SILENT SIRENさんの『八月の夜』を聞きながら書いたものです
文化祭で出したものです
お楽しみください

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八月の夜

病室の真っ白いベッドの上で幼馴染である葉月のラインを返しながら朝食を待つ。今日も彼女はお見舞いに来る。

彼女には学校で彼氏でも作って青春を過ごして欲しい。けれど、彼女はこれでいいの一点張り。せっかく一度きりの学生生活、こんな病人に構って無駄にするのはもったいない。彼女が彼氏を作るようになるにはどうしたものかと頭を抱えていると看護師さんが朝食を持ってくる。「いつも来てる方、今日も来てますよ。…朝食はあの方と取られますか?」「…?いえ、今日もここで」この看護師さんは僕が歩けない事を知っていながら、毎朝こう尋ねて来る。

性格が悪い人では無く、そういう嫌味を言う人でもないので少し不思議だ。

「…そうですか」看護師さんはベッドに備え付けの机に朝食が乗ったトレイを置いて病室から出ていく。

その後を追うように視線を移すと、空色の長髪の毛先を指先でくるくる回して壁に背を預けている葉月がいた。

もしかしたら他にも人が来るかも入れないと淡い期待を抱いて少し様子を見てみたが、一向に誰かが来る気配はない。

様子を見てあまり長く待たせるのも悪い。

彼女の名前を呼ぶと彼女は顔をぱぁっと明るくして早足で病室に入ってきた。

日光に照らされて輝く空色の髪と純白のワンピースはまるで本物の空が目の前にあるようで何度見ても見とれてしまう。

「おはよう。」そんな僕の意識は彼女の透き通った一声で一気に現実に引き戻される。

「…おはよう。」数秒遅れて僕も返事をする。

すぐに目をそらして「いただきます。」と言って目の前の朝食に手を付ける。

「今日の服、かわいい?」彼女は僕の視線の先に顔をのぞかせる。

毎回聞いてくるが、可愛い、と口に出すのは何だか恥ずかしく、コクリと頷いてみたが、やはりそれも恥ずかしかった。

それを誤魔化すように間髪入れずに言葉を紡ぐ。

「ていうか、いつも同じような服じゃん。」「えーっ、違うよー。わかってないなぁ。」

彼女はベッドのそばの椅子に腰を下ろすと「でも嬉しいなーっ。」と微笑む。

「…ああ、そう。」相変わらず変な奴だな。

僕はぶっきらぼうに返事をして朝食を取る。

横に彼女の視線を感じて箸を進める手が遅くなる。

彼女をちらっと見てみると、何も言わずこちらをじっと見ていた。

口の中の物を飲み込み、彼女を横目に見る。「何。」「べっつにー?」その言葉とは裏腹に彼女は二ヤついていた。

「…そう。」このまま見られているのもなんだか恥ずかしい。

僕は朝食を口の中に詰め込み、素早く食事を終わらせる。

「ごちそうさまでした。」ベッドに寄り掛かり、彼女に目を向けると、彼女はここでは珍しくスマホを見ていた。

ようやく葉月にも彼氏とか気になる人が出来たかと安心する。

でも、少し気に障ってしまうのは、きっと気のせいだろう。

そうだ、そうに違いない。

僕は瞼を閉じ、深呼吸をする。「待って待って、寝ないでよーっ。」「…は?」なんでこっちに気が付いているんだ。

ついさっきまでスマホを見ていたじゃないか。あまりに早く起こされてしまい、僕は唖然とした。

けれど、変な奴と思うのと同時に少し嬉しく思ってしまっている。「別に、寝ようとなんてしてない」「そうなの?」「うん。」「そっか。良かったーっ。」彼女はホッと胸を撫で下ろす。

スマホで彼氏と連絡してたんだからそっちに集中すればいいのに。「僕の事はお気になさらず。そっちに集中してればいいよ。」自棄になったように吐き捨ててしまい、やらかしてしまったのではないかと恐る恐る彼女を見る。

「…嫉妬、してる?」ポカンとしてこちらを見つめていた。

「…違う。」

彼女に背を向けると、彼女は小さく笑って「そっかーっ。」と明るい声で言う。

「うるさいな。その人と話してればいいだろ。」恥ずかしくてぶっきらぼうに言い放つ。

今彼女にこの熱を帯びた顔を見せたら絶対に弄られる。

「この人、女の子だよ?」「…は?」思わず出た間抜けな声と共に彼女を見る。

彼女はクスクス笑っている。

「男の人となんて滅多に連絡しないよ。」「…あっそ。」僕は咄嗟に彼女に背を向ける。

しかし、時すでに遅しとはまさにこの事で、彼女はここぞとばかりに言葉を投げかける。「彼氏なんて作る気ないって言ってるのにーっ。ルカも案外可愛いとこあるんだーっ。」「うるさい。」

「大丈夫だよ、あたしはずっとそばにいるから。」

「…それはそれで困る。」僕はベッドから起き上がり、彼女の透き通った水色の目を見据える。「僕よりもっと傍に居るべき人がそのうち見つかる。だから、その時は僕から離れて。…というか、こんな病人に世話焼くことよりする事があるでしょ。」

「えーっ、例えば?」

自分から言ってみたはいいものの、正直この貧しい身体では何もした事は無い。

自分からやろうとも思わないから尚更思いつかない。

しかし、小さい頃はよく夢見た。

この身体で地面を踏みしめ、窓の外にいる自分と同い年の子供と同じように、鬼ごっことかかくれんぼとか、そういう『普通』の遊びをする事を。

いつからここで満足するようなつまらない人間になったのかは分からないが、今となってはどうでも良い。

「…?おーい。」葉月が目の前で手を振る。「大丈夫?」

僕はハッとして慌てて返事をする。「ごめん、ボーっとしてた。…そうだね、花火、とか。」この前本で見た様な、ドラマで見た様な、そんなありきたりの事を言ってみる。

これぐらいなら彼女はもう既に友達とかと行ってきただろう、と。

「花火!いいね!一緒に行こうよ。」

そんな僕の思惑とは裏腹に彼女は僕を誘ってきた。

てっきり、もう行ってきたからもういい、と言うものだと思っていたのに。

「...僕は無理だよ。この身体じゃどこにも行けない。」これで食い下がるだろうと僕は自嘲気味に笑ってみせる。

だが彼女はまたしても僕の予想を裏切る。

なんだか手玉に取られているようで嫌な予感がしている。

「えーっ、じゃあ一緒に見ようよ!」

「ここから?」

「うんっ。ほら、これ見て?今日丁度近くで夏祭りあるんだーっ。」彼女は待ってましたと言わんばかりに、タイミング良く僕にスマホの画面を見せてくる。

僕の嫌な予感は見事に的中してしまった。

「さっきスマホで話してたのは、この事?」

「うんっ。どうせルカの事だから、外に出られないからー、とか言うと思ってたから、教えてもらってたんだーっ。ここなら病室からでも見れるかもって。」彼女は得意げに鼻を鳴らす。

なんなんだ、この子は。

…いや、その周りもだ。

僕の為になんかそこまでしなくても良いじゃないか。

「…変な奴。」口角が上がるのを抑えられないのをごまかせるようにと、心の内の声を儚い期待を込めて漏らしてみる。

「そんなに嬉しいんだーっ。…それで、どうする?一緒に見る?」

「ここまでしてもらって断る勇気は無いよ。」

「やったーっ!」

子供みたいに笑う彼女の姿に不意に胸が高鳴る。

この胸の高鳴りはきっと花火への期待だろう。

…そういう事にしておこう。

「よーし!そうと決まれば、あたしはいったん家に戻るね。色々準備しなくちゃ。」彼女は席を立つ。

「うん。また夜に。」

彼女は軽い足取りで廊下に出ると、去り際にこちらに手を振ってきた。

僕も手を振り返し、彼女の姿が見えなくなると、ベッドに背を預け、窓の外に視線を飛ばす。

僕は今日、幼馴染と初めての花火を見ることになった。

だが、妙な話だ。

幼稚園の頃からずっとこの病院に居るのに、病室で花火を見た記憶が全くないのだ。

花火という言葉さえ聞かない。

…いや、それより、『普通』のことについての記憶が、幼少期のある一点以降まったくない。

途切れてしまっている、というのが正しいだろう。

瞼を閉じ、何とか思い出せそうにないかと記憶をさかのぼってみる。

しかし、何も思い出せず、挙句の果てには睡魔が僕を襲った。

花火まで時間もあるし、眠ってしまっても良いだろう。

僕は葉月が来るまでに起きれることを祈り、睡魔に身を委ねた。

すると、身に覚えの無い映像が脳裏を過った。

きっとこれは夢だ。

一般的に、夢というものは記憶の整理によって起こるものと言われている。

だから、この身に覚えの無い映像はきっと、僕の中に欠けている記憶なのだろう。

映像の中で僕は慌てる様に、窓をカーテンで隠し、背を向けて布団をかぶっていた。

まるで怯えている様に、身体を震わせながら瞼を固く閉じていた。

でも、何かが破裂したような音は、その防壁を突破して僕の耳に入ってきた。

何度も、何度も。

僕が何に怯えていたのか、そしてなぜ怯えていたのか、この断片的映像では何一つ分からない。

ただ唯一分かる事は、この出来事が僕の心にとても重くのしかかっていたことだった。

幼い頃の自分では受け止め切れなかったストレスを、脳と肉体は拒絶したんだ。

この記憶を冷凍保存して、二度と思い出さない様に、脳は空洞を残してその記憶を隠した。

徐々に解凍される記憶や、それに伴う感情は、僕の心に不安と探求心を与えた。

きっと、今日の花火の衝撃で『氷』は溶け切るだろう。

それで何が起こるかは分からないが、それは間違いなく僕の一部で、僕は受け止めなければならない。

破裂音が止むのと同時に映像は終了し、僕も瞼を開ける。

窓の外には蒼と橙色のグラデーションがあり、彼女がまだ来ていないのを確認して安堵する。

櫛で寝癖を梳かし、葉月が来るのを待つ。

胸が酷く高鳴り、呼吸が浅くなる。

明らかな異常だが、病気によるものでも、不快感があるものでもない。

不思議な感覚を携えながら、まだかまだかと、僕は彼女の到着を心待ちにしている。

数時間にも思えた数分の後、黒いリボンで髪を一つにまとめ、青い花柄の白い浴衣を着た葉月が姿を表した。

「…どう?」彼女は小さなカバンを両手で持ちながら首を傾げる。

普段の白いワンピースとは違う服装の雰囲気に僕は目を見開き、息を呑む。

なんとか一言分の空気を口に溜め、「可愛いよ」と零す。

口から自然に流れ出た言葉は、僕と彼女の間に微妙な雰囲気を作り出した。

彼女は視線をそらし、髪を指先で回しながら普段よりもずっと小さな声で「ありがと。」とこぼす。

「隣、行くね。」下駄を鳴らしながら一歩ずつベッドに近づいてくる。

隣の椅子に腰を下ろし、カバンを膝の上に置く。

普段なら何も感じない所作のひとつひとつが僕の気持ちを揺らす。

「アイス買ってきたんだ。どっちがいい?」彼女はカバンから二本のアイスを取り出す。「じゃあ、こっちで。ありがとう。」アイスを手に取る瞬間、彼女と微かに指先が触れる。「…ありがと。」僕は気にしないふりをしておもむろにアイスの包みを剥がして一口食べる。

指先に残る感覚のせいで味は正直良く分からなかった。

彼女も同じようにアイスの包みを剥がし、小さく舐める。

「空、きれいだね。」僕は窓の外の、オレンジがかった夜空を見つめる。

「わ、ほんとだーっ。」彼女は僕の真横に顔を近づけて、子どものように目を輝かせて僕と同じものを見る。

気のせいか、夏のせいか、僕の体温は異常なほど高くなっている。

「ね、もうすぐ花火が上がる頃だよ。楽しみだねっ」彼女は僕の方を向いて大人っぽく微笑む。

普段とは違う表情に、僕は思わずそっぽを向いてしまった。上がった体温を誤魔化したくてバーに残ったアイスを一口で頬張ると、頭がキーンと痛む。僕が頭を抱えていると、彼女が声を上げる。

「…あっ、見て!花火!」それに驚き、思わず窓の外を見ると、数多の眩い光が僕の視界を支配し、それに伴う破裂音が僕の耳に強く響いた。

「これが、花火…!」僕はその極彩色の光に釘付けになってしまう。

「どう?綺麗?」「うん。とても綺麗だ」窓ガラス越しではなく、直にその感覚を感じたい。

僕はベッドの手すりを掴みながら窓に手をかけ、一思いに大きく開ける。途端、夏の湿気を帯びた熱風が吹き抜け、思わずまぶたを閉じてしまう。

熱風が弱まり、再び目を開けると、夜空に咲いた大輪が無数に広がる景色に僕の体に衝撃が走る。

極彩色はより色濃く、破裂音は万雷の喝采のように体に反響する。

そして、その衝撃は体にとどまらず、僕の記憶の『氷』を一瞬にして溶かす。

頭の中で走馬灯のように夢の中でみた映像が電流のように一瞬にして駆け抜けていく。

幼い頃の僕は『普通』のことに憧れている子供であり、いつか外に出て同年代と同じように遊ぶことを夢見ていた普通の子供だった。

この記憶曰く、その『普通』のことに対する欲求は度を過ぎており、理想と現実とのギャップ、劣等感、ジレンマ、これらは着実に僕の心を蝕んだ。

僕の脳は幼い僕にはそれは重荷だと判断し、『普通』のことに対する欲求だけでなく、これからこの体を蝕みうる全ての欲求を凍結させた。

しかし、嫌でも実感してしまうものはいくら脳でもすぐには凍らせることはできないようで、花火はその主だった例だった。

夢で見た映像はおそらく拒否反応のようなもので、『外で花火を見ること』は僕にとっては『普通』のことだったんだろう。

そしてたった1つ。

例外が存在していた。

『欲求』であり、拒否反応が出ないもの。

僕は彼女に感謝を抱きながら、空のように透き通った目を見据える。

彼女は花火に釘付けになったまま僕の視線に気づく素振りは無い。

彼女に対する想いは間違いなく『欲求』だが、拒否反応が出ていないのは、幼い頃に彼女が拒否反応が出る度に何とか宥めていてくれたからだった。

傷つけられて、傷つけられて、傷つけられて、その最後に得られたものは何も無かったというのに、彼女はいつもの様に僕の傍に居てくれている。

彼女のお陰で、この気持ちだけはほとんどが冷凍保存されるだけで済んだ。

僅かだが、今までそれを感じることが出来た。

しかしやはり、恩を感じてるとは言え、あれほど辛い事を経験しながら見返りを求め無いというのが僕には理解できなかった。

「…変な奴。」「何ーっ?」彼女は僕の気も知らないで無邪気に笑う。

「別に。それより、もうちょっとこっち来なよ」僕は何だかムカついて彼女の目も見ないで、ぶっきらぼうな物言いになってしまった。

「…!うんっ。」彼女は明るい声でそう言うと僕の隣に腰を下ろす。

お互いに夜空に咲く花火を眺めながら僕は口を開く。「…今更だけどさ、色々ありがとう。」「えーっ、何がー?」「小さい頃、葉月に色々助けてもらったからさ。」「…そんなの、覚えて無いよ。」「…そっか。でも、伝えたかったから。」

終盤に差し掛かり、より派手になった花火を一瞥すると僕は彼女の方に向き直る。「葉月。もう一つ、いい?」

これから言われることを分かっているかのように葉月は顔を赤らめて俯きながらコクリと頷く。

僕は深呼吸をする。

色々思う事はあって、他にも伝えたい事も多いけど、少なくともこれだけは伝えなくては。一呼吸おき、溶け出した言葉を紡ぐ。「好きです。」不思議と心臓は落ち着いていた。

答えが分かり切っていたからではない。

ただ、これが伝えたい事だったからだ。

葉月は目に涙を浮かべながら「遅いよ…」と呟くと、一呼吸おいて僕の目を見据えて口を開く。「私も好きです」その言葉が来ることは分かり切っていた。

しかし、直に聞くとこんなにも喜ばしい響きをもっているものか。

心からあふれ出すこの形容しがたい感情は涙に変わり、僕の目から零れ落ちる。

彼女は僕の涙を見ると僕の好きな無邪気な笑顔を浮かべる。「一緒だね」「うん」僕はなんて返事をすれば良いのか分からず、相槌を打つぐらいしかできなかった。

彼女は涙を指で拭うと「…花火、何時の間にか終わっちゃってたねーっ」といって彼女は何もない夜空を名残惜しそうに見つめる。

「…忘れてた。でも、これから何度だって見れる」僕はこれからもあんなに綺麗な景色を見る事が出来るのかと期待に胸を膨らませる。

「そうだね、来年も、再来年も、一緒に見れる」彼女は立ち上がると僕の目を見て「だってあたしはルカの彼女だもんね?」と微笑むと、突然僕の唇に自分の唇を重ねる。

少しして唇を離すと「…じゃあね!また明日!」と言って顔を真っ赤にしながら早足で病室から出て行った。

僕は咄嗟の出来事で呆気に取られていたが、唇に残る感触だけはハッキリと残っている。「また明日、じゃないよ…」僕は溜息を零し、高揚感が無くなるのを待ちながら瞼を閉じる。

明日、僕にとっての『普通』はどう見えるのだろう。

かつてとは違う状況になった今、どうなるのかは分からない。

でも、どんな風に見えようと、僕はきっと『普通』に向き合える。

ひとりじゃ無理でも、君となら。




ありがとうございました。

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