serial experiments lain シリアルエクスペリメンツレイン   作:ユキリス

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counseling カウンセリング

時刻は完全下校の鐘が鳴り響き、夕方を回った頃合い。

 

本日の天気は晴天であり、日中は輝かしい陽光が天高く晒されていたが、今現在に至っては完全に傾きつつあった。

 

世界の傍らに夜闇が迫りつつあるそんな最中、同所は閑静な街中の一画。

 

其処にある建物の中に下校の帰り道に寄ったのだろう。

 

一人の少女が屋内へと身を置いていた。

 

「此方に保険証の提示を」

 

レインは受付の女性から言われた言葉に一つ頷きを反し、従順に鞄から身分証明にもなるそれを取り出した。

 

「はい」

 

レインの情報が記載された一枚のカードを手渡して、女性はそれを確認した後に言った。

 

「それでは待合室でお待ちください」

 

「わかりました」

 

事務的な対応にレインも言葉少なに返事をして、受付から離れた彼女は一つの椅子に腰を落ち着けた。

 

そして彼女は途端に手持ち無沙汰になり、やはり今朝から学校を終えた今に至るまで続く幻聴に苛まれた。

 

否が応にもその大きな瞳は眇められ、肩口まで伸びたサラサラとした髪を揺らした。

 

鬱陶しい程に脳裏へと響く声は、未だ収まりを見せる様子も無い。

 

それにレインはうんざりしていた。

 

幾らカウンセリングを施した所で、こればかりは一向に治る兆しがない。

 

例え精神科医の側に治療の意思があれど、レイン自身今更この症状が完治するとはとても思えなかった。

 

だからこそ、その諦観を抱えているが故に、レインは少しだけ自暴自棄になりつつあった。

 

とはいえこうして再びカウンセリングへと足を運ばせているのもまた歴とした事実。

 

もしかすればレインは自分自身でも気付かぬうちに、其処に何かを見出しているのやもしれなかった。

 

と、彼女は自問自答していると、不意に自らが知った顔があるのを受付にて確認した。

 

視界へと納めたのはレインの同級生であるソラという男の子で、奇しくもあのユーザーと同じ名だ。

 

無論中身は別人であろうが、学校でのクラスも同じであるからして、レインはその偶然を当初は不思議に思った。

 

中学に入ってから未だ間もない為、あまり言葉を交わした事はないが、ソラの方から話しかけて来るので、少ないながらも交流はあった。

 

そして幻聴から気を逸らす為に思考を巡らせていたからだろう。

 

「あ‥」

 

案の定レインの視線は今し方受付を終えたソラの眼差しと交錯した。

 

互いに一度身を硬直させてから、初めに動き出したのはソラだった。

 

「あれ?レインも今日だったんだ」

 

まるで気にした素振りも無く、否、敢えてその様な振る舞いで、ソラはレインの元に足を運ばせた。

 

と言うよりかは現在レインが身を置く席の正面が通路に面している以上は自然、対面する形になってもなんら不自然ではなかった。

 

けれどまさか挨拶を交わしてくるとは思わず、レインは突然の同級生からの言葉に動揺を露わとした。

 

「どうした?」

 

その反応があまり芳しく無いレインを訝しげに見て、ソラは首を傾げた。

 

「ううん‥なんでも無いの。そうだよ。わたしもこの時間なの」

 

だがそれも一瞬の事で、対応に窮していたのも束の間、すぐさまレインは返事をした。

 

そも彼女は多少内気ではあるが、相応に饒舌になる時もある。

 

無論彼女の調子の良い時と言っても、平素から二言三言ばかり口数が増えるだけだ。

 

たったそれだけで大した事のないように一見して思えるが、けれどそれは大きな間違いだ。

 

レインは元来自身の詳しい、そして興味関心のある分野について以外はあまり語らない性質である。

 

その為、今し方口とした言葉だけでも少なくない平素とは異なる点であろう。

 

それは当然ソラとてこれまでのレインと未だ共に過ごした月日は浅いながらも、その特性を理解していたし、知り及んでもいた。

 

だからこそ多少レインに不自然な所が見られても、特段忌避したりはしなかった。

 

それはレインも知っているからか、彼女は会話を繋げようとする意思を、これは大変珍しい事であるが示して見せた。

 

「学校の噂、知ってる?」

 

それは非常に唐突であり、問い掛けでしか無かったが、話題振りとしては充分だろう。

 

なんら申し分ない。

 

「あー、確か死んだ奴がメールしてくるってあれだろ?バカバカしい。そんなの信じてるわけないじゃん」

 

「そうだよね」

 

そして自身の質問によりもたらされた返答に対して、満足したのかレインは薄っすらと何処か儚げな笑みを浮かべて見せた。

 

「‥んで、どうしてそんな事聞くんだ?もしかして‥」

 

「ううん。違うの。ただ、みんなが話してたから」

 

やはりそんなレインの容姿は傍目にも見て大変可愛らしい。

 

特にその大きなくりくりとした瞳が一番の特徴だろうか。

 

「そっか。俺も今帰りでさ。この後すぐなんだよ。

今日は面倒な待ち時間なくて最高」

 

ただソラはレインから目を逸らすと、他に空いている席へと腰を落ち着けた。

 

無論敢えて離れて座る必要も無く、寧ろそれは気まずいとでも思ったのかソラはレインの隣へと尻を落としていた。

 

「‥」

 

するとやはりそれ程親しくもないのが相まってだろうか。

 

不意に互いの間に訪れてしまった沈黙に対して、レインとソラは少なからず何事かを話すべきだと努めた。

 

だがレインは同性であればまだしも、異性であるソラとは何を話題にすれば良いのか理解していなかった。

 

無論それは後者とて同じく、女子であるレインが何を好むかなどソラは知る筈も無い。

 

だからこそ、最早二人の唯一の共通点にしてこの場に身を置く意味について言及した。

 

「なぁ、なんでレインってここ通ってんの?」

 

どうやら口下手なレインよりも先んじて、ソラは自ら口火を切った様だ。

 

未だ中学生である為か、相手の感情を慮る事のない踏み込んだ問い掛けをした。

 

これにレインはどう答えていいか迷い、躊躇いを露わとした。

 

「それは‥」

 

その大きな瞳を逸らし、焦点は揺れていた。

 

幻聴、幻覚、悪夢、など様々な症状と精神科医からは断定されている。

 

けれどもレインにはそれらがまるで現実の様に感じるのもまた事実。

 

故に、カウンセラーの言葉を全て鵜呑みにしてしまうのは、とてもレインに許容し難かった。

 

「‥学校に、行きたくないから‥」

 

とはいえここで何も返答しないというのも彼女とて罪悪感に苛まれてしまうし、申し訳ないとも思う。

 

だからそう、今度こそ虚実を半々に織り交ぜながらもソラの瞳を真っ直ぐに見据えて受け答えたのであった。

 

「ふーんそうなんだ。俺と一緒じゃん。だよなー。マジでダリーよな」

 

するとどうだろうか。

 

特段疑う様子も無く、ソラは登校拒否のせいで同所を受診させられている様だ。

 

と言うのを今の問答からレインは理解した。

 

二人の互いのこれまで交わしたそれらのやり取りを鑑みるに、本日の頭の回りはどうやらレインに一日の長があるらしい。

 

一方的にソラは語らされているのにも関わらず、彼はそれに気が付かなかった。

 

否、レインは意図して気付かせない様にしているのだ。

 

過去幾度となく自身が受けてきたカウンセリングの中、自らに用いられたであろうその手法をレインは何ともなしに試した。

 

ただそれだけ。

 

無論依然として技術とまではとてもではないが称するには値しない小手先の技である。

 

だがそれでもレインはあくまで素人であり尚且つ、カウンセリングを受ける側だ。

 

にも関わらずここまで相手の懐へと踏み込む事が出来るのは、その才能の片鱗なのやもしれなかった。

 

とはいえ今し方レインがソラの口からあくまで個人的な情報を引き出せたのは、容姿が影響しての事もある。

 

レインは側から見れば可憐な少女であり、その顔立ちも相まって、異性と免疫の無いソラは緊張を誤魔化す為に口が自ずと動いてしまっていたのだ。

 

「どうしていやなの?」

 

「うーん‥。そう言われると難しいけど、なんか合わないんだよなー。というかイマイチ馴染めないんだよ。クラスに」

 

故にソラは照れた様にレインの瞳から目を逸らしながらも、調子づいた口はその心情の吐露を無自覚に行っていた。

 

「そうなんだ。それはわたしもイヤ」

 

「だろ?でも、親はそういうの分かってくれないしマジで最悪だっつーの」

 

当然ながら相手への返答の際には肯定を行い、共感を引き出したレインはその大きな瞳でソラを見据えたまま、会話を続けた。

 

「嫌いなの?」

 

「ああ、嫌いだね。だってウゼーもん」

 

カウンセラーから習った手法であるが、意図して使うとこれ程の効果があるのだとレインは改めてたった今実践から理解を得た。

 

「そっか‥。それはクラスの人達も?」

 

「ん?別にそっちはそんなでもない。ただ、怠いってだけ」

 

無論彼女は相手がソラという未だ年若い少年であり尚且つ彼が異性に免疫が無いという要素は考慮していない所か念頭にすら置いていなかった。

 

「そうなんだ‥。ここに来るのもそう言われたから?」

 

「まぁな。一応言う事聞かねーとキレてうるせーから仕方なくだけど」

 

レインとて、ソラと同様に依然齢幼い少女である為か、流石に其処までの思慮には及ばなかった。

 

それ程彼女は自らの容姿には無頓着であり、自身が他者へと与える影響力などもってのほかだ。

 

「でも、イヤなのに?どうして?」

 

「そりゃあ、ウチの両親は怒らせると面倒だからな。あくまでフリだよフリ。心ん中では舌出してても言葉通りにそう言う演技してれば、なんも言われないだろ?」

 

だからだろう。

 

無自覚に自らの興味関心を満たす為、その才能を相手へと振り翳すのを微塵も厭わない。

 

「すごいね。頭良いんだ」

 

まるで虚をつくかの様にして、レインはソラを上目遣いに褒め称えた。

 

特徴的な大きな瞳が、仄暗い光を帯びて相手を捉えて離さない。

 

「いやまぁ、基本だろこんなん。そんなに褒める様な事でもねーよ」

 

これに賞賛を受けた側のソラは、やはり照れ隠しであるのかそっぽを向いて、少なからず声を上擦らせた。

 

側から見てもその姿は大変微笑ましく、思春期特有の異性への耐性の無さが面に露わとなってしまっていた。

 

無論ソラの感情の機微にはレインとて気付いていたが、敢えて指摘する様な真似はしない。

 

寧ろ、そのまま後者は前者に対して更に言葉を与えた。

 

「そんな事ない。わたし、全然思いつかなかった」

 

「そうか?なら岩倉もすればいいじゃん」

 

受け答えるソラの態度は何処か素っ気ないものの、それは好意的な感情の裏返しだ。

 

以前にもレインとソラは交流があったのは事実であるが、二人はこれ程言葉を交わした事は無かった。

 

故にレインは内から湧き出る好奇心から、その衝動に身を任せ、ソラと言葉を交わし続けたのであった。

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