なびく春風に桜並木が揺れる。
肌寒さの残る陽気の中、新しい出会いに心揺れる若き人々が道を行く。
そんな中、同じように希望を抱きながら緑谷出久は歩いていた。
「いよいよ僕も雄英高校の生徒になるのか……」
浮足立った様子で進むその姿は、緑谷の呟き癖も合わさり微笑ましくは感じるもののやや怪しく見え。周りから別の意味で浮いていた。
「まさか一年前までは無個性だった僕が本当に雄英に来れるなんて、これも全部オールマイトのおかげだ。期待に応えられるように頑張らないと。個性もまだ上手く扱えてないしやらなきゃいけないことはいっぱいある……ぞ?」
ブツブツと言葉の奔流を放ちながら無意識に出した足が何か柔らかいものを踏む。いったいなんだと彼が足元を見ると、そこには制服を纏った人が倒れていた。
「うわぁぁぁぁぁあ! 人が倒れてる!?」
「ふふ、久しぶりの再会で踏みつけるなんて……出久は酷いね」
「篠澤さん!? い、いやこれはわざととかじゃなくて!」
流れるように自然な様子で緑谷は篠澤を起こす。
その一連の流れに思いあたる節が多すぎて、二人して微笑んだ。
「ふふ、あの日と同じだね」
「あはは、篠澤さんは相変わらずだね」
試験の日にあった僅か数十分の出来事であったが、あの濃密な時間は二人の脳裏に色濃く残っていた。
「出久、合格おめでとう」
「篠澤さんも、合格できたんだね!」
「……実は」
「え!? も、もしかして不合格---」
「最下位で合格した」
緑谷はずっこけた。
「び、びっくりした……変にもったいぶらないでよ!」
「ふふ、ごめん」
篠澤が緑谷の肩を借りながら立ち上がり校舎の方へと進み始める。
その歩みの先には、まだ見ぬ未来が広がっていた。
教室にたどり着くとそこには圧倒されるような大きさの扉があった。
「こ、ここが教室……扉の大きさは異形系個性の人に対応するためかな?」
「考えても仕方ない。はやく入ろ?」
「う、うん……」
緑谷は深呼吸をして扉に手をかけた。
このクラスで三年間ヒーローを目指すことになる。贅沢を言うわけじゃないけどいい人が多いと良いな。と自身の幼馴染を思い出しながら扉を開いた。
「聡明だぁ? ぶっ殺しがいがありそうじゃねぇか」
「ぶっ!? 君は一体何なんだね! とてもヒーローを志しているようには見えないぞ!」
最初に目に入った光景はこれからの苦難を暗示するものだった。
「か、かっちゃん……」
「ああ? てめぇデク……なんでお前が」
「君は緑谷クンに篠澤クン! 二人とも無事に合格していたんだな、おめでとう! 姿が見えないから心配していたんだよ」
「い、飯田君も合格したんだね。よかったよ」
「相変わらず天哉は元気……」
「篠澤クンも変わらないようで安心したよ。試験後に担架ロボットで運ばれているのを見た時には、それはもう心配してーーー」
「俺を無視して会話してんじゃねぇぞ!!」
ボンッ、とかっちゃんこと爆豪勝己の掌から爆発が発生する。
その様子に飯田は再び怒り、緑谷は怯える。その横で篠澤は手が痛くなったりしないのかと少しずれたことを考えていた。
「あ~!! みんな合格しとったんやね。しかも同じクラス!」
「ん、お茶子だ。もしかしてお茶子も?」
「うん、私もこのクラスなんや! 三年間よろしくね!」
そういって麗日は手を広げて篠澤と緑谷にハグをした。
急なことに驚きながらも同じようにハグを返す篠澤と、女子特有の甘い匂いに包まれてカチコチに固まってしまった緑谷。
いま教室内はとんでもなくカオスな状況になりつつあった。
「よし、みんないったん落ち着き給え!」
「い、飯田君」
パァンと両手をまっすぐ前方に突き出した一本締めという独特の動作で飯田は注目を集める。
それでもなお冷めやらぬ興奮の中で彼は話し始めた。
「あの時、あの場所にいた皆が合格したことを祝して言いたいことがある。聞いてもらえるだろうか!」
「……いいよ?」
「感謝する! まずは俺がこうして入学できたことは君たちのおかげだ、ありがとう!」
「そ、そんな……それはこっちが言うことだよ」
「間違いない。みんながいなかったら私は絶対に落ちてた」
「そうそう、みんなが協力したから今があるんや。そういうのは言いっこなしやって!」
腰を直角に曲げ礼をする飯田の頭を3人が全員で上げさせる。
そのことに感動し、やや涙ぐみながら飯田は顔を上げた。
「そうだな、全員の協力で今がある。俺の行動は無粋だったようだ……」
「気にしないでいい」
「うむ、では改めて試験会場で出来なかったことをやりたいと思う! 全員、手を前に出してくれ!」
「うん? ……別にいいけど」
急な展開に頭の上に疑問符を浮かべながら全員がおずおずと飯田に習い拳を正面に突き出す。
自然と円陣を組む形になって、その腕は上から見れば十字架のようになっていた。
「あの時に行った作戦は、ここにこうして全員が集まったことによって達成されたと言えるだろう!」
「……なるほど」
「ああ、そういうことか」
「飯田君も、そういう粋な事考えるんやね」
飯田が何をしたいのかを理解したみんなの顔は自然と笑顔になっていた。
そのまま、無意識に全員が同じタイミングで拳を打ち付ける。
「オペレーション『1人たりとも欠ける事無く』をここに完了する!」
「「「おう!」」」
こうして、あの日に始まった奇妙な縁はこれからも続いていくことになる。
それがどんな未来になるのかは、まだ誰にもわからないのだ。
そんな微笑ましい光景の裏に一人の少年がいた。
「……だから、俺を無視して勝手に盛り上がってんじゃねぇぞ!!」
少年、いや悪鬼羅刹がそこにいた。
「うわぁぁぁぁ! かっちゃん、ちょっと抑えて!」
「だからかっちゃんって呼ぶんじゃねぇ! 大体、無個性のデクがなんでーーー」
「無個性? 突然何を言っているんだ君は」
「俺の話を遮るんじゃねぇぞメガネ野郎! ぶっ殺されてぇか!?」
「き、君というやつは……先ほども思ったが君は言葉遣いが下劣すぎる。そんな様子で皆の規範となるヒーローを目指すなど!」
「……す、すごいや飯田君。あのかっちゃんに言い返してる」
そう、あの青春の一ページのような光景から一瞬でこうなることなど誰が予想できるものか。
再び無茶苦茶になった教室で篠澤は笑みをこぼす。
「ふふ」
「広ちゃんは楽しそうやね……」
麗日は目の前のドタバタ劇にドン引きしつつ篠澤を戦場から引き離していく。
そのままドアの辺りまで下がったところで、二人は突如何かにぶつかり足を止めた。
「うん?」
「はぁ……お友達ごっこがしたいなら帰るんだな。ここはヒーロー科だぞ」
「うひゃぁぁぁぁぁぁあ!?」
「むぎゅぅ」
麗日が耳元から聞こえた声に飛びのく。その勢いにつんのめって篠澤は床に転んだ。
「さっさと席に着け。HRを始める」
そこには寝袋に包まりながらエナジードリンクを一瞬で吸い上げる男がいた。
手入れされてない無精ひげと目の下の隈が怪しさを倍増させるその姿はまるで不審者。
否、発言からして担任の教師であろうその人物の鋭い睨みが教室中を見回した後に篠澤をとらえた。
その視線に、これから起こるであろう苦難を予測した篠澤はまたしても笑みをこぼした。
「ふふ、本当に……ままならないね」