【完結】旅の終わりに:TS転生者と転移勇者の話   作:WhatSoon

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13話:踏み出す勇気

他領の兵士達が、ここの兵士達を拘束していく。

気を失っている領主も、ユースケにブン殴られて意識が混濁してる魔法ギルド長のジジイと、騎士のフェルナンドもだ。

 

事件後、情報伝達を行う魔道具を使って、近地の領へと連絡を行ったのだ。

ちなみに、その電話みたいな魔道具は送り元と送り先に同様の道具が必要で、魔力をバカみたいに食う癖に1日に2、3分ぐらいしか通話できない。

それでも、こういう緊急の時は便利だ。

 

……ちなみに、他領の兵士が到着するまでに、ボコボコにされた兵士の中でも重傷だった者は俺が治癒した。

 

……別に、そいつらの為ではない。

この状況を見た人が恐怖を感じかねないからだ。

正当な防衛とはいえ、こんな惨状を作り出せる人間がいるとしたら……誰だって恐れる。

 

ただでさえ、ユースケを差別する貴族がいるんだ。

悪意が無かろうと、危険だから遠ざけようとする者もいるだろう。

……だから、重傷者の傷は治す必要があったのだが──

 

 

「……しんど」

 

 

領主館から離れて、馬車の中。

馬も付けず、ただ停まっているだけだが、俺はその中で横になっていた。

 

領主館は現在、他領の兵士により封鎖されている。

居座れるような場所がない。

 

ジェーンは居ない。

事情聴取を俺の代わりにしてくれている。

彼女も俺と同様に拘束されていたが……一応、無傷だから大丈夫だと言っていた。

 

だから今、馬車の中にいるのは──

 

 

「…………」

 

 

ユースケと俺、二人だけだ。

 

あんな事があった後だ。

俺の護衛として、側に居る必要がある。

 

彼はちゃんと向いに座っているが、俺はクッションを枕にして横になっている。

 

回復魔法は疲れる。

魔力的に、体力的に、そして精神的にも。

人体に対する正しい解釈が出来なければ回復魔法の精度は落ちる。

火球を飛ばす魔法とかの方が楽だ。

火球出して飛ばすだけだし。

 

てな訳で今、俺は疲労困憊だ。

魔力が枯渇してる所為で、目眩はするし、頭も回らないし、身体もかなり冷えてる。

 

そんな俺を……ユースケは、辛そうな顔で見ていた。

何かに失敗した、って顔だ。

俺の事を颯爽と助けた癖に、なんでそんな辛気臭そうな顔をしてるのか……分からないが。

怪我も回復魔法で治したから、今はないし。

あーまぁ、服はまだボロボロだが。

 

ユースケはさっきの血塗れ装備よりは、少しマシな格好になっている。

血の付着していた鎧と上着を脱いで、黒いシャツしか着ていない。

……薄地のシャツだから、ちょっと筋肉が浮いてるな。

ユースケ、細身のくせに、筋肉が結構あるんだよなぁ。

 

って。

 

……あぁ、そういえば。

さっきまでゴタゴタしてたから言えてなかったか。

 

 

「ユースケ……」

 

「……うん?」

 

「ありがとな」

 

 

礼を言えてなかった。

だから、こんなに落ち込んでいた……とは思えないが。

まぁでも、言った方が良いのは確かだし。

 

だが、礼を言われたユースケは、逆に表情を曇らせた。

 

 

「……ううん、遅れてごめんね。ミリア……本当に、ごめん」

 

 

戦ってる時はあんなに頼りになって……ま、まぁ、カッコいい……うん、カッコいいのに。

いやっ、でも?

こっちの方が『ユースケらしい』けど……あー、もう。

 

 

「……ま、ちょっと遅かったよな」

 

「……うん、ごめん」

 

「もう少し早く来てくれたらなぁ……こんなんじゃ俺の婚約者失格だぞ?んん?」

 

 

ユースケを元気付けたくて、そんな事を口にしたが──

 

 

「そう、だよね……」

 

 

無気力に頷かれてしまった。

俺は慌てて、上半身を起き上がらせる。

 

 

「ち、ちげぇよ……冗談だ、冗談っ──

 

 

そんな返事が欲しかった訳ではない。

流石に、冗談としては悪質だった……か、あ?

 

 

「ぅぷ」

 

 

やばい、目がぐるぐる回る。

魔力切れの症状だ。

吐くようなものじゃないが、吐き気と眩暈がする。

急に立ちあがろうとするから、こんな事になる。

 

前屈みに倒れそうになり──

 

 

「ミリアっ……!」

 

 

ユースケに抱き止められて、胸板に顔が埋まる。

……戦闘があった後だからか、少し汗臭い。

シャツ一枚だけだから、体の硬さがダイレクトに伝わってくる。

 

……頭がクラクラするし、心臓の音がうるさくなる。

魔力切れが原因なのか、それとも……。

 

慌てて顔を上げる。

ユースケと、目が合う。

 

 

「わ、わるい、ユースケ……」

 

「ううん、いいよ……でもその、怪我しちゃうから……気をつけてね?」

 

 

そう言いつつ、ユースケが俺を椅子に戻そうと──

 

 

「なぁ、ユースケ……」

 

「うん……?」

 

「もう少し、このまま……でも、いいか?」

 

「え……?」

 

 

ユースケが少し困惑したような顔で、心配そうに目を細めた。

だけど──

 

 

「こっちの方が楽なんだ……なんだか、妙に、寒いから、さぁ……」

 

 

寝ているよりも、誰かの体温を感じている方が……ずっと、楽だ。

この寒気が抑えられるなら、それでいい。

 

 

「……うん、僕はいいよ。好きなだけ、こうしていい」

 

「……ありがとな」

 

 

礼を言って、ユースケの背中に手を回す。

普段の俺なら、こんな事しないだろうな……。

でも今は、かなり疲れているんだ……身体も、心も。

眠くて、寒くて……不安だから。

だから……少しぐらいワガママを言いたい気分なんだよ。

 

 

「……背中、さすってくれないか?」

 

「え……あ、うん、いいけど……」

 

 

ユースケの手が少し迷って……俺の背中に回る。

細いけど、硬くて筋肉質な腕が俺の身体を包む。

 

……あの頃、旅に出た頃は俺の方が身長、少しだけ高かったのに。

いつの間にか、俺を抜かしていた。

 

……安心する。

俺の事を何からも守ってくれると、安心できる。

 

そんな、大きさだ。

あったかい。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

互いに無言だけど、俺は気まずくない。

穏やかな時間も、悪くはない。

 

こうして二人で居るだけで、俺には十分だった。

心があったかくなって、穏やかになれるから。

一緒にいるだけで不安もなくなる。

これから先も、何とかできる……そんな気がするから。

 

 

だから──

 

 

……あぁ、やっぱり。

俺ってユースケの事が……好き、なんだな。

 

 

なんて、感慨に耽る。

 

 

……俺は、ユースケが好きだ。

ずっと一緒に居たいと思っている。

それだけなら、今、こうして婚約者で居られるだけで十分だ。

 

だけど……俺は欲張りだ。

ユースケにも、俺を好きになって欲しい。

俺の事を想って、ドキドキして欲しい。

 

そう考える事は、きっと変な事じゃない。

男女なら普通のことだ。

……普通の、男女なら。

 

 

「……ユースケ」

 

「……うん」

 

 

だけど、俺は……元、男だ。

ユースケはそれを知っている。

ユースケだけが知っている。

 

俺達は、普通の男女ではない。

 

だから、踏み込めない。

だけど、踏み込みたい。

 

……だから、俺は……もう、一歩だけ。

 

 

「……ちょっと、昔の話していいか?」

 

「昔の……?うん、いいけど……」

 

 

俺はユースケと目を合わせた。

黒い眼が俺を見ている。

 

そして──

 

 

「旅を始めて、確か……一年後、ぐらいの話だったよな──

 

 

ぽつり、ぽつりと話を始めた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

この世界に呼び出されて僕は、孤独だった。

『君は世界を救える勇者だ』なんて言われても、自分を信じられなかった。

自分にそんな力があるとは思えなかった。

なのに、誰もがそんな事を言う。

君は『勇者』だと。

 

血の繋がった家族は居ない。

親しい友人も居ない。

悩みを打ち明ける事もできない。

 

なのに、誰も彼もが、僕に『勇者』という役割を押し付けてくる。

 

逃げ出したい。

帰りたい。

 

嫌だった。

もし失敗したら、その期待は失望に変わると思ったから。

 

逃げ出したいんだ!

帰りたいんだ!

 

もう僕に期待しないでくれ!

僕は『勇者』じゃない!

ただの『鈴木 雄介』なんだ!

 

……でも、帰れない。

だから僕は、『勇者』になれるよう必死に努力した。

努力するしかなかった。

知らない人だらけの世界で、親しまれるよう善良に振る舞うしかなかった。

 

死にたくなかったから。

こんな場所で、誰にも惜しまれず、看取られる事もなく……孤独に死にたくなかったから。

 

僕は一人で旅に出る事となった。

心細かったけれど、それでもいいと思った。

だって、僕のことを『役割』でしか見ない人達なら、居ない方がマシだと思ったから。

どこかで『役割』を果たせず死んだとしても、逃げ出す事ができると思ったから。

 

 

だけど──

 

 

「貴方がユースケですね?私も旅に同行します

……これから、よろしくお願いしますね」

 

 

1人の女の子が付いてくる事になった。

しかも、国王の娘らしい。

ミリアレーナ第九王女、それが彼女だった。

 

 

「私も日本出身なんですよ。同じ世界出身……異世界転生、という事なのですよ」

 

 

彼女は僕と同じ世界出身らしい。

転移した勇者である僕と、転生した第九王女である彼女。

 

 

「ここ、凄く良い景色ですよね。なんだか『異世界』って感じしません?」

 

 

妙な親近感を感じながら、二人の旅が始まった。

 

 

「元の世界では何してたの?学生……いや、それは分かるけど。剣道とかしてなかった?……え、剣握り始めたのは、この世界に来てから?」

 

 

旅をしていれば、自然と僕達は打ち解けた。

……いや、僕は彼女に依存していたのだろう。

知らない場所で、知らない人だらけの世界……そんな世界で、僕の知っている場所を共有できる彼女に依存した。

 

 

「え?ファイル・クエストの新作でたの?あー……やってたよ、凄い流行ってたから。それで、新作は?……オンラインゲーム?……嘘じゃない?マジで?」

 

 

彼女はとても綺麗で、可愛くて……そして何より、この世界で初めて『勇者』ではなく『ユースケ』として接してくれた人だったから。

僕は彼女を好きになった。

 

 

「使命があるからって、道中を苦しい旅にする必要はなくね?美味いもの食べて、楽をしながら、楽しく邪竜を討伐しような」

 

 

きっと、彼女が居なければ……僕は、旅を続けられなかった。

どこかで心が折れて、腐って……この世界のどこかで骨を埋めていただろう。

 

 

「死ななかったら怪我しても治してやる。だから、死ぬなよ?死なない限り、責任持って治してあげるからさ」

 

 

だから、僕は彼女の事が好きになった。

 

僕は欲張りだった。

ミリアにも、僕を好きになって欲しかった。

僕の事を想って、意識して欲しかった。

 

だから、だから。

だから……。

 

僕は、彼女に……「君の事が好きだ」と告白した。

してしまったんだ。

 

そして……。

 

 

「あー……悪い。言ってなかったけどさ……『俺』、生前では男だったんだよ」

 

 

僕は──

 

 

「だからさ、聞かなかった事にしておいてやるからさ。明日以降は、その……いつも通り、旅をしようぜ?な?」

 

 

フラれてしまった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……そんな事あったね」

 

 

ユースケが目の前で嫌そうな顔をした。

思い出したくない話だったのだろう。

間違えて元・男に告白してしまった記憶なんて……思い出したくない話だ。

 

あの時、俺は16歳の男の子の純情を弄んでしまった罪悪感でいっぱいだった。

 

自分で言うのも何だが、俺は見目麗しい。

美少女だ。

……そんな俺が、同性の友人に対する振る舞いをしていた。

勘違いしてしまっても、おかしくはない。

 

だから、傷付けないように俺は聞かなかった事にした。

 

 

なのに今──

 

 

「……ユースケ、その……」

 

「……うん」

 

 

俺は──

 

 

「まだ、お前……俺のこと──

 

 

卑怯にも──

 

 

「俺のこと……好き、か?」

 

 

そう、訊いてしまった。

 

 

「……僕が?」

 

 

返事も待たず俺は、ユースケの胸に顔を埋めた。

顔を見なくて済むように。

 

怖かったんだ。

 

 

「……あぁ。まだ、俺のこと……好きか?」

 

「好きか、って……」

 

「だからっ……!その……俺を女として、異性として……見てるか?」

 

 

心臓が縮むように痛い。

自分で全てを台無しにしてしまっているような感覚。

今のままで十分に幸せなのに、それ以上を望んでしまっている自分への……自己嫌悪。

 

恐怖と後悔が胸を占める。

 

今、「冗談だ」と言えば……きっと、誤魔化せる。

なんて、囁きが聞こえる。

 

だけど……俺は口を噤んだ。

俺は、嫌なことを後回しにする癖がある。

 

いつか、いつかユースケが俺を好きになってくれれば……好きだと言ってくれたらと、そう後回しにする事だってできるのに。

 

それでも……それでは、変わらないから。

この関係を少しでも、前に進めたかった。

 

嘘じゃなくて、形だけでもなくて……本当の意味で俺は、ユースケに愛して欲しい。

ずっと、そう思っていた。

 

このままでは嫌だ。

旅が終わって、婚姻もして……なのに、何も変わらないなんて嫌だ。

 

俺は、ユースケと……本当の意味で、旅を終わらせたかった。

俺がしたいのは、旅の続きじゃないんだ。

 

 

「なぁ、ユースケ……」

 

 

顔は見れない。

怖い。

 

 

「……ミリア」

 

 

答えを聞くのも怖い。

拒絶されたら、俺は……。

 

 

「僕は──

 

 

俺は──

 

 

ノックの音が響いた。

 

 

「あっ」

 

「っと……」

 

 

我に返って、慌ててユースケから離れた。

馬車の中、ユースケと目が合う。

 

ユースケは……複雑な表情を浮かべていた。

だけど、嬉しそうな顔ではない。

落胆……だろうか。

 

俺は乱れた呼吸を戻すために、深呼吸をして……外へ向けて口を開いた。

 

 

「どなたでしょうか?」

 

「ジェーンです、姫様。少しお話ししたい事がございます。よろしいでしょうか?」

 

 

あ。

あ……うん。

そうだった。

 

俺がこんな色恋に倒錯している間に、ジェーンは多量の兵士の事情聴取を受けていたのだった。

……罪悪感に頬が引き攣る。

 

 

「は、入っていいですよ」

 

「では、失礼致します」

 

 

ドアが開いて、メイド服を少し汚したジェーンが入って来た……のだが。

 

俺とユースケの顔を交互に見て、瞬きをした。

 

 

「……申し訳ありません。間が悪かったようですね」

 

「あ、いやっ?そんな事ないぞ?な、ユースケ?」

 

「う、うん。大丈夫、大丈夫……」

 

 

ぎこちなく苦笑する俺達を見て、ジェーンは眉尻を下げた。

 

 

 

 

 

 

結局、返事は聞けなかった。

催促も出来なかった。

 

だけど、それで良かったかも……なんて逃げるような思考が頭を過った。

自分の逃げ癖が嫌になる。

 

俺は……怖かった。

怖いんだから、仕方ないだろ。

 

今の関係が快適なんだから、多くを望まなくても……俺は、別にいい。

そう思った……いや、思いたかった。

 

……だって。

 

もし、ユースケに拒否されたら……どうしたらいいのだろう。

分からない。

 

何をしようとしていたんだ、俺は。

ユースケにあんな顔をさせてまで。

 

……どうしたら、良いんだろうな。

俺が普通の女だったら、こんなに悩む必要はなかったのか?

 

分からない、何もかも。

どうしたらいいか、なんて。

 

今はただ、魔力の枯渇による微睡に身を任せたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

揺れる馬車の中、ミリアはジェーンさんの膝の上で寝ていた。

行きの御者はジェーンさんだったけれど、あんな事件があった後だ……別の人を雇って、御者をやって貰い、ジェーンさんには休んでもらう事にしたんだ。

 

そんなジェーンさんの膝の上で、すやすやと眠るミリアを見た。

僕は……緩んだ頬を手で隠した。

 

さっきの、ミリアの問い。

『まだ自分のことが好きか?』

『自分のことを異性として見ているか?』

という問いの意味が分からずにいた。

 

ミリアが何を聞きたかったのか、何故そんな問いをしたのか……分からずにいた。

 

……正直に答えれば、どちらも『そうだ』が正解だ。

僕はミリアを好きだし、異性として見ている。

 

だけど、ミリアがそれを望んでいない筈だ。

……どう、答えれば良かったのか。

 

ジェーンさんが止めてなかったら、僕は……どう答えていたのだろうか。

 

 

……ジェーンさんを一瞥する。

彼女は愛おしそうに、眠っているミリアを撫でた。

ミリアは心地よさそうに、柔らかな笑みを浮かべていた。

 

ふと、ジェーンさんと目が合った。

 

 

「……ユースケ様、なにか?」

 

「い、いえ……その、ジェーンさんって、本当にミリアの事を大切にしてるな……って」

 

「……そうですね。私にとって、今はそれが全てですから」

 

 

また、ジェーンさんはミリアの頭を撫でた。

そして、僕に向けて微笑んだ。

 

 

「それと、私に敬称は不要ですよ?ユースケ様は姫様の旦那様なのですから」

 

 

前に一度、結婚式後に言われた言葉だ。

痛いところを突かれた僕は頭を下げる。

 

 

「す、すみません……」

 

「敬語も不要です。そろそろ、慣れていただきたいのですが……」

 

「……その、慣れてなくて」

 

「これからは、姫様の隣に相応しい振る舞いが必要になりますから……少しずつ、慣れていきましょうね」

 

「はい……」

 

 

ジェーンさんに頭を下げて、自己嫌悪する。

 

ミリアは普段の自分の上に、立場の上で必要な振る舞いが出来る。

第九王女として、人の上に立つ者としての振る舞いが。

貴族に、王族に相応しい所作も出来て、僕よりも賢い。

 

なのに僕はどれも中途半端で……自分で自分のことが嫌になる。

 

 

「……何か悩んでいますか?ユースケ様」

 

「……わ、分かります?」

 

「はい。メイドですから」

 

 

その理屈は変だと思う。

でも、なんだか嘘ではないような気がした。

 

 

「……聞いてくれます?」

 

「はい。構いませんよ」

 

 

ミリアを一瞥して、ジェーンさんに視線を戻す。

 

 

「……ミリアは凄いじゃないですか。凄腕の魔法使いなのに、一流の貴族の振る舞いも出来て」

 

「ええ、同意致します。姫様は凄いです」

 

「……なのに僕が出来るのは、戦う事だけ。今日みたいに、戦うことしか出来ない」

 

「……ユースケ様?」

 

 

僕は自分の手を見た。

人を殴った感触が、まだ残っている。

 

ジェーンさんに視線を戻す。

 

 

「ミリアが乱暴されて、牢に繋がれて……そうなってからしか、助けに来れない。遅いんだ……『強い』だけなんだ。そんなんじゃ意味がない」

 

「……ユースケ様」

 

「僕は本当にミリアの婚約者に相応し──

 

「そこまでです」

 

 

ジェーンさんが自身の口元に人差し指を立てた。

静かにしろ、というジェスチャーに僕は黙る。

 

 

「ユースケ様は、頑張っていますよ」

 

「……頑張ってる?」

 

「はい。貴族の振る舞いを勉強して、姫様の力になろうと騎士団に溶け込む努力をして……今日は、その力で姫様と私を助けてくださいました」

 

「……でも、頑張っても……結果として、僕は──

 

「全てを一人で熟す必要はありません。足りない所は互いに埋め合えば良いのです」

 

 

ジェーンさんが事務的な笑みではなく、ごく自然に笑った。

 

 

「ユースケ様に足りない物は姫様が。姫様に足りない物はユースケ様が。それが夫婦という物です」

 

「…………」

 

「そして、相手にその足りない物を押し付けず、そうして努力している所を……姫様は評価しています。差し出がましいですが、私も」

 

「……そう、かな?」

 

「ええ……ですから、気になさらないで下さい」

 

 

ニコリ、とジェーンさんが笑った。

悩み事を話せて……なんだか、少しスッキリした気がする。

 

この世界に来てから親しい人は、ミリアぐらいしか居なかった。

だから、逆に言えば……ミリアに話せない悩みは誰にも話せなかったんだ。

 

 

「ありがとうございます、ジェーンさ……ジェーン」

 

「はい。少しずつ慣れていきましょうね」

 

 

僕の言動が変だったからか、ジェーンさんがクスリと笑った。

 

そして──

 

 

「……ユースケ様、悩みはそれだけですか?」

 

「え?」

 

「他にも何かありませんか?」

 

「ほ、他ですか?」

 

 

ぐいぐいと、距離を詰めてきた。

な、なに?

なんで、急に?

 

悩みなんて……い、いやあるけど、それは流石に言えないし。

なんて思っていたら、ジェーンさんが目を細めた。

 

 

「例えば、恋の悩みとか」

 

「え、ミリア以外にそんな──

 

「ミリア様に対する、恋の悩みです」

 

「ゔっ」

 

 

図星に刺さりすぎて、声が漏れた。

 

そう。

先程のミリアの言動を思い出した。

『自分のことが好きか?』『自分のことを異性として見てるか?』なんて、質問を。

仮初の婚約者である僕が、ミリアを好きになってしまっている事を、どうすればいいのか。

それが一番の悩みだ。

 

目が、泳ぐ。

 

 

「……どうやら、図星のようですね?」

 

 

さっきの悩みより、よっぽど大きな悩みだ。

言うつもりはなかったのに。

 

ミリアを一瞥した。

目を瞑って、一定間隔で寝息を出している。

今話しても聞かれないだろう。

 

……観念して、ジェーンさんに視線を戻した。

 

 

「僕って……その、ミリアの婚約者じゃないですか」

 

「はい」

 

「だけど、その……形だけの婚約じゃないですか」

 

「そうですね」

 

 

言いたくないけど……言おう。

 

 

「実は……僕、本当に、好きなんです。彼女の事が」

 

「知ってますよ」

 

 

ん?

え?

あれ?

 

 

「……え?知ってたんですか?」

 

「見ていたら分かりますよ。誰でも」

 

「え、えぇ……?あれ?」

 

 

戸惑っている僕を他所に、ジェーンさんが失笑した。

……そ、そんなに、バレバレかな?

いや、周りには愛し合ってるように見せるために、カモフラージュしてるからだと思うんだけど……?

 

 

「それで、何ですか?形だけの婚約者ではなく、本当の婚約者になりたいという事ですか?」

 

「え……あ、はい。そうです……」

 

 

すごい。

何でも分かるんだ。

流石は凄腕のメイドだ。

 

ジェーンさんがため息を吐いた。

 

 

「はぁ……そんなもの、さっさと告白すれば良いじゃないですか。『僕、本当に君のことが好きなんだ〜』とか何とか言えば」

 

 

え、今の声真似すごい。

完全に僕の声だった……め、めちゃくちゃ情けない声だったけど。

彼女からしたら僕は、あんな風に見えてるってこと……!?

 

い、いやいや……今はそういう事を言ってる場合ではなくて。

 

 

「ジェーンさん、そういう訳にはいかなくて……ミリアがもし、それを望んでいなかったら迷惑になるかと」

 

「……はぁ?」

 

 

ジェーンさんの顔が歪んだ。

呆れてるような怒ってるような……あ、いや、凄く失望してる顔だ。

 

 

「いや、これには事情があって──

 

「ユースケ様には申し訳ないですが、姫様には婚約者の変更を打診する必要がありそうですね」

 

「ちょっ、ちょっと……」

 

「フッ、冗談ですよ」

 

「……じょ、冗談……良かった」

 

「半分ですが」

 

「え?」

 

 

半分?

……え?

じゃあ、半分は本音ってこと?

 

 

「まぁ、ユースケ様の悩みは分かりました」

 

「う、あ、はい」

 

「では、僭越ながら、私が助言致しましょう」

 

「あ……お、お願いします」

 

 

ごほん、とジェーンさんが喉を鳴らした。

 

 

「当たって砕けてください。木っ端微塵に」

 

「こ、木っ端微塵に……って、砕けたらダメじゃないですか……っ」

 

 

思わず叫びそうになった。

でも、今もジェーンさんの膝でミリアが寝ているんだ。

起こしたら可哀想だ。

 

 

「……ではもう少し、真面目な助言を」

 

 

ジェーンさんが真剣な表情で僕を見た。

僕は慌てて、姿勢を正した。

 

 

「何かを得るには、一歩踏み出さなければなりません」

 

「……一歩、踏み出す……ですか?」

 

「はい。姫様は一歩踏み出そうとしています。ですから、次はユースケ様からも一歩……踏み出して下さい」

 

 

ミリアが、一歩……踏み出そうとしている?

 

それは、つまり。

今の、仮初の婚約者という立場の先へと……。

 

 

「……………」

 

 

……だとしたら。

 

 

「気付いたようですね」

 

 

ミリアが僕を……?

だけど、本当に……?

 

 

もし、違ったら──

 

 

自分の頬を抓った。

本来なら叩きたかったけど、うるさくは出来ないから。

 

 

「ユースケ様?何故、今、自分の頬を?」

 

「すみません……ちょっと戒めたくて」

 

 

一歩、踏み出すのが大事なんだ。

怖くても……その先に何があるか分からなくても。

 

踏み出すことが。

 

ならば……僕が、やるべき事は。

 

 

「でも、決まりました。僕も踏み出してみようと思います」

 

 

拳を膝の上で固く握った。

決意を固めるために、だ。

 

 

「……はい。私は応援していますよ、ユースケ様のことを」

 

「ジェーンさん……」

 

「ユースケ様はまだしも、姫様には幸せになって貰いたいので」

 

「…………」

 

 

ジェーンさんが笑って……膝の上で寝ているミリアの頭を撫でた。




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