「廃課金で感覚麻痺してるってことですよねぇ」
皮肉めいた言い方で話すのは、ギルド〝アインズ・ウール・ゴウン〟のウルベルト・アレイン・オードルである。
その場に居合わせなかったものの、ギルドに侵入者があったという話は広がっていた。
なんならその侵入者と、その後も仲良く交友が続いているだなんていう馬鹿げた話もだ。
〝面白おかしな悪役女〟の話題は、ギルド内で瞬く間に広がっている。
本日はたまたまナザリックの外で、モモンガ、ウルベルト、そして〝おかしな女〟黒壁が一緒になっていた。
「ウルベルトさん、なんてこと言うんですか……」
「いやっ……うーん。そういうことはある、のかもしれません」
「えぇ……? 黒壁さん、あるんですか……」
「でも無事に帰してもらうための、命乞いですから。惜しいアイテムですけど、それくらいしないと」
「まあ俺がその場にいたら、絶対に帰さなかったですけどねー」
「こっわ……」
魔法最強クラスの〝ワールド・ディザスター〟を習得している彼にかかれば、いくら俊敏な黒壁であってもひとたまりもない。
本当にあの場にウルベルトがいなくてよかったなぁ、と心底思う黒壁である。
「あれ? なのによく許しましたね」
モモンガは、ふと思いついた疑問を漏らした。
その言葉にウルベルトと黒壁は、顔を見合わせる。そして示し合わせたかのように、
ふたりとも同じタイミングで、同じ表情――笑顔だ。
何の変哲もない、ただの笑顔を表すものだった。だが状況が状況だ。
モモンガにはどうにも邪悪な笑みに見えて仕方がなかった。
「モモンガさんは〝黒壁〟というプレイヤーをご存知ないようですね」
「ええ、ウルベルトさん。私も名前は有名なものだと思っていたのですが」
「いえ、今理解しました」
報酬と、己の利益に重きを置く〝黒壁〟。彼女は依頼さえあれば、前に仕事を依頼されたギルドすら破壊する。
恩を仇で返すような存在。
そしてギルド〝アインズ・ウール・ゴウン〟とは、それ自体が黒壁にとって利益である。
様々な依頼を天秤にかけたとき、色々な依頼主を対比させたとき。
果たして黒壁がメリットだと思える相手は、どちらなのか。
それは言わずもがな、アインズ・ウール・ゴウンである。
「黒壁さんの教えてくれる情報は、面白いものが多いんですよ。ナザリックの罠のバリエーションが増えましたし」
「えー……」
「ふっふっふ、黒壁さん。お主も悪よのう」
「ウルベルトさんこそ……フフフ……」
「うわぁ……」
◇
アルベドはデミウルゴスに、先程のこと――モモンガに協力者が増えたことを共有していた。
モモンガの協力者ができたということは、今後のデミウルゴスの活動などに関わってくる。
特にナザリックの中でも秀でた知略を持つ彼には、こういった情報の類は必要だ。
「ご友人、ですか」
「ええ、そうよ。黒壁という方で、モモンガ様の旧知の仲……らしいわ」
「黒壁……」
名前を聞いたデミウルゴスは、顔をしかめる。
記憶が確かなのであれば、その名前を創造主たちが話しているのを聞いたことがあったのだ。
そしてそれは良い話題でもあり、悪い話題でもあった。
――今日はたまたまダンジョンで、黒壁さんに会ったわ。
――この前黒壁さんに会ったけど、あの人もガチャ爆死したって言ってましたよ。
――黒壁さんから聞いた話ですけど……。
――黒壁さんが……。
ただ会話の途中でそういえば、と合間に入れられる他愛ない話程度で、とても深く交流をしていたという様子ではない。
と、思えば、稀にウルベルトなどが楽しそうに話題に出していることもあった。
黒壁の話題というよりも、黒壁が与えた話という方が近いが。
それでもなぜそこまで話題になっていたのか。それは黒壁とアインズ・ウール・ゴウンの初めての交流、対峙が衝撃的だったからだろう。
デミウルゴスが耳にした話の中で最も悪い内容は、その出会いについてだ。
――黒壁という者がこのナザリック地下大墳墓に侵入した、という。
無礼にもこの墳墓に踏み入り、破壊行為を企てていたのだと。
「それは本当なの、デミウルゴス」
「ええ、間違いありません。至高の方々が口にされていました」
「まずいわね……」
連絡を先に取ってきたのは、黒壁の方からだ。
アルベドもよくよく考えてみれば、違和感を覚えることが幾つか浮上する。
執務室へ案内した際も、アルベドのことをじっくりと観察するような目つきだった。あれはアルベドの戦力を測っていたのだと思えば、納得がいく。
それにアルベドを締め出してまで、話すことがあるだろうか。
協力する仲になるという相談だけであれば、別段アルベドが同席したところで支障はない。
寧ろ守護者統括として、今後はより関わりのあるはずだ。同じ場所にいて話を聞いていたほうがよかったはず。
「あの虫女……。モモンガ様の心を開き、気を許したところで何かをするつもりなのかしら」
「その可能性も大いにあるでしょう。それに貴女は、黒壁とやらの側近と仲が良くなったと言っていたが、その側近との交流を続けて情報を引き出すのはどうかね?」
「そうするわ。互いに愛し合っていると言っていたし、多くの情報を共有するでしょう。得られる情報も多いはず」
〝愛し合っている〟――それを聞いて、デミウルゴスは口角を上げた。
微笑みというには邪悪な笑みだった。
「それは良いことを聞きました」
互いに愛しているのであれば、利用方法によっては脅しの材料となり得る。
側近は高レベルの完全な戦士タイプだと言うが、ナザリックの力をもってすれば捻り潰すなど容易いこと。
少しでも本性を表して、モモンガに――ナザリックに危害が加えられると判明した時には。
側近を殺す素振りを見せて弱みを握る。あるいは従わせるために、本当に殺してしまってもいいかもしれない。
あとは仲間が殺されたことで、反撃をしてくる可能性だ。
潰すにあたっても敵勢力をきちんと把握しておかねばならない。右も左も不明瞭な現在では、そういった情報収集が要となってくる。
できれば早急に、相手の拠点に踏み入る機会があれば良いのだが――それはアルベドと仲が良くなったという部分が解消してくれるだろう。
「ではこれから、その側近との交流をお願いしますよ」
「ええ」
(まさか私が直ぐに会うことになろうとは……)
モモンガはデミウルゴスを連れて、黒壁の拠点である城へとやって来ていた。
モモンガが外へ出た際に、上空から確認したところ彼女の城が確認できたからだ。
そういえばナザリックにやって来るのも早かったな――とモモンガは呟いていた。
デミウルゴスとしては、怪しい人物がナザリックの近くに根城を構えている時点で、警戒度がぐんと引き上がる。
もちろん、モモンガを一人で行かせるなどという馬鹿なことはせず、なんとか供回りの権利をもぎ取った。
「ようこそ。なにもない城だけれど」
「いや、立派だと思うぞ」
まさか、モモンガに世辞を言わせるだなんて。ナザリックに比べれば遥かに劣る城を、モモンガは立派だと賞賛した。
モモンガはそのあと、『ソロで管理するには十分な広さだな』などと、デミウルゴスにはよく分からない言葉も並べている。
それを言われた黒壁が嬉しそうにしていたあたり、これもまた褒め言葉か何かなのだろうと推測した。
デミウルゴスは、モモンガには慈悲深さを抱き、黒壁には苛立ちを覚えた。
「彼は?」
「ああ。階層守護者のデミウルゴスだ」
「よろしくお願い致します」
「ふむ……」
じっくりと観察される仕草。デミウルゴスは、アルベドの言っていた言葉を思い出す。
黒壁の戦力やスキル、魔法などは未知数だが、こうして見るだけでも相手の技量をはかれるのであれば。
この観察自体も、デミウルゴスにとっては随分と危険な行為になる。
「ふむ、ふむ……」
「……なにか?」
これ以上の詮索はさせられない――そう思ったデミウルゴスは、声を掛けた。
黒壁は慌てて目を離した。焦っているような〝演技〟は、デミウルゴスを余計不快にさせる。
「あ、いやっ!? すまないね、気にしないでくれ。……ところで、作成――創造主は?」
「ウルベルトさんだ」
「なっ、モモンガ様!」
まさか主人がいとも簡単に情報を漏らすとは思わず、デミウルゴスは驚愕の声を上げた。
「おぉ! ウルベルト殿か、通りでいい趣味だと思ったんだ」
「そういえば、黒壁殿は話が合っていたな」
「ウルベルト様と親しかったのですか?」
「あぁ、そうだぞ。二人は結構仲が――」
「そんなことはないさ。私は彼と仲が良いとは言えない。趣味の合う知人のようなものさ」
モモンガの言葉を遮ってまで、黒壁は自分の言葉を強く伝えた。
無礼極まりない上に、まるで何かを隠しているようにも思える言動だった。怪しい黒壁に対して、デミウルゴスは注意深く見つめている。
「あー……だがウルベルト殿は好き……いや、いい人だったよ。幾らか参考にしたこともある。浪漫が詰まっていると言うか……」
「ほう、黒壁殿はそういうタイプだったのか」
「べ、別にいいだろう! ……ユグドラシルでくらい、自由に好きなことをさせてくれよ」
「……そう、だな」
「こほん、すまない。どうだ、アイテム倉庫でも見ていくかい?」
両者に気まずい沈黙が流れたと思えば、それを払拭するかのように明るい声色で提案する。
見ての通りナザリックに比べるとちっぽけな城であるものの、所有するアイテムを保管する場所があるということだ。
モモンガもその言葉で少しだけ気分を戻したようで、黒壁の提案に食いついた。
「いいのか」
「大したものはないけれどね、勿論どうぞ」
「では是非」
倉庫に向かう道中で城の案内をしながら、一行はアイテム保管庫へと到着した。
広々としたショールームさながらの室内は、レア度の高いアイテムがずらりと並んでいる。
何故か落ち込んでいたモモンガも、これを見て『おぉ……!』と感嘆する。
モモンガが部屋に一歩踏み入った時、素早く動く何かが飛び出してきた。
それに応じてデミウルゴスもモモンガの前に出る。
「――化け物。サーペ、倉庫、守る」
「化け物とは失礼ですね。モモンガ様、この蛇を排除しても――」
飛び出してきたのは、頭部から蛇が複数匹垂れ下がっている亜人。
ツタの絡まった杖を持っていることから、魔法が使える者だとわかる。
両目は包帯で覆われているものの、飛び出してきたデミウルゴスをいち早く察知したことから視認は出来ると理解した。
目が悪いのか、そこに何か力が秘められているのか。戦闘になった場合を想定して、デミウルゴスは頭を動かす。
「やめろ、デミウルゴス」
「サーペント。彼は協力者で友じ――知人のモモンガ殿だ」
三人の前に飛び出してきたのは、この場所を管理し守っている存在――サーペント。
サーペントは黒壁の言葉を聞くと、すぐに戦闘態勢を解除した。
「黒さまの、お知り合い、ですか」
「ああ。君の主の〝友〟であるモモンガだ」
「……! モモンガ殿、私は……」
「違うかね?」
「…………そうだとも」
黒壁は少しだけうつむいて、声を震わせていた。まるで泣いているようにも見えた。
虫となって涙を流せなくなった彼女のこの行動は、感動なのか、別の感情なのか。それはこの場の誰もが分からなかった。
「おきゃくさま、倉庫、見るの、ですか」
「ん? あぁ」
「サーペ、案内を、します。ここの管理、してい、ました」
「おぉ、では頼もう」
「では私もお供致します」
「よい。お前は黒壁殿といろ」
デミウルゴスがモモンガと共に歩き出そうとした時、モモンガはそんな彼を止めた。
配下の者としては、モモンガをこのような場所で一人――実際は案内役がいるため二人だが――にできるわけがない。
完全に信頼できると言えない以上、ここは敵地でもある。
そして敵地でその主人の部下と二人きりになど、させられるはずもなく。
デミウルゴスとしては隣について回り、不審なものや怪しい動きがないか観察したかった。
「しかし……」
「いいか? 黒壁殿と一緒にいるんだ」
「……! そういうことでしたか、畏まりました」
「えっ」
まぁいいか、と小さく残してモモンガはサーペントについて行った。
ショールームの入口に残ったのは、デミウルゴスと黒壁の二人。
デミウルゴスは楽しそうに室内を見て回るモモンガを見つめながら、隣に立つ黒壁に言葉を投げた。
「――さて、黒壁様。モモンガ様のお考え通り、貴女について確認させて頂きます」
「うん?」
「わざわざモモンガ様が私に席を外すよう言ったのは、貴女の動向を探れという真意が込められています。御友人たる貴女がいる手前、モモンガ様もハッキリとは言えなかったのでしょう。直ぐに理解出来ない自分が愚かで仕方ありません」
デミウルゴスが〝モモンガの真意〟を話し始めると、黒壁はモモンガとデミウルゴスを交互に見る。
その様子から『この虫頭はあのモモンガ様の考えに至らなかったようだ』と、密かに笑う。
モモンガは既にレアアイテムに夢中になっており、サーペントの拙い説明を楽しそうに聞いていた。
「え、え? 動向、真意? ゆっくり見て回りたいだけじゃないのかい……?」
「まさか、そんな短絡的なはずがありません。至高の四十一人のまとめ役であらせられるモモンガ様が、そんな浅はかな考えの訳がないでしょう。やはり虫なだけあって頭の容量が小さいのですか?」
「お、おお……。なるほど、分かったよ。…………色々と……」
「何か?」
「気にしないでくれ」
黒壁はコホンと咳払いをする。
なにか言いたげで誤魔化しているようだったが、デミウルゴスにとっては些細なこと。
モモンガの考えに至れなかったという時点で、この〝虫〟の程度は理解できた。
下手をすれば、ナザリックを内側から破壊するなどという目的はないのかもしれない――デミウルゴスはそう思った。
ナザリック地下大墳墓という甘い蜜に擦り寄ってくる雑魚でありながらも、モモンガの友人でもある。
安心できる場所――甘美な味を求めているのであれば、与えてやれば良い。
そしてその美食に相応の、使い方をしてやれば良いだけのこと。
(ナザリックの支配者たるモモンガ様には匹敵せずとも、この女に愚かで幼稚な行為を必ずや止めてみせましょう……!)
デミウルゴスの中に、確かな決意が生まれた瞬間であった。