黒壁はキャプラと共に、ナザリック地下大墳墓へやって来ていた。
この拠点に訪れるのは本当に久しぶりで、なんなら招待されて来たのは初めてだろう。
それは決して招待しないアインズ・ウール・ゴウンが薄情、というわけではなく。
一度は敵として足を踏み入れた手前、誘われても気まずかった黒壁。案内してもらえる滅多にない機会と有難い申し出を、やんわりと断っていたのだ。
過去にモモンガと会話をした通り、ナザリックに遊びに行きたいと言ったのは本音だ。
だがそうだとしても、やはり申し訳無さが勝ってしまったのだ。
そんなわけで黒壁がナザリックに来たのは、これで二度目になる。
現在。黒壁とキャプラの前を、美しい女性が歩いている。モモンガのいる執務室までの案内人であり、守護者統括アルベド。
純白のドレスに、漆黒の髪。微かに笑む表情は、天使や女神と形容してもいいくらいに。
それこそ、プレイ中に招待されて彼女を見たものならば、小一時間は眺めているほどの美女だ。
ぼんやりとアルベドを眺めていれば、隣に立っているキャプラから痛いほどの視線を受けた。
「黒壁様? どちらを御覧になっているのですか? 貴女様には、愛しい愛しいこのキャプラがおりますよ?」
「あ、はい。すみません」
「〝すみません〟……?」
「す、すまないね!」
『黒壁様が敬語なんて使うわけがない』という目線に、黒壁は急いで訂正をした。
口調を正せば満足そうに笑顔を作るキャプラ。それを見れば黒壁も文句を言えなかった。結局は黒壁もそれなりにキャプラが好きなのだ。
……少々向こうからの愛情が、重たいものはあるが。
「――到着致しました。こちらで少々お待ちください」
アルベドはそう言い残すと、先に入室していった。おおかた、入室の許可を取りに行ったのだろう。
招いてもらったとはいえ、相手は巨大なギルドの主。黒壁のような個人で小規模なプレイヤーとは異なる。
それにモモンガは特に大変だろう。
ここが現実なのであれば、各種の確認がより時間と労力の掛かるものになるはずだ。
暫く待機したのち、アルベドが再び姿を現す。
「どうぞ、お入りください」
アルベドに続いて中に入れば、広々とした部屋があった。落ち着いているもののその厳かな雰囲気は、まさにナザリックにある支配者に相応しい場所。
隅にはメイドが佇み、目の前には――モモンガ。
黒壁は見知った姿に、感涙しそうになった。
ここに来る道中で、知らない土地を駆け巡った。
ユグドラシルでも見たことない道に、生い茂る木々。広がる空。正しく現実であると事実を突きつけるように。
見ることも出来ない自然の風景に感動するよりも先に、不安が訪れた。
広い世界で、知らない土地に来てしまって。取り残されたような感覚に陥る。
元々ひとりぼっちで遊んでいたくせに、今更寂しがるだなんて――と自分に言い聞かせた。
だがここに来て、間違いなく記憶のままのモモンガを見た。
同じ境遇の知人がいるというだけで、心強い。
「久しいな、黒壁殿」
「いつ以来だろうね、モモンガくん」
「――は? 〝モモンガくん〟ですって?」
「えっ、あ、いや……モモンガ殿」
黒壁がロールプレイの調子でモモンガをそう呼ぶと、後ろから凄みのある声が聞こえる。振り返りはしなかったが、あの美女から発せられたものだ。
あんな淑やかそうな女性から、ここまで恐ろしい声が出るものか――と疑問にも思ったが、現在この場所にいる者で考えれば彼女しか有り得ない。
そしてその瞬間、黒壁は理解した。
モモンガのロールプレイの具合。NPCの対応。さしずめ、モモンガは〝王〟だ。
そんな王たる彼を〝モモンガくん〟などと呼べば、あの美女ですらドスの利いた声を出すわけで。
「――あー、そうだ。黒壁殿の連れているのは、側近かな?」
「え? まぁ、そのようなものだね」
「であれば守護者統括であるアルベドと、積もる話があるやもしれないな!」
「あ、あぁ~! 確かに。うん、そうかもしれないね!」
「それに私は旧友と二人で話がしたい、二人にしてもらえると助かるのだが!」
あわあわと下手くそな演技を二人で行えば、アルベドとキャプラから怪訝そうな目線が飛んでくる。
二人の言いたいことはよく分かっていた。
アルベドからしても、キャプラからしても、主人がよく知らない他人と喋ることとなる。
どんな危険が潜んでいるかもわからないし、出来ることならばそばにいたい。
「御身に何かあった場合……」
「そのアンデッドが何をするか……」
アルベドとキャプラは、ほぼ同時に口を開いた。
そしてお互いの発した言葉を理解すると、互いに睨み始める。
「モモンガ様はわざわざ貴女達のような、訳のわからない連中を招き入れてくださったのよ? それだというのに何かされると思っているなんて、虫の部下に相応しい幼稚な脳みそね」
「ふっ、アンデッドに仕えるだけあって野蛮で下品な女ですね。崇高で深い愛をお持ちの黒壁様の素晴らしさも理解できないのですか?」
「あ゛?」
「はあ?」
二人の間をバチバチと火花が飛び散る。魔法も何も発動していないはずなのに、モモンガと黒壁にははっきりと見えていた。
この短い時間で、アルベドとキャプラの相性の悪さを垣間見た。
水と油などという可愛らしいたとえでは、収まらないほど。
「アルベド、よせ。黒壁殿は旧知の仲。不審な行動などするはずがない」
「も、申し訳ございません」
「キャプラ。モモンガ殿も同じさ。私の知人と、私に恥をかかせないでくれるかい」
「……失礼致しました」
渋々納得したのか、アルベド、キャプラ、そして残っていたメイドが立ち去った。
部屋にはモモンガと黒壁だけが残っている。
モモンガは一息ついて、椅子に深く腰掛けた。
「……本当に、お久しぶりです。黒壁さん」
「ええ、モモンガさん。お久しぶりです。その、馴れ馴れしく呼んでしまって……すみません」
「いえ。そういう演技なのは分かっていましたから。俺の方こそあんな態度で……」
「お互い様ですね。では早速――情報共有をしませんか?」
「そうしましょう」
モモンガと黒壁は、自身で得た情報を交換し始めた。
黒壁の見た外の景色、システムが使えないこと、自然に動くNPC。すり合わせていくうちに、現実味が増していった。
二人が現状を理解したうえで問題なのは、外敵だ。
自分の持っている力が通じるのか。相手とのレベル差。アイテムが有効なのか。検証するべきことは多くある。
だが、その前に――とモモンガは提案を出した。
「ビジネスパートナーになりませんか?」
「ビジネスパートナー?」
「ええ」
黒壁にとっては、願ったり叶ったりの申し出だった。
ナザリックに存在しているNPCや、保管されているアイテムが自分に向けられないだけで、十二分にメリットとなる。
しかしその場合、モモンガにメリットはあるだろうか。
黒壁にもそれなりにレアアイテムの保有はあるし、彼女の隠密と俊敏は役に立つかもしれない。
だがこのギルドに比べれば、卑小で価値がない。
「配下や奴隷などではなくて、ですか?」
「いやなんでその選択が出てくるんですか。俺は結構、黒壁さんの能力を買ってるんですよ」
「あ、うへへ。ドウモ……」
「だからこれは共同戦線です。お互いに敵対せず、情報を共有し、同じ方向を向いて協力するだけですよ」
なるほど、と黒壁は小さく漏らす。
特に大きな利益を求めているわけではなく、ただ損を生まないだけの策。
それに顔見知りのプレイヤーであれば、モモンガとて味方側にいたほうが嬉しい。
「そうですね、うん。そうしましょう。最悪、ナザリックにいるNPCやアイテムをぶつければ、私とその拠点なんて潰せるわけですし」
「しませんよ!」
物騒なことを言わないでください、とモモンガは突っ込みを入れた。
流石に自分から協力者を申し出ておいて、その相手を殺そうなどとは微塵も思わないのである。
それに黒壁相手であれば、魔王のような振る舞いもしなくたって済む。
そんな気を張らなくていい貴重な相手を、本気で潰そうなどとは考えない。
「それにあたって、お願いをしてもいいですか?」
「俺に出来ることなら、なんでもどうぞ」
「暇なときで構わないので、ナザリックを案内してくださいね」
「もちろん。よろしくお願いしますね、黒壁さん」
「ええ、モモンガさん」
二人は互いに手を差し出すと、しっかりと握りあった。
ただの隣人程度であった二人の関係は、謎の現象に出くわしたことで変化を遂げたのだった。
◇
アルベドとキャプラは、主人の命令に従って執務室を出ていた。
どちらかといえば、締め出されたという言い方のほうが近いだろう。二人の話し合いが終わるまで、廊下で待機していることになったのだ。
「ねえ、貴女」
「……なんでしょう?」
「キャプラとか言ったわね。私はアルベド、守護者統括を任せられているわ」
「それはつまり、あのアンデッドを除いて権限の高い者ということですか?」
キャプラがそう言うと、アルベドがぴくりと揺れた。そうして僅かな笑みを浮かべていた顔は、一瞬にして表情が消える。
彼女の中には確かな怒りがあった。
アルベドが愛してやまないモモンガを、そのような敬意を欠いた呼び方をするのであれば、怒りを覚えるのも同然のこと。
それにキャプラの〝アンデッド発言〟は、二度目である。アルベドにも許容できないものがあった。
「訂正なさい。モモンガ様、よ。さっきといい、そのような呼称はやめてもらえるかしら。それとも私も貴女の主人を、虫とでも呼ぼうかしら」
「は?」
「あ?」
キャプラが戦闘用の装備で来ていたのであれば、ここで剣を抜いていただろう。
そうでなくてもアルベドに飛びかかりそうな勢いだ。物凄い剣幕でアルベドと睨み合っている。
「別に構わないですが、その代わりここで死んでもらいます。二度と口を利けないように」
「それはこっちの台詞よ。私の愛しいあの御方に対して、不敬極まりない態度をとる貴女こそここで死ぬべきよ」
「ハッ。愛しい、ね。私は黒壁様と相思相愛。一方的な貴女の愛とは大違いですよ」
「は、はぁあ? こっちはモモンガ様に、わざわざ愛するように変えていただいたけど!?」
お互いに低い声で威嚇をし合う。
一緒に廊下で待機しているメイドは、今にも泣き出しそうであった。
一般メイドは戦闘能力を持たない低レベルの存在であるため、レベル100を有するアルベドとキャプラが睨み合っていれば、恐ろしくなるのも当然だ。
今ここで戦争でも始める気なのか、というほどのオーラを纏っていた二人だったが、キャプラが嘆息することで空気が緩まる。
「……やめましょう。黒壁様に嫌われでもしたら、今後の活動に関わります」
「嫌われ……。それもそうね……」
キャプラの最優先は、愛する黒壁に尽くすこと。
現在までに何度か黒壁を困らせていた。これ以上の失態は、機嫌を損ねるかもしれない。
『キャプラなんてもう知らないよ。サーペントのほうが可愛い』――などと言われたときには、二度と立ち直れないだろう。
目の前に居る女は不愉快である。だがその女の主人の存在を知ってから、黒壁が少し安心している。
それはキャプラも分かっていることだった。
「……でもまぁ、貴女の飼い主から連絡があってから、モモンガ様は少し楽しそうなの」
「それは――黒壁様もです」
「だったら敵対は無意味ではないかしら」
ギルドメンバーとはいかずとも、互いに交流のあった友人だ。
モモンガを残していった他の者たちとは違い、彼女も共にこの地に残った者。
それに二人が優先するべきなのは、主人の喜ぶ顔。知り合いに会えたことで主人の不安が拭えたのであれば、それを許すまで。
アルベドもキャプラも、第一は自分の主なのだから。
「お互いに愛する方の隣に立つため、ここは協力するべきだわ」
「その通りですね……。その提案、乗りました」
「これからよろしくね、キャプラ」
「ええ、アルベド」
不気味な微笑みを帯びた美女が、対面で笑っていたのをメイドだけが見ていたのであった。
キャプラは通常時はアルベドみたいな喋り方にしたかったんですが、どっちが喋ってるのか分からなくなったので常に敬語のキャラにしました。
似た者同士、意気投合して悪巧み……素晴らしい計画を練ってくれるといいなぁと思います。
タンクのアルベドとアタッカーのキャプラがコンビ組んだら、とんでもなくなりそうですね。頑張れ、主人の二人。