「GMコールが効かない?」
応接室でNPC達の到着を待っている間、黒壁は様々なことを試していた。
もしもゲームの不具合なのであれば、彼女はログアウトされず取り残されたことになる。
運営も即座に撤退するようなことはしないだろうし、そういった不具合があるのであれば、直接問い合わせて救助してもらうしかない。
だがGMコールどころか、システムが使える様子がないのだ。
「まさか、ユグドラシルが現実になっ……なんて! 有り得ない、有り得ない……」
「黒壁様。どうかなさいましたか?」
「……!」
部屋の隅に立っていたメイドが、当たり前のように話しかけてくる。
黒壁がすぐに慣れることはなく、異質なものでも見るような目でメイドを見ていた。
黒壁の管理するこの拠点には、戦闘を可能とする高レベルのNPCが三体と、雰囲気を作るためだけに用意したメイドや使用人などのNPCが存在する。
メイドなどのNPCにはたいした装備もレベルも、戦闘能力もない。
ただのインテリアと同じで、『お城といえばそれっぽい従者!』という、完全な〝ノリ〟で作られた。
そしてそれらは現在の〝不具合〟に遭遇し、まるで生きているかのように振る舞う。
「あのー、いや。コホン。気にしないでくれ。……ちなみに、君は私のことをどう思っているんだい?」
「素晴らしく聡明でこの上ない、闇を支配せし影の主でございます」
「は? 聡明、闇?」
「誰もが恐れおののく、音もない暗殺者。暗闇の王と言っても過言ではな――」
「もういい、分かった」
――自分が至極恥ずかしいことは。
黒壁がメイドの言葉を止めると、メイドは少し不満そうに下がった。
まさか厨二病のような言葉を、よりにもよって他者から――しかも高評価として受け取ることになろうとは。
暗殺者という部分は正解だが、他は一体何なのだ。黒壁はそう思う。
聡明という言葉が出てきた時点で、NPC達の自分に対する認識が歪んでいるように感じた。
それはそのはず。黒壁は別に頭は良くはない。かといって悪くもない。
特筆するような事柄がない、中の中。普通。
ゲーム内での立ち振舞いや、操作においては中級者以上だとは自負しているが、ただそれだけだ。
(それに、闇の王って!?)
NPCの設定に、どこにも記載した覚えはない。
闇の王に仕えているだとか、敬愛しているだとか。
これこそまさしく、不具合による悪影響なのではないかと勘ぐり始める。
確かに隠密は得意で、火力こそは低いものの暗殺性能は高く、俊敏性にも重きをおいた。
でもそれだけだ。闇の王や影の主などと言われるほど、彼女は素晴らしいものではない。
「あの、もしかして何かご不快な思いを……」
「いや!? そんなことはない。教えてくれてありがとう」
「い、いえ……!」
感謝を述べると、メイドは頬を赤らめて嬉しそうにしている。
この表情がただの親愛や敬愛だといいのだが、と黒壁は心の内で思った。
慕われている事自体は不快ではないし、とても嬉しい。
だが、つい先程。暴走しているNPC――キャプラを見てしまった。もしかして他のNPCもあの様子なのか、と勘ぐってしまう。
モヤモヤとしていると、部屋の扉が叩かれた。
即座にメイドが入口へと向かい、来訪者の確認をする。といっても、この人の少ない城では誰が来るのか限られているが。
黒壁の予想通り、やってきたのはキャプラ。そして彼女が連れてきた残りのNPC達二人だ。
サーペント――メドゥーサをモチーフにした亜人種のNPCで、倉庫の管理を任せている
戦闘能力があるNPCの中では最もレベルが低く、言語機能もおぼつかない。だが頭部の蛇達はそれぞれが意識を有しており、膨大なアイテム管理を任せられる知能を持っている。
――という設定だ。
ドーン――ゾンビ系の異形種。城での主な役回りは防衛。
一応性別は女として作ったものの、タンクとして壁になることも考慮して作った結果、一回りも二回りも大きな体躯になってしまった。
表情筋は死んでいて、喋らない――と設定していた。
「お待たせ致しました。サーペントとドーンをお連れしました」
「ありがとう。……あれ、サーペントのその包帯は? 怪我でもしたのかな?」
サーペントの両目は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
しかし歩く様子は不安げではなく、ソファやインテリアにぶつかることなく動いている。
頭部の蛇と視覚を共有しているのかな、と黒壁は思う。
「石化の制御ができず、こういった対処をさせて頂きました」
「誰かが犠牲になったのかい?」
「外にいた鳥を見ていたようです」
「鳥、たくさん、石に、して、しまい、ました」
そう言って悲しむサーペント。
果たしてこの悲しみは、愛らしい鳥達を石に変えてしまった後悔からなのか。
それとも蛇の本能として、〝手頃な〟鳥達が石に変わったせいで嘆いているのか。
黒壁は気になったものの、詳しく知って後悔するのは目に見えていたので、黙っていることにした。
「視覚は頭部の蛇と共有しているのかな?」
「はい。だから、包帯、あるけど、見えて、います」
「そう。生活に支障はなさそうだね」
サーペントも、設定の通りに喋っている。ドーンは無口という設定にしたため、ただ黙ってそこに佇んでいた。
ゲームが終了しないという〝不具合〟に悩んでいたが、自分の作ったNPCがそこにいるという感覚は、どうにも嬉しいものだった。
「さて、君達を呼んだのは、何らかの問題に直面したからだ」
「問題、でございますか?」
「ああ。私がログアウトできなくなっ――」
「その必要はございますか?」
「え?」
キャプラは間髪入れずに口を挟む。口は微笑んでいるものの、目は笑っていない。
黒壁は本日ニ度目の失態に気付いた。
「ログアウト――黒壁様が長期間ご不在になることと認識しております。それは本当に必要なことでしょうか? 黒壁様は長い時ですと、一ヶ月以上もお会いできないことがございました。お申し付けいただければ、キャプラが何でもして差し上げます。ですのでこの場に――」
「わ、わかった。分かったから。とりあえずはここにいるから」
「……とりあえず?」
「ココニ、イマス……」
ログアウトされない不具合が解消されるまでは、と思っていたが、想像以上にキャプラの束縛がある。
もしかして今までの鬱憤なのだろうか、とありもしない考えに至るほどには。
実際のログイン頻度からすれば、黒壁はそれなりのアクティブプレイヤーだっただろう。
しかしNPCのいる城にいるのはあまり多い時間ではなく、報酬などを持ち帰ったときに立ち寄るくらいだ。
だから普段からキャプラを始めとするNPC達とは、滅多に会うことはなかった。
時間のある時には、城の整備や改築で長く居ることもあるが、キャプラと同じ空間に居続けること殆どないのだ。
「どちらにせよ、〝我々〟は不可思議な状況下にある。まずは城の内部、周囲の確認を頼みたい」
「かしこまりました。内部は私とメイドに、外部はドーンに任せてもよろしいでしょうか?」
「それで構わないよ。私はサーペントと倉庫に向かう」
終了が延期されたとしても、運営からの通達がない。
それであれば外――他のギルドやプレイヤーはどうなっているのか。
黒壁の城は首都から遠い僻地……というわけでもないため、集落が幾つか周りにあったはずなのだ。
キャプラはメイドを連れて城の中へ、ドーンは外へと向かった。
黒壁はサーペントと共に、アイテムを保管している倉庫へと向かうことにした。
「黒さま」
「うん?」
「サーペ、とても嬉しい、です。黒さまの、隣、歩くの、夢だった」
「……」
黒壁は単独で活動する事が多い。それに彼女たちは城に常駐するNPCだ。
共に行動することは、ゼロに等しい。
特にサーペントは、アイテム保管庫に入り浸っているNPC。顔を合わせる頻度は多いかもしれないが、こうして隣を歩くのは皆無。
サーペントは目を隠しているものの、頭部の蛇達は嬉しそうにシューシューと言っている。
何を喋っているのかは理解できないが、友好的なのは確かだった。
「調査、終わって、解決したら。どこか、行って、しまうのですか?」
途切れ途切れに話す彼女は、設定の通り。だけどこの言葉は、まるで一言一言を噛み締めているようだった。
サーペントに言われて、黒壁は思案する。
確かに、ここはいい場所だ。自分のために作った、自分のための城。
現実世界の面倒ないざこざや、仕事、ストレス。それらから開放されるためだけの城。
NPC達は動き出してから暫くしか経過していないのに、その敬愛は嫌という程理解できた。
黒壁は、自分が作った〝我が子〟の悲しみを、しっかりと感じ取れた。
そしてそれと同時に、彼女は自分のストレスのはけ口にしていたことも。
こんなに自分を慕ってくれているのに、日々のストレスをぶつけるために作ったようなもの。
それなのにまたあんなストレス社会に帰ろうとしている。
であれば、そうなのならば。ここに残って、可愛い可愛い我が子と暮らすべきなのではないだろうか。
甘い蜜のような誘惑が、彼女を襲う。
「黒さま、着きました」
「……あ、うん」
気づけば、二人は目的地である倉庫に辿り着いていた。
倉庫と言っても彼女がそう呼称しているだけで、実際はただの広いショールーム。城の雰囲気を損なわないために、落ち着いた部屋に作り上げた。
元々センスはあまりない黒壁は、城の部屋作りのために様々な資料を漁ったものだ。
それも遠い過去のこと。
「アイテムはそのままだな」
「はい。誰も、ここには、いれてません」
「では何処かのギルドからの攻撃、という訳でもないか……」
黒壁自体はあまりユグドラシルにのめり込んでいるタイプではなく、知識も所謂〝ガチ勢〟に比べると劣る部分がある。
とはいえよく知られている情報は頭に叩き込んでいた。
こんな感覚器官を刺激し、NPCがリアルに動くような魔法を知らない。
それに城に侵入者があれば、NPCが即座に対応をするはず。
隠れる場所が多くあるような広い城ではなく、巡回するNPCがいる限りどこかで見つかるはずだ。
「攻撃、受けている、のですか」
「その可能性を考えていたんだ。私は正面を切るような戦いは苦手だからね」
レベル差があったり、相手が初心者だったりすれば、黒壁でも勝てるだろう。
だが12年もの歳月を経たユグドラシルには、猛者という猛者が溢れている。
最終日なのであれば、アカウントがどうなろうとも構わず、普段やらない〝悪役〟をやる人も出るだろう。
もっと言えば、黒壁は特に他者からの恨み辛みを買っているプレイヤー。
いざ殺しをしたとしても、最悪の場合ヒーローとして崇めたてられる可能性だってある。
狙われるには十分すぎる。
「他のプレイヤーとの連絡、か?」
運営との連絡を取り合うことばかりを考えていたが、他のプレイヤーも同じ状況になっていないだろうか。
連絡を取って何かができるわけではないが、この不安な気持ちを少しでも解消したかった。
同じ境遇の者がいれば、少しは安心できるもの。
それに情報を共有すれば、この状況から抜け出せる策を編み出せるかもしれない。
三人寄ればなんとやら、ではないが一人で解決しようとするよりも、いい案だと思った。
「《
ぼそり、とつぶやくように唱える。
〝仕事柄〟、内緒話をすることを強いられることがあった。だから黒壁にとって、これは習得必須の魔法とも言える。
本来であれば対話するべき相手を指定するはずなのだが、ゲーム内の友人といえる存在があまりいない黒壁にとって、それは難しいことだった。
仕事の依頼をしてきた顧客? ――一人一人覚えてなどいない。
ダンジョンでたまたま出くわした初心者? ――一度きりの相手ばかりだ。
潜入先のギルドメンバー? ――通じたところで好意的とは限らない。
挨拶程度、知人程度の友人を幾らか浮かべてみたが、望みは薄い。
当たり前だが誰かに通じることなどなく、黒壁は小さく嘆息した――その時だった。
『――誰だ?』
声が聞こえた。
その低い声にあまり覚えはないが、どことなく――知人に似ているような気がした。
やっと見つけた糸を逃すわけにはいかず、黒壁はその声の主に飛びつくように反応した。
「私は――……っ。……君はユグドラシルを知っているかい?」
自分の名前と状況を詳細に伝えようとして、黒壁は止まった。
好意的な相手ではなかったら。危険な存在だったら。
下手に情報を流してしまって、これから先が不利になってしまったら。
そんな不安がよぎった黒壁は、必要最低限だけの単語を出した。もしもプレイヤーであれば、ここで何かしらの反応が得られる。
『その声、まさか……黒壁さん?』
「え?」
名前を呼ばれて、驚きの声が漏れる。
こんな魔王のような声の知り合いはいない。なんなら黒壁ならば、こんなに怖い相手には近付かない。
それこそ、アインズ・ウール・ゴウンのように。賄賂を渡してとっとと逃げるような相手。
『俺です。モモンガですよ!』
「えっ、えぇ!?」
困惑に声を荒げながらも、黒壁の中には確かな安心が生まれていった。
勢いで作ったのでストックありません。
次更新できたらいいな……。