れる表情を浮かべつつ。

 僕に言う。

 

「───どうしてあなたは生きていられるの?」

 

 ───わからないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの隣には、本当に居やすいわ」

 

 そう、彼女は言った。

 言葉だけ捉えれば素晴らしく、舞い上がってしまいかねない台詞だが、その真意を理解するとなると少しばかり鬱屈とした気持ちになる……のだろうか。よくわからないな。

 彼女の言った言葉を意訳すると、「あなたは本当に私よりも優れている部分が何一つなくて、嫉妬心を抱かずにすむ」である。

 彼女───水橋パルスィは、普通の人間ではない。どころか、異常な人間ですらない。人外───妖怪と呼ばれる種族である。

 現代日本で妖怪なんて言われても、信じない人が大半だろう。というか、今も信じている人なんて、頭がコンクリートか何かで固まっているのではないのだろうか。結局、現代日本に妖怪なんて存在しない、と結論づけてもいいかもしれない。

 そう、現代日本では。

 この幻想郷と呼ばれる地では、それが適用されない。

 魍魎は地上地下天空問わず跋扈して、異能を持つ人間に、果ては神さえも居着く、全てを受け入れる場所。

 緑髪の巫女の言葉を借りるのならば、常識に囚われない場所。

 だが、いくら常識に囚われていなくとも、常識は投げ捨てるものではないということを憶えておいてほしい。目を合わせたら決闘とは、彼女たちはトレーナーかデュエリストだろうか。

 

「僕の隣が居やすいんじゃなくて、その他の場所が居づらいから相対的にじゃないかな」

「そんなに変わること?」

「全然違うよ。周りに人を殺す奴ばかりいたとして、そこで人を殺さないことは善にはなり得ないだろう?どこまで行っても普通だ」

「普通なんて、この場所では貴重なのよ。地上の光も巡る風も届かない、荒くれ者や嫌われ者ばかりのこの地底じゃ、特にね」

 

 地底とは言っても、目が退化した地底人が地上侵略を狙っているわけではない。嫌われて、妖怪が蔓延る幻想郷からさえも追いやられた妖怪が多数いるだけだ。

 例えば、僕の目の前にいる彼女は、他人の嫉妬心を増幅させる妖怪。だが、それ以上に彼女自身が嫉妬深く、面倒くさい性格をしている……らしい。僕はそんなところを見たことがないけど。

 むしろ、容姿が大変好ましいうえに友達も多いので、僕からしてみれば彼女自身が嫉妬の対象だ。多分。

 

「というか、何でわざわざ地底になんか来たのかしら。あなたって元々外来人でしょう?」

 

 外来人……そういえば、博霊とかがそんなことを言っていたようないなかったような。語感から察するに、幻想郷の外から来た人間、ということだろう。

 

「逃げた先がここだっただけだよ。ここにいる妖怪の、何分の一かはそんな理由だと思うけど」

「ふうん」

「興味なさそうだね」

「興味なんてないもの」

 

 だったら聞くなよ。

 

「知ろうとさえ思わなかったわ」

 

 何で聞いたんだよ。

 

「別に、あなたと似たような人間なんて今までにいなかったから、知らなくてもどんな受け答えをするか試してみたかっただけよ」

 

 ……つまり、興味があったのは理由じゃなくて反応、と。

 おそらく、彼女も自分が僕に嫉妬しようとしない理由がわかっているのだろう。それを承知で尚聞くというのだから、質が悪い。

 

「僕と似た形の人間なんて探さなくてもいくらでもいるだろ。目と、耳が二つあって、口がついて人型をしてればいい。ほら、これだけで70億だ」

「70億って……外の世界にはそんなに人間がいるの?窮屈で仕方がないんじゃないかしら」

 

 間引きとかしないのかしら、と結構物騒なことを言う水橋。

 人間とは価値観が根本から違うことがわかる発言だ。だからといって、どうということではないけれど。おそらくそれは、僕の全存在をかけてまで否定することではないだろう。

 事なかれ主義。

 どちらかというと、君子危うきになんちゃらと言って欲しいものだ。

 だって、相手は妖怪だぜ?

 見えている地雷を踏んで爆発を堪能するほど、僕は芸術家じゃない。

 

「あっちの世界には人権っていう概念があるからね。犯罪者一人死刑にするのにも議論が雨霰と巻き起こるんだよ」

 

 水橋は興味なさそうに「ふぅん」とだけ言うと、「どうでもいいけれど、その……モノクル?みたいな仮面……ずっと付けっぱなしだけど、もしかして目が宝石にでもなってるのかしら」どんな思考でそうなったんだ。

 

 仮面の下で、暗闇しか見えない右目をぎょろぎょろと動かしながら答えた。

 

「古今東西仮面を付ける理由なんて、そんなに多いものじゃないだろ。例えば、隠したいものがあるとか、格好を付けたいとか、怪しさを増長させるためとか」

「格好を付けたいのね」

「即断でそう決めつけるのは良くないと思うんだ。もうちょっと考えようぜ」

「じゃあ違うの?」

「間違ってはいないけどさ」

 

 格好なんて付けても付かないに等しいけれど、せめて、だ。醜いものはできるだけ隠した方がいいという僕なりの気遣いかもしれない。

 本人にもわからない真意なんて、存在しているのかどうなのか。

 

「あれかしら、お洒落頑張っちゃってるのかしら?本当ならここでその頑張りも妬ましくなるはずだけど、あなたの場合は哀れみしか感じないわね」

「その称号は今まで評された中でも一番嬉しくない称号だな。せめて似合わないからやめておけくらい言ってくれ」

「罵倒されたいと。マゾヒストね」

「事実は甘んじて受け入れると言ってるだけだよ。痛いのは嫌だし、苦しいのは嫌いだ。辛いことからは逃げたいし、謂われのない罵倒も受け入れがたい」

「ならサディスト」

「人を二種類に分けようとするなよ。一人を二等分にもできないのに、70億を二種類じゃ無理があるだろ」

「あなたを二等分にしてあげましょうか?」

 

 水橋の提案を「遠慮しとくよ」と断って、散歩でもしようかと頭を搔きながら考える。どこかいい暇つぶし場所、あったかな。

 

「じゃあ、顔洗う時とかはその仮面ってどうしてるの?」

 

 何の前触れもなく、僕のものでもなければ、水橋のでもない声が僕の鼓膜を揺らした。じゃあって何だ。その会話は終わったはずだ。

 軽くあたりを見回しても、僕ら二人以外の誰かは見当たらなかったため、ついに脳まで不調が来てしまったかと病院へ行く決意をする。

 ……おや。

 よく目を凝らして見れば、円形の帽子を被った、少しくすんだ髪色の少女が微妙に見えないでもないような気がした。

 幻覚か、能力か。

 どちらにせよ、危険なことには変わりはない。

 前者なら、僕の脳が。

 後者なら、相手の存在が。

 僕の命が危険で危ない。

 

「……古明地のところの妹ね。無意識なのは構わないけれど、彼が豆鉄砲と食らった鳩に頭をつつかれたような顔してるから。姿を現してもいいと思うわよ」

「あれ?今私能力使ってた?ごめーん、無意識だったよ」

「あなたの能力は常時発動だと思ってたけど……違ったかしら」

「そうだっけ?」

 

 水橋の僕の顔に関する評価はともかくとして。

 彼女は気が付いたらそこにいた。

 瞬間移動とか、超スピード───ではなく、そこにいたのに気付かなかったような感じだ。

 まるで、意識の隙間にでも入り込むように。

 認識の外側を迂回してくるように。

 そこにいることがあたりまえのように。

 先ほどまで存在があやふやだったとは思えないほどはっきりと存在していた。

 黄色いリボンが巻き付いた帽子を被っていて灰色の髪をした、何故今まで気付かなかったのかが不思議なほど、特徴的な少女だった。この幻想郷の少女らしく、フリルをあしらった服からわかる体型は起伏の乏しい典型的な子供のもので、とても僕の年上───この地底に住む妖怪とは思えない。

 わかりやすい異常は、彼女の細い体に絡みついた、青い紐───に付いている、閉じた目を思わせるような球体。それが、彼女の左胸。つまりは心臓の部分に、重なるようにあった。

 そしてなにより、わかりにくい異常の方。

 目が、異質だった。

 何を考えているのかわからないような目をした奴になら何人か会った。人をゴミ程度にしか見ていない奴の目だって見たことがある。

 だが、彼女は何も見ていない。

 視覚的な意味ではなく、本質的な意味で。

 僕らを背景と同等にしか見ていなくて、背景をも僕らと同等に見ているような違和感。なんというか、もし仮に万が一僕が彼女と仲良くなったとして、僕が危険な状態にあったとして、だ。彼女は僕を助けてくれるかもしれない───が、同時にそこらの石ころを僕と勘違いして助けてしまうかもしれない。

 そんな危うさが、彼女の目の中にはあった。

 もっとも、全部推測だが。間違っていたら言葉もない。

 

「……えっと、その娘は?」

「古明地こいし。……地霊殿の主の妹よ」

 

 地霊殿……うん?聞いたことがない。

 役職名か何かだろうか。

 

「結構前に言ったはずなんだけどな……」

 

 僕の反応を見て、水橋が額を指で押さえた。

 おかしいな、僕のログには何もないというのに。

 ……しかし、こいしか。小石。

 彼女の親は何を思ってそんな名前をつけたのだろう。人に蹴飛ばされるようにか、それとも人の進路を蹴躓かせて妨害するようになのか。

 どちらにせよ、アレなネーミングセンスだ。僕の親に通ずるものがある。

 いやまて、恋志とかそういった漢字かもしれない。

 平仮名だったら言い逃れの余地もありだ。

 …………。

 やめよう、これ以上は誰も得しないし、僕しか傷つかない。

 いや、傷ついたところで僕がそれを認知する方法はないのだけれど、知らぬ間に削れていって最後には絞りかすしか心が残らないなんてのは勘弁だ。

 幸いというべきか───ここは幻想郷。僕の心を知る手段や方法なんて、探せばいくらでも転がっているだろう。

 今は探していないけれど。

 どんな反応したらいいかわからないから、後回しにする。面倒なものは先送りに。夏休み前半の小学生のごとくだ。

 

「地霊殿ってのはね……ほら、旧都の方に灼熱地獄の跡があるって話したじゃない」

「いや、話されていないけど」

「話したのよ。つい昨日のことよ」

「そんな昔のこと、僕が憶えてるわけないだろ」

 

 記憶なんて、そもそもが劣化しやすいものなのだから。

 

「……まあいいわ。地霊殿は、灼熱地獄跡の上に建てられた屋敷で───偉そうにしてる奴らが住んでる動物園みたいなものかしら。行きたいのなら止めないけど、到着する前に食われるんじゃない?」

「そうかな……。たまに外出するけど、今まで一回も食われたことはないし……」

「なんなら私が食べてあげようか?」

 

 さっきまではまるでここが彼女の家なのかと思わせるほど寛いでいた古明地が、唐突に話に入ってきた。

 ここでの『食べる』は性的な意味ではなく、物理的な意味である。

 承諾したら、文字通り食われるのだろう。

 肉を食いちぎられ、脳髄を啜られ、内蔵を貪り尽くされる。

 妖怪。

 人間を喰らう化け物。

 ある者は感情を喰らい、またある者はその血肉を喰らう。

 それが妖怪としてのあり方だから。文句を付けるつもりなど微塵もない。

 

「……遠慮しておくよ。僕なんか食べたら、お腹を壊しちゃうからね」

「うーん、残念?」

「私に聞かないでよ……」

 

 妬まし……くはないけど、と水橋が頭を搔いた。眉を歪ませて、どことなくばつが悪そうに力なく笑っていた。

 こういってはなんだが、似合っている。

 それは僕がここに来てから幾度となく見ている表情だからだろうか。

 

「ところで、古明地の姿がさっきまで見えなかったのは」

「『無意識を操る程度の能力』」

 

 僕が疑問を口にすると、まるでそれを待っていたかのように古明地は口を開く。

 

「私の能力。……あれ?『無意識に操る程度の能力』だっけ」

「多分さっき言った方で合ってると思うよ。その言い方だとまるでこの世の全てがきみの手の上に、みたいなニュアンスになってるから」

「むむむむむ、もしかしたらそうなのかも」

 

 怖いこと言うな。

 何かを言おうとした形のまま唇が固まり、口内の空気を入れ換えた。

 ───この世界観じゃ、冗談にもなりやしない。

 

「…………『無意識を操る程度の能力』、ね……」

 

 意識するでもなく、それこそ無意識に呟く。

 無意識を操る。

 自分の意識の及ばぬ所を操作される。

 心臓の鼓動、呼吸、脳の認識───その全てを、掌握される。

 おそらく、これまでの彼女の言動から、彼女は無意識で能力を使っているのかもしれない。だが、もし何らかのきっかけで彼女が意識的に能力を使ったとなると、僕はそれが恐ろしい。

 はてさて、無意識に行動するからその能力が発現したのか。

 その能力の所為で無意識下でしか行動できないのか。

 そんなことを考えていると、古明地が諸手を挙げて回転し、ビシッと上を指さしてポーズを取って言った。

 

「…………えちぃことしようぜっ!」

「水橋、なんかこの古明地おかしなこと言い出しやがったぞ」

「無意識のうちにおかしな電波でも拾ってるんじゃない?」

「捨てるよりはいいんじゃない?」と古明地。

「拾っても捨ててもどちらにしろ神以上にはなれないさ」と僕。

「いーじゃん、神様。一度なってみたいよね」

「なったらおしまいだと思うけどね」

「何で?」

「他人に自分の存在を左右されかねないからさ」

 

 信仰なんて不確定なものに自分を任せたくはない。

 他人の信仰で、自分の存在を───評価ではなく、存在そのものを持ち上げられたり、貶められたり。

 信仰がなくなれば消えてしまう。

 不確定で不安定。

 

「でも、他人が認識できなかったらそれはいないのと同じじゃない?」

「虚数だって数字として認識される時代だよ。認識できないものは、『認識できないもの』として認識されるのさ」

「『認識できないもの』があることさえわからないなら?」

 

 なおも食い下がる古明地。

 その目からは意図を察することはできない。

 ひょっとしたら彼女の能力や人格に関係した、何か深い理由があるかもしれない。

 もしかすると、彼女は何も考えていないかもしれない。

 僕は彼女じゃないのだから、彼女の真意はわからない。

 もし僕が彼女だったとしても、僕は自分の気持ちがわからないけれど。

 どちらにせよ、僕に古明地は理解できない。理解する必要もない。

 

「……さあ。そんなこと僕に聞くなよ。そんな哲学的なことは僕にはとても答えることができない。妖怪の賢者っていう……えと……「八雲紫?」そう、それ。彼女に聞いたら意味のありそうでないことを言って煙に巻いてくれるんじゃないかな」

「煙に巻かれたら意味ないんじゃないかしら」

 

 水橋が溜息を吐きつつ苦笑する。

 一般的な価値観だ。

 幻想郷の住人としてはこんなに普通で大丈夫かと問いたくなってくるけど。

 

「こういうのは問答に意味があるんだよ」

「本気で答えを期待してるわけでもないしねー」

「…………はあ」

 

 わかっていなさそうな空返事だ。こころなしか水橋の頭上にクエスチョンマークが見えるような気がする。

 

「つまり古明地が言いたいのは───あれ、古明地どこにいった?」

「さあ、無意識の任せるままに、じゃない?」

「メタルスライムみたいな奴だな……」

 

 エンカウントしづらく、会っても気が付いたら逃げている。

 倒したら経験値多そうだ。

 防御力も高いのかもしれない。

 倒せなかったとしても、幻想郷に教会があるとは聞いていないから、神社か病院に───

 

「───あ」

「忘れてた何かでも思い出した?」

「うん、急用が……できていたのをね」

「へえ、興味ないけど一応聞いておくわね。どこ行くの?」

「焼けない竹藪に」

「火の鳥もいるからたまに焼けるんじゃなかった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 歩けば竹。

 歩いても竹。

 歩くほど竹。

 地底から出発して、永遠亭が存在するこの迷いの竹林までさほど迷わずに来れたのは運が良かったことだった。……後で聞いた話だと、どうやら地霊殿の方から直通で迷いの竹林まで行くこともできたみたいだけれど。

 僕の三時間を返してほしい。

 まあ、今は今現在の話をすべきだ。

 太陽の光は背の高い丈に遮られていて薄暗く、それに加えて深い霧。これで前も見えなければ、方角だってわからない。

 竹に傷を付けて進んでいこうとも、成長の早い竹は一時間も見ない傷のある部分が僕の頭上に来ていたりする。

 迷いの竹林の名は伊達ではない。

 現に僕も今、迷っていた。

 

「前来たときは……どうやって来たんだったか」

 

 僕が徒歩で、しかもこんな土地で。目的地に辿り着けるとは思っていない。

 むしろ目的地に辿り着ける方が稀だろう。

 本当に前回来たのか、僕の記憶力を疑ってみたくなってきた。

 もしかして僕の思っている永遠亭とは、僕の空想上の存在なのではないでしょうか。もしそうだとしたら、僕は統合失調症の疑いが……さすがにないと信じたい。

 

「人ッ間♪見っつけたぁっ♪」

 

 やたらと調子の良く、基本生活レベルが江戸時代の幻想郷に会わないほどのアップテンポの歌が聞こえた。

 歌というよりは、ミュージカルとかのあれに近いかもしれない。あれ、歌で合ってたんだっけ。

 視界が狭まり、暗くなる。

 比較的明るかった竹藪の上部も暗く染まり、元から暗かった部分などは、もはや黒色に塗りつぶされて何があるのかさえわからない。

 先ほどの妙な歌といい、僕───しいては人間の動きを止めて、おそらくは妖怪がすることなど限られている。

 

「うふふ、こんなところで人間を見つけるなんて、今日はついてるわね。当然、ここは人里じゃないんだから、あなたは食べてもいい人間よね?」

 

 先ほどの声が前方から聞こえてきた。姿は暗闇に紛れて見えない。

 しかし、食べてもいい人間とは。

 ルーミアも言ってたぞ。

 そのフレーズ、流行ってんのか。

 

「……食べてもいいかもしれないけれど、食べない方がいいかもしれないね。きみが今後の人生をおもしろおかしく、健康に、不自由なく、安定して、自由で、楽しく、幸せに暮らしていきたいと願うのなら、だけど」

 

 ザリガニみたいに、食べたものに影響されて体が変化するなんてのも、あり得ないとは言い難いのが妖怪だ。

 僕も能力を持ってるのではないかと疑いそうなほど劣っているので、可能性はゼロではない。

 

「……?よくわかんないけど、食べちゃだめなのかしら?できることなら食べたいんだけれど」

「きみの判断に任せるよ。ただ、僕を食べたらもうまともに歌を歌うことができなくなるかもしれない可能性は忠告しておこう」

「えっ!?本当!?」

 

 嘘である。

 さすがの僕も声帯はそこまで劣っていない。

 

「さあ。可能性の話だからね。なんなら、お試しで僕の血液でも少し飲んでみるかい?その結果どうなろうと、僕は何の保証もしないけど」

「いや、ちょっと、来ないで!」

 

 一歩も動いてないのですがそれは。

 能力が解除されたのか、僕の網膜に光が戻る。突然入った多量の光が眩しく、手で左目の上を覆う。右目は仮面のおかげで無事だ。

 しだいに目も明るい環境に慣れてきて、相手が見えてきた。

 特徴的な羽根を持った少女。

 禍々しい色に、禍々しいデザインの羽根。

 耳も羽で、背中にも羽根。至る所に羽根のアクセサリが付いている。

 帽子のてっぺんにも羽根の飾り。

 幻想郷の人々は特徴的な帽子を被ることが多いらしい。

 妖怪としてはまだ若いのか、幼さの残る顔つきに加えて、身に纏うオーラのようなもの(妖力というらしい)も頼りない。

 頭も良くはなさそうだし。

 

「大丈夫だよ、別に取って食われようってわけじゃない。ただ、道を聞きたくてね」

「み、道……?人里ならわかるけど……」

「いや、永遠亭」

「兎が出てくるのでも祈ってみたら?」

「だよなあ……」

 

 そういえば、前回も誰か───うさみみを付けた誰かに案内されたような気がする。確か……鈴仙とか言っただろうか。

 あざとすぎて若干引いた憶えがある。

 

「空飛べそうだし、上から確認とかは……」

「できると思う?」

 

 できないんだ。

 まあ、八意さんが誰かから身を隠すために云々って言っていたような気もするし、妥当かなとも思う。しかし、病院が見つからない場所にあっていいものなのだろうか。

 急患とかどうするんだ。

 

「できたらいいなが正解かな」

「あんなことこんなこと?」

「どこで憶えてくるんだそんなもん」

 

 外の世界と幻想郷って完全に文化が断絶されてるんじゃないのか。

 僕の知識が間違っているのか。

 

「あれ、どこで知ったんだっけ。あれれー?」

 

 指を立てて顎に置きつつ、首を傾げる彼女。……そういえば、名前知らないな。

 

「ところで、名前は?」

「ミスティア・ローレライ。夜雀よ」

「夜雀?」

 

 夜雀。

 彼女から聞いたその妖怪の名は、確か『ぬらりひょんの孫』で見た気がした。

 そういえばあの娘も人の視力奪う能力持ってたな。そこはかとなく鳥っぽかったし。

 

「じゃあ……ミスティア」

「何?」

「一旦人里まで───」

 

 直後、爆音が響いた。

 次いで、熱風。目の前にいたミスティアが紙のように吹き飛ばされる。

 妖怪だから大丈夫かと勝手に納得して、自分が標的になる前にさっさと逃げてしまおうと後ろを向く。

 

「…………」

 

 燃えていた。

 それはもう、ぼうぼうと。

 燃えさかっていた。

 

「…………焼死体になるのは嫌だなあ」

 

 せめて溺死体がいい。

 焼けるのとか、熱そうじゃないか。

 めらめらと竹を焼いて勢力を拡大していく炎を見つめながら、適当にそんなことを思った。

 そう遠くにもない炎の熱気が僕の肌を焼く。焦げ臭い匂いが鼻を突く。

 死にたくはない。

 が、この幻想郷には幽霊もいるし、それでもいいかなと妥協はできる。

 じゃあ、走馬燈が出てくるまで目を瞑って待とうか。

 

「……何満足したみたいな顔してんのさ」

「……はい?」

 

 気が付いたら熱気も感じなくなっていて、炎が消えていた。

 あたりを見回しても、あるのは焦げた竹と───

 赤くて白い女性、だけだった。

 白いが、不思議と老いている印象はない髪の毛。

 白地に赤い模様の入ったリボン。

 燃えそうなほどに紅い瞳。

 至る所に護符の張り付いた、赤いもんぺ。

 同じ紅白でも、博霊とは違い白が強調されている印象を受ける。

 ミスティアはあの攻撃でどこかへ吹き飛ばされたのか、どこにも見当たらない。

 まあ、死んではいないだろう。

 

「夜雀に襲われてたみたいだから一応助けたけど、もしかして自殺志願者?余計なことしちゃったかな」

「いえ……まあ、似たようなものです。助かりました。ありがとうございます」

「どっちに対してよ……」

 

 それにしても、今日一日で新キャラが登場しすぎている。

 明日には何人憶えているだろうか。

 異世界へ召喚されたての勇者の気分だぜ。見知らぬ土地へ引っ越した気分でもいいけど。

 要するに、知らない奴ばっかだってのが伝わればいい。

 

「私は藤原妹紅。まあ───しがない焼鳥屋といったところかな」

「……はあ、そうですか」

 

 火の鳥───水橋が言っていたのは、彼女のことだったのか。

 炎を操る焼鳥屋。だから、火の鳥。

 フェニックスには程遠そうだけど。

 

「さっきまで燃えていた火はどうしたんですか?やっぱり能力とか……」

「うんにゃ、消化器」

「………………」

 

 文明の利器だった。

 確かに、彼女の後ろには見覚えのあるような赤い筒が転がっていた。

 なんと夢のない……。

 僕の微妙な表情を見てか、藤原さんが目をそらしつつ言う。

 

「前、ちょっとあってね……」

 

 そう呟く藤原さんの顔は、悲哀に包まれていた。

 おそらく、竹藪焼失でもしそうになったのだろう。

 

「えと、この話はいいや。貴方……名前は?」

「本名は嫌いなんですよ。……名乗るのも、呼ばれるのも。胸を張れるような立派な名前じゃない───いえ、名前の方が立派すぎるんですかね。完全に名前負けしちゃってるんですよ。もし呼ぶとしたら、何かしら特徴を見つけて、適当に呼んでください」

「じゃあ、右目仮面くん……とか」

「あなたが呼びたいのなら、それでもいいんじゃないでしょうか」

「…………いや、やめとくよ」

 

 賢明な判断だ。

 僕だって、シリアスな場面とかで右目仮面だなんて呼ばれたくない。

 冗談にもならないほど───冗談みたいだ。

 シリアスはシリアスで。

 洒落は洒落で。

 きっちりと、分けよう。

 

「藤原さん、一旦人里に戻りたいんですけど、案内ってできますか?」

「ん、構わないよ。それも仕事の内だしね」

 

 そう言って藤原さんは僕を案内してくれた。難解に入り組んで、東西南北の区別が付かず、地図があろうとも現在地がわからないような竹林を、迷いもせずに歩いていった。

 時折、彼女が遠くを見て何かを呟いていたような気がするが、僕の気にすることでもないだろう。

 

「……そういえば、さっきの炎は?」

「ちょっとした手品みたいなものかな。長生きしてると、使えるようになってくるのよ」

「長生き……しているようには見えませんけど。妖怪ですか?」

「妖怪、ではないね」

「はあ。つまり人間でもないと」

「…………まあ、否定はしないけど。だけど、遠慮というものも大切だとは思うわね」

「NOとしか言えない日本人ですから」

「日本人以前に、人として根本から間違ってる気がするけど」

「脳としか発せない日本人ですから」

「それは病気だ」

 

 病気、病気……。

 あ。

 藤原さんの言葉で、忘れていた用事を思い出した。

 衝撃的なことがあったとはいえ、さすがに忘れるのが早すぎではないかと、僕の海馬に叱咤をしたくなる。

 病院───永遠亭に、行く予定だったのだ。

 

「藤原さん、この竹林のことよく知ってるみたいですけど、永遠亭って場所も知ってますか?」

「うん?本当に病院に行く気になったの?律儀……とは程遠そうよね、貴方は」

「人を見かけで判断してはいけませんよ」

「これまでの会話からも判断してるから問題はないわ」

「中身で判断するのもどうかと思います」

「じゃあ、どこで判断すればいいの」

「味」

「……………………」

 

 あれ?

 小粋なトークくらいのものだと思っていたけれど、僕の前を歩いていた藤原さんの足が止まり、敵意らしきものがどんどん膨れあがっているような気がする。

 これは、あれかな。

 妖怪だとか、思われてるのかな。

 下手をすれば先ほどの炎を今度は僕が喰らって、吹き飛ばされかねない。

 ミスティアとは違って、肉や骨を。

 

「……い、いや、冗談ですよ?僕はこう見えても、これまでの人生で一度も人を殺したことがないのが自慢なんです。僕にお口の中がカーニバルな趣味もありませんし」

「……まあ、確かにそうは見えないかな」

 

 ふっと彼女がいつの間にか指の先に灯っていた火種を吹き消した。

 外見で判断するなとは彼女に言ったが、この場合は外見で判断してくれて構わない。

 僕に都合のいいことなら、どんどん判断してほしい。

 

「見るからに、根性無しっぽいし」

「……………………」

 

 どうなんだ、それは。

 殺されなくてよかったと安堵するべきか。

 謂われ無き侮辱に憤るべきか。

 当然ながら根性無しの僕は安堵して感謝する方向に収めた。

 

「えっと……どこまで話しましたっけ?」

「確か……永遠亭に行く、ってところまで?」

「永遠亭に行こうと思ったんですけど、どうやら迷ってしまいまして……。道がわかるんだったら、案内をお願いしたいですかね」

「案内……か」

「駄目ですか」

「駄目ってことはないさ。いや、むしろそっちの方が本職って言っていいかもしれない。承諾するよ。私も、護衛に案内は年中無休で無給でやっているし、案内ついでに殺し合いしたりもして───いつもだったら問題なんか何一つないんだけど……」

 

 物騒な単語が聞こえた気がしたが、おそらくは気のせいだろう。

 藤原さんが頭を搔く。

 停滞しそうなほど透き通る白髪がふわりと浮いた。

 

 

「最近は、どうも駄目───というか、永遠亭(あそこ)に居づらくてね……」

「居づらい、ですか」彼女の言葉を反復する。

「顔を合わせづらい───いや、少し違うか。そう、何て言うか───」

 

 困ったような顔をして。

 

「───燃やしたく、なる。輝夜も、薬師も。永遠亭さえも───全部、燃やしたくなるんだ」

 

 困ったような顔をして、ひどく物騒なことを言った。

 

「殺したくなるんじゃないのよ。燃やしたくなる、焼きたくなる。……この前までは殺したいだけだったんだけどねー」

「………………はあ」

 

 どんな反応を返したらいいんだよ。

 下手なこと言ったら僕が燃やされてしまうんじゃないだろうか。

 狂気は感じない。が、しかし、正気にも思えない。

 二律背反は成立していない。

 二つとも成立して───尚かつ、矛盾していない。

 そんな言葉が頭蓋骨の裏側に思い浮かぶ。

 じゃあなんだ、境気?

 ……さすがに適当すぎるか。

 

「……なるべく永遠亭を視界に入れないようにすれば……うん、大丈夫、多分。…………大丈……夫……?心配ね。永遠亭全焼させて輝夜に借りなんか作りたくないし……。……苛々してきたわね、最近輝夜と殺し合ってないし。だけど会ったら燃やしたくなるし……。…………はあ、三割くらいの確立でまた迷うかもしれないけど、永遠亭少し前まででいいかしら」

「……いえ、案内してくれるだけでありがたいですから」

 

 文句なんて、とても言えない。

 その独り言を聞いて尚文句を言える一般人なんているのか。

 文字通り死ぬほどのドMか。自殺志願者か。

 何も考えてない馬鹿くらいのものだろう。

 ……死ぬほどのドMって一般人枠に組み込んでいいんだろうか。

 藤原さんが僕の横を通り過ぎて、手のジェスチャーで着いてこいと示す。素直に着いていく。

 彼女がパルスィだったら一度逆方向へと走り出すボケでもするのだが、僕は生憎と、命を懸けてまでボケを遂行する勇気はなかった。

 多分それは、なくていい勇気だ。

 人生でおそらく使用する機会がないであろう勇気だ。

 というか、それはおそらく勇気ではない。

 考え無しの行き当たりばったりだ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 会話がない。

 先ほどの会話が会話だっただけに、居たたまれない雰囲気が流れている。

 それは藤原さんも自覚しているようで、横から見た彼女の頬にはじわりと汗が伝い、目は忙しなくぎょろぎょろと動き回っている。

 

「…………あの」さあ、何か考えるんだ。「えっと」早く話せ、何でもいい。「さっき輝夜って言ってましたけど、蓬莱山輝夜のことですか?」

「…………ええ、そうよ」

 

 いかんな、話題選択を間違えたかもしれない。

 藤原さんが見る間に不機嫌に!

 

「えっと……僕はまだ話だけで、実際に見たことはないんですけど、どんな人なんですか?」

「ただの我が儘姫。確かに美しいとは思わないこともないけど……それだけね」

 

 藤原さんがそっぽを向きながら口の中に溜まった不満を吐き捨てるように言う。

 実際、吐き捨てていたのかもしれない。

 言った言葉は単純でも、そのくらい───不快感を孕んだ言葉だった。

 不快感───?

 いや、少し違うか。

 もっと、こう。

 僕が心の奥底で知っているような───

 

「着いた───とは言い難いけど、よほど運が悪くない限り、ここから真っ直ぐ進んでいけば数分で着くと思うよ」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、私は帰るから……うん、帰る時は兎にでも頼めばいいさ」

「はあ」

「それと、また永遠亭に行くときはそうだね……人里の方の上白沢慧音……知ってる?寺子屋をやってるんだけど……まあ、そこに前日までに連絡してくれたら、案内できるから」

「はあ」

「それじゃあ、また会いましょう」

「忘れてなければ、きっと数日中に会いに行くことになると思います」

 

 藤原さんは竹の中を数歩歩くと、すぐに見えなくなった。

 どう考えても迷いやすい以外の何かがはたらいているとしか思えない現象だ。

 天狗の仕業じゃなかろうか。

 

「幻想郷の天狗は随分とジャーナリズム精神旺盛なようだけどね……」

 

 最速の鴉天狗とか。

 何故か携帯電話を使っていた鴉天狗とか。

 ……鴉天狗しか見たことがなかった。これで全ての天狗を新聞記者だと決めつけるのは早計だ。きっと、赤い顔して鼻が高い天狗らしい天狗もきっといるだろう。

 そんなことを考えながら、歩く。

 歩く。

 歩く。

 歩くこと───三十分。

 藤原さんは、よほど運が悪くない限り着く、と言った。

 数分で着くと、そう言ったのだ。

 

「………………迷った」

 

 つまり、僕の運はよほど悪かったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




ついテンションが上がって前々から考えていたものを書こうと思った。
そしたら手が止まらなくなってしまった。
地味に反省している。
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