【完結】旅の終わりに:TS転生者と転移勇者の話 作:WhatSoon
他領の兵士達が、ここの兵士達を拘束していく。
気を失っている領主も、ユースケにブン殴られて意識が混濁してる魔法ギルド長のジジイと、騎士のフェルナンドもだ。
事件後、情報伝達を行う魔道具を使って、近地の領へと連絡を行ったのだ。
ちなみに、その電話みたいな魔道具は送り元と送り先に同様の道具が必要で、魔力をバカみたいに食う癖に1日に2、3分ぐらいしか通話できない。
それでも、こういう緊急の時は便利だ。
……ちなみに、他領の兵士が到着するまでに、ボコボコにされた兵士の中でも重傷だった者は俺が治癒した。
……別に、そいつらの為ではない。
この状況を見た人が恐怖を感じかねないからだ。
正当な防衛とはいえ、こんな惨状を作り出せる人間がいるとしたら……誰だって恐れる。
ただでさえ、ユースケを差別する貴族がいるんだ。
悪意が無かろうと、危険だから遠ざけようとする者もいるだろう。
……だから、重傷者の傷は治す必要があったのだが──
「……しんど」
領主館から離れて、馬車の中。
馬も付けず、ただ停まっているだけだが、俺はその中で横になっていた。
領主館は現在、他領の兵士により封鎖されている。
居座れるような場所がない。
ジェーンは居ない。
事情聴取を俺の代わりにしてくれている。
彼女も俺と同様に拘束されていたが……一応、無傷だから大丈夫だと言っていた。
だから今、馬車の中にいるのは──
「…………」
ユースケと俺、二人だけだ。
あんな事があった後だ。
俺の護衛として、側に居る必要がある。
彼はちゃんと向いに座っているが、俺はクッションを枕にして横になっている。
回復魔法は疲れる。
魔力的に、体力的に、そして精神的にも。
人体に対する正しい解釈が出来なければ回復魔法の精度は落ちる。
火球を飛ばす魔法とかの方が楽だ。
火球出して飛ばすだけだし。
てな訳で今、俺は疲労困憊だ。
魔力が枯渇してる所為で、目眩はするし、頭も回らないし、身体もかなり冷えてる。
そんな俺を……ユースケは、辛そうな顔で見ていた。
何かに失敗した、って顔だ。
俺の事を颯爽と助けた癖に、なんでそんな辛気臭そうな顔をしてるのか……分からないが。
怪我も回復魔法で治したから、今はないし。
あーまぁ、服はまだボロボロだが。
ユースケはさっきの血塗れ装備よりは、少しマシな格好になっている。
血の付着していた鎧と上着を脱いで、黒いシャツしか着ていない。
……薄地のシャツだから、ちょっと筋肉が浮いてるな。
ユースケ、細身のくせに、筋肉が結構あるんだよなぁ。
って。
……あぁ、そういえば。
さっきまでゴタゴタしてたから言えてなかったか。
「ユースケ……」
「……うん?」
「ありがとな」
礼を言えてなかった。
だから、こんなに落ち込んでいた……とは思えないが。
まぁでも、言った方が良いのは確かだし。
だが、礼を言われたユースケは、逆に表情を曇らせた。
「……ううん、遅れてごめんね。ミリア……本当に、ごめん」
戦ってる時はあんなに頼りになって……ま、まぁ、カッコいい……うん、カッコいいのに。
いやっ、でも?
こっちの方が『ユースケらしい』けど……あー、もう。
「……ま、ちょっと遅かったよな」
「……うん、ごめん」
「もう少し早く来てくれたらなぁ……こんなんじゃ俺の婚約者失格だぞ?んん?」
ユースケを元気付けたくて、そんな事を口にしたが──
「そう、だよね……」
無気力に頷かれてしまった。
俺は慌てて、上半身を起き上がらせる。
「ち、ちげぇよ……冗談だ、冗談っ──
そんな返事が欲しかった訳ではない。
流石に、冗談としては悪質だった……か、あ?
「ぅぷ」
やばい、目がぐるぐる回る。
魔力切れの症状だ。
吐くようなものじゃないが、吐き気と眩暈がする。
急に立ちあがろうとするから、こんな事になる。
前屈みに倒れそうになり──
「ミリアっ……!」
ユースケに抱き止められて、胸板に顔が埋まる。
……戦闘があった後だからか、少し汗臭い。
シャツ一枚だけだから、体の硬さがダイレクトに伝わってくる。
……頭がクラクラするし、心臓の音がうるさくなる。
魔力切れが原因なのか、それとも……。
慌てて顔を上げる。
ユースケと、目が合う。
「わ、わるい、ユースケ……」
「ううん、いいよ……でもその、怪我しちゃうから……気をつけてね?」
そう言いつつ、ユースケが俺を椅子に戻そうと──
「なぁ、ユースケ……」
「うん……?」
「もう少し、このまま……でも、いいか?」
「え……?」
ユースケが少し困惑したような顔で、心配そうに目を細めた。
だけど──
「こっちの方が楽なんだ……なんだか、妙に、寒いから、さぁ……」
寝ているよりも、誰かの体温を感じている方が……ずっと、楽だ。
この寒気が抑えられるなら、それでいい。
「……うん、僕はいいよ。好きなだけ、こうしていい」
「……ありがとな」
礼を言って、ユースケの背中に手を回す。
普段の俺なら、こんな事しないだろうな……。
でも今は、かなり疲れているんだ……身体も、心も。
眠くて、寒くて……不安だから。
だから……少しぐらいワガママを言いたい気分なんだよ。
「……背中、さすってくれないか?」
「え……あ、うん、いいけど……」
ユースケの手が少し迷って……俺の背中に回る。
細いけど、硬くて筋肉質な腕が俺の身体を包む。
……あの頃、旅に出た頃は俺の方が身長、少しだけ高かったのに。
いつの間にか、俺を抜かしていた。
……安心する。
俺の事を何からも守ってくれると、安心できる。
そんな、大きさだ。
あったかい。
「…………」
「…………」
互いに無言だけど、俺は気まずくない。
穏やかな時間も、悪くはない。
こうして二人で居るだけで、俺には十分だった。
心があったかくなって、穏やかになれるから。
一緒にいるだけで不安もなくなる。
これから先も、何とかできる……そんな気がするから。
だから──
……あぁ、やっぱり。
俺ってユースケの事が……好き、なんだな。
なんて、感慨に耽る。
……俺は、ユースケが好きだ。
ずっと一緒に居たいと思っている。
それだけなら、今、こうして婚約者で居られるだけで十分だ。
だけど……俺は欲張りだ。
ユースケにも、俺を好きになって欲しい。
俺の事を想って、ドキドキして欲しい。
そう考える事は、きっと変な事じゃない。
男女なら普通のことだ。
……普通の、男女なら。
「……ユースケ」
「……うん」
だけど、俺は……元、男だ。
ユースケはそれを知っている。
ユースケだけが知っている。
俺達は、普通の男女ではない。
だから、踏み込めない。
だけど、踏み込みたい。
……だから、俺は……もう、一歩だけ。
「……ちょっと、昔の話していいか?」
「昔の……?うん、いいけど……」
俺はユースケと目を合わせた。
黒い眼が俺を見ている。
そして──
「旅を始めて、確か……一年後、ぐらいの話だったよな──
ぽつり、ぽつりと話を始めた。
◇◆◇
この世界に呼び出されて僕は、孤独だった。
『君は世界を救える勇者だ』なんて言われても、自分を信じられなかった。
自分にそんな力があるとは思えなかった。
なのに、誰もがそんな事を言う。
君は『勇者』だと。
血の繋がった家族は居ない。
親しい友人も居ない。
悩みを打ち明ける事もできない。
なのに、誰も彼もが、僕に『勇者』という役割を押し付けてくる。
逃げ出したい。
帰りたい。
嫌だった。
もし失敗したら、その期待は失望に変わると思ったから。
逃げ出したいんだ!
帰りたいんだ!
もう僕に期待しないでくれ!
僕は『勇者』じゃない!
ただの『鈴木 雄介』なんだ!
……でも、帰れない。
だから僕は、『勇者』になれるよう必死に努力した。
努力するしかなかった。
知らない人だらけの世界で、親しまれるよう善良に振る舞うしかなかった。
死にたくなかったから。
こんな場所で、誰にも惜しまれず、看取られる事もなく……孤独に死にたくなかったから。
僕は一人で旅に出る事となった。
心細かったけれど、それでもいいと思った。
だって、僕のことを『役割』でしか見ない人達なら、居ない方がマシだと思ったから。
どこかで『役割』を果たせず死んだとしても、逃げ出す事ができると思ったから。
だけど──
「貴方がユースケですね?私も旅に同行します
……これから、よろしくお願いしますね」
1人の女の子が付いてくる事になった。
しかも、国王の娘らしい。
ミリアレーナ第九王女、それが彼女だった。
「私も日本出身なんですよ。同じ世界出身……異世界転生、という事なのですよ」
彼女は僕と同じ世界出身らしい。
転移した勇者である僕と、転生した第九王女である彼女。
「ここ、凄く良い景色ですよね。なんだか『異世界』って感じしません?」
妙な親近感を感じながら、二人の旅が始まった。
「元の世界では何してたの?学生……いや、それは分かるけど。剣道とかしてなかった?……え、剣握り始めたのは、この世界に来てから?」
旅をしていれば、自然と僕達は打ち解けた。
……いや、僕は彼女に依存していたのだろう。
知らない場所で、知らない人だらけの世界……そんな世界で、僕の知っている場所を共有できる彼女に依存した。
「え?ファイル・クエストの新作でたの?あー……やってたよ、凄い流行ってたから。それで、新作は?……オンラインゲーム?……嘘じゃない?マジで?」
彼女はとても綺麗で、可愛くて……そして何より、この世界で初めて『勇者』ではなく『ユースケ』として接してくれた人だったから。
僕は彼女を好きになった。
「使命があるからって、道中を苦しい旅にする必要はなくね?美味いもの食べて、楽をしながら、楽しく邪竜を討伐しような」
きっと、彼女が居なければ……僕は、旅を続けられなかった。
どこかで心が折れて、腐って……この世界のどこかで骨を埋めていただろう。
「死ななかったら怪我しても治してやる。だから、死ぬなよ?死なない限り、責任持って治してあげるからさ」
だから、僕は彼女の事が好きになった。
僕は欲張りだった。
ミリアにも、僕を好きになって欲しかった。
僕の事を想って、意識して欲しかった。
だから、だから。
だから……。
僕は、彼女に……「君の事が好きだ」と告白した。
してしまったんだ。
そして……。
「あー……悪い。言ってなかったけどさ……『俺』、生前では男だったんだよ」
僕は──
「だからさ、聞かなかった事にしておいてやるからさ。明日以降は、その……いつも通り、旅をしようぜ?な?」
フラれてしまった。
◇◆◇
「……そんな事あったね」
ユースケが目の前で嫌そうな顔をした。
思い出したくない話だったのだろう。
間違えて元・男に告白してしまった記憶なんて……思い出したくない話だ。
あの時、俺は16歳の男の子の純情を弄んでしまった罪悪感でいっぱいだった。
自分で言うのも何だが、俺は見目麗しい。
美少女だ。
……そんな俺が、同性の友人に対する振る舞いをしていた。
勘違いしてしまっても、おかしくはない。
だから、傷付けないように俺は聞かなかった事にした。
なのに今──
「……ユースケ、その……」
「……うん」
俺は──
「まだ、お前……俺のこと──
卑怯にも──
「俺のこと……好き、か?」
そう、訊いてしまった。
「……僕が?」
返事も待たず俺は、ユースケの胸に顔を埋めた。
顔を見なくて済むように。
怖かったんだ。
「……あぁ。まだ、俺のこと……好きか?」
「好きか、って……」
「だからっ……!その……俺を女として、異性として……見てるか?」
心臓が縮むように痛い。
自分で全てを台無しにしてしまっているような感覚。
今のままで十分に幸せなのに、それ以上を望んでしまっている自分への……自己嫌悪。
恐怖と後悔が胸を占める。
今、「冗談だ」と言えば……きっと、誤魔化せる。
なんて、囁きが聞こえる。
だけど……俺は口を噤んだ。
俺は、嫌なことを後回しにする癖がある。
いつか、いつかユースケが俺を好きになってくれれば……好きだと言ってくれたらと、そう後回しにする事だってできるのに。
それでも……それでは、変わらないから。
この関係を少しでも、前に進めたかった。
嘘じゃなくて、形だけでもなくて……本当の意味で俺は、ユースケに愛して欲しい。
ずっと、そう思っていた。
このままでは嫌だ。
旅が終わって、婚姻もして……なのに、何も変わらないなんて嫌だ。
俺は、ユースケと……本当の意味で、旅を終わらせたかった。
俺がしたいのは、旅の続きじゃないんだ。
「なぁ、ユースケ……」
顔は見れない。
怖い。
「……ミリア」
答えを聞くのも怖い。
拒絶されたら、俺は……。
「僕は──
俺は──
ノックの音が響いた。
「あっ」
「っと……」
我に返って、慌ててユースケから離れた。
馬車の中、ユースケと目が合う。
ユースケは……複雑な表情を浮かべていた。
だけど、嬉しそうな顔ではない。
落胆……だろうか。
俺は乱れた呼吸を戻すために、深呼吸をして……外へ向けて口を開いた。
「どなたでしょうか?」
「ジェーンです、姫様。少しお話ししたい事がございます。よろしいでしょうか?」
あ。
あ……うん。
そうだった。
俺がこんな色恋に倒錯している間に、ジェーンは多量の兵士の事情聴取を受けていたのだった。
……罪悪感に頬が引き攣る。
「は、入っていいですよ」
「では、失礼致します」
ドアが開いて、メイド服を少し汚したジェーンが入って来た……のだが。
俺とユースケの顔を交互に見て、瞬きをした。
「……申し訳ありません。間が悪かったようですね」
「あ、いやっ?そんな事ないぞ?な、ユースケ?」
「う、うん。大丈夫、大丈夫……」
ぎこちなく苦笑する俺達を見て、ジェーンは眉尻を下げた。
結局、返事は聞けなかった。
催促も出来なかった。
だけど、それで良かったかも……なんて逃げるような思考が頭を過った。
自分の逃げ癖が嫌になる。
俺は……怖かった。
怖いんだから、仕方ないだろ。
今の関係が快適なんだから、多くを望まなくても……俺は、別にいい。
そう思った……いや、思いたかった。
……だって。
もし、ユースケに拒否されたら……どうしたらいいのだろう。
分からない。
何をしようとしていたんだ、俺は。
ユースケにあんな顔をさせてまで。
……どうしたら、良いんだろうな。
俺が普通の女だったら、こんなに悩む必要はなかったのか?
分からない、何もかも。
どうしたらいいか、なんて。
今はただ、魔力の枯渇による微睡に身を任せたかった。
◇◆◇
揺れる馬車の中、ミリアはジェーンさんの膝の上で寝ていた。
行きの御者はジェーンさんだったけれど、あんな事件があった後だ……別の人を雇って、御者をやって貰い、ジェーンさんには休んでもらう事にしたんだ。
そんなジェーンさんの膝の上で、すやすやと眠るミリアを見た。
僕は……緩んだ頬を手で隠した。
さっきの、ミリアの問い。
『まだ自分のことが好きか?』
『自分のことを異性として見ているか?』
という問いの意味が分からずにいた。
ミリアが何を聞きたかったのか、何故そんな問いをしたのか……分からずにいた。
……正直に答えれば、どちらも『そうだ』が正解だ。
僕はミリアを好きだし、異性として見ている。
だけど、ミリアがそれを望んでいない筈だ。
……どう、答えれば良かったのか。
ジェーンさんが止めてなかったら、僕は……どう答えていたのだろうか。
……ジェーンさんを一瞥する。
彼女は愛おしそうに、眠っているミリアを撫でた。
ミリアは心地よさそうに、柔らかな笑みを浮かべていた。
ふと、ジェーンさんと目が合った。
「……ユースケ様、なにか?」
「い、いえ……その、ジェーンさんって、本当にミリアの事を大切にしてるな……って」
「……そうですね。私にとって、今はそれが全てですから」
また、ジェーンさんはミリアの頭を撫でた。
そして、僕に向けて微笑んだ。
「それと、私に敬称は不要ですよ?ユースケ様は姫様の旦那様なのですから」
前に一度、結婚式後に言われた言葉だ。
痛いところを突かれた僕は頭を下げる。
「す、すみません……」
「敬語も不要です。そろそろ、慣れていただきたいのですが……」
「……その、慣れてなくて」
「これからは、姫様の隣に相応しい振る舞いが必要になりますから……少しずつ、慣れていきましょうね」
「はい……」
ジェーンさんに頭を下げて、自己嫌悪する。
ミリアは普段の自分の上に、立場の上で必要な振る舞いが出来る。
第九王女として、人の上に立つ者としての振る舞いが。
貴族に、王族に相応しい所作も出来て、僕よりも賢い。
なのに僕はどれも中途半端で……自分で自分のことが嫌になる。
「……何か悩んでいますか?ユースケ様」
「……わ、分かります?」
「はい。メイドですから」
その理屈は変だと思う。
でも、なんだか嘘ではないような気がした。
「……聞いてくれます?」
「はい。構いませんよ」
ミリアを一瞥して、ジェーンさんに視線を戻す。
「……ミリアは凄いじゃないですか。凄腕の魔法使いなのに、一流の貴族の振る舞いも出来て」
「ええ、同意致します。姫様は凄いです」
「……なのに僕が出来るのは、戦う事だけ。今日みたいに、戦うことしか出来ない」
「……ユースケ様?」
僕は自分の手を見た。
人を殴った感触が、まだ残っている。
ジェーンさんに視線を戻す。
「ミリアが乱暴されて、牢に繋がれて……そうなってからしか、助けに来れない。遅いんだ……『強い』だけなんだ。そんなんじゃ意味がない」
「……ユースケ様」
「僕は本当にミリアの婚約者に相応し──
「そこまでです」
ジェーンさんが自身の口元に人差し指を立てた。
静かにしろ、というジェスチャーに僕は黙る。
「ユースケ様は、頑張っていますよ」
「……頑張ってる?」
「はい。貴族の振る舞いを勉強して、姫様の力になろうと騎士団に溶け込む努力をして……今日は、その力で姫様と私を助けてくださいました」
「……でも、頑張っても……結果として、僕は──
「全てを一人で熟す必要はありません。足りない所は互いに埋め合えば良いのです」
ジェーンさんが事務的な笑みではなく、ごく自然に笑った。
「ユースケ様に足りない物は姫様が。姫様に足りない物はユースケ様が。それが夫婦という物です」
「…………」
「そして、相手にその足りない物を押し付けず、そうして努力している所を……姫様は評価しています。差し出がましいですが、私も」
「……そう、かな?」
「ええ……ですから、気になさらないで下さい」
ニコリ、とジェーンさんが笑った。
悩み事を話せて……なんだか、少しスッキリした気がする。
この世界に来てから親しい人は、ミリアぐらいしか居なかった。
だから、逆に言えば……ミリアに話せない悩みは誰にも話せなかったんだ。
「ありがとうございます、ジェーンさ……ジェーン」
「はい。少しずつ慣れていきましょうね」
僕の言動が変だったからか、ジェーンさんがクスリと笑った。
そして──
「……ユースケ様、悩みはそれだけですか?」
「え?」
「他にも何かありませんか?」
「ほ、他ですか?」
ぐいぐいと、距離を詰めてきた。
な、なに?
なんで、急に?
悩みなんて……い、いやあるけど、それは流石に言えないし。
なんて思っていたら、ジェーンさんが目を細めた。
「例えば、恋の悩みとか」
「え、ミリア以外にそんな──
「ミリア様に対する、恋の悩みです」
「ゔっ」
図星に刺さりすぎて、声が漏れた。
そう。
先程のミリアの言動を思い出した。
『自分のことが好きか?』『自分のことを異性として見てるか?』なんて、質問を。
仮初の婚約者である僕が、ミリアを好きになってしまっている事を、どうすればいいのか。
それが一番の悩みだ。
目が、泳ぐ。
「……どうやら、図星のようですね?」
さっきの悩みより、よっぽど大きな悩みだ。
言うつもりはなかったのに。
ミリアを一瞥した。
目を瞑って、一定間隔で寝息を出している。
今話しても聞かれないだろう。
……観念して、ジェーンさんに視線を戻した。
「僕って……その、ミリアの婚約者じゃないですか」
「はい」
「だけど、その……形だけの婚約じゃないですか」
「そうですね」
言いたくないけど……言おう。
「実は……僕、本当に、好きなんです。彼女の事が」
「知ってますよ」
ん?
え?
あれ?
「……え?知ってたんですか?」
「見ていたら分かりますよ。誰でも」
「え、えぇ……?あれ?」
戸惑っている僕を他所に、ジェーンさんが失笑した。
……そ、そんなに、バレバレかな?
いや、周りには愛し合ってるように見せるために、カモフラージュしてるからだと思うんだけど……?
「それで、何ですか?形だけの婚約者ではなく、本当の婚約者になりたいという事ですか?」
「え……あ、はい。そうです……」
すごい。
何でも分かるんだ。
流石は凄腕のメイドだ。
ジェーンさんがため息を吐いた。
「はぁ……そんなもの、さっさと告白すれば良いじゃないですか。『僕、本当に君のことが好きなんだ〜』とか何とか言えば」
え、今の声真似すごい。
完全に僕の声だった……め、めちゃくちゃ情けない声だったけど。
彼女からしたら僕は、あんな風に見えてるってこと……!?
い、いやいや……今はそういう事を言ってる場合ではなくて。
「ジェーンさん、そういう訳にはいかなくて……ミリアがもし、それを望んでいなかったら迷惑になるかと」
「……はぁ?」
ジェーンさんの顔が歪んだ。
呆れてるような怒ってるような……あ、いや、凄く失望してる顔だ。
「いや、これには事情があって──
「ユースケ様には申し訳ないですが、姫様には婚約者の変更を打診する必要がありそうですね」
「ちょっ、ちょっと……」
「フッ、冗談ですよ」
「……じょ、冗談……良かった」
「半分ですが」
「え?」
半分?
……え?
じゃあ、半分は本音ってこと?
「まぁ、ユースケ様の悩みは分かりました」
「う、あ、はい」
「では、僭越ながら、私が助言致しましょう」
「あ……お、お願いします」
ごほん、とジェーンさんが喉を鳴らした。
「当たって砕けてください。木っ端微塵に」
「こ、木っ端微塵に……って、砕けたらダメじゃないですか……っ」
思わず叫びそうになった。
でも、今もジェーンさんの膝でミリアが寝ているんだ。
起こしたら可哀想だ。
「……ではもう少し、真面目な助言を」
ジェーンさんが真剣な表情で僕を見た。
僕は慌てて、姿勢を正した。
「何かを得るには、一歩踏み出さなければなりません」
「……一歩、踏み出す……ですか?」
「はい。姫様は一歩踏み出そうとしています。ですから、次はユースケ様からも一歩……踏み出して下さい」
ミリアが、一歩……踏み出そうとしている?
それは、つまり。
今の、仮初の婚約者という立場の先へと……。
「……………」
……だとしたら。
「気付いたようですね」
ミリアが僕を……?
だけど、本当に……?
もし、違ったら──
自分の頬を抓った。
本来なら叩きたかったけど、うるさくは出来ないから。
「ユースケ様?何故、今、自分の頬を?」
「すみません……ちょっと戒めたくて」
一歩、踏み出すのが大事なんだ。
怖くても……その先に何があるか分からなくても。
踏み出すことが。
ならば……僕が、やるべき事は。
「でも、決まりました。僕も踏み出してみようと思います」
拳を膝の上で固く握った。
決意を固めるために、だ。
「……はい。私は応援していますよ、ユースケ様のことを」
「ジェーンさん……」
「ユースケ様はまだしも、姫様には幸せになって貰いたいので」
「…………」
ジェーンさんが笑って……膝の上で寝ているミリアの頭を撫でた。
残り数話で終わります