篠澤広のままならないヒーローアカデミア   作:唯野本仁

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ヒーロー基礎学⑥

『それじゃあ戦闘訓練を再開するぞ!』

 

 オールマイトの合図で止まっていたタイマーが動き出す。

 同時に、八百万達ヒーローチームは上階へと駆け出すのだった。

 

「八百万、改めてだがこれからどうするんだ?」

「とにかく速攻ですわ。制限時間も半分を切っている以上、迅速さが求められます」

「もう敵にいるのは篠澤と口田だけだからな。戦闘になっても余裕だぜ!」

「そう楽観的すぎるのもどうかとは思いますが……」

 

 この試合の前半はどちらかと言えばヴィランチームに良いようにされてしまった展開だったが、相手を一人、それもメイン火力を持つ青山を落とせたここからがヒーローチームの見せどころでもある。

 しかし相手には未だ未知数の篠澤という存在がいる。単体での脅威は無くとも、決して油断して良い相手では無いと八百万は兜の緒を締めた。

 

 そしてその後、妨害らしきものは一切なく八百万達は目的の教室の前にたどり着くことができた。

 

「なんの妨害もないと、それはそれで不気味ですわね……障子さん、索敵はいかがでしょうか?」

「今のところ特に目立った音は……いや、なにか聞こえる……歌声か? 誰かが一人奥の部屋に居るようだ」

 

 障子の増幅された聴覚が、澄んだ鼻歌の音を捉える。

 それが高い女性の声であった事から、障子は正体が篠澤であると判断した。

 

「おそらく部屋の中には篠澤がいる。口田に関してはわからないな……」

「となると、奇襲にも警戒しなければいけませんわね」

 

 南階段上の端の教室。ヴィランチームの待ち構える最終決戦の場だ。

 扉にはご丁寧に暗幕がかけられており、小窓から中の様子を伺うことはできない。

 教室そのものが中身不明のビックリ箱となっているようなもの。そこから出てくるのは果たして鬼か蛇か、八百万は緊張からこくりと小さく喉を鳴らした。

 

「なにしてんだ? 早くしないと時間切れになるぞ」

「わ、わかっています! 皆さん準備はいいですわね、行きますわよ!」

「やめた方がいい、よ?」

「ッ、篠澤さん!」

 

 八百万が手にかけた扉の裏から篠澤の声が聞こえてきた。

 

「扉には爆弾が仕掛けてある。開けない方がいい、よ?」

「ば、爆弾だってぇ!?」

「ブラフですわ。そんな物を用意する暇は無かったはずです!」

「ふふ……そうかも、ね」

 

 八百万には扉越しでも篠澤がいたずらっぽく笑うのがわかった。

 爆弾なんて99%間違いなく嘘と断言できるが、残りのたった1%を否定できない。篠澤さんならその不可能をどうにかしてしまうのでは、そんな想像が彼女を捕まえた。

 

「八百万?」

「少々お待ちを、すぐになにか対策を……」

 

 仮に爆弾が本当だとしたら防護服を用意するべきか。いや、篠澤さんであればそれを読んで罠を仕掛けているかもしれない。

 ならば、まず爆弾があるか確認する方法を……しかしそんな事をしていたら時間が……

 

 グルグルと頭の中を考えが滑る。

 篠澤の思考を捉えきれずに、八百万の中でただの空論だけが構築されていく。

 チームを牽引する頭脳として完璧な回答を見つけ出さねばという責任感が、八百万の動きを封じていた。

 

「……ろず、八百万!」

「ッは! な、なんでしょうか峰田さん?」

「なんでしょうかはこっちのセリフだぜ。ボーっとしてどうしたんだ、生理か?」

「そんなわけないでしょう!」

 

 ここに蛙吹がいれば、間違いなくシバかれたであろう最悪な発言をした峰田を八百万が怒鳴りつけた。

 

「八百万、少し落ち着け」

「私は落ち着いてますわ。峰田さんが余計な事を言うものですから」

「それはそうだが、今の八百万は焦りすぎているように見えるぞ」

「そのような事は……」

 

 無いとは言い切れなかった。

 初めての戦闘訓練に初めてのチーム戦、そして初めて明確な格上との頭脳戦にある意味で意地になっていたとも言える。

 勝たなければという思考が、いつの間にか八百万から冷静さを奪っていたのだった。

 

 そして、それを自覚できたらあとは簡単だ。

 八百万が思考で茹った頭をあげて一息つくと、熱が冷めていくのがわかった。

 

「……ふぅ。失礼しました、もう大丈夫ですわ!」

「そうか」

「それで障子さん、一つお願いをしてもいいでしょうか?」

「ん、なんだ?」

 

 本日最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「……まだかな」

 

 篠澤は教室の中で一人、八百万達が入ってくるのを待っていた。

 残り時間を数えながら静かに淡々と待つ。

 

 そして遂にその時がやってきた。

 

「来る、ね」

 

 その言葉と同時に、教室の扉が内側に吹き飛んだ。

 

「わっ」

「爆弾は……無いようだな」

「くっ、やはりブラフでしたのね!」

「てか部屋暗っ!? なんも見えねぇぞ!」

 

 驚く篠澤の前に、大きな布を被ったヒーローチームの面々が教室に転がり込むとすぐさま散開する。

 暗闇の中、その様子を見ていた彼女は静かに相方に合図を送った。

 

「甲司、お願い」

『う、うん! さあ、小さきものよ群れを率いなさい!』

 

 口田の言葉の数秒後、小さな影が一つ床に降り立った。

 

「ヂュイッ!」

 

 その存在が声を上げると同時に、暗闇の奥からヒーローチームを見つめる数多の目が開き彼らを見つめ動き出す。

 

「な、なんだぁ!?」

「こいつはッ!」

 

 まるで床そのものが動くかのように迫る眼光の群れに、怖気を感じ一歩下がるヒーローチーム。

 それを追う形で走って来る存在を、破壊された扉から差し込む唯一の光が照らし出した。

 

「ネズミですわ!」

 

 小さな体を覆う灰色の毛並み、短い手足に長い尾っぽ。

 その正体は、ネズミ目ネズミ科クマネズミ属であるラタス・ノルウェジクス。すなわちドブネズミである。

 

 たかがネズミと侮るなかれ。

 基本的に臆病な性格の彼らだが時に人を襲うこともあり、その強靭な歯で電線やガス管の一部すら食いちぎる獣害を起こすのだ。

 そんな存在がいま、彼らに飛びかかろうと一斉に身を屈める。

 

「いやぁぁぁぁ! お助けぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 峰田の情けない悲鳴が響く中、ネズミ達が飛び上がる。

 それはまさしく惨憺たる光景だった。まともな感性を持つ人間であれば、悲鳴の一つもあげたくなるだろう。

 

 そんな中、八百万の鋭い声が響いた。

 

「障子さん、3番を!」

「わかった!」

 

 障子が被っていた布を払うと、その手元にアンプとそれに接続された機械があるのが見えた。

 そして彼が機械のスイッチを押すと同時に、襲いかかってきていたネズミ達が一斉に床に転がりのたうち始めるのだった。

 

「ヂィィィ!!」

『み、皆どうしたの? し、篠澤さん。なにが起こってるの!?』

「これは……超音波?」

「正解ですわ!」

 

 ネズミはその優れた聴覚で、人間に聞こえない高周波の音を聞く事ができる。

 この機械は、そんな高周波の音をとんでもない爆音で流しているのだ。

 

「口田さんの個性を考えれば動物での奇襲が予想できます、であればそれに備えるのは当然でしてよ!」

「やる、ね」

 

 二人の少女の視線がぶつかり合う。

 相手を読み勝利を目指す頭脳戦が、いま加速していく。

 

「ぐへへ。さあ観念しな篠澤ぁ! 大人しくしておけば痛い目を見なくて済むぜ!」

「峰田よ、何故そこで悪役のようなセリフを吐くんだ」

 

 そこに挟まる峰田節。

 これではどちらがヴィラン役か分かったものではない。

 

「ふふ、舐めて貰っちゃ困る。私はヴィラン篠澤、ヒーローには屈しない、よ」

「よぉし、なら仕方ないな! 少々手荒に行かせてもらうぜ。つまり、ちょっとしたエッティなトラブルも仕方ないよなぁ!」

「おぉう……」

「篠澤さんがドン引きしてますわ!?」

「そんな表情もするんだな」

 

 常に冷静で飄々としたイメージの篠澤も、流石に峰田のガチ過ぎる様子に引いていた。

 当然、峰田は御用となった。

 

「うおぉぉぉ、離してくれぇ! 話せばわかる!」

「少し大人しくしていろ」

「さあ、行きますわよ篠澤さん!」

「うん!」

 

 少女達の決戦が始まる!

 

『篠澤少女確保、ヴィランチーム残り1人!』

 

 そして終わった!!

 

「きゅう……」

「え、えぇ?」

 

 その間僅か5秒。お互いが接触して八百万が組み伏せただけである。

 まさに瞬殺、赤子の手を捻るどころの話では無かった。

 

「し、篠澤さん、大丈夫ですの?」

「ふふ、さすが百。強い、ね」

「篠澤さんが弱すぎるだけですわ」

 

 あまりの貧弱っぷりに、一応は敵である八百万に心配までされる始末だ。

 

「チッ、せっかくの合法セクハラのチャンスが……」

「いつだって違法ですわよ」

「あまり油断するな、まだ口田もどこかに潜んでいるんだぞ」

「し、失礼しましたわ障子さん」

 

 ギャグのような展開につい気が緩んでしまった八百万だったが、障子の言葉で気を引き締め直す。

 残り1分、その間に勝利条件を満たす必要があるのだ。

 

「とは言ってもよ、こっちは3人で相手は1人。おまけに核はこの部屋にあるんだろ? 負けはもう無いって」

「……そうだな」

「とりあえず電気つけようぜ。こう暗くちゃなにも見えねぇよ」

 

 そう言って峰田が教室の電気のボタンを押す。

 その瞬間、部屋の中に閃光が満ちた。

 

「うッ!?」

「きゃあ!」

「あぁぁぁぁぁぁあぁぁ、目があぁぁぁぁぁぁあぁ!?」

 

 想像していた3倍くらいの明るい光に、思わず目を覆うヒーローチーム。

 なんと篠澤、蛍光灯にも細工をしていたのだ。

 

「やってくれますわね!」

「嫌がらせに余念がないな」

「目がぁぁあぁぁぁ、目がぁぁ……」

 

 たまたま天井に目を向けていた峰田は、他2人に比べても大きな被害を被っていた。

 

「大丈夫ですの峰田さん?」

「うぅ、八百万……オイラなにも見えねぇよ、抱きかかえてくれぇ」

「大丈夫ですわね」

 

 峰田渾身の訴えもすげなく無視される。

 どんな状況でもセクハラに繋げようとするその姿勢は、一周回ってもはや清々しいまであった。

 

「……待て、どういう事だ」

「障子さん、なにかありましたの?」

「違う、無いんだ」

 

 三人の中で最も早く立ち直った障子が、部屋を見渡してあることに気がついた。

 そして彼が珍しく焦った様子でこう言った。

 

「核が無いぞ!」

「……え?」

 

 障子の言葉にワンテンポ遅れて八百万が部屋を見渡す。

 そこには拘束された篠澤と逃げていくネズミ達、そして何もない伽藍堂な教室があるだけだった。

 

「ど、どういうことですの!? 確かにここが入り口から一番遠い部屋のはず、実際に篠澤さんも居たのに!?」

「やはりだが口田もいないぞ!」

「あれ? つまりこれって……まずいんじゃね?」

「ッ、篠澤さん!」

 

 どういう事だと八百万が篠澤へと視線を向ける。

 その言葉に篠澤はクスリと笑った。

 

「盗まれると分かっていたら、それは盗聴とは言えない、よ?」

「ッ、罠でしたのね!」

 

 情報的アドバンテージ。

 障子目増の個性を使った聴覚の強化は、すでに第二試合で篠澤に見られていたのだ。

 

 篠澤は盗聴されているのを前提で作戦を話していた。

 もちろん、その内容はほとんどが出鱈目。実際には作戦内容を書いた紙を渡す事でやり取りをしていたのだ。

 

「こうなっては核を見つけるのは無理です! 口田さんを探しましょう!」

「でも、どこに居るんだよ!」

「わかりませんが動物に指示を出すため近くに居るはずです。すぐに周りを探索して……」

 

 その時、八百万の視界の先で一匹のネズミが、外側の壁に開いた通気口に入り込んで行くのが見えた。

 

「まさか!?」

 

 ネズミの後を追いかけるように窓際近づき、黒いテープで覆われていた窓を開け放ち覗き込む。

 身を乗り出して見た視線の先には、教室の下方向に一階まで伸びたパイプの通路があった。

 

「一階ですわ! 口田さんは一階の角部屋にいます!」

「一階ぃ!? 全然遠いじゃんか!」

「口田さんは外のパイプを通して動物達に指示を出していたのです! しかし、こんな大量のパイプをどこから……」

 

 そこで八百万は思い出した。

 

「4階の水道管!」

「ふふ、正解だ、よ」

 

 篠澤達は水浸しになった4階で外しておいたプラスチック製の水道管を使い、ネズミ用の連絡通路を作っていたのだ。

 

「おい、そんな答え合わせしてる場合じゃ無いって! 早く行かねぇと!」

「そ、そうですわね」

 

 峰田の言葉に急いでヒーローチームは廊下へと戻る。

 そして下に向かって駆け出そうとして……

 

「ッそうでしたわ、階段は!」

 

 青山のレーザーによって破壊された4階の通路がポッカリと穴を開けていた。

 その状態はとても良いとはいえず、下手に飛び越えようとすればいつ崩れてもおかしく無いものだった。

 

 焦りが募る中、峰田がハッと何かを思いつく。

 

「なあ八百万、床とか作れないのか?」

「ハリボテ程度ならともかく、そんなに頑丈で大きな物をすぐには出せませんわ。それに、既に個性もかなり使ってしまいましたので……」

 

 鏡のプロテクターに大きな壁、小型クーラーにアンプセットと防爆布。

 この訓練にて多くの物を創り出した八百万もまた、先程の青山のように自身の個性の限界を感じ取っていた。

 

「ならロープを頼む。俺が支えておくから2人で降りてくれ」

「障子さん、わかりましたロープですわね! すぐに出しますのでお待ちくださいませ!」

 

 そう言ってロープを作り出そうと八百万が個性を使おうとしたその時、無情にもブザーの音が鳴り響いた。

 

『そこまで時間切れだ! 各自そのまま最初の集合地点に集まるように』

 

 オールマイトの言葉を聞き、ヴィランチーム達は通信機越しにその勝利を噛み締めていた。

 

『や、やったね篠澤さん、青山くん勝ったよ!』

『フッ、まあこの僕が居るからには当然の勝利だけどね!』

「うん、優雅も甲司もありがとう。勝てたのは2人のおかげ」

『そ、そんな。むしろ篠澤さんがいなかったら勝つのなんて絶対に無理だったよ』

『まあ、確かにね。少しは認めてあげなくも無いよ!』

「……ありがと、ね」

 

 純粋な賞賛の声に篠澤は少しだけ頬を染める。

 そして彼女は教室に付いている観測カメラを見上げてVサインを掲げるのだった。

 

「今日は私達の勝ち、いえい」

 

 ヒーロー基礎学屋内戦闘訓練第4試合。篠澤率いるヴィランチームの勝利!

 

 

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