全員分のボール投げが終了し、次のテストの準備のため少しのクールタイムが設けられた。
各々が自身の個性に向き合っている中で、篠澤は緑谷の近くに寄り祝福を送っていた。
「ふふ、出久よかったね?」
「いやいやいや、指を骨折しとるんよ!? 良い訳ないやん!」
「あ、あはは……」
一般的に考えれば麗日の言葉こそが正しいのだが、緑谷はどこか困ったようにそのツッコミを聞いていた。
「篠澤さん……その、そういう事なんだよね?」
「うん。だからもう出久は大丈夫……だと思うよ?」
「え、なに? 二人は何の話をしとるん?」
何かの話をしているのだが、その詳しい内容を麗日が理解する事は出来ない。
二人にしかわからないそのやり取りに、麗日はどこか面白くないという感情を抱いていた。
「さて、次の種目は持久走な訳だが……」
そんなやりとりの裏でいよいよ準備も終わり、今まで通り次のテストを行おうとしていた中で相澤が話し出した。
「篠澤、お前の事だからわかっていると判断してあえて言うぞ」
「……うん」
地面に座り込み少しでも体力の回復を計っていた篠澤が、相澤の目をしっかりと見つめた。
「今回のテスト、全員の今の実力を測るのが主目的だが。緑谷とお前の進退をかけたテストでもある」
「ッな、どう言う事ですか先生!」
その物言いに飯田が反応を示す。
彼の顔は驚愕と怒りに満ちていた。
「それでは今回のテストは、特定の人物に対しての嫌がらせという事ではありませんか!」
「そうだ、コレはこの二人に対しての試練だ」
「くっ、それがヒーローを教え導く人間のやる事ですか!?」
飯田のみならず、一部を除いた生徒達全員の顔に僅かな怒りが浮かぶ。
個性のデメリットがあるだけで、身体能力は並以上にある緑谷ならともかく。篠澤については本当に嫌がらせとしか思えない行動なのだ。
体力の劣る生徒に圧倒的に不利な条件で除籍にするという理不尽な強権を振るう様は、正義を目指す彼らにとって悪と見做される行いにしか映らない。
「あっ、まさかさっき話しとったのって!」
「……うん、この話」
麗日が目を向けると、篠澤が静かに頷いた。
先程のボール投げで、相澤は緑谷の資質を試していたのだ。とすれば残るのは……
それを理解した飯田は義憤に燃え声を上げる。
「コレは教育委員会等のしかるべき組織に相談すべき案件---」
「天哉、私は大丈夫だよ」
ヒートアップする飯田を、篠澤が静かに止める。
「それで、私は何をしたら合格になるの?」
「俺も今更お前に最下位を抜け出せとは言わん」
「ふふ、私じゃなくても絶対に無理だってわかるね」
この後に及んで緊張感のかけらもない篠澤に、相澤がため息を吐く。
彼女のそれはヒーローとしては賞賛すべきメンタルの強さだが、人としてはこれ以上なく扱いづらく、理解し得ない精神構造だ。
「はぁ……残りのテスト、最後まで他者からの助けを借りず、倒れる事なく終えてみせろ」
「それは……凄い難題」
「いたって普通の事だが?」
相澤の言う通り、ヒーローどころか一般人にすらできて当然のことである。こと篠澤に限らなければの話だが。
「あくまでお前がヒーローを目指すと言うのならば、最低限1人でやれるという事を示してみせろ」
「ふふ、わかった」
「一度でも弱音を吐いてみろ、その瞬間にお前の席は無いと思え……それじゃあ全員位置につけ、テストを開始する」
相澤はそう言って先程と同じように、少し離れた場所に移動しタイマーを見やる。
それとは逆に、生徒達は篠澤を囲むように集まって心配の声をかけていた。
「広ちゃん大丈夫なん!? 持久走って1500mもあるんよ!」
「ふふ、人生初の挑戦。どのくらいキツいんだろう……ワクワクしてきたね」
「やる気だけは凄い!?」
完全な逆境であるにも関わらず、篠澤の目には輝きが満ちていた。
むしろ心配している側の方が顔色が悪いくらいだ。
「しかし、本当にあの条件を呑んでしまって大丈夫なのか? 悪いが、俺には篠澤クンが無事に走り切った姿の想像が出来ないのだが……」
「天哉……酷い、そんな事実を言うなんて」
「いや、事実なんかい!」
会話を聞いていた切島も、コレにはツッコミを繰り出してしまう。
「俺は嫌だぜ、せっかく一緒になったクラスメイトが1日で欠けるなんてよぉ」
「うむ、同感だ。体力が無いのが問題だと言うならば、それこそ在学中に鍛えるのが普通だろう。何も入学してすぐに結果を示す必要はない筈だ!」
飯田のその言葉に芦戸達も同意を示す。
「そうだそうだ!」
「みんなで抗議したら良いんじゃないか? あの先生が駄目なら校長とかに直接---」
「みんな、心配してくれるのは嬉しいけど……やめて?」
段々と血気盛んになり始めた会話に、篠澤が水を浴びせた。
今まで通りに静かで、囁く様な、まるで圧を感じない声。しかしその中に込められた真剣さは、熱くなり始めた少年少女達を止めるには十分なものだった。
「……みんな、私はここにヒーローになるために来た」
「それはわかっているとも。だからこそ、俺達が共に切磋琢磨するためにも---」
「その為に必要なのは、同情じゃない……よ?」
その言葉に飯田は押し黙る。
先程までの行動に、その気持ちが微塵も無いとすぐには返せなかった。
「心配するのは当然。私は弱くて、すぐに倒れて、みんなに心配ばかりかけてる」
「そんな……事は」
「ある。だからこそ先生は、私にこの課題を出した」
ヒーローと一声に言っても、その仕事は多岐にわたる。
ヴィラン退治は勿論のこと、災害救助や避難誘導、日常における警邏などの治安維持等。コレらを1人の力でこなせるのは、オールマイトの様な例外のみだろう。
だからこそヒーローは互いに協力しその活動を行う。
極論を言ってしまえば、ヒーローを目指すだけなら別に雄英に来なくとも、そこらのヒーロー事務所に土下座してサイドキックとして雇ってもらう道もあるのだ。
だが雄英高校はトップヒーロー養成高校だ。
この学校が輩出してきた名だたるトップヒーローには、とある共通点がある。
それは安心感だ。
この人が来たならもう大丈夫。あの人がいるならなんとかなる。
守るべき市民にその大きな背中で魅せるのが、トップヒーローと呼ばれる人間に共通した事柄だ。
だからこそ篠澤は自分でその資質を示さねばならなかった。
守るべき人々に不安を与える背中が、どうしてヒーローと言えるだろうか。
「私は、誰かに心配や迷惑をかける為にここに来たわけじゃない」
篠澤は目を瞑り、小さく息を吐く。
ゆっくりと開き直した目には、この苦境すらも楽しいのだと主張するキラキラした輝きが満ちていた。
「私を信じて欲しい」
「……ふっ、何故だろうな。根拠もないのに君を信じたいと思ってしまったよ」
飯田が一度目元を押さえて篠澤を真っ直ぐと見つめなおす。
「君を信じよう。裏切らないでくれよ?」
「うん……任せて」
「なんか最終決戦前みたいな雰囲気だけど、コレただの体力測定だよな?」
「ちょ、上鳴!? それは言ったら駄目でしょ!」
少し離れた場所で一組の男女がそんな会話をしていた。
特徴的な伸びた耳たぶを動かして、耳郎響香は隣の少年を叩く。1年A組のチャラ男こと上鳴電気は、空気を読むのが苦手だった。