【完結】旅の終わりに:TS転生者と転移勇者の話 作:WhatSoon
「……チッ、こんなヤバい酒用意しやがって」
俺は瓶に蓋をして、鞄に戻した。
捨てるには勿体無いと思ったからだ。
『ラブフルーツ』の酒って、貴族達にとっても高級品扱いだし。
味は悪くなかったし……解毒魔法を回しながら飲めばいけるだろ。
城に帰ったら、こっそり一人で楽しむ事にしよう。
で、視線をユースケに戻す。
正座している。
この世の終わりみたいな表情で、顔を青ざめさせたまま。
「ごめん、ミリア……本当にごめん。その、本当に……ごめん……」
ユースケは『ごめん』と連呼するロボットになってしまった。
酒に『媚薬』効果があったと教えてやったが、それでも自分が悪いのだと考えているのだろう。
「……俺は気にしてねぇよ。つーか、酒飲ませたのは俺だしな」
「でも……その、僕は最低な事を」
「尻を揉まれたぐらいだろ。減るもんじゃねぇし気にしてねぇよ」
いや、確かに……まぁ、『尻を揉まれた程度』とは言い辛いが。
結構ビックリしたし、まぁ、今もちょっとこう、後に引いてる感じがするが。
理由も無くやられたら、絶交レベルのセクハラだが。
それでも、ユースケが自分を責めているこの状況は違うだろ。
不可抗力……まぁ、不可抗力だろ。
ってな訳で、何でもない風に振る舞う事にした。
「でも……」
「なんならもっかい揉むか?」
「え!?いやっ、そ、そそんな事しないよ!」
慌てて否定するユースケを、俺は小馬鹿にするように笑う。
「その程度って事だ。だから、別にお前のこと嫌いにならねぇよ。だからもう謝るな」
「ご、ごめ──
「んん〜?」
「うっ……あ、ありがとう。ミリア」
「……まぁ、よし。その調子だ」
別に感謝される謂れはないが。
つーか、今回の件、そもそも酒を用意したのは村長だし、飲ませたのは俺だし。
原因の原因は俺。
更にその原因は村長。
責任の比率で言うと、村長8、俺2、ユースケは1……あれ?
これじゃあ合計で11か……?
まぁ、いいや。
つーか、あんだけ『媚薬』を飲んだのに、尻揉むだけで済んだのは……ユースケの自制心が働いてたからだろ。
筋力差ヤバいし、マジで正気を失ってたら俺じゃあ振り解けない。
もし本気で押し倒されてたら……俺は無理矢理に──
って、何考えてんだ。
やめだ、やめ。
俺もちょっと酒の影響が残ってんのかな。
解毒魔法使った筈だが……うーん。
一つ気付いた事がある。
尻揉まれたが、嫌悪感はなかったって事だ。
こうして、自分の中で「まぁ、許してやるか」の気持ちでいられるぐらいには。
この世界で貴族の男に手ェ握られただけで嫌悪感ヤバかったってのに。
そんな感じがなかったんだよな。
今までの旅の中で、切羽詰まった時に抱き抱えられたりして触る事もあったが……緊急事態でも平時にちゃんと触った事はなかったな。
こいつ童貞だから距離感あるんだよなー……見えないバリア張ってんのかよ、ってぐらい。
「おい、ユースケ。ちょっと手を出せ」
「え、手……?うん、いいけど……」
差し出された手を握ってみる。
「へっ……!?」
「あー……『媚薬』がちゃんと抜けてるか、魔法で診てやってるんだ。じっとしてろ」
「う、うん……分かった……」
適当な嘘を吐いて、手を触診する。
……ゴツゴツして硬いな。
男って感じの手だ。
でも、まぁ……やっぱり、嫌な感じはしないな。
触っても不快感は感じない。
触られても……多分、大丈夫だろ。
「…………」
ちら、と顔を上げるとユースケが顔を真っ赤にしていた。
『媚薬』の効果は抜けてる筈だが……って、あー……そうか、外面だけなら俺、美少女だもんな。
「ま、まぁよし。ちゃんと解毒は出来てるみたいだな」
俺は慌てて手を離した。
やっぱ一緒に旅してたからな……他の奴とは気の許し方が違うんだろうな。
うん、触れても嫌悪感が湧かないのは良い事だ。
頷きながら、窓の外を見る。
……暗いな。
こんなアホな事してる場合じゃないか。
寝ないと明日がキツイ。
「はぁ……もう夜も遅いし寝るぞ、ユースケ」
「あ、うん、そうだね……」
気まずい空気を無視して、俺は就寝の用意をする。
……デカいベッドが一つだけ。
これと『媚薬』酒。
つまり、そういう事だったんだろうな。
俺はため息を吐いて、ユースケへ目を向けた。
……床の片付けをして、麻布を敷いている。
コイツ、黙って地べたで寝るつもりだな?
いつもなら、同じベッドで寝れば良いだろ?って言うところだが……まぁ、さっきの出来事を考えりゃ、気まずい。
それに、俺は『大丈夫だ』と言っているが、ユースケは今も罪悪感を抱えているようだし。
ここは素直に、床で寝てもらうか。
その方が、コイツのメンタル的にも良いだろ。
「じゃ、おやすみ。ユースケ」
「うん……おやすみ、ミリア」
……電灯代わりの魔道具の灯りを切って、俺はベッドの上に寝転がった。
それと同時にユースケも床へ寝転がる。
互いに背を向けて、俺は目を閉じた。
明日になれば、また王城での生活。
クソ親父から言われた猶予も、少しずつなくなって来ている。
どっかの知らない男と結婚させられるまで……あと少し。
自由でいられる期間は限られている。
……そんな、知らない男と結婚するぐらいなら──
いや、よそう。
俺は元男だ。
それは……ユースケだって知っている。
だから、その選択肢は『なし』だ。
あぁ、くそ。
2年前、ユースケに……前世の事、言わなきゃ良かったな。
嘘を吐きたくないからって、言っちまった。
その選択に後悔はしたくない……そう、したくはない。
だけど、それでも……。
「…………」
言わなかったら、こんなに苦しまずに済んだのだろうか。
俺には分からない。
何も分からない。
……分からない事ばかりだ。
◇◆◇
僕は開拓村を出て、帰路に着いた。
と言っても、帰りの馬車に乗っているだけだ。
行きと違いは殆どない。
向かいの席に座っているミリアを一瞥する。
視線が合った気がして、慌てて目を逸らした。
昨日、僕は……彼女を傷付けてしまった。
女性の身体を持ち、男性の心を持つ彼女に……セクハラしてしまった。
最悪な奴だ、僕は。
ミリアは『このエロ漫画に出て来そうな酒の所為だろ』なんて言って、許してくれたけれど……それでも、僕の行った愚行は消えない。
あの果物の果実酒を飲んでからの記憶は、ちゃんと残っている。
この手で触れた感触も。
だからこそ、罪悪感を感じていた。
『媚薬』の所為とはいえ、欲望に従ってしまった自分が情けない。
だから、未だこうして、ミリアに話しかけられずにいる。
ここ最近の会話は全て、彼女の言葉が発端となっている。
「……そういやさ」
「うん?」
そうそう、こんな感じで彼女が話し始めないと、会話がスタートしないんだ。
「これで俺らの旅は最後になるだろうけど──
「え?最後……?」
やっぱり、昨日の出来事で嫌になったのだろうか。
それとも、僕の所為で──
「最後だ。互いに婚約者作るだろ?既婚者同士で旅に出られる訳がねぇよ」
「……それは、そうだね」
「だから、これで最後だよ。俺達の旅はな……邪竜を討伐した時点で終わってたんだろうな」
「…………」
「今回のは延長戦。ちょっとしたオマケの続きみたいなもんだ」
「……そう、だね」
そう寂しそうに言って……そして、僕に笑顔を向けた。
「色々あったよな。船に乗るためにナザリの港まで行ったろ?」
「あ、行ったよね。乗った船に密輸品があって──
「そうそう。結局、出航するまでに二週間もかかったな」
「はは……あれは大変だったよね」
僕が苦笑すると、ミリアが笑った。
「冬に山越えしようとして、遭難しかけたよな」
「ヒエラル山の話だね」
「おう、ありゃ教訓だ。ちゃんと地元の奴らの話は聞いておけってな」
「でも、ミリアの魔法で火は確保できたし……土壁で吹雪も凌げたからなんとかなったよね」
「逆に言えば、俺が魔法の天才じゃなければ凍死してたって訳だ。俺に感謝しろよ?ん〜?」
「……ミリアが荷物落とした所為で、防寒用の布が一枚しか無かったもんね」
「それは言うなよ。結局、あの布デカかったし、二人で使えただろうが」
「……ミリアの寝相が悪いから、朝起きたら僕の分無くなってたけどね」
「言うようになったな〜、全く」
「うっ、ごめん」
ミリアが楽しそうに思い出を語る。
「辺境伯んとこのダンスパーティに参加した事もあったよな」
「あー……あの時、ダンス指南してくれたアイーダさん、怖かったよね。未だに時々、夢に見るよ」
「俺は慣れてるから言うほど叱られなかったけどな……お前はこっちに来てから1年……いや2年ぐらいだったろ?」
「そうだよ。ダンスだって初めてだったんだよ。酷くない?」
「……これからは貴族やるんだから、ダンスパーティでエスコートぐらい出来るようになっといた方がいいだろ。だからまぁ、必要な経験だったと割り切っとけ」
「それは、まぁ、そうだけどね」
苦い記憶や、辛かった記憶。
トラブルもあったし、決して順風満帆な旅ではなかったと思う。
それでも。
「まぁ、でも……悪くなかったな。最後にまた、お前と旅が出来て楽しかったよ」
ミリアの言葉に、僕も笑顔で頷く。
「……僕も楽しかったよ。ミリアとの旅は」
「だろうな。こんな可愛い美少女と旅出来たんだから、当然だよな?」
ミリアの顔へ視線を向ける。
冗談を言うような、揶揄うような表情……旅の間もよく見た顔だ。
「はは……そうだね。ミリアは可愛いからね」
そんな揶揄うような彼女に対抗したくて、彼女の発言に同意した。
そうすれば、少しは照れてくれるかな……って。
だけど、返事も返ってこない。
どうしたのだろうか、と思ってミリアへ目を向ける。
すると──
「……そういう事、真顔で言うなよ。キモいぞ」
彼女は口元を隠して、顔を逸らされた。
「ご、ごめん……」
……冗談にしては、空気を読めなさ過ぎた。
ちょっと調子に乗りすぎたみたいだ。
「夜会でもこんな事、女の子に言ってんのか?いつか刺されても、回復魔法かけてやんねーからな」
いや、言ってないけど……。
ミリアぐらいにしか、僕はこんな事言わないよ。
でも、そんなこと、彼女に伝えられる訳がなくて──
「ごめん、気をつけるよ……」
「そうしろ、バカ」
ミリアはまた、口元を隠したまま……窓の外へ顔を向けた。
楽しかった旅。
二人で様々な冒険をした日々。
そんな日々は終わり、僕達は……いつか、離れ離れになるのだろう。
いつまでも、今までの僕達ではいられない。
自由に、気ままに旅をしていた過去に……決別しなければならない。
その事実を噛み締めて、僕は目を瞑った。
馬車が踏み締める土の感触。
そんな揺れだけが、今の僕を慰めてくれる。
そんな気がした。