【完結】旅の終わりに:TS転生者と転移勇者の話 作:WhatSoon
「今日の遠征はそんなに遠くないから、夕方前には帰って来れると思うよ」
「おう。夕飯はちょっとぐらいなら待ってやるから、急がず帰って来いよ」
「うん、ありがとう」
動きやすい格好に金属製の胸当て、肘当て。
旅をしてた頃とは違う装備のユースケ。
騎士団で配備されている基本装備だそうで、騎士の面々と馴染めるように装備を合わせているらしい。
だがまぁ、コイツ、生身で魔獣の突進を受け止められるぐらい素の耐久力がある。
焼石に水のような装備だが……ま、人付き合いなら仕方ない。
今日も騎士団の遠征に付き合うそうで、朝からこうして用意してる訳だ。
ご苦労様なことで。
という訳で、俺は寝巻きのまま見送ろうとしている訳だが──
「じゃあ、えっと……」
「……そうだな」
俺はユースケに抱き寄せられ──
「んっ……」
キスをした。
結婚式まで、こうして毎日キスを練習しているって訳だ。
朝と夜、それと寝る前の3回のキス……それを毎日の日課としている。
毎日していれば照れもなくなってくる。
義務感でやってる訳ではないが、それでも特別な事だという認識は薄れていく。
……筈、なのだが。
「……っ」
……ゆっくりと、唇が離れる。
この瞬間、言いようのない喪失感を感じてしまう。
「それじゃあ、ミリア。いってきます」
ユースケは慣れたようで、不用意に焦ったりもせず……優しげに、俺へと微笑んだ。
形だけの婚約者だってのに、まるで本物の恋人みたいだ。
「……おう、行ってこい」
そうして、ユースケは騎士団の本部へと向かって行った。
俺はまだ室内に取り残されたまま……ベッドに転がった。
「…………」
こうして意識してるのは俺だけか。
そりゃそうだよな、ユースケからすれば俺とキスしてるのは義務感からだ。
俺を守るために、アイツは俺の婚約者になった。
キスだって、慣れていなかったら恥ずかしそうにしていただけで、慣れたら……まぁ、なんて事はないんだろう。
……俺は。
俺は、ユースケと唇を重ねる度に……だってのに、アイツは全然気付きやしない。
鈍感で、天然で……嫌になる。
「……あの、バカ」
枕を抱きしめる。
今日もユースケと同じベッドで寝ていた。
だから、まだユースケの匂いが残っている。
決して良い匂いではない。
だけど、それに俺は安堵を感じていた。
「…………っ」
身体が熱くなる。
……冷めるまで、もう少しこのままベッドに居るとしよう。
そうして、ジェーンが起こしに来るまで俺はベッドに転がっていた。
◇◆◇
ミリアとの結婚式まで、あと2日。
徐々に近づきつつある結婚式に、逃げ出したいような感情を僅かに感じつつ……結婚へと実感を感じていた。
まぁ、でも……結婚式を挙げなくても、既に僕とミリアは婚姻関係にある。
それはミリアのお父さん、国王様が承認した段階で確定している情報だ。
結婚式は別に結婚を認める場所って訳じゃなくて、その結婚を周りに周知する式みたいなものだ。
だから、今更、ミリアとの結婚に対して実感を湧かせているのは遅い話なんだけど。
彼女との生活にも慣れてきた。
というか、旅をしている時だって宿屋の寝室は同じだったし……いやベッドは流石に二つ取ってたけど。
野宿するからと肩を寄せて眠る事も多々あったし。
だから、違いはあまりない。
強いて言うなら……ミリアの服装が、あの頃よりも女性らしさを感じさせるってだけ。
それだけなんだけど、僕は未だに緊張していた。
ミリアを守るため……というのは口実だけど、彼女と形だけでも結婚できたのは幸せだと思う。
結婚式の練習だからと、毎日のキスも……ぼ、僕は凄く嬉しいし。
キスをした後のミリアの顔が、その、凄く可愛くて……。
まるで僕に好意を持ってるんじゃないかと、誤認させてしまう程に。
……もし、彼女が他の男性と結婚していたら、なんて思うと心臓が萎縮して引きちぎれそうだ。
それ程までに、僕は彼女に対して独占欲を抱いていた。
ミリアは、僕を『男と付き合わないための、信頼できる偽装婚約者』にしてくれているのに。
この好意を彼女に悟られてはならない。
絶対にミリアは嫌がる……いや、優しい彼女なら、形だけでも受け入れてくれるかも知れない。
それでも、僕はミリアに迷惑を掛けたくない。
彼女が望むまま、信頼できる男友達として振る舞おう。
そう決心しているのに──
「ん……」
「…………」
深夜、ベッドの上。
僕とミリアは同じベッドを使っているが、左半分は僕の領地、右半分はミリアの領地だと切り分けて使っている。
幸いにも、このベッドはキングサイズだ……王族だけにね。
大の大人が5人は並べるぐらい、大きなベッド。
掛布も二人で別々のものを使っているから、それなりに距離を置いて寝ているのだけれど……。
「………」
ミリアは寝相が悪い。
毎晩、ではないけれど、高頻度で僕の方へと寄ってくる。
そして今日も、僕のすぐ側まで来ていた。
寄って来ただけなら、ベッドの端まで逃げれば良い話だ……だが、逃げたら逃げた分だけミリアは寄ってくる。
だからこうして諦めて、側でミリアが寝ている状況を受け入れている。
「…………」
ミリアの寝顔を見る。
普段の気を張ったような表情ではない。
だから、こうして……普通の女の子のような顔を見せている。
長いまつ毛に、整った鼻……柔らかそうな唇。
それが僕のすぐ側にある。
……しかも、良い匂いまでする。
「…………」
やっぱり、少し距離を取ろう。
このままだと眠れなさそうだ。
なのに……寝巻きの裾を引っ張られた。
「……っ!?」
ミリアが寝たまま、僕の服を掴んでいた。
振り解く事は容易だ。
彼女より僕の方が力は強い。
だけど……起こしてしまうかも知れない。
こんなにも穏やかに眠っているのに。
「……はぁ」
観念して、僕は目を閉じた。
甘い香りと、彼女の体温を感じながら……。
◇◆◇
そうして、結婚式前日。
式場の確認やら、進行の確認やら、運営役の統括執事から教わった。
音楽隊が演奏を終了するまで、後段に登るなとか……お色直しがどうとか、細かいものを多々。
細かく、難解で、形式ばっている。
理解するにも面倒くさく、疲労が蓄積する。
長いし、ややこしいし、本当に……。
終わる頃には夜になっていて、疲労困憊の俺たちは自室へ帰ってきていた。
「うぅ、疲れた……」
「……明日が本番だぞ?今日でへばってたら話にならないだろ」
ソファに倒れたユースケを見て、俺はため息を吐いた。
「あ、明日は頑張るよ。うん、頑張る」
「……なぁ、本当に大丈夫か?」
「うっ……僕も、ちょっと僕を信用できないかも」
「……今日の復習でもしておくか」
「ごめん」
貰った書類を二人で確認しつつ、脳内でシミュレーションをする。
あーだこーだと認識を合わせつつ、ジェーンが出してくれた間食を摘む。
「……あ、そうだ。ユースケ」
「んぇ、何?」
クッキーを齧っているユースケを見て、俺は苦笑する。
「明日の結婚式……いや、明日は俺に遠慮するなよ」
「遠慮……?普段からしてるつもりはないけど……」
「……言い方が悪かったな。明日は俺の身体のどこを触っても怒らないし、根に持たない」
「え」
「だから、愛し合ってる婚約者らしく振る舞えって事だ」
「あ……うん、分かった。分かったよ……」
……ユースケの目が泳いでいる。
分かってないだろ、このバカ。
「あのなぁ……この国の若者は、婚約前にヤる事をヤってる奴が結構いるんだ」
「やる事?ヤる事って…………えっ!?」
「何驚いてんだ、普通だ。普通」
「そそ、そうなんだ……へぇー」
童貞かよ……って、そうか、童貞だったな、コイツ。
って、話が脱線しかねない。
無理矢理戻そう。
「つまり、婚約者同士なら身体に触れる程度なら遠慮がない。それが普通だ」
「……う、うん」
「だから、俺の手に触れたり、肩に触れたり、腰に触れたりとか、そういうので遠慮はするな。間違えてケツ触っても、慌てんなって事だ。分かるか?」
「わ、分かる。分かる分かる」
……こりゃ分かってはいるが、ダメそうだ。
「キスに慣れたが、ボディタッチは全然ダメか……練習させとくべきだったか」
「れ、練習……?」
「日頃からケツ触らせとけば、慣れてたか……ってな」
「ちょっ、何でそんな、セクハラみたいなっ──
「婚約者なら普通だって言ってるだろ。なのに、ほらそうやって、内心では『ちょっと……』って思ってやがる。そういうのが遠慮に繋がってんだよ、バカ」
「ぐ、ぅ……言い返せない……」
ため息を吐く。
尻を触られるぐらい大した事ではない。
勿論、相手がユースケなら、だ。
知らんやつに触られたらキレる自信はある。
キスなんかよりも、俺は全然ハードルが低い。
俺側からすればユースケの手に、尻で触れるだけだからな。
不意打ちじゃない限り、驚く事もない。
それに──
「あぁ、そういや前に二人で遠征した時、媚薬酒に酔って俺の尻を揉んだだろ?」
「うっ」
「しかも、無理矢理。それに比べれば、全然マシだろ?許可出してんだから」
「……そ、その話はやめない?悪かったから……」
俺は片眉を上げた。
ユースケからしたら忘れたい話だったのか……ちょっと軽はずみ過ぎたか。
まぁ、確かにユースケは気にしそうだよな。
何か失敗したって話よりも、他人を傷付けてしまった話の方が引き摺るタイプだし。
しかし、この調子で本当に明日は大丈夫なのか。
ちゃんと言われた通りにやってりゃ何とかなりそうだが、不慮のトラブルなんかに巻き込まれたら……笑えないな。
……できる事は今のうちに、やっておくか。
「……やらないよりはマシだな」
「えっ」
「ユースケ……今から俺の尻に触れ」
「え゛っ」
ユースケが変な声を出した。
そうそう、こういうのが明日出たら拙いんだよな。
今のうちに慣れさせておこう。
「美少女の尻にタダで触れるんだ、そこは喜べよ」
「え、あ……や、やったー……?」
「……うーわ、キモ……」
「ちょっ、じゃあ何でそんな事言ったの……!?」
「何か喜び方がダメだな。もっと紳士らしく喜べ」
「……紳士は女の子のお尻を触って喜ばないよ……」
俺が椅子を立ち、ユースケの前に立つ。
そして……半身を捻る。
「ほら、取り敢えずな」
「……ぜ、絶対『取り敢えず』で済ます話じゃないよ……」
「俺は尻を触られたぐらいで、怒らない。脂肪の塊……ってほど脂肪はついてないが、二の腕と大して変わらないからな」
「違うよ、二の腕とは全然……」
ユースケは泣き言を言いつつも、俺の言葉に渋々、手を伸ばした。
……何でこいつ、渋々、俺の尻を触ろうとしてるんだ?
いや、無駄に喜ばれても嫌だが……喜んでないのも嫌だな。
そして──
さわ、さわ。
「んっ……ぁ」
変な声が出た。
ユースケに視線を向けると、ちょっと驚いたような顔をしている。
ということは、俺の今の声を聞いたって事で……顔が沸騰する。
「さ、触り方がいやらしいんだよ、バカ!」
「ちょ、え、で、でも……触れって言ったのは、ミリアの方じゃないか……!」
「はぁ!?俺が悪いって言うのかよ!」
「お、怒らないって言ったのに……!」
逃げようとするユースケに掴み掛かろうとして──
「お二人とも。明日、結婚式なのですから……こんな時間に騒がないで下さい」
「あ、ごめん」
「すみません……」
部屋の隅にいたジェーンの叱責により、強制的に落ち尽かされたのだった。
良い歳こいて親に怒られた気持ちだ。
……まぁ、俺の父親は多忙な国王で、母親は俺を産んで死んだし……そう考えると、今生では親に怒られるなんて経験はなかったが。
ユースケだって……この世界に来てからは、親とすら会えていない。
……ちょっとぐらい、優しくしてやるか。
落ち込んだ表情をしているユースケを見て、俺はそう思った。