お待たせしております。
『……トイレから出てこなくなったね』
「そっか」
通信機越しに口田の話を聞き篠澤は目をつぶる。
八百万達が逃げ込んだのは鏡を取り外した女子トイレ、短期間ではあるが関りをもったクラスメイト達の思考レベルも合わせて、おそらくこちらの足止めの手はバレたと考えていいだろう。
多くの情報の処理を行いながら、篠澤はただ静かに座っていた。
『……ッ、篠澤さん。皆が出てきたって』
『休憩も挟んだことだし、まだまだボクは輝けるよ!!』
「ん、わかった」
その言葉にパチリと目を開く。
気怠げな瞳の奥にワクワクの光を灯しながら、篠澤は立ち上がった。
「じゃあ優雅、作戦『UAシューター』お願い」
『ウィ! ここからが僕の見せ場さ!』
「さあ、お二方! 行きますわよ!」
「ほ、本当にこれで大丈夫なんだよな!?」
「信じるしかあるまい……行くぞ!」
そう言って八百万達は女子トイレから飛び出した。
その姿は先ほどまでのものと大きく異なり、青山以上に物理的に輝いていた。
ギラギラと光るのは鏡張りにされた全身を包むプロテクター。
まるでミラーボールのように輝くその姿は、状況によってはギャグにしか見えないだろう。
だがこの特定下の状況であれば真価を発揮する。
「おっしゃ、矢でもビームでもかかってこいや!」
峰田のセリフに呼応するように、階段の向こう側からレーザーが飛んできた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、やっぱ怖ェエェェェェェェ!?」
本能的恐怖を感じてレーザーに対して背中を向けるが、そんな峰田に熱や衝撃が来ることはなかった。
「お、おお?」
レーザーはプロテクターに当たると、乱反射を起こして空中に溶けて行った。
その光景を薄目に見た峰田はニヤリと笑う。
「はっはー! もう何も怖くねぇぜ!」
「お調子者ですわね」
「あまり油断するなよ」
二人の注意もなんのその。峰田は迫り来るレーザーを軽快に弾きながら足を進める。
やがてその足が階段の下に差し掛かり、自分達を襲っていた正体に辿り着く。
「割れた鏡か……」
「やはりでしたわね。私達が近づいた時点で攻撃を放棄したという事でしょう」
パキパキと鏡の残骸の上を慎重に歩きながら階段を登る。プロテクターを着けているとはいえ、流石にこの上で転んでしまえば怪我の一つは避けられないのは必然。
三人がいつも以上にしっかりと段差を登っている所でそれは起きた。
ガタンと、重いものが落ちる音がした。
「ッ、跳べ!」
障子の一言に二人が慌てて飛び上がると、その直後に何枚かの鏡が階段を勢いよく滑り落ちてきた。
「掴むぞ!」
障子は短く告げるとその触腕を伸ばして八百万と峰田を支える。
そして障子本人も触腕を用いて、壁と階段の手摺り部分を押さえ空中に体を固定したのだった。
階下に落ちていく鏡の割れる音が響く。
やがて鏡の雪崩が収まった後、障子が触腕をゆっくりと解いた。
「……急にすまなかったな」
少しばかり口籠もりながら障子が言う。
「いえ、助かりましたわ」
「これが触手プレイか……」
「峰田さん、失礼ですわよ!」
「これ以上ない褒め言葉だろ!?」
二者二様の反応に、障子は驚きの様相を見せる。そして言い争う二人を見ながら彼は目を細めた。
「……ふっ、そうか」
マスクに隠れた障子の口元には、僅かな微笑みが浮かんでいた。
「さあ、足止めもここまでの様ですわね! 急いで行きますわよ!」
「おう!」
「ああ」
ロスした時間を取り戻そうと階段を駆け上がっていくCチームの面々。
彼らが最上階一つ手前の4階へ向かう階段に差し掛かった時、またしても障子の耳が異変を捉えた。
「止まれ、何か音がする」
「今度はなんなんだよ」
「……水だ」
峰田の文句に障子がすぐに答えを返す。
ザーという何かの流れる音と、こぼれ落ちた液体が跳ねる音。それは蛇口を開けっぱなしにした時の音と酷似していた。
「水って……なんでだ? まさか轟の野郎みたいに凍らせてくるつもりじゃ!?」
「いえ、流石にそれは無理ですわ。それを可能にする個性もいませんし、そこまでできる高性能な機械は、たとえ私の個性を使ってもそう簡単に作れません」
「だが、何かしらの作戦はあるのだろう。迂回するか?」
障子の言葉に八百万は考えを巡らせる。
篠澤の手腕を考えると、間違いなく罠は張ってあるはず。しかし、ここまでの道のりで試合時間の半分以上は使ってしまっている。
下手に迂回してそちらにも罠があれば時間だけが過ぎ、勝ちの目はどんどんと薄くなっていくばかりと八百万は判断する。
「ここは突っ切って行きますわ! 青山さんの個性を無効化できる以上、そこまでの強い妨害はないはずです!」
「わかった。じゃあ行くぞ」
そしてCチームは障子を先頭に、4階へと飛び込んだ。
4階には床一面に浅く水溜りができていた。
トイレや廊下に設置された手洗い台のパイプが外されており、そこから溢れる水は八百万達の到着と同時に階段下へと流れ落ち始める。
そんな4階廊下の真ん中に、青山優雅がいた。
煌めくコスチュームで誇らしげにヘソを突き出すその姿は、あまりにも堂々としたもので八百万達に困惑をもたらす。
「ようこそ、僕のワンマンステージへ!」
「へっ、何がワンマンステージだよ。この鎧が眼に入らねぇか! お前の個性はすでに対策済みだぜ!」
「私の個性ですわよ」
人の個性の産物で小悪党じみた発言をする峰田に八百万が苦言を呈す。
なんだか自分も小悪党の片棒を担がされた気になってしまったのだ。
「ノンノン、さっきまでのはお遊びさ。ここからが僕の全力ってね!」
「……皆さま警戒を」
その自信に溢れた姿に八百万はなにかがあると思い周囲を軽く見渡すも、やはりここには青山一人しかいないようだ。
レーザー攻撃が主力の青山が、この状態でも勝てると考えている算段は一体なんなのだろうか。
「じゃあ、ちゃんと躱してよ、ね!」
「どわぁ!?」
先程までとは比べ物にならない太さのレーザーに、峰田が驚きのあまり反射的に躱した。
それを横目に八百万は考える。確かに威力は上がっているが、それがミラープロテクターを攻略できるようなものには思えなかった。
彼女の耳にジュゥという小さな音が聞こえた。
「皆さま、前方に跳んでください!」
「ッ!?」
声の指示のまま障子が二人を抱えて4階の廊下に飛び込む。
次の瞬間、彼らの背後をとてつもない衝撃と轟音が襲った。
「ぐぅッ!」
「な、何事だぁぁぁぁぁ!?」
さすがヒーロー科の生徒といったところか、転がりながらも全員が即座に体制を立て直す。
そして彼らは自分達の背後にできた、ポッカリと空いた大穴を目撃する事となる。
「いったい何が」
「ま、まさか爆弾……」
訳もわからず混乱している二人とは違い、八百万だけは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「これは、レーザーキャビテーションですわ」
「レーザー……なんて?」
レーザーキャビテーション。
レーザーによって強制的に高温高圧状態を作り大量の水泡を発生させる現象であり。その技術は美容整形や物体の加工、そして掘削技術にも応用されているものだ。
そして、それは規模によっては水蒸気爆発と同等の威力の爆発を起こす事も可能とすら言われている。
峰田の頬を、一粒の汗が垂れて床の水と混ざる。
「そ、それってつまり……」
「ええ、私達はいま。青山さんの行動一つで自由に爆破できる地雷原に立っているという事ですわ」
八百万達はいま、絶体絶命の場面に遭遇していた。
「くっ」
「おっと、変な動きはノットさ! さあ、撃たれたくなければ降参してもらおうかな!」
「お、おい八百万。もう諦めようぜ」
峰田が困ったように八百万に声をかける。
その消極的姿勢も仕方ないだろう。あくまで授業という環境ゆえに、諦めの選択肢はどうしても付きまとう。
八百万とて理解はしている。これが本物のヴィランであれば、最初の一撃で戦闘不能になっていた可能性もある事を。
「そう、ですわね……」
八百万は敗北した。青山という存在を死に札と断定し、勝利は目前と思い込んでしまった故の敗北。
篠澤はそれを死に札とせず鬼札として利用し、見事に八百万達を抑え込む。
これは焦りと軽率さが招いた読み違いが招いた結果だ。
なに、あくまでこれは授業に過ぎない。
これから3年間も学ぶ機会があるのだ。最後に勝てるようになればいい。
そんな思いで八百万は降参を口にしようとし……
「八百万、俺は何をすれば良い?」
「……え?」
障子の一言がそれを止めた。
「しょ、障子さん? いったい何を……」
八百万は戸惑いを隠せない。
もはや敗北は秒読み、将棋で言えば王手をかけられた状態である。
これ以上なにかするのは、悪足掻きにも程があるではないか。
「俺達の力を見せるんだろ?」
ここは雄英高校ヒーロー科。
敗北を認める素直さしかないのであれば、彼女達はここに居ないのだ。
八百万の胸元から巨大な鏡の壁が現れて、青山のいる方の廊下とこちら側を分断した。
「……お二人とも、もう少しお付き合いくださいませ」
前を見据えた八百万の表情には、先程までの達観はすでになく。
勝ちを諦めない獣の瞳が宿っていた。
「私に考えがありますの!」
年内に一度更新しておこうと思いました。
今後も不定期ではありますがよろしくお願いします。