個性把握テストから1日が経ち、いよいよ篠澤達の高校生活が幕を開けた。
朝のホームルームに、同年代との気安い会話。小さな教室で学ぶ年相応な勉強。
そのどれもが篠澤にとっては新鮮なもので、彼女は静かに心を躍らせていた。
そして時間は流れ昼休み。学生達の憩い、昼食の時間だ。
「しゃぁ、メシの時間だ!」
「早く行こうぜ! 俺、ランチラッシュの料理楽しみだったんだ!」
チャイムと同時に、いの一番に駆け出していく男子が数人。
それを見送った篠澤も食堂に向かおうと席を立ったところで声をかけられた。
「篠澤ちゃん!」
「わっ」
いきなり抱きついて来たのは斜め後ろの席に座っていた、葉隠透という少女だった。
透明化という個性を持っており、その名の通り体全体が透けており。傍目には制服だけが浮いたように見えているが、そこにはしっかりと体温が感じられる。
「透、どうかしたの?」
「お昼、一緒に食べよう!」
「うん、いいよ?」
「やったー!」
特に悩むことなく即答した篠澤は、葉隠に抱きつかれたまま移動を開始する。
そんな二人が教室の入り口に差し掛かったところで、とある少女が声をかけて来た。
「ケロ、私もご一緒していいかしら?」
「あ、梅雨ちゃん! もちろんいいよ! ね、篠澤ちゃん!」
「うん」
「広ちゃんとは初めましてね。私は蛙吹梅雨よ、よかったら梅雨ちゃんと呼んでちょうだい」
「わかった。よろしくね梅雨ちゃん」
「ケロ。ええ、よろしく広ちゃん」
どこか蛙のような雰囲気を持つ少女である蛙吹梅雨がメンバーとして合流する。
少女達3人が揃い華やかなグループが出来上がったところで、ふと蛙吹が教室の一角を見てもう一人に声をかけた。
「……ももちゃん、よかったら一緒に食べましょう?」
「わ、私ですか!?」
一人教室の机に座っていた八百万百が、驚いたように反応する。
お嬢様らしく品のある所作で逡巡した後に、彼女は申し訳なさげに頭を下げた。
「あの……お誘いは嬉しいのですが、私はシェフの作ってくださったお弁当がありますので」
「シェ、シェフの作ったお弁当!?」
一般家庭に暮らしてきた身として、あまりに聞き馴染みのない言葉に驚きを隠せない葉隠が声を上げた。
3人はどうやらこの少女は、想像していたよりもすごい家の産まれなのだと理解させられるのだった。
「ケロ、そうなのね……残念だわ」
「申し訳ございません。私の個性の関係で大量の食事が必要になるため、食堂に行くとご迷惑をかけてしまいますので……」
そう言った八百万の机には、確かに少女が一人で食べるにはやや豪勢と言える大きさのお重が鎮座していた。
それを見た葉隠は、まるで頭の上に電球が光ったような閃きが浮かんだ。
「じゃあさ、今度一緒にお弁当会しようよ! みんなでお弁当作って来て食べ合いっこしよ!」
「ケロ。それはいい案ね、葉隠ちゃん」
「それは楽しみですわ!」
その案に篠澤を除いた3人が反応を示すが、とうの篠澤は少し悩むそぶりを見せていた。
「むぅ……」
「どうかしたかしら広ちゃん?」
「料理、した事なくて」
「あら、そうなのね」
「うん、昔にちょっと試して見たけど。それ以降、知り合いに料理をさせて貰えなくなった」
「いったい何があったの!?」
まさかの料理禁止令という珍しい状況に葉隠が驚きをあげた。
「ちょっと楽しくなって頑張ったら、貧血で倒れちゃった」
「あ、そっち方面での禁止なんだね!?」
思っていた感じとは違ったが、それでもその理由には納得するしかなかった。
「料理中に倒れるのは危険だもの、その判断も仕方ないわね」
「あ、でしたら篠澤さんの分は私の方で用意いたしますわ」
「本当? ありがと百」
「ええ、任せてくださいませ。篠澤さんは食べられない物などありますか?」
「特にない……かな?」
「わかりましたわ! では、早速最高級の素材を用意いたしませんと!」
「ももちゃん、凄く張り切ってるわね」
テンションの上がった八百万が、全身からプリプリとやる気のオーラを発する。
その様子にクラス内に微笑ましい物を見るような、和やかな空気が広がるのだった。
「ヤオモモ、可愛い!」
「はっ!? も、申し訳ありません、お見苦しいところをお見せしましたわ」
「構わないわ。それだけ楽しみにしてくれてるって事だもの」
蛙吹の優しげな言葉に、八百万は頬を染める。
「そ、その……お恥ずかしながら、こう言った学生らしいやり取りに憧れのようなものを抱いておりましたの」
「へ〜、そうなんだ」
「幼少から中学までは一貫の私立校でしたので。いわゆる普通の青春っといったやり取りにあまり縁がなく……」
「あ〜、確かにお金持ちって、なんかそこら辺窮屈そうなイメージはあるかも」
「あ、別にお友達がいなかった訳ではありませんわよ!?」
ワタワタと慌てた様子で葉隠に弁明をしだす八百万。
そんな彼女を見ながら篠澤は、懐かしむ様子で口を開いた。
「その気持ち、ちょっとわかる……よ」
「あら、広ちゃんもなのね?」
「百とはちょっと違うけど。私は飛び級で大学に行ってたから、少し周りから浮いてた」
「確かアメリカの大学だったものね。年齢どころか国まで違うのだもの、馴染めないのも無理ないわ」
「うん……みんな優しくしてくれたけど、友達って言える人はいなかった」
年齢や国が違えば文化も異なる。
知識の面では大人達とも対等な会話のできる篠澤ではあるが、対人関係においては同学年の子供達にも劣るのには本人も自覚はあった。
そんな篠澤の言葉に、見えないため定かではないが、おそらく涙を溜めた葉隠が再び抱きついた。
「うぅ……篠澤ちゃん、いっぱい青春しようね!」
「うん。いっぱいしよう……ね」
薄く微笑みながら葉隠を抱きしめる篠澤の姿は、まるで一枚の絵画のようであった。
そんな感じに少女達が会話をしていた所に、ふと影がさした。
「あのよ、差し出がましいとは思うんだがちょっといいか?」
「あなたは、砂藤ちゃんね。どうかしたのかしら」
話しかけて来たのは体格のいい、如何にも男らしい肉体を持つクラスメイトの砂藤力道であった。
砂藤は少し気まずそうな感じで声を絞り出す。
「その……邪魔するつもりじゃねえんだけど伝えた方がいいかと思ってよ」
「なになに? あ、もしかしてお弁当会の参加希望?」
「ああ、いやそうじゃなくて」
続く砂藤の言葉に、全員が「あっ」と小さく声を漏らした。
「食堂、かなり混むって聞いてるけど。時間大丈夫か?」
「……やばい!? 篠澤ちゃん、梅雨ちゃん、急ごう!」
「そうした方がよさそうね。砂藤ちゃん、声かけてくれてありがとう」
「あ、ああ。別にいいってことよ!」
「篠澤ちゃん、ほら急いで! って軽い!? ちゃんとご飯食べてる!?」
「わ、待って透」
3人がドタバタと教室を飛び出して去って行く。
教室にはなんとも言えない微妙な空気だけが残されていた。
「えっと砂藤さんでしたわね。よろしければご一緒しても?」
「え? ああ、弁当の話か? まあ、八百万がいいなら……あ〜、青山もどうだ?」
「ノン! ボクは食事は静かに楽しみたいんだよね!」
「あ、そう」
雄英高校の中では希少な弁当組の仲も、少しだけ深まったようだ。
そして、昼休みが終わり午後の授業が始まる。
クラス内にはどこか浮き足立つような、落ち着かない空気が満ちていた。
「私が〜……普通にドアから来た!」
バン! と開いたドアから、世界に誇るトップヒーローのオールマイトが入室して来た。
日本中の子供達の憧れ。その人物を前にして興奮を隠せない生徒達は、この場にはいなかった。
「すっげぇ、本物のオールマイトだ!」
「画風が違いすぎるって、マジでカッケェ……」
「はっはっは、みんなありがとう! でも感動するのもいいが、今日はサイン会じゃ無いんだぜ!」
オールマイトはポケットからスイッチを取り出すと、それを壁に向けて押す。
次の瞬間。ガコンという音と同時に、21までの番号が振られたロッカーが迫り上がってくる。
「ヒーロー基礎学! 君達は今から多くの事をここ雄英で学ぶだろう!」
ロッカーが自動で開き、その中にあるものが姿を現す。
それは生徒達の夢と理想を纏った、世界に自分だけの勝負服。
「さあ、準備しな有精卵共! 自覚するんだ、今日から自分はヒーローの卵なんだと!!」
ヒーロー基礎学、戦闘訓練。
初めてのヒーロー学が、いま始まろうとしていた。
少し仕事が忙しく、更新遅くなります。