「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフだ」
村に来た男はそう言った。
見ただけではっきりとした実力は測りかねるが、それでも彼の屈強な体躯を見れば戦士には相応しい名だろう。
ガゼフを迎えたのは、アインズ、ラーク、村長、そしてアルベド。
他の村民は村長の家に集め、何かあったときのために
王国戦士長という情報は、村長から貰った情報にない。苛立ちを覚えたアインズだったが、隣にいたラークが同時に口を開いていた。
「へー、俗世から離れていた私には知らぬ方だね。村長殿、彼は有名人なのですか?」
アインズは僻地にいた
彼女は近接攻撃の暗殺者でもあるが、時と場合によっては弓での遠距離狙撃も使うことがある。
そちらにはあまり重きを置いていないのだが、先の戦闘にて一発で頭部を貫けた辺り、弓も使えますと誇示してもいいだろうと踏んだのだ。
それでも狩りをしていたという意味では、あながち間違いではない。
それに知らないことをズカズカと聞きに行けるのは、彼女のユグドラシル時代からの豪快さゆえだ。
隠密と暗殺に特化していた割には、蓋を開ければ〝中の人〟は図々しい現金な女だ。
ナザリックで痛い目を見てからは大人しくなったが、現在――人ではなくなった時点で人らしい謙虚さも失われた。
しかしながらアインズも気になっていたことを聞いたのは、悪いことではなかった。
「は、はい。商人の話では――」
村長の口から、ガゼフ・ストロノーフの逸話――おそらく現地ではそのような認識――のような経歴が語られる。
自分から尋ねた割にはラークの反応は薄く、「ふーん」と適当な相槌を返している。
確かに凄そうな話をされているのだが、どうにもピンとこない。信じようにも情報が乏しい。
ラークがつまらなそうに返事をしていると、ガゼフの視線がアインズとラークへ向いた。
明らかに村の人間では無い者を見て、疑問を抱いている。
「……あなた方は?」
「はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。そして――」
「彼の友人のラーク・ベッカーと申します」
「私は村が襲われているのが見えて助けに来た
アインズとラークが自己紹介も兼ねて、状況を説明した。
するとガゼフはわざわざ馬から飛び降りて、「村を救って頂き、感謝する……!」と頭を下げた。
アインズの隣でラークがボソボソと「なるほど、これが金に相当する愉悦か……」などと独りごちっていたが、アインズは気にしないことにした。
とはいえこの一連でガゼフの人柄と、王国戦士長だと信じてもいいと思える言動を受けた。
少なくとも敵意は感じられず、警戒をしなくても構わないと判断できたのだ。
「戦士長!」
「どうした」
「それが――」
ガゼフの来訪により、アインズとラークはより情報を集められるかと思っていた。
しかし彼の部下が持ってきた報告で、話し合いどころではなくなった。
報告によれば、村の周囲を取り囲むように人影があるのだという。
アインズ達は一旦、村人達を家々に避難させた。ガゼフ達の来訪とは違い、明らかに村へ危害を加えるような様子が見られるのだ。
ただ村を見に来ただけなのであれば、こうしてぐるりと包囲するようにせずともいい。
それに見える範囲にいるだけでも、その相手のそばには召喚されたであろう天使がいた。
この世界の常識では、天使を連れて訪問をするというものがない限り――これは敵意や殺意の類があると見てもいいだろう。
「この村にそのような価値があるということなのかい?」
「そうとも思えないが……」
アインズにはラークが、仮面越しにもキラキラと輝いた表情――実際は虫なので表情などないが――をしているのがわかる。
ここまで報酬にがめつい相手だったか、と疑問を抱きつつも、自身もアンデッドになったことで様々な影響が出ていた。
きっと彼女も同様なのだろうと推測し、冷静に返答をする。
「お二人に心当たりがないということは、答えは一つだな」
ガゼフ・ストロノーフは王国における英雄であり、他国からすれば強大な敵だ。
村長から聞いた話の中にも頻繁に出てきた通り、国同士で戦争が頻発している。であればこうして狙われるのも宿命というわけだ。
本人も地位からして仕方ないことだと分かっているようだが、その表情には困惑が乗る。
それからガゼフは周囲の敵に関して、推測を行った。
スレイン法国、特殊工作部隊、六色聖典、帝国の装備を用いた偽装。一部知らない単語も混ざりつつも、緊張が抜けないことからまずい状況だとアインズとラークは判断した。
「なぁ、アインズ殿。私の知識が間違いなければ、あれは
「……ああ。どうしてユグドラシルと同じモンスターがいるのだろうな……」
召喚されていたモンスターを見ながら、アインズとラークがヒソヒソと話し合う。
ラークは影からこっそりと相手を殺すため、こうして召喚されるものを見る機会は少ない。知識として頭に入れているものの、どうしても確信は持てなかった。
しかしアインズとも意見が一致したようで、互いに首を傾げた。
ガゼフはそんな二人を見て、提案を持ちかけた。
「ゴウン殿、ベッカー殿。雇われる気はないだろうか。報酬は望まれる額を用意しよう」
「ほう。だそうだが、ラーク殿?」
ガゼフの言葉に、アインズはラークを一瞥する。
この村に訪れてから何度も報酬報酬と口にしていた彼女へ、皮肉と冗談を込めて。
ラークは肩を竦め、苦笑いを漏らした。
「やめてくれ、烏滸がましかったとは反省しているとも。私も断るさ」
ラークには集団相手に戦えるすべがない。戦うとしても、もう少し装備を整えてからだろう。
今ここにいる相手が先程の騎士と全くの同程度であれば、希望はある。
しかし偵察も、情報も何も不足している現状。無闇に慢心して飛び込んでいくのは、あまりにも無謀だ。
完全にソロで、NPCもおらず、守るべき友もなにもないのであれば。無鉄砲に突っ込んでいっただろう。
彼女には逃げられる足があった。
アインズがいるならば挑んでも良いと思ったが、その雰囲気は了承には程遠い。
であればラークも断るまで。
「――戦士長殿、私もお断りさせていただきます」
「……そうか。――御二方、この村を救って頂き、改めて感謝する。本当に、本当に感謝する! 民を守ってくれて……」
「ふーむ。せめてこの村人くらいは守ってやってもいいかな、どうだアインズ殿?」
せっかく二人の戦闘実験に付き合ってくれた村だ。それにわざわざ守ってやったのに、帰った後に襲われましたなんてことがあれば腹が立つ。
「そうだな……村人は必ず守りましょう。この――アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて」
「ならば心配は要らないな。私は前のみを見て進ませていただこう」
嬉しそうにするガゼフとは裏腹に、アインズの隣ではラークがまるで驚いているかのように強張っていた。
「アインズ・ウール・ゴウン、そうか……そういうことか……」などとボソボソと一人呟いていたが、その小さな囁きは誰も気に留めなかった。
「戦士長殿。こちらをお持ちください」
「これは……? ……いや、有り難く頂戴しよう」
受け取ったのは何の変哲もない、ただの小さな変わった彫刻だ。しかしガゼフはアインズからの品物であれば、とすんなり受け取った。
ガゼフは仲間を連れて、村から遠ざかっていった。アインズ達はその姿をただ見送っていた。
アインズは嘆息すると、口を開いた。
「初対面の人間には虫程度の親しみしかないが――」
「おやおや、つまりそれは私と同等ということかい?」
「……先程の冗談の復讐か、ラーク殿」
「あっはは、そんなところさ。ま、私は虫といえども位の高い虫ということで」
アインズは「あぁ、そうだな」と返す。
ギルド〝アインズ・ウール・ゴウン〟にも昆虫系の仲間はいたし、ナザリックのNPCにも幾らか存在する。
高レベルの昆虫系の存在が、そのあたりに浮遊しているハエ程度と同じなはずがないのだ。
アインズはそれを理解していたし、ラークもただ冗談を言っただけだ。アインズの言いたかった「虫」という意味をきちんと把握している。
「……たとえ弱い虫だとしても、話せば小動物程度には愛着が湧くというものだな」
「ですから崇高なるお名前を用いてまでお約束を……?」
アルベドが問う。
ラークも胸の内で、その疑問に賛同する。先程彼女が衝撃を受けたのは、今までモヤが掛かったかのように曖昧だった感情に答えが出たからだ。
モモンガはアインズ・ウール・ゴウンを名乗った。
その理由はどうであれ、〝アインズ・ウール・ゴウン〟という存在はラーク――黒壁にとって、命を救ってくれた存在だ。
本当ならばあの場で黒壁という存在は死亡し、アイテムを失ったりレベルダウンが起こっていたことだろう。
見逃してもらうためにアイテムを献上したが、死んで消えるのと自ら差し出すのでは意味合いが違ってくる。
やり込んでいる彼女であれば、再びレベルアップも難しいことではないが――それでも萎えるものは萎える。
奇跡により見逃してくれたということは、プレイヤーとしての人生において非常に嬉しく、有難いことだった。
ラークは強い恩を感じているし、借りが大いに存在する。
ギルドメンバーの他のプレイヤーも確認できない今、その感謝の矛先はどこに向かうだろうか。
モモンガがアインズ・ウール・ゴウンと名乗ったということは、ラークの感謝は誰に向けるべきか。
そう考えた結果、ラークはあの瞬間に全ての疑問が解決した。
アインズ・ウール・ゴウン。
彼がこの名を名乗るのならば、彼の為にひたすら尽くそうと。
もう幼い少女だったラークはいない。そしてもうあの頃の自分ではない。
失敗をすれば死ぬかもしれない世界に立っている。そして、彼を敬愛する守護者からは、疑いの目がかかっている。
それだとしても、人の身では無いこの姿を助けてくれたアインズ・ウール・ゴウンの為に。
「……どんな汚いことでもやろうじゃないか」
「ラーク殿?」
「ああ、なんでもないさ。ぼんやりしていた」
「そうか?」
「そうとも。……さて、私も私で動くとしよう」
そう言うとラークは、必要もない準備運動をし始める。
アインズが渡していたアイテムを見たラークにとって、これからアインズが取る行動はなんとなく想像ができた。
ガゼフを送り出すことで敵勢力を見るためなのかもしれない。それとも、最大の恩を売るために時を待っているのかも知れない。
どちらにせよ、あのアイテムを与えたということは、アインズにガゼフを救う意思があるということ。
それと同時に、ラークはもう少し自分の実力を測りたかった。
一番手っ取り早いのは、どこかに侵入して誰かを殺すことだが、手っ取り早くもあり面倒な手法でもある。
これが難しいのであれば、目の前の戦いに突っ込んでいくしかない。
「追うのか」
「少し遠くから観察するだけさ。必要とあれば、見放すなり殺すなりしてくれ。……ドーンを任せても?」
ラークの言葉に、アインズは言い淀む。
彼女の言う〝ドーンを任せる〟というのは、一時的なものなのか。それとも彼女の言った通り、最悪が起こった場合に全てを預けるという意味なのか。
直前に話した内容のせいで、アインズは返答に困った。
「……必ず君の城に返そう。城には、君も共に帰るのだぞ」
「分かっているよ。頭の悪い私の我儘を受け入れてくれてありがとう」
アインズが小さく頷くと、ラークは〝消えた〟。
魔法やスキルにより消えたのか、それとも彼女の得意とする俊敏性で消えたように見えたのか。
どちらにせよ、既にここにはラークはいなかった。
「今のは……」
「ああ。ラーク殿の特技、と言うべきかな」
アインズはラークと、共に戦ったことはない。
たまたま鉢合わせて談笑をする程度で、彼女の実力をはっきりと見たことはなかった。
それでもナザリックに侵入した際の鮮やかな回避に、隠密能力。媚びを売るという時点では残念だったが、それ以外の点は感動したものだ。
問題は自分の技量に対する評価が低すぎること。
そのせいで相手にするギルドも中堅ばかりを狙い、急に舞い込んできたナザリック地下大墳墓の依頼ですべてが崩れた。
――だが、ラークが自身のプレイスタイルをきちんと把握し、分析し、上位のギルドにもそれなりの侵入経験があれば。
きっともっと化けていただろう。
「下手すれば、ナザリックでさえ……」
「アインズ様?」
「いや、気にするな」
「……はい」
「アインズ様。……おや、ラーク様はどちらに……?」
ガゼフを見送りラークも見送ったアインズの元へ、村長がやって来る。これからについて、そして村を守らずに出て行ってしまったガゼフらを見て不安に思ったようだ。
それだけではなく、共にいたはずのラークの姿も見られない。ただでさえガゼフがいなくなってしまったのだ。
少しばかり、声に怒りの色が見える。
何も事情をしらない彼らにとっては、置いていかれた、見捨てられたと考えるだろう。
しかしガゼフがこの村に長居してしまえば、村人達に危険が及ぶ。早急に出ていった彼の判断は正しいだろう。
アインズは丁寧に村長への説明を行い、今後の計画について語った。
ガゼフ達が無事に切り抜けられればいいが、この村を襲わないという確信はない。
今は大きな家屋に住民を集め、防御魔法を張るということで話が終わった。
◆
戦いは苛烈を極めた。
いくら自陣の団結力と仲間への思いが高くとも、圧倒的で強大な力には敵わない。
あの王国戦士長たるガゼフ・ストロノーフが率いていたとて、スレイン法国の力は段違いであった。
士気が高かった部下たちは、顔に疲弊の色を浮かべていく。
当初の作戦では、敵を引き付けて撤退をするはずだった。
しかしガゼフの部下はそうはいかず、引き返して彼を救いに戻ってきたのだ。なんと感動的な場面だろう。
しかし部下が戻ってきたところで、その戦力は明らかにかけ離れていた。魔法による攻撃。個々の戦力、技量。そして天使。
ガゼフの仲間は一人、また一人と倒れていく。
だがガゼフは諦めることなどない。武技の使用で体がボロボロになろうとも、どれだけ魔法や天使により体を貫かれようとも――瞳には強い戦士の意思が宿っていた。
死にそうなはずなのに足掻こうとするその〝無様〟な姿を、指揮官の男――ニグン・グリッド・ルーインは不愉快そうに見つめる。
「無駄な足掻きをやめることだ。そこで大人しくしていろ。そうすれば慈悲を与え、苦痛なく殺してやる。その後にお前が守っている村人も殺す」
「ふっ、あの村は俺よりも強い方々がいる……。きっとお前達など、簡単に捻り潰されるだろう」
「この期に及んでハッタリか? 馬鹿馬鹿しい……」
ニグンはガゼフの言葉を信じようとしない。英雄たるガゼフに匹敵する――否、彼が言うには自分よりも〝強い人間〟がいるというのだ。
そんなことが果たしてあるのだろうか。国が危惧する王国戦士長を凌駕する存在がこの世界にいると。
それこそ国に情報を持ち帰り、今後の対策を練らなければならない。
しかしそんなもの、あるはずもない――ニグンはそう判断する。
それに今受けている任務は、目の前にいる英雄を屠ること。であれば彼の行動は唯一つ。
翼をはためかせた美しい天使達で、この男を葬り去ることだ。
「ガゼフ・ストロノーフを殺せ」
ニグンの無慈悲な言葉が降り注ぐ。ガゼフもただでは死ぬまいと、腹を括って飛び出した。
走り出したガゼフには、矢が隣を横切っていくように見えた。そして同時に、聞き覚えのある声が頭の中に響く。
――次の瞬間。ガゼフの周囲、視界が草原から切り替わる。血の海とも言えたその場所は、どこかの質素な家屋に変わった。
ガゼフだけではなく、倒れていた部下たちも同じくこの屋内へと移動していたのだ。
「戦士長さま」
「村長……、ではここはカルネ村か……」
家屋の中を見渡せば、村人たちが不安そうにガゼフを見つめていた。そしてその中には、先ほど会話したアインズとラークが見当たらない。
「ゴウン殿と……ベッカー殿は……」
「それが――」
ガゼフがこの場所に来たと同時に、アインズが消えた。ラークはすでに立ち去っており、暫く前から姿を見せていない。
村長のその説明と、先ほど頭の中で聞こえた声を照らし合わせる。そしてあの矢。明らかに天使を狙って放たれていた。
理解が及んだガゼフは倒れ込む。今の今まで張り詰めていた緊張の糸が解けたのだ。
彼らならば、きっと。あの六色聖典にも勝てよう。
絶対的な信頼のもと、ガゼフは意識を手放した。