不死者の王と影の主   作:ボヌ無音

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カルネ村-2

 黒壁が死の騎士(デス・ナイト)に追いつくと、すでに殺戮の限りを尽くしていた。

 とはいえそれはただの殺人というよりも、半ば遊んでいるような節も見えた。

 

 黒壁の記憶では、モモンガの命令では「騎士を殺せ」としか言っていなかった。

 ユグドラシルでの死の騎士(デス・ナイト)は、召喚者付近に待機して迎撃を行うだけのもの。

 命令を受けて飛び出していったこともそうだが、この弄びながら殺している姿はやはりユグドラシルとはかけ離れていた。

 せっかくならばこの場面をモモンガに見せるべきなのだろうが、彼の到着を待っていては黒壁の実験が出来なくなるというもの。

 

「……まあ、仕方ないな。あとで彼には報告を上げればいいだろうさ」

 

 黒壁はアイテムボックスから、弓を一つ取り出した。

 死の騎士(デス・ナイト)や、先ほどモモンガが発動した魔法を考慮して選んだのは――さほどレアでもない弓矢だ。

 これを持って〝仕事〟をしたようものならば、ナザリック侵入時同様に命乞いが必要になる。

 単刀直入に言えば、強くない武器だ。

 

 軽く弓を引き、逃げ惑う騎士へ放つ。ピュンという心地の良い音がしたと思えば、矢は騎士の頭部を貫いた。

 頭部を貫かれた騎士は、呆気なく倒れた。ここで無事のようならば、この世界における〝人間〟への考え方を改めねばならなかったが、余計な心配だったようだ。

 しかし動いている相手に対して、一発でヘッドショットを決められるとは思わなかった。黒壁は少しだけ気分が上がる。

 

「よく見えるし、弓もよく馴染む。次はやっぱり近接か」

 

 弓をアイテムボックスにしまって、近接武器を取り出そうとした。

 すると、目の前には叫びながら走ってくる騎士がいた。黒壁の攻撃に気付いた仲間が、彼女を殺すために向かってきたのだろう。

 死の騎士(デス・ナイト)だけで手一杯のはずなのに、よくもまあ目を向けられるものだと感心する。

 むしろ、死の騎士(デス・ナイト)のせいで頭が混乱し、攻撃する相手を見誤ったのかもしれない。

 

(どっちでもいいや。飛んで火に入る夏の虫……いや、虫は私か……。ええい。もう何でもいいや。ナイフ、ナイフ……)

 

 黒壁は避けることもなく、またアイテムボックスを漁り始めた。

 騎士を対処しようと武器を探しているのではなく、ただのんびりとアイテムボックスを漁っている。

 まるで彼女には、走ってくる騎士が見えていないかのように。

 

 騎士は彼女の目と鼻の先、剣を大きく振り被っていた。

 しかし次の瞬間――黒壁を殺さんと目前までやってきた騎士は、ただの肉塊へと変わってしまった。

 彼女の隣に立っていたドーンが、いつの間にか前に出ていたのだ。

 騎士はドーンの所持していた盾により、ぐちゃりと捻り潰されていた。ドーンは騎士の血肉が付着した盾を振り、汚れを取り払う。

 黒壁は目の前で残虐な殺人行為が行われたというのに、動揺することもなかった。

 

「ありがとう、ドーン」

「……」

「怒らないでくれ、試すようなことをしてすまないね」

 

 ドーンの表情が僅かに動いて、眉間に少しだけシワが寄る。

 信頼してもらうことは嬉しいようだが、それでも無防備に突っ立っているのはやめてほしい――とでも言いたげだった。

 実際にそれに関しては申し訳なく思いつつも、黒壁としてはドーンが設定どおりに動くのかを試したかったのだ。

 それにあの騎士程度の動きであれば、黒壁にとってはスローモーションと同じ。眼前に来た時点でも回避する事が可能だった。

 

「さて……」

 

 お目当てのアイテムを探し当てた黒壁は、改めて殺戮現場を見た。

 死の騎士(デス・ナイト)は、やはり楽しんで殺しているように見えた。生み出されたアンデッドに、そんな愉悦や快楽を感じるのかという疑問。

 しかし、どうみても死の騎士(デス・ナイト)は本気で戦っている様子はない。

 逃走者がいようものならば、その剣は確かに振るわれる。

 しかし立ち向かおうとする騎士に対しては、その抵抗を楽しみながら弄んでいた。

 

「玩具が無くなる前に私も出なくてはね」

 

 まだ生存者はいる。死の騎士(デス・ナイト)に巻き込まれないためにも、適切な相手を選ぶ。

 取り出していた武器を握り込み、ふぅと息を吐いた。

 覚悟の深呼吸でもあり、ただの〝運動〟に前の息を整えているだけでもあった。

 

 黒壁は意を決して踏み込む。

 体が軽かった。羽根でも生えたかのように足が動き、頭が冴える。

 複眼である両目は周りがよく見渡せて、手に取るように相手の動きが分かるのだ。

 素早く騎士の真後ろにつくと、硬い鎧部分を避けて、ナイフが通りそうな関節の継ぎ目を選び――ナイフを突き立てた。

 だが敢えて、急所は外した。もう少し実験と観察をしたかったのだ。まずは自身の俊敏性についてこれるかの実験であった。

 

「ぎゃあああっ!?」

「ふむ、なるほど。この程度の動きであれば、悟られることはないか」

 

 躊躇いなどなく、刺したあとも後悔もなかった。

 人ならざるものになってしまったという事実を、残虐な行為を経て実感する。

 ドーンが行った殺人を見ただけではなくて、自分でも殺してみて――何も感じない。

 

 肝心の騎士は、避ける素振りもしなかった。

 それはただ彼が慢心していたからという訳ではなく、黒壁の存在に気付けなかったのである。

 

「なんっ、なんだ、誰だ!?」

「おっと」

 

 刺されたことでやっと黒壁の存在に気付いた騎士は、持っていた武器を乱雑に振り回した。

 攻撃されたということは敵がいるということ。だが場所が上手く特定出来ていない。

 その姿は、まさに虫を追い払うような動きだった。

 

 黒壁は必死に剣を振り回す騎士から数歩引いた。わざと剣の当たりそうで当たらない場所に立ち、騎士の苛立ちを誘っている。

 鈍い痛みが走りながら、殺されるまいと武器を雑に動かす。

 後ろでは仲間の悲鳴が聞こえ、彼の焦燥感は止まることは無い。

 死にたくは無い、だから目の前の恐怖を殺さなければならない。だが振りかざす剣は、すんでのところで相手に触れられない。

 

「さて、あまり遊ぶのは可哀想だからね」

 

 このまま恐怖で踊る騎士を見ているのも構わないが、モモンガがやってくるところで遊んでいるなどという場面を見られるのは困る。

 それにこの程度の相手は、手応えすらない。

 

 ユグドラシルで依頼がこなくなった時は、顧客探しに〝初心者狩り狩り〟をやっていたものだ。

 初心者狩りをしているプレイヤーですら、もう少し戦いがいのある相手だった。

 これでは黒壁自身が初心者狩りをしているようなもの。せめて目線だけでも黒壁を追ってほしいものだったが、騎士が黒壁を捕捉しているようにも感じられない。

 

 彼女は騎士へと急接近すると、騎士が反応をするよりも前に喉を切り裂いた。

 鮮血が大量に飛び散り、力を失った騎士はぐらりと倒れる。

 

「こんなものか……」

「――死の騎士(デス・ナイト)よ、そこまでだ。並びに我が友もな」

「!」

 

 友人の声にはっとして、上を見上げた。そこにはアルベドとモモンガが浮遊していた。

 少し違う部分があるとすれば、骸骨の部分が顕になっていないということだ。しかも付けているあの仮面には、見覚えがあった。

 黒壁の倉庫内の〝爆死部屋〟にも、例のマスクが眠っている。ガチャによって爆死したアイテムではないものの、黒歴史として眠らせていたい一品だったためだ。

 二人がゆっくりと地上へ着地すれば、黒壁もモモンガの元へと歩む。

 この行為で、二組そして死の騎士(デス・ナイト)が同じグループであると示した。

 

 あれだけいた騎士は気付けば、もう四人ほどに減っていた。この残虐な体験の中、運良く生き残ったとでも言えようか。

 騎士達は更に現れた謎の人物と、黒壁達の四名をぼんやりと眺めていた。

 

 モモンガは口を開き、まずは騎士達へ挨拶をした。そして――

 

「私はアインズ・ウール・ゴウンという」

 

 その言葉に、黒壁は「え?」と声を漏らしかけた。ぐっと飲み込んで、喉の奥へと押し返す。

 きっとあとから説明があるのだと信じて、この場はモモンガに従うことにした。

 よくよく考えれば黒壁も、名前として用いるには少々おかしな名前だ。

 であれば自分も考えたほうがいいのではないか、と思案する。

 モモンガと違って名乗れるようなギルド名もないわけで、どうにしかして捻り出そうと奮闘した。

 

(黒壁、黒、ブラック……ラー……、かべ……)

「そしてこちらは我が友人だ」

「あー……、ラーク・ベッカーという、お見知りおきを」

 

 咄嗟に出てきた割にはマシな単語になっていた。

 黒壁は胸に手を当て、さも誠意があるような動作を見せる。実際は誠意の欠片もなく、紳士的な口ぶりに合わせた演技というだけだ。

 ハンドルネームとは違う名前を出したが、モモンガは何も言うことは無かった。

 

「生きている者はどうする?」

「彼らの上――飼い主にしかと伝えてもらう。二度とこの辺りでの騒ぎを起こすな、と」

「聞こえたかい、君達。我が友人の言葉を、きちんと主人に伝えるんだ」

 

 黒壁は優しい声色で話したはずだったが、騎士達は蜘蛛の子を散らすように走って逃げ帰った。

 はて、と彼女は思った。彼女はいとも容易く人を殺していたのだ、こうなるのも必然。

 黒壁にとってはただの〝テスト〟に過ぎなかったため、残虐性などというものは頭からこぼれ落ちていた。

 

「ではアインズ殿、と呼ぶべきかい」

「そうしてくれると助かる。私もラーク殿と呼んでも?」

「構わないとも」

 

 理由はいずれ聞くとして、モモンガや黒壁と名乗るよりかは十二分に威厳がある。

 黒壁という名前よりもラークのほうがこの世界に馴染みやすい。

 互いに新たな名前を記憶し、新たな始まりとなった。

 

「さて……」

 

 モモンガ――アインズは村人を見やった。

 改めて始まったとはいえ、まずは現状をどうにかしなければならない。

 二人を見つめている村人の視線は、はっきりと怪しんでいる。騎士を追い払ってくれたはいいものの、そのやり方の残酷さは騎士以上とも言える。

 一体どんな目的で、この者達はここにやってきたのか。

 もしかしたら、騎士よりも厄介な連中なのかもしれない――と。

 

「私達は君達に危害を加えるつもりはないとも」

「ラーク殿の言うとおりだ。安心してほしい」

「アインズ殿。私は〝散歩中〟にこの惨状を発見したのだけれど、君は?」

「私は村が襲われているのを見えてな」

「なんと……」

 

 村人たちはざわめき、胸を撫で下ろしている。しかし表情はまだかたく、不安が完全に拭えていないのをはっきりと示していた。

 こういう状況をラークはよく知っていた。

 

 〝初心者狩り狩り〟をしていたときも、同じような状況になったことがある。

 身内以外のプレイヤーを信じられなくなっていた初心者にとって、ただで助けてやると言うほど恐ろしいものはない。

 だからラークはそれを利用して、ゲーム内通過やアイテムを手に入れたりしていた。

 一度恐怖を味わった人間にとって、何も求めない慈悲など疑いしか抱かないのだ。

 

「私としては村を救ったという働きに対して、金銭での礼をもらいたいのだけれどね」

 

 ラークは仰々しく、アインズの方を向いた。視線すら分からない被り物をしている時点で、わざとらしく動かざるを得ないのだ。

 そしてこの動作は、アインズへの提案を意味していた。

 

 アインズがこういった取引を良しとするかは、ラークには分かりかねる。

 プレイヤーとしての彼は比較的善人寄りで、彼女の憶測ではあまり好まないものだと思っていた。

 であれば元から汚れた悪役である自分が、その提案をするべきだと結論を出す。

 

「……そうだな。その分の金をもらおうか」

 

 

 

 それから二人は、村長の家で話し合いを行った。

 アインズがこの世界の金銭についての情報を引き出そうと奮闘し、結果的に情報を仕入れるという形で着地した。

 隣りにいたラークが小さく「お金いっぱい欲しかった……」と呟いていたが、アインズは聞こえないふりをした。

 

 ユグドラシル時代から金銭的にも立場的にも損得勘定をし、金に少々汚い部分があったラーク。

 会話の途中で何度か口を挟みたそうにしつつ、飲み込むというのがあった。

 アインズのなんとか探りを入れたい――という雰囲気を察していたのだろう。

 ここにいるのがラークだけであれば、即座に口を出していた。

 元々彼女はギルド破壊相手が元依頼主であっても、報酬次第で仕事をする害悪プレイヤーなのだ。どうしても金に対しては飛びついてしまうのだった。

 

「まずいな……」

「どうかされましたか?」

「あぁ、いえ。こちらの話です。……すみません、少し彼女と話をしてきても?」

「ええ、問題ありません」

 

 アインズはラークを連れて、外へと出た。

 

「全員逃がしたのは不味かったな」

「尋問かい。楽しそうだね」

「そ、そうではないのだが……。他にもプレイヤーがいるという可能性があるだろう。例えば今の騎士の仲間だ」

「……なるほど。見聞きした情報を持って帰り、敵対した場合……」

「ああ」

 

 この世界で出会ったプレイヤーが、同じギルドメンバーであれば一番いい結末だろう。

 もちろん、ギルド〝アインズ・ウール・ゴウン〟のメンバーが、やってきているという可能性も捨てきれない。

 それでも全プレイヤー数に対して、41という人数は確率的に非常に低いものとなる。

 同様に異形種である二人に対して、友好的に接してくれるプレイヤーも希少であった。

 

 そういった事柄が考えうる状況では、全員を逃がすというのは悪手であった。

 プレイヤーの存在を調べるというだけではなく、まだまだこの世界についての知識が乏しいという点では、一人くらいは手元に残しておくべきだったのだ。

 

「私が追って、捕らえてこようか」

「ラーク殿の素早さならば可能だろうが、追うにしては時間が経ちすぎている。どこまで逃げたか分からない以上、無駄な体力を減らすだけになるだろう」

「むう。確かに長距離は走れないしな……」

「一先ず戻ろう。村長の話の中でまたヒントがあるかもしれない」

 

 

 

 アインズとラークの話し合いもそこそこに、村長の家の中へと戻る。

 続けて世界や近隣国についてを聞いたものの、得られた情報は十分とは言えなかった。

 途中では葬儀も始まり、気付けば日が落ちる時間になっている。

 二人は供回りを連れて村の中を歩く。人々は復興に尽力しており、もはや脅威があるとは思えない。

 随分と時間をかけてしまったが、撤収の頃合いだと考えた。

 

「ラーク殿。私は撤収するつもりだが、君は?」

「それならば私も帰るとしようかな。挨拶して行くだろう?」

「勿論だ。行くぞ、アルベド」

「承知致しました」

 

 了承の返事があったものの、アルベドは不快そうだった。

 それはアインズの提案に対してではなく、人間へわざわざ挨拶をしなければならないということに対しての苛立ちだ。

 薄々勘づいていたが、アルベドは人間に対して良い感情を抱いていない様子だった。

 とはいえアインズもラークも、体裁だけは友好的にしている。

 今後の交渉の場などでもそういった見てくれだけでも取り繕うのは大切だ。

 

「アルベド、人間が嫌いか?」

「脆弱な生き物で下等生物です。その上アインズ様に助けていただくなど……」

 

 つらつらと人間に対する嫌悪を述べるアルベド。

 その言葉の過激さは、普段の美しい彼女からは考えられないほどだった。

 ラークもその姿を見ながら、自分の部下も同じような考えなのだろうかと思案する。

 特にキャプラに至っては、設定が設定だ。人間ではなくラーク以外のものすべてに嫌悪を抱いているかもしれない。

 

 自分の趣味で作った黒歴史もほんのりと感じるNPCが、まさかこうして動くとは誰が思うだろう。

 そんなことをはじめから知っていれば、もっとまともな設定を書いていたものだ。

 誰も見ないからと相思相愛なんて恥ずかしい言葉や、他にもちょこちょこと記載してある。

 改めて設定を思い出すのが嫌になった。

 

「いいか、アルベド。ここでは冷静な。優しく振る舞うといい、演技が必要な場面もあるというものだ」

 

 アルベドから返事はなかったが、頭を下げたことでそれを了承だと取ることにした。

 

 アインズとラークは村長に別れを伝えるために、彼を探していた。

 村長のいる場所には人だかりができており、何かを相談しているように見えた。

 深刻そうな面持ちで話し合っていれば、状況的にまた面倒なことが起きたのだと理解できる。

 

「今度こそお金だね」

「……ラーク殿」

「冗談に決まっているだろう、まったく。乗り掛かった船だよ、やるところまでやってやるとも」

「そう言ってくれて安心した」

 

 村長に話を聞けば、村にまた騎士のような者たちが近づいてきているようだった。

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