serial experiments lain シリアルエクスペリメンツレイン   作:ユキリス

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counselor カウンセラー

「そうなんだ。やっぱり凄いよ。わたしも見習わなくちゃ」

 

「そこまで言われるとなんだか照れるな」

 

未だレインとソラの二人は、互いに言葉を交わし合っていた。

 

否、一方的に前者は後者を語る様に促している。

 

レインはソラの口が軽くなる為に賞賛の言葉を送り、時として共感を示した。

 

その様にレインはお世辞にも側から聞いていて会話とは言えない様な、尋問染みた行いを無自覚にソラへと課していた。

 

ただそれも束の間の事である。

 

「次の方どうぞ」

 

二人の時間も次いで送られて響いては聞こえた声により終わりを迎えてしまった。

 

予め控えていた番号の診察券を手にしていたソラが立ち上がる。

 

「俺の番みたいだ」

 

「うん」

 

腰を挙げたソラからは、依然レインとの会話に興じていたい様な、何処か名残惜しげな素振りが垣間見えた。

 

「じゃ、行ってくる」

 

「あのね」

 

「どうした?」

 

だが、これを呼び止めたのがレインだ。

 

まるでソラの未練がましい態度に応えるかの様に、レインは笑顔のまま静止の言葉を口とした。

 

次いで後者は前者に対して素直に感じた想いをそのまま言葉として与えた。

 

「‥あなたは恐れていると思う」

 

「それはどういう─」

 

「次の方ー」

 

けれどそれは確かにソラの耳には届いたものの、直後に看護婦からの割り込まれた言葉に遮られ、レインにその真意を問いただすだけの時間を要せない。

 

このまま疑問を残すのも躊躇われ、やはり何処か居心地が悪いのだろう。

 

ソラはこの場を離れるのに躊躇いを見せたが、看護婦に再び呼ばれてしまったので諦めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって此方は看護師に案内された一室となる。

 

とあるカウンセラーに促され椅子へと腰を落ち着けて、少年は現在同所へと身を置いていた。

 

「こんにちは。今日は来てくれてありがとう」

 

「こんにちは」

 

互いに淡々と挨拶を交わし合い、眼前の少年もといソラを前に、カウンセラーであるトウコは内心でため息を吐いた。

 

「‥‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥‥」

 

向かい合って早々に両者の間には沈黙が訪れてしまい、トウコは次いで紡ぐべき言葉に思考を巡らせた。

 

「えっと、今日の気分はどうだったかな?」

 

「良かったです。とても」

 

「そっか‥」

 

この様に、質問には受け答えるもののソラというこの少年は、基本的に自ら何かを話そうとはしない。

 

積極的消極性がこの少年にはあった。

 

カウンセリングに非協力的な姿勢は以前、ここへ訪れていた当初からである。

 

─嫌われちゃってるのかな

 

そう心中でもう一度嘆くとトウコは、しかしながらその感情をおくびにも出さずににこやかな笑顔のままだ。

 

一切本心を露わとする事なく、彼女は目の前の患者をどうカウンセリングするのか、対応し兼ねていた。

 

やはりあのレインという少女と比べてこの少年の相手は己には手に余るとさえ否が応にも考えてしまう。

 

それはカウンセラーとしてあるまじき結論ではある。

 

けれど未だ新人にも関わらず二人もの少年少女達の相手を担当するトウコは、自身でも上手くやっている方だとの自負がある。

 

だがそんな彼女であるからこそ、レインとソラのその二人の持つ特性に大きく違いを覚えた。

 

まずカウンセリングのやり易さという面では前者と後者は比べるまでもなく雲泥の差である。

 

同性であるのも一応は影響しての事だろうか。

 

トウコにとっても少女の方が遥かに接しやすく、レインが賢いのも相まってか、少なからず信頼を勝ち取るのは比較的容易であり、成功していた。

 

尚且つ親交を深める事も叶い、無論個人的に気を許せる相手として、トウコはレインから求められているし、そう立ち振る舞ってもいた。

 

しかしながらそれとは対称的に、ソラという少年はやはり、明確な拒絶の意思が自然とその振る舞いから透けて見える。

 

それ程までに彼の態度には、トウコへの批判的な感情が露わとされていて、自ずとそれが垣間見えた。

 

恐らくはトウコにというよりかは、何方かと言い表すのであれば、あくまでこれは予想でしか無いものの、ソラというこの少年は、カウンセラー自体を嫌っている傾向にあるのやもしれない。

 

或いは何かしらのトラウマがあり、それを引き出されるのを恐れている。

 

そうに違い無かった。

 

でなければここまで心を開かないのは、やはりそういうお年頃という事になるだろう。

 

人は歳を重ねれば頭が硬くなり、頑固にもなると称されてはいるが、若者のこの時期はそれと同等、また上回る程に気難しい。

 

─どうしようかなぁ

 

とはいえなにも話さない訳にはいかず、トウコはすぐさま意識を切り替えて語るべき話題を探した。

 

「えっと‥ご両親との関係は─」

 

「変わらないです」

 

そして口とされた言葉に対して、何処か不機嫌な素振りで被せ気味にソラは受け答えた。

 

どうやら依然として彼は両親との不仲を改善出来ておらず、苦手意識を覚えている様だ。

 

やはり家族が彼にとってのNGワードであり、カウンセリングにおいては大変重要な位置にある要素らしい。

 

そう分析してトウコは自ら切り出したにも関わらず両親の話題はここは一度切り捨てる事とした。

 

「それじゃ、学校ではどうかな?」

 

「それも相変わらず面倒ですね。疲れます。本当に」

 

この様に幾らソラの態度が反抗的であれどその年齢は未だ幼く、所詮はある程度会話を誘導出来る精神の脆弱性がある。

 

それを理解しているトウコはその隙を的確に突き、けれどもその心理テクニックを気取られない様に、感情を面に引き摺り出す。

 

これが例えばレインであればこの様な技術を用いる必要すらも無く、聞けば自ら話してくれるのに。

 

そうトウコは密かに内心で愚痴り、そして自身のカウンセラーとして相応しく無い思考を窘めた。

 

とはいえ未だ敬語で話しているのは確かな壁を患者との間に感じられるというのもまた事実である。

 

それ程までにソラという少年は自らに気を許しておらず、壁を隔てて置かれたその距離が口惜しいとトウコは思う。

 

この様な人物は一度信頼を勝ち取れば後は簡単にその懐へと足を踏み入れる事が出来る。

 

だがそれがレインとは異なりこの少年においては大変難しい。

 

というより、これまで幾度となくカウンセリングを重ねているにも関わらず現在に至って尚、それが出来ないというのは流石のトウコも自信を失っていた。

 

無論の事、言葉を尽くして相手を誘導すればだがこの少年から情報を引き出すのは容易くはある。

 

しかしそれはあまり望ましくない手法であり、完全にまずは完全に信用を得る為にも、荒療治は避けたかった。

 

そしてソラという少年に見られる症状は、それは病名を付けるのにも値しない。

 

─典型的な反抗期かしらね

 

そう考えて久しく、その下した結論は未だ撤回するには及ばなかった。

 

やはり以前に自らが診断した結果に変化は無く、ソラは傍目に見ても思春期特有の衝動に苛まれているだけの様に思えた。

 

─仕方ない‥かな‥

 

最早これ以上手間取っていても互いに疲弊して更なる悪印象を患者へと与えてしまうだけだ。

 

無論トウコとしても時間を不毛に過ごす様な気は到底無く、出来る限りは有意義に送りたいというのが本音である。

 

それは例え仕事といえど割り切る必要は無いと考えていた。

 

元来トウコという人間は、最上の結果を得る為に、人一倍努力する性分である。

 

故に、物事を円滑に運ぶには、多少の柔軟さが其処に求められるのをこれまでの経験から深く理解していた。

 

ならば苦肉の策ではあるが、ここは此方から多少の情報を提示して、共感を促すという手法が適切だろう。

 

そう思考を巡らせたトウコは、であれば一体何を話すべきか一瞬の逡巡を経て言った。

 

「私も実は学校に行くの苦手だったんだ。君くらいの年齢の時は特にね。後ね、他にも沢山いるよ?君と同じ年齢の子を私が担当する事もあるから」

 

「‥‥‥‥」

 

これは半分虚実を織り交ぜながら、トウコはソラとの心の距離を出来るだけ詰める様心掛けた。

 

だがソラからはあまり良い反応は見られない、少しばかり眉を動かしたのみで顕著な心の動きは露わとされなかった。

 

「だからね。別に君が異常ってわけじゃ無いんだよ。ソラくんがおかしいってわけでも無い」

 

手応えの感じられない結果に内心で歯嚙みしながらも、テンプレートを述べた。

 

少なからず進展の無い現状に焦燥を覚えながら、トウコは再び口を開く。

 

「何か‥。そう‥悩みとかあるかな?あるなら遠慮なく言ってくれていいからね。私もそういうのを聞くのが好きだから」

 

「いえ、特に無いです」

 

「そっか‥」

 

さしものカウンセラーであるトウコもこれにはお手上げだった。

 

やはりソラという少年はトウコとのコミュニケーションを拒絶している様に思える。

 

否、個人として話をすれば恐らく何不自由なく会話が出来るのだろう。

 

だが現在のトウコは患者からの話を聞くカウンセラーだ。

 

だからこそソラからの信頼を勝ち取らなくてはならないのだが、それが今は行き詰まっていた。

 

─上手く無いわね

 

そうお思わず内心で呟いてしまう程には、現状手詰まりであった。

 

─ごめんなさい加奈子。私では貴女の弟を更生させてあげられないかも‥

 

故に、そう内心で自らの友人に思わず謝罪してしまう程には同時に疲弊もしていた。

 

加奈子とは交流の深い昔からの友達で、どうやら今彼女はバリバリのキャリアウーマンとして働いているらしいのだ。

 

─それに比べて私は

 

未だ同機関において新人の立場といえど依然として何の成果も挙げておらず、アメリカの大学院を卒業しておいて、にも関わらずまさかのこの有様であった。

 

とはいえ知り合いで、尚且つ親友の頼み事である以上、トウコは加奈子の弟のソラという少年から何としてでも信頼を勝ち取りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

─帰りてぇ

 

そうソラは内心で愚痴をこぼすと共に、改めて自らが対面するトウコを見据えた。

 

どうやら同所で複数の患者を担当しているらしいカウンセラーで、彼女はレインをも診ている様だ。

 

その証左として先程トウコはソラと同年代の少年少女の例を挙げた其処には当然レインも中に含まれているだろう事が窺えた。

 

「それじゃあ、何か最近夢中になっている事とかはあるかな?」

 

だがそんなソラの心中とは裏腹に、トウコは未だ言葉を続けて、問い掛けをもたらした。

 

此方をへと真っ直ぐに臨むこのカウンセラーの女性は傍目に見ても、その器量は優れている。

 

容姿も綺麗で、未だ年齢が若いという事も相まってか、美人と称して差し支えないだろう。

 

故に思春期のソラとしては大変接し難い相手であると同時に、記憶てしてしまうのも致し方無いだろう。

 

本来であれば同性、つまりは男のカウンセラーが担当してくれれば最上であった。

 

けれど現実は往々にして望んだ結果をソラにもたらすとは限らない。

 

寧ろ彼の意思に反して真逆の人物と言っても過言では無い相手があてがわれてしまった。

 

「いや、無いっすね」

 

だからだろうか。

 

他者との距離の詰め方が分からないソラにとって、トウコはやり辛い事この上無い。

 

その為受け答えが否が応にも多少ぞんざいになってしまうのも、自然な成り行きと言えた。

 

無論意図的にそうしている訳では無く、自ずとぶっきらぼうになってしまうというのが現実だ。

 

だからこそソラは早くこの場から逃げ出したい心地にも駆られていた。

 

「うーん‥何かお互いに趣味とかやってるといいんだけどね。ごめんなさいね。私、若い子の流行とか全然知らなくて‥」

 

「‥‥‥‥」

 

しかしながらそんなソラの感情の機微を悟ってか、トウコは唐突にそう切り出した。

 

当然口火を切った後者に対して、けれど前者はあまり芳しい反応を返さない。

 

何故ならばソラの趣味といえばネット、つまりはナビ(Navi)であるが、それをトウコが理解出来るとは到底思えなかったからだ。

 

「うーん‥」

 

そんなソラの拒絶の姿勢に悩ましげに脚を組んだトウコは、サラサラとしたその艶やか長髪を揺らして首を横に傾けた。

 

「あの‥」

 

次いで流石に痺れを切らしたソラは、何の前触れも無く声を挙げた。

 

「ん?どうしたの?」

 

「これから用事があって、もう帰っても大丈夫ですか?」

 

遂にこの不毛な時間に意義を見出せなくなった様で、ソラは虚言を吐いた。

 

無論本当は用事などなく、彼としては今を切り抜けられればそれで良い。

 

今し方の言葉はそう考えての発言だった。

 

それにこうでもしなければこのカウンセラーからは逃れられない。

 

おおかた自らの姉である加奈子がこのトウコという女性に頼み事をしているのだろう。

 

そしてカウンセラーであるトウコは加奈子の願いを請け負ったという所なのだ。

 

当初からそれは理解していたが、ソラは渋々カウンセリングに通っていた。

 

そも彼にとって同所において身を置いているのは大変不本意である。

 

その為否が応にもこの場から逃げ出してしまいたい、という内から自ずと湧き上がる衝動が赴くがまま、それに委ねてしまいたくなるのであった。

 

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