【完結】旅の終わりに:TS転生者と転移勇者の話   作:WhatSoon

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8話:キスの練習

居住区に帰宅し……そして、夕食後。

割り当てられた部屋の中で、俺とユースケは顔を突き合わせて座った。

 

 

「えっと……話って?」

 

「俺とお前の結婚式の日程が決まった」

 

「僕とミリアの?……そっか、うん」

 

 

緊張した顔を浮かべるユースケに、俺は資料を出した。

魔法で木材から加工された紙には、日程やら何やらが記載されている。

 

 

「式は一週間後。場所は王城の離れにある教会だな」

 

「……う、うん」

 

「緊張してんのか」

 

「それは……そうだよ。人生で初めてだし」

 

 

そりゃそうだろ。

つーか俺も初めてだよ、バカ。

 

 

「基本的な支度は使用人やらがやってくれる。予定だけ頭に入れて、神父やら案内人の指示を聞いておけば何とかなる」

 

「わ、わかった」

 

「それと、変に慌てるとダサいからな。自信がなくても堂々としとけ」

 

「うん……」

 

「じゃあ順を追って説明していくぞ。前日の夜からなんだが──

 

 

資料を捲りながら、ユースケに説明する。

こういうのは自分一人で読むよりも、熟読した人間が要点を押さえながら説明した方が分かりやすい。

 

ユースケも真剣に取り組んでくれてるし、基本的には大丈夫だろう。

コイツ、普段は頼りないが要所要所では何とかしてる印象あるし。

 

 

そうして日程、準備概要を説明していき──

 

 

問題の箇所に到達した。

 

 

「で、式場で『誓いのキス』をする訳だ」

 

「……キ、キス」

 

 

……ええい、顔を赤くするな。

こっちまで照れるだろうが。

 

 

「この国では、親しい男女は割と普段からキスしてるからな。婚約者ならそれぐらい躊躇いなく出来て当然って訳だ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「だから、ちょっとでも当日に躊躇うと……」

 

「躊躇うと?」

 

「まぁ普通のカップルなら問題ないが、俺達の場合はな……結婚に反対してる奴らに口実を与えるかもしれない」

 

 

ユースケが目を瞬いた。

理解してないみたいだな。

 

 

「あー、つまりな、王族である俺と外様であるお前……身分が合ってないのは確かなんだが、そこは自由恋愛を尊重する文化だから、何とか認められてる訳だ」

 

「うん……」

 

「それなのに、本当は好き合ってないってバレたら?お前の力を欲しがってる貴族連中が、文句を付けるだろ」

 

「え、あ……そっか……そうなの?」

 

「そうだ。貴族は面子を重要視してんだ。法とかよりも、感情論が横行している」

 

「……そ、そうなんだ」

 

「そうだ。重要なのは弱みを見せない事だ。取っ掛かりがなければ、後ろから刺されずに済む」

 

 

ユースケが申し訳なさそうに視線を逸らした。

 

 

「う……何というか、難しいんだね。貴族間の政治って」

 

「まぁ……ウチの国は君主制だが、貴族どもの力は無視できない。歴代のアホ国王どもが大量に子供残してる所為で、貴族の大半が国王の血を引いてやがる」

 

「……引いてるとどうなるの?」

 

「王権を引き継ぐ正当な資格があるって訳だ。最悪の場合、クーデターを起こす理由にもできる。だから、貴族どもを無視できないって訳だ」

 

「……そ、そっか。なるほど」

 

 

ユースケは腕を組んで頷いた。

 

 

「つまり、この結婚式は失敗できない。可能な限り、完璧に整える必要がある。参加者が少しも疑念を持たないようにな」

 

「……うん、分かったよ。僕も頑張るよ」

 

 

よし、これで認識合わせは出来ただろう。

……だが、まぁ、うん。

 

肝心な部分が、まだ残っている。

 

 

「で、誓いのキスは何とかなるか?」

 

「う、うん……何とかするよ」

 

「結婚式には貴族連中が山ほど来るぞ。偉いさんも」

 

「……や、山ほど?」

 

「おう。王族と勇者の結婚だ。普通の結婚式じゃないんだ……国営にも影響を及ぼすかも知れないからな」

 

「…………そ、そっかぁ」

 

 

ユースケの視線が泳いでいる。

 

 

「で?もう一回聞くが……誓いのキスは何とかなるか?」

 

「……う、なん、何とか……ごめん、自信ないかも」

 

「……はぁ、だよな」

 

 

申し訳そうにユースケが頭を下げる。

まぁ、ここで『何とかなるよ!』と気楽に言われて、本番で失敗されるよりは遥かにマシだ。

 

項垂れてるユースケの前に、ジェーンが紅茶を置いた。

俺の前にもだ。

 

そして、ジェーンが俺へと視線を向けた。

 

 

「姫様、簡単に解決する方法がありますよ」

 

「ん?本当か?どうすんだ?」

 

 

俺よりも人生経験豊富な……いや、人生2周目なのに、俺の方が……って、そうじゃなくて。

人生経験豊富なジェーンのアイデアだ。

参考にしたい。

 

ユースケが気まずそうに紅茶を飲んでいる。

 

 

「単純に慣れれば良いのですよ、姫様」

 

「ごふっ」

 

 

ユースケが咽せた。

無視して、ジェーンへ視線を戻す。

 

 

「……あー、まー、それしかないか」

 

「はい、そうですよ。お二人は婚約者なんですから、普段から致しても問題ありません」

 

「それはそうなんだが……」

 

 

俺は自分の眉間を揉む。

そして、ユースケを一瞥する。

 

……顔が赤いな。

でも、それはきっと……俺も一緒か。

 

 

「聞いただろ、ユースケ」

 

「え、あっ、うん……」

 

「お前には悪いが……キスの練習するぞ。いいか?」

 

 

……自分で言っておいて何だが、『キスの練習』ってなんだ。

それは普通にキスなんじゃないのか。

いや、普通に『キスするぞ』って言うよりはこう、義務感があって恥ずかしくないから無意識にそう言ってしまったのだが。

 

 

「う、うん……よろしく、お願いします」

 

 

何で敬語なんだ、畏まるな。

直後、ジェーンが手を叩いた。

 

 

「では、お二人で今から、一度やってみましょうか」

 

「は?」

「えっ?」

 

 

今……今か?

今なのか?

 

待て待て、心の準備が出来てない。

 

 

「べ、別に、今日じゃなくても良くないか?明日でも──

 

「姫様は問題を先送りにする癖がありますからね。明日、また明日、次は来週と。可能な限り後回しにしますよね?」

 

「うぐっ」

 

 

図星だ。

前世の学生の頃、夏休みの課題を溜めに溜めて、最終日にヒィヒィ言いながらやっていた。

あの時から、俺は全く成長していない。

 

 

「ほら、お二人とも席をお立ちください」

 

 

促されるまま、俺とユースケは席を立ち……窓の前に立たされた。

月明かりが俺達の顔を照らす。

 

ガラスには、めちゃくちゃ緊張した顔が写ってる。

そして、すぐ側にはメイド。

 

ムードもあったもんじゃないぞ。

 

 

「…………」

 

「ぅ………」

 

 

互いにどうすれば良いか分からなくて、固まる。

何とか出来ると思っていたが……こうして、いざやるとなると困るな。

どうすれば良いんだ、キスなんて。

 

こう、あれか?

俺の方からグイッと行くべきなのか?

 

助けを求めて、ジェーンの方へ視線を向ける。

……なーんでサムズアップしてるんだ、オイ。

この状況を楽しんでるだろ、オイ。

オイ、コラ、オイ。

 

……ダメだ、アイツ観客のつもりだ。

手伝う気がない。

 

 

「……はぁ」

 

 

ため息を一つ。

そして、意を決してユースケへと目線を向けた。

 

 

「ユースケ……取り敢えず、やってみるか」

 

「そ、そうだね……」

 

 

互いに体ごと、向き合う。

心臓がうるさいほど鳴っている。

 

 

「…………」

 

「えっと……」

 

 

ユースケが俺の肩に触れる。

ピクリと、無意識に身体が跳ねた。

 

そうして、そのまま、少し引き寄せられる。

 

顔が近い。

……練習、しておいて良かったな。

ぶっつけ本番だったら、やっぱり失敗していたかも知れない。

 

俺も、余裕がないし……取り繕う事も出来なかっただろう。

 

 

「……ぁ」

 

 

そして、ゆっくりと顔が近付いて──

 

 

ガッ。

 

 

唇越しに、歯が当たった。

 

 

「あだっ……!」

 

()っ!?」

 

 

 

互いの歯で挟んだ、上唇が痛む。

 

ズキズキと滲むような痛みに耐えつつ、ユースケを睨む。

 

 

「へっ、へたくそ……!」

 

「ご、ごめん、ミリ……って、あ、血、血が出てる!」

 

「あ……?」

 

 

上唇に触れる。

うわ、マジだ。

 

手には水気のある血が付着していた。

唇が切れて血が出ているのだろう。

 

 

「ご、ごめんよ……?」

 

「……チッ、これぐらい回復魔法ですぐ治る」

 

 

親指に魔力を込めて、口元を拭う。

血を拭き取りつつ、傷を塞いだ。

 

意気消沈しているユースケに、ジェーンが肩を軽く叩いた。

 

 

「ユースケ様、もう少し加減して……優しいキスをしましょうね?」

 

「う、ごめんなさい……やり方が分からなくて……」

 

 

項垂れるユースケに、ジェーンはニッコリと笑っていた。

 

 

「では少し、コツなどをお話ししましょうか?」

 

「は、はい」

 

「緊張せず、力を抜いて……緩めて、少し口が開く程でも構いません」

 

「はい……」

 

「そして、3秒から5秒ほど重ねまして──

 

 

ジェーンがユースケに指導を入れている。

……少し気まずいな。

 

視線を逸らして、自分の唇に触れる。

傷はもうない……しっとりとして、柔らかい。

唇ごしに歯が当たった時の感触……その直前、確かにユースケの唇と触れた。

 

流血沙汰になった所為で、自覚があまりないが……俺とユースケは、間違いなくキスをした。

その筈だ。

……そうか、そっか、そうだな。

 

 

「はい、姫様。準備が完了しましたよ」

 

「……は?何の?」

 

「勿論、ユースケ様のですよ」

 

 

ユースケはまた緊張した面持ちで立っていた。

 

 

「はぁ?……またキスをするのか?」

 

「はい。ですが、今度は先程のようにはなりません。ですよね、ユースケ様?」

 

「う、うん……頑張るよ」

 

「ユースケ様もこう言っていますし、よろしいですよね?」

 

「……まぁ、いいけど」

 

 

……さっきので、今日は終わりだと思ってたのに。

安心して緩やかになっていた心音が、またうるさくなる。

 

 

「ではでは……私は失礼致しますね。お二人の邪魔をしてはいけませんので」

 

 

そして、ジェーンが俺達から離れた。

こんな空気の中、自分だけ何処かに行くつもりなのか?

 

 

「あ、オイっ──

 

「終わったら呼んでくださいね?外で待っていますので」

 

 

俺の呼び止めも無視して、部屋から出てしまった。

……俺のお付きのメイドだよな?

主人の意思を無視していいのか?

 

俺とユースケが旅してる間に、自由になってないかアイツ。

昔はもっと厳粛だった気がするが。

 

ため息を吐いた俺に、ユースケが口を開く。

 

 

「……じゃあ、その、ミリア?」

 

「あ?……あー、おう、そうだな」

 

 

無意識に上唇へ手が触れた。

ビビってるのか、俺は。

さっきの痛みや、キスをしたという事実に。

 

 

「今度は……その、失敗しないようにするから」

 

「……おう」

 

 

気の利いた言葉は出ない。

互いに緊張しているからだ。

 

そんな俺に、ユースケはゆっくりと近付いて……肩に指を触れた。

優しく、壊れ物を扱うような力加減に、俺は身を任せる。

 

目線が合う。

緊張した表情だが、さっきよりは凛々しい。

……旅をしてた時にも、時折見ていた顔だ。

そんな顔が今、俺に向けられている。

 

 

「じゃあ……」

 

「…………あぁ」

 

 

……目を閉じる。

恥ずかしかったからだ。

顔を見られるのも、顔を見るにも。

 

そして、ゆっくりと──

 

 

「ん……」

 

 

唇が触れた。

 

 

今度は優しく、互いの柔らかな部分が触れる。

さっきの下手くそなキスを上書きするように、ゆっくりと……触れ合う。

 

ユースケの腕が背中にまわる。

抱きしめるように、包み込むように力がこもっている。

 

 

「…………っ」

 

 

婚約は形だけの筈だ。

このキスも義務のような物だ。

互いに好き合ってる訳じゃないのに。

 

なのに、なんで……どうして、こうも。

 

……くそっ。

責任取れよ、コイツ。

バカみたいじゃないか、俺が……一人で勝手に、こんな感情に振り回されて。

 

 

「っ……」

 

「……っ、ぁ」

 

 

長いような短い時間が経って、唇が離れた。

目を開ければ、ユースケがぎこちなく笑っていた。

 

 

「……ミリア……これでいいかな?」

 

「……ん、あぁ。いいんじゃない、か」

 

 

……俺の口から、ちょっと涎が垂れた。

急いで拭き取る。

 

 

「……そっか、良かった……これで一安心だね」

 

「……おう」

 

 

そして、ユースケが安堵したようで表情を崩した。

俺はまだ表情を強張らせたままだっていうのに。

くそ、くそくそ、何で俺ばっかり……。

 

 

「……いつまで抱きついてんだ、離れろ」

 

「あ、ごめん……」

 

 

腕から離れて、数歩ユースケから離れる。

 

嫌ではなかった。

嫌悪感はなかった。

 

寧ろ──

 

 

「……ジェーンを呼んでくる」

 

「う、うん」

 

 

何なんだよ、もう。

俺は、折り合いをつけたつもりだったのに……迷惑をかけないつもりだったのに。

 

こんな、こんな事しちまったら……。

 

扉を開けて、部屋の外に出れば……ジェーンがすぐ外に立っていた。

部屋を出た俺を見て、ジェーンは笑った。

 

 

「終わりましたか?」

 

「おう……」

 

 

俺の言葉にジェーンがニッコリと笑った。

 

 

「ユースケ様とのキス……どうでしたか?」

 

「どうって……」

 

「気持ち良かったですか?それとも、ダメダメでしたか?」

 

 

……何なんだよ、もう。

ジェーンのこと、歳の離れた姉のように見ていたが……いや、歳の離れた姉のようなものだからこそ、こういう色恋沙汰に敏感なのか?

 

 

「普通だよ、普通……」

 

 

こんな話、ユースケに聞かせたくない。

室内にいるユースケが聞こえないよう、小さな声で返事をした。

 

 

「ほうほう。では、どちらかと言えば?」

 

 

俺がちゃんと返事をするまで、この質問地獄は終わらないらしい。

……恥を忍んで、心の内を言葉にする。

 

 

「……気持ちよかったとか、そういうのはないが……まぁ、悪くはなかったな」

 

「あらあら、そうですか……よかったですね、姫様」

 

 

主人の色恋をネタに愉しみやがって。

普段、あんなに凄腕のメイドとしてやってんのに、何なんだよ。

 

 

「では、明日も頑張りましょうね。姫様」

 

「……ん?明日?」

 

「はい、練習なんですから、明日もです。だって……そんな顔を真っ赤にしていたら、いけませんよね?」

 

「か、顔……?」

 

 

自分の顔に手で触れる。

鏡がないから分からないが、内側が熱い気がする。

 

俺、照れてるのか?

さっきのキスに照れて……顔にまで出てるのか?

そんな顔を、ユースケの前でしてたのか!?

 

 

「慣れるまで、結婚式まで毎日続けましょうね」

 

「こ、これを……?」

 

「はい、『これ』を」

 

 

さっきのような、俺の中身をブッ壊すようなキスを……ま、毎日?

毎日、ユースケと……キスを?

 

手で口元に触れる。

まだ、ユースケとの熱が残っているような気がした。

 

心臓が鳴っている。

不安から?

緊張から?

 

確かにあるだろう。

だけど、これはきっと……もっと、単純な感情だ。

 

 

「…………そ、そうか」

 

 

顔が熱い。

 

ジェーンから目を逸らして、窓の外へ目を向ける。

光が反射して……俺の顔が写っている。

 

そこには……ユースケの友人としての顔ではなく、この国の第九王女としての顔もなく。

ただ、年頃の若い乙女のような顔があった。

 

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