1年A組
「はい、それじゃあ全員引き出しの中にある体操服に着替えてグラウンドに集合しろ」
相澤消太。そう名乗った1年A組の担任は済ました様子で教壇に立つと、動揺しているクラス内に更なる困惑を与える爆弾を放り込んできた。
「え、なに。どう言う事?」
「今から入学式をやるんじゃないんすか!?」
教室内にいる生徒たちが、ようやく状況を整理し始めざわめきが生まれだす。
そんな様子を一蹴するように相澤は再び決定事項だと言い放った。
「ヒーローを目指す君達が悠長に式典に参加するからと言って、ヴィランは待ってくれないぞ」
「で、ですがそんな事は事前に一言も……」
「時間は有限。合理的に行こう」
そう言って相澤は有無を言わさず教室を後にした。
どうしたら良いのかと生徒達がお互いを見回してアイコンタクトを試みるも、そのほとんどが初対面の子供達にそんな事ができるはずもなくただ時間だけが流れていく。
そんな中で一人の少年が動きだした。
「チッ!」
「むっ!? 爆豪クンだったか、一体どこに行くつもりだ!」
「あ? グラウンドに決まってんだろうがアホ!」
「キミはもう少し協調性と言うものをだな---」
「くだらねぇ」
飯田の言葉も豆腐にかすがいと言った様子で、爆豪はドアを蹴り開けながら教室を後にした。
そうしてどんな理由だろうと一人が動いた事で、ようやく他の少年少女も動き出す。
「仕方ない、先生がそうおっしゃるなら何か意図があるはずだ。俺達もグラウンドに向かうとしよう!」
「とりあえず体操服に着替えろとのことでしたわね。更衣室の場所をご存知の方はおられますか?」
飯田に続き如何にもお嬢様らしい少女がそう言った瞬間に、最も身長の低い、玉のように丸まった紫色の髪が連なっているのが特徴的な男子が血走った目で叫んだ。
「何言ってんだ! 先生は合理的な行動をって言っただろ、つまり男女共に教室で着替えるのが正解ということ。さっさとその我儘ボディを支える下着をオイラの前に晒してーーー」
「やめとけって。そりゃ初対面でやるにはハードル高過ぎるギャグだぜ」
「むぐぐー!!」
何やら突如暴走を始めた男子生徒の口を赤髪の少年が抑える。
幸か不幸か。未だにお互いを理解していないクラスメイト達だったが、少なくともこの瞬間に女子達の心は一つになっていた。
「え、ここヒーロー科やったよね?」
「古い意味で個性あふれたクラスのようですわね」
「ケロ、これから楽しい3年間になりそうね」
結果としておのずと女子同士が固まっていく。
共通の敵が居る時に人々の結束は強まる。少年は身を徹してそれを証明したのだった。
「えっと、それで更衣室の場所がわかる人はおる?」
「入学初日だよ、案内もされてないのにわからないよ〜」
麗日の言葉に浮いた女子生徒の制服が答える。否、見えていないだけでどうやら透明な少女がそこにいるようだ。
「じゃあ本当に教室で着替えるの? 私は嫌なんだけど」
続けて耳たぶがコードのように伸びている少女が顰めた顔で件の発言をした少年を見る。
一部の少女達は同意するようにコクコクと首を動かした。
「じゃあ私が案内する」
「え、広ちゃん更衣室の場所知っとるん?」
「校内図で覚えたから大丈夫だと思う……よ?」
「よし、では女子諸君の事は篠澤クンに任せて男子は教室で着替えるとしよう!」
「仕方ない、早速オイラのリトル峰田をお前らにーーー」
「だからやめとけって」
再び暴走し出した少年を後目に女子一行は教室を後にしたのだった。
所は変わりグラウンド。
そこには素早く体操服に着替えたクラスメイト達が手持ち無沙汰に立っていた。
篠澤も例に漏れず特にする事がなく、なんとなくポツリと呟いた。
「入学式、出たかったな……」
「同感だ」
「……誰?」
篠澤が急にかけられた声の方を見れば、そこには身長だけは女子平均よりも高い篠澤より30cm以上も大柄な口元を大きな布で覆い隠した少年が居た。
特に目立つのは両腕でそれぞれの肩から3本づつの腕が生えており、腕の間には蝙蝠の飛膜のようなものが伸びている、まさに『異形系』個性の持ち主である。
「俺は障子目蔵だ。出席番号が並んでいたので挨拶に来た、よろしく頼む」
「私は篠澤広。よろしくね」
そう言って篠澤はスッと片手を伸ばした。
「……」
「……? どうかしたの?」
「あ、ああ……いや何でもない」
障子は少し驚いたようにした後、おっかなびっくりと篠澤の手を取り握手を交わす。
自分の腕の半分ほどもない細さの腕が折れてしまいそうで、彼の手はゆっくりとガラス細工を持つように優しく握られた。
「……細いな」
「目蔵のは凄く太いね」
「名前呼びか」
「嫌だった?」
「いや、別に構わない……少し慣れていなかっただけだ」
「そう……」
お互いに口数が少ない者同士で何か通じるものがあるのか、側から見れば気まずく見える会話の応酬も不思議と噛み合ったテンポになっていた。
そして二人が無言になり、静寂が流れるかと思われたそこに、濁流の如く現れる存在が居た。
「おいおいおい、誰の何が太くて大きいんだ? なぁナニがだ!?」
「お前マジか、よくこの感じに突っ込んだな」
「……あ、セクハラの人」
「ぶふぅ! セクハラの人って……峰田言われちゃったねぇ」
先程教室で暴走していた小さい人と、それを止めていた赤髪の少年。そしてピンク色に発色した肌を持つ女子が一人、二人の輪に加わった。
そして篠澤からその不名誉の極みのような渾名を付けられた峰田と呼ばれた少年は、特に気にした様子もなくニヤリと笑いこう言った。
「へっ、あのくらいでセクハラなんてちゃんちゃらおかしいぜ。こっちにこいよ、本物のセクハラというものをお見せしてやりますよ」
「うわぁ峰田サイテー、行かなくて良いからね広ちゃん!」
「わっ」
篠澤を守るように少女が背後から抱き抱えてくる。
少女達が絡み合うその様子に峰田はまたも血走った目を見開くのだった。
「うん、そうするね……えっと、あなたは?」
距離感の近い活発なピンク系女子に篠澤が尋ねる。
自分がまだ名乗っていない事を思い出したのか少女はすぐに答えた。
「あ、ごめんごめん。私は芦戸三奈だよ!」
「私は篠澤広。よろしく三奈」
「ちなみにオイラは峰田実ってんだ。気軽に実くんって可愛く呼んでくれ!」
「うん、よろしくねセクハラの人」
「アレェ!?」
「妥当な対応だろ」
何故か純粋に驚いている峰田に対して声をかけた赤髪の少年も続けて名乗りをあげる。
「俺は切島鋭児郎ってんだ、よろしくな篠澤!」
「よろしく鋭児郎」
「お、おう……下の名前で呼ばれるのってなんか気恥ずかしいな」
「そうなの?」
「う〜ん、名前呼びって普通は家族ぐらいじゃねぇか?」
切島がそう言うと、篠澤に抱きついたままの芦戸が否定の言葉をぶつける。
「え〜そんな事ないよ。普通に友達でも呼ぶよね人いるよね?」
「いや、女子はそうかも知れねぇけどさ……漢にとって名前って言うのは特別な意味を持つんだよ」
「ふ〜ん、よくわかんない!」
ちょっとだけ格好つけて言い放った切島に対する芦戸の笑顔の一刀両断に、少年は少しだけ涙を滲ませたのだった。
「ふっ、漢の世界は女に理解されないもんさ」
「……そう言えば目蔵や出久も似たような反応をしてたね」
篠澤がここ最近の関わって来た人物達を思い出しながらポツリとこぼす。
全員と言うわけではないが、名前を呼ばれると赤面となり照れた様子を見せる人が一定数いた事を思い出していた。
「なんつーか、篠澤がパッと見と違って結構距離感近くてビックリするんだよ」
「そうかな?
「え、篠澤ってアメリカにいたの!?」
「うん、子供の頃……10歳くらいから去年までアメリカで暮らしてた」
「凄い、キコクシジョって奴だ!」
初めて見たよ〜と言いながら芦戸は篠澤の全身を見回す。
帰国子女というものを何か別の生き物と認識しているのかも知れない。
「なるほどな、確かにドラマとか見てるとファーストネームだっけか? アメリカ人って名前で呼び合ってるイメージあるな」
「よし篠澤、俺のことも実って呼んで良いぞ。新妻っぽくさん付けでも可だぜ!」
「わかったセクハラの人」
「わかってなくね!?」
果敢にも懲りずに再アタックを仕掛けた峰田だったが、あまりにも華麗にスルーされていた。
そんなこんなで各々がクラスメイト達と交流をしていた中。ついに彼が校庭に姿を見せるのだった。
「待たせたな。それじゃあ今から個性把握テストを開始する」