試験開始
『ほらどうしたぁ! 実戦じゃカウントなんてないんだぜ。走れ走れ、賽は投げられてんぞ!』
よく響く大きな声がマイクを伝い試験会場内に木霊する。急な声に弾かれるように、ほとんどの人間が一斉に走り出した。
その僅か数秒後……
「ぜひゅ〜、ぜひゅ〜」
スタート地点から50mほどの場所で、集団に取り残されて地球と包容を交わしている一人の少女がいたのだった。
そんな彼女の側に一人の少年が焦った様子で駆けてきた。
「で、出遅れた! 僕も急いで行かなきゃ! ……って、うわぁぁぁぁぁ! 人が倒れてる!? だ、大丈夫ですか!?」
「ふ、ふふ……これが私の全力。限界ギリギリまで頑張った」
「なんか嬉しそうだ!?」
漫画であれば「ガーン」と効果音が付くような反応を示す緑色のもじゃもじゃ頭の少年が少女を支え起こす。
そんな少年の気遣いに何とか上半身を起こして地面に座った少女はこう答えた。
「ふふ、優しい人だね。でも私のことはいいから試験に戻って欲しい」
「で、でも……」
「私が運動不足で体力がないのは自業自得。あなたもヒーローになるためにここに来たならそれを頑張って欲しい……」
薄いホワイトブロンドの髪に透けるような肌。体の線も細く薄い。今にも消えてしまいそうな印象を受けるそんな少女。
しかし彼女の瞳には、確かにしっかりとした芯のある意思が秘められていた。
「わ、わかったよ……でも無理はしないでね!」
そう言って少年は立ち上がり遅れを取り戻すように走り出した。
去っていく背中を見ながら少女は独り呟く。
「さすがヒーロー科の入試、いい人がいるね……私も頑張ろう」
自分を心配してくれた少年の合格を願いながら、フラフラとした足取りでなんとか立ち上がった少女の頭上に影がかかる。
彼女がふと見上げれば、そこには大きな鉄の塊が無慈悲な眼光を輝かせながらたっていたのだった。
『モクヒョウハッケン、ブッコロス!』
試験会場に散らばった戦闘ロボのうちの一体がその鋼鉄の拳を振りかぶる。
「ふふ、これで私のヒーローへの挑戦は終わりか……ままならないね」
少女は迫りくる衝撃を覚悟しながら目を閉じる。
迫る鉄腕が少女を捉えようとした時、そんな彼女の横を強い風圧が駆け抜けていった。
「SMAAAAAAASH!!」
響き渡る破砕音。
驚きに目を開いた少女の視界には、拳を振りぬいた少年と頭部を破壊されたロボットの姿が映りこむのだった。
ピンチの時に現れる。その姿はまさしくヒーロー。
そんな少年の背を、少女はキラキラとした目で捉えたのだった。
ロボットが自重によって倒れた後、少年はすぐに少女に話しかける。
「大丈夫だった!?」
「うん、私は平気……そっちは大丈夫そう?」
「へ? 大丈夫そうって?」
「手、すごい色になってるよ」
「手ぇ?」
少年がその言葉に思わずといった様子で自分の手を見つめる。
するとそこには、内出血によって赤紫色に変色した自身の拳であったものがあるのだった。
「……ッ痛ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
興奮によるアドレナリンが切れたのか、少年は認識していなかった痛みに顔を歪め膝をつく。
手の指のうち数本は関節を無視した方向に捻じれており、レントゲンするまでもなく骨折していることがわかる。
「ぐっ、そうだよ当り前じゃないか。僕はまだ器ができただけ、このパワーを扱いきれるわけじゃないんだ!」
「……? よくわからないけど、私のせいでごめんね」
「い、いや。僕が勝手にやったことだから。それよりもキミが無事でよかった」
痛みに脂汗を流しながらも少年は笑う。
しかし我慢しているのは明白で、この後の試験を乗り切れるかという不安が見て取れる。
そんな彼の様子を見た少女は一つ頷くと行動を起こす。
「うん、ちょっと待ってて」
「あ、危ないよ! って痛たたたた」
少年の静止もなんのその、少女は滅茶苦茶に壊されたロボットのむき出しになった基盤に手を伸ばして操作をする。
「ここがこうなってるから……こうして、こう」
バチリと一つ火花が散ると、少年の手によって完全に破壊されていた筈のロボットが再び自立して動き出した。
「なっ、まだ動くなんて!?」
「ん、大丈夫」
警戒して構えをとった少年に、少女は一言で制止する。
少女が手元を操作するとその動きに追従してロボットが動くのを見て少年は理解する。
「まさかロボットの操作権を奪ったの!?」
「このくらいは簡単」
ロボットの上に腰を掛けながら少女は手を伸ばす。
「乗って。違うロボットを探しに行こう」
「……えっと」
「どうしたの?」
迷いを浮かべて逡巡する少年に疑問を投げかける。
少年は困惑を隠しきれない様にいった。
「その……試験なわけだし手伝ってもらうなんて……」
「でも、あなたは助けてくれた」
「そ、それはそうだけど」
「ヒーローはライバルだけど敵じゃない。協力するのは当たり前……だよね?」
「そこは疑問形なんだね」
苦笑いを隠さずに少年は手を伸ばす。
「じゃあ、お願いしてもいいかな……えっと」
「ん? ……ああ」
何と言おうか戸惑っている少年を見て察したのか少女は口を開く。
「私は篠澤広。よろしくね」
「ぼ、僕は緑谷出久。よろしくお願いします」
本来ならばいなかったはずの一人の少女が、いま大きな運命に巻き込まれた。
この物語は、一人の少女がヒーローになるまでのままならない物語だ。