ウマンゲリオン新劇場版:序   作:オルタグラフィティ

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第壱話 使徒、襲来

青い空。蝉の鳴き声。砂浜に打ち寄せる波。それは夏という表現に相応しい一日だった。

 しかし、第3新東京市の光景は、かつての日常から遠く離れたものになっていた。海は赤く染まり、街は崩壊し、建物の残骸に満ちていた。海岸線沿いの道路には、戦車が無数にひしめき合い、海をじっと睨んでいた。

 信号が黄色に規則的に光っている道路を一台の青いアルピーヌA310が横切った。

「よりによってこんな時に現れるなんてまいったな」

 そう言いながら佐々木ミナトは、シュヴァルグランと待ち合わせをする為に愛車を駆って待ち合わせ場所に向かっていた。

 第3新東京市に上京したシュヴァルグランは、公衆電話の前に立っていた。

「現在、特別非常事態宣言発令中のため、全ての回線は不通となっております」

 受話器の向こうで音声ガイダンスが流れた後、その通話は自動的に切れた。

「あっ、だめか。携帯も圏外のままだし、バスも電車も止まったままだし……」

 シュヴァルは神妙な面持ちで足元に置いたボストンバッグを持ち上げた。

「待ち合わせは無理か。しょうがない、シェルターに行こう」

シュヴァルはミナトが笑顔でピースサインを送っている写真に目を落としてから、時計を確認して予定を変更させる。

「……んっ?」

 シュヴァルは、ふと人の気配を感じて向かいの道路へ目を向けた。

 そこには、制服を着た黒い髪のウマ娘が立っていた。電線に止まっていた鳥の群れが一斉に羽ばたく。その音に気をとられて視線を逸らしたシュヴァルは、もう一度ウマ娘のいた方へ目を向けた。すると、さっきまで人の気配があった場所には、もう誰もいなくなっていた。

 次の瞬間、激しい衝撃波がシュヴァルを襲う。シャッターが軋み、電線が空を切って音を立てる。シュヴァルは、思わず耳を塞いで立ち尽くした。その時、シュヴァルは何かが近づいてくる音に気づいて振り返った。

 シュヴァルが山の方を見ると、国連軍の垂直離着陸型攻撃機が次々と空中を後退していく様子が見えた。それに続いて忍び寄る足音。そして、攻撃機に続いて現れたのは、山のふもとに建てられたビルよりも背の高い二足歩行の巨人だった。攻撃機は、足音の主の周りを取り囲むようにして空中を固めていく。

 すると、シュヴァルのいる市街地を抜けてミサイルが飛んできた。その弾道は弧を描いて旋回してから、巨人に次々と命中していく。爆炎が巨人を包み込み、高熱の爆風が街に広がり、停車中の電車が熱波で融解する。

「目標に全弾命中!」

 しかし、巨人にはミサイル攻撃が全く通じていなかった。パイロットが手ごたえを確認する間もなく、巨人は手の先から光の槍を伸ばして攻撃機を貫く。

「うわっ!」

 錐もみ状態で墜落した機体が、シュヴァルのすぐ傍へと落下する。巨人は頭上に光の輪を宿して空へ上昇すると、墜落した攻撃機を片足で踏み潰していく。ひしゃげた機体が発火し爆発を引き起こす。シュヴァルは身を縮めてそれを避けようとした。その時、爆風に巻き込まれそうになったシュヴァルの前に、車のスリップ音が鳴り響いた。

「悪い、お待たせ!」

 シュヴァルが顔を上げると、サングラスを掛けたミナトが、車のドアを開けて迎える姿が目に映った。攻撃機が巨人に対して一斉射撃を開始する。巨人の体は、みるみるうちに爆炎に包まれていく。ミナトはギアをバックに入れて、素早くハンドルを回すと、危険を回避するべく車を急発進させた。

 

 国連軍の幹部たちは、第1発令所の巨大主モニターを食い入るようにして見ていた。

「目標は、依然健在。現在も、第3新東京市に向かい侵攻中だ」

 オペレーターのオルフェーヴルが状況を伝える。

「航空隊の戦力では、足止めできません!」

 しかし、あくまで悲観的な現実であることをオペレーターのキングヘイローが補足する。

「総力戦だ。後方第4師団を全て投入しろ!」

「出し惜しみはなしだ!なんとしても目標を潰せ!」

 幹部たちは身を乗り出し、拳を握り締めて指示を飛ばす。

 国連軍は、巨人に対して地上からも砲撃の雨を浴びせる。戦闘機が大型の爆弾を投下し、巨人の至近距離で炸裂する。それでも、巨人は無傷のまま立っていた。

「なぜだ!直撃のはずだ!」

 幹部の一人が机を叩いた。大量のタバコの吸殻が乗った灰皿が音を立てて揺れる。

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果なしか……」

 幹部の一人が腕を組んで奥歯を噛み締める。

「だめだ!この程度の火力では埒があかん!」

 机を叩いた幹部が、もう一度机に拳を振り下ろす。

「やはりU.M.フィールドだねぇ」

 特務機関トレセンの副司令官、アグネスタキオンは、司令席の傍らで主モニターに映る巨人を見てつぶやく。

「えぇ。使徒に対し通常兵器では役に立たないわ」

 同トレセンの最高司令官、ヴィルシーナは、司令席に肘をついて顔の前で手を組みながら、狼狽する幹部たちを静観していた。

 その時、国連軍の幹部の元へ緊急の電話が入る。

「……分かりました。予定通り、発動いたします」

 幹部の一人が、神妙な面持ちで電話口に答える。

 

 使徒が、二つの山の谷間へと足を進めて行く。その巨体が予定通りの場所へ到達すると、空中の攻撃機が一斉に身を引いた。その模様を、ミナトは停車した車の助手席から身を乗り出して観測する。そんなミナトに押しつぶされそうになり、シュヴァルは苦しい表情を浮かべる。国連軍の動きを双眼鏡で見定めたミナトは、次に起ころうとしている事態を察知した。

「おい、嘘だろ……N2地雷を使うのか!?」

 驚愕したのも束の間、ミナトはシュヴァルの頭を抱えて車のシートへ身を沈めた。

「伏せてっ!」

 激しい爆発が起こり、山の向こうに巨大な火柱が立ち上がった。戦略自衛隊が誇る最強の破壊兵器を、国連軍が使用したのだ。凄まじい光と音が周囲を圧倒し、遅れてやってきた衝撃波がミナトの車を横転させた。

 

「やったっ!」

 第1発令所で国連軍の幹部が歓喜を上げた。

「残念ながら君達の出番は無かったようだな」

 幹部の一人が振り返り、ヴィルシーナたちに言った。

「衝撃波、来ます」

 グラスワンダーの報告が入った直後、主モニターは砂嵐の映像になる。

 

「怪我はないか?」

 爆風に吹き飛ばされた車から這い出たミナトは、シュヴァルの無事を確認する。

「は、はい。口の中がシャリシャリしますけど……」

 山が削られて飛散した土砂の上に、ミナトの愛車が横倒しになっていた。

「それなら大丈夫だな。じゃ、いくぞっ!」

 ミナトの合図で、ミナトは車の天井に背中を押し付けて体重を掛ける。

「せーのっ!よっ……っしゃぁ」

 二人は力を込めて車を押した。横倒しになった車体が少しずつ傾き、遂にタイヤを地面に着地させることができた。

「……ふぅ、どうもありがとう。助かった」

 ミナトは両手に付いた砂埃を払いながらシュヴァルの方を見る。

「いえ、僕のほうこそ。トレーナーさん」

 シュヴァルはミナトを見て言う。

「ミナト、でいいよ。改めてよろしくな。シュヴァルグラン君」

 ミナトはサングラスを外して自己紹介をする。

「はい」

 シュヴァルは、年相応の表情でそれに答える。

 

 発令所の内部では、国連軍の幹部たちが戦果を心待ちにしていた。

「その後の目標は?」

「あの爆発だ、ケリはついている」

 砂嵐の映像を見つめて、たかをくくる幹部たち。

「映像、回復したそうだ」

 オルフェーヴルが報告し、主モニターの映像が復活した。

「あっ……」

 幹部たちは、煉獄の の中に浮かび上がる巨人の姿を見て驚く。

「我々の切り札が……」

「本当に……なんてことだ……」

 勢いで立ち上がっていた幹部たちが、力無く椅子へ座り込む。

「ばっけものめぇっ!」

 最後まで立っていた幹部も、悔し紛れに拳を机に叩きつけるしかなかった。

 

 ミナトはボロボロになった車に応急処置を施し、目的地へと向かう。青い車体のところどころにはガムテープで補強された跡があった。

「ルノーが動いてくれてよかったぁ〜」

 ガタガタと異音を立てる車の中で、ミナトがシュヴァルに語りかける。

「ローンがまだ12回も残ってんのに、いっきなり廃車じゃシャレにならないからな。直通の特急列車も頼んだし、これで予定時間、守れるぞ」

 ミナトは不自然なほど早口でまくしたてる。相手を気遣ってか、または初対面の相手を助手席に乗せているからか。

「……て、なんにも聞かないんだな、シュヴァル君」

「え?はい……」

 シュヴァルは至って冷静な表情を向ける。

「さっきから、私ばっか話してんだけど」

「え……すいません」

 シュヴァルは視線を逸らして俯いた。

「謝ることはないけど、ただ、さっきのでかいのは何ですか。とか、何が起こってるんですか。とか、聞きそうなもんじゃない?」

「いや、あの……聞いても何も答えてくれないだろうと思って」

 ミナトは得心した表情で柔らかく答える。

「妙に気を回して決めつけるのか。子供らしくないぞ」

 するとシュヴァルは、むっとした表情を向けるが、諦めたように息を吐く。

「いいんです。先生に言われた通りにしてるだけですから」

「そう。それならいいけど」

 ミナトは少し寂しげな表情で、前に視線を戻す。

「ちなみに、さっきのは使徒と呼ばれる謎の生命体だ」

 

 灼熱に包まれた巨人が、負傷した体を変形させて再生する。モニターに映し出された映像は、常人の理解を超えるものだった。

「第4の使徒。大した自己復元能力だねぇ」

 タキオンは、ヴィルシーナの傍らに立ち、怪物の様子を観察していた。

「単独で完結している純完全生物よ。当然だわ」

 ヴィルシーナは白い手袋をはめた手を顔の前で組んで、異形の生態を評価する。

「生命の実を食べた者たちが契約した姿の成れの果てか…」

「えぇ、知恵の実を食べた人類を滅ぼすための存在ね」

 二人が見守る映像の向こうで、使徒の修復が完了した。

 

 トレセンの敷地内に到着したミナトの車が、地下行きの貨物列車に乗り込んだ。

「ゲートが閉まります。ご注意ください」

 アナウンスが流れると、重い扉が自動で閉まる。

「特務機関トレセン?」

 貨物列車に乗った車内でシュヴァルはミナトに尋ねる。背後ではアナウンスが続いている。

「ダッシングを確認発射致します――」

「そう。国連直属の非公開組織」

 ミナトが答えると、ゲートの内側は赤い照明に変わった。

「この列車はT22特別列車です」

「姉さんのいる所ですね……」

 シュヴァルが言うと、ミナトはハンドルに両手を乗せたままシュヴァルの方を見た。

「まぁね。お姉さんの仕事、知ってる?」

 ミナトの言葉に反応して、シュヴァルは表情を曇らせた。貨物列車の作動準備が終わり、発車のベルが鳴った。

「人バを守る大事な仕事だと、先生からは聞いてます」

 

 国連軍の幹部たちは、使徒の殲滅を諦めてシュヴァルに結果を委ねる。

「今から本作戦の指揮権は君に移った」

「お手並みを見せてもらおう」

 ヴィルシーナは、幹部たちが座るブリッジの一段下に立ち、見上げる格好で冷静に答える。

「了解です」

「ヴィルシーナ君、我々の所有兵器では、目標に対し有効な手段が無いことは認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」

 幹部の一人が、彼女を見据えて嫌味を言った。

「そのためのトレセンです」

 ヴィルシーナは左手で眼鏡を上げると、自信のある表情を覗かせた。

 

「これから姉の所へ行くんですか?」

 下降を続ける貨物列車の中で、シュヴァルは車のダッシュボードに目を落とす。

「そうね、そうなるね」

 ミナトは携帯を閉じて顔を上げた。

「姉さん……」

 彼女の中で、幼い頃の記憶が蘇る。

「あっ、そうだ。お姉さんから、ID貰ってない?」

 ミナトの声にはっとしたシュヴァルは、バッグの中を漁った。

「あっはい!……どうぞ」

 シュヴァルは、クシャクシャになった紙をミナトに手渡した。その紙には、黒塗りにされた情報と、ヴィルシーナの直筆による「来なさい」というメッセージが書かれていた。IDカードは、その紙の端にクリップで留められている。

「ありがとう。じゃ、これ読んどいて」

 そう言って、ミナトはようこそトレセン江というパンフレットをシュヴァルに差し出した。

「トレセン……」

 シュヴァルは、手渡された資料の表紙をじっと見つめる。

「姉さんの仕事……」シュヴァルは、考え込むのを止めて、ミナトに話を振る。

「何かするんですか、僕が。……そうですね。用が無いのに姉が僕に手紙をくれるはず、無いですよね」

「そっか、苦手なのか、お姉さんが。……俺と同じだな」

 ミナトは、シュヴァルの態度を見てその内面を察する。

「えっ?」

 シュヴァルは、意外な言葉に驚いてミナトを見た。その時、貨物列車が暗いトンネルを抜けて広い空間へ飛び出した。

「……凄いっ!本当にジオフロントだ!」

 目の前に広がる光景を見て、シュヴァルは年相応の明るい声を上げた。

 線路は空中に掛かる橋のように、高い高い場所から地下へと続いている。眼下には、地下とは思えないほどの空間が広がっていた。天井からは無数のビル郡が突き出し、採光窓から太陽の光が差し込んでいる。そして地底には、湖や森林まで存在していた。

「そう、これが俺たちの秘密基地、トレセン本部。世界再建の要、人バの砦となる所」

 ミナトは窓の外に釘付けになっている少女の横顔に語りかける。

 

 貨物列車を降りた二人は、車の外に出て自動走行のリフトに乗り換えた。トンネル状の細い通路を、それなりの速度で進むリフトの上で、ミナトが行き先を確認する。

「えーっと、駅西口を出て、北3番ゲートを右? ルート8に入ると……」

 リフトの進行に合わせて、厳重な扉が開く。重い金属音が響いて視界が開けると、広大なドーム状の空間に出た。

「なんだか、やたらと複雑にできてるんだよな、この施設」

 シュヴァルは、車の中でミナトから手渡されたマニュアルに目を通している。ミナトは、不安げな表情でメモ用紙を眺めて、独り言のようにつぶやく。

「確か、このルートで合ってるはず」

「あの……迷ったんですか?」

 シュヴァルはマニュアルから顔を上げて、後ろに立つミナトを見た。

「まだ不慣れでね」

 そう言うと、彼は無理に作った笑顔で前を向いた。

「まあ、進んでりゃそのうち着くだろ」

 

 赤黒い液体の中で、エアータンクを背負ったダイバーが機械に向かっていた。

「第2次冷却終了」

 エルコンドルパサーの声に続いて、ジェンティルドンナの通信が入る。

「作業員は速やかに退避」

「左腕電動部の解凍作業を、あと3分以内に済ませて。同時にアポトーシスデータも忘れないで頂戴」

「了解」

 作業は地下に作られた巨大なドッグの中で行われていた。指示を出していた男が、ブリッジに上がってダイビングスーツを脱いだ。

「北島博士へ報告。作戦一課、佐々木二佐および一名のS36車の到着を確認」

 女性オペレーターの報告を受けた北島アサヒは、シュノーケルの着いたゴーグルを外した。

「あきれた。また遅刻とは」

 

 エレベーターに備え付けられたメーターが、地下8-30を過ぎた辺りで到着のベルが鳴った。ドアが開くと、そこには金髪碧眼の男が立っていた。

「うっ、アサヒ……」

 ミナトは気まずそうな表情を浮かべて、白衣姿のアサヒに声を掛けた。アサヒは意に介さず、ミナトを押し戻すようにしてエレベーターに乗り込んでくる。

「到着予定時刻を12分もオーバー。あんまり遅いから迎えに着た。人手もなければ、時間も無いんだよ」

 アサヒは、毅然とした態度でミナトを責めた。

「悪いな、ごめん」

 ミナトは右手を顔の前にさっと立てて、その場を取り繕おうとする。

「ふぅ……」

 アサヒは仕方がないな、と言わんばかりに肩を落としてから話題を変えた。

「……例のウマ娘?」

 ミナトはエレベーターに乗り合わせているウマ娘の方に顔を向ける。

「うん」

 シュヴァルの方を見てミナトが腕を組む。

「技術局第一課、U計画担当責任者、北島アサヒ。よろしく」

 シュヴァルは、そこで初めて気づいたかのようにマニュアルから顔を上げた。

「あっ、は……はい」

 

 第1発令所にて、ヴィルシーナはブリッジに設置された小型昇降機エレベーターの上に乗り、タキオンの方を見る。

「では、後を頼むわ」

 そう言い残して、ヴィルシーナは地下の空洞へと降りて行く。タキオンは、感慨深い表情で彼女を見送る。

「3年ぶりの対面ねぇ……」

 すると、使徒の変化を察知したオルフェーヴルが声を上げる。

「副司令、目標が再び移動を開始」

 タキオンは、ヴィルシーナから引き継いた権限を即座に行使した。

「それでは。総員、第一種戦闘配置」

 

 命令が実行に変わり、館内にオペレーターのアナウンスが響く。

「繰り返す、総員、第一種戦闘配置。対地迎撃戦、用意」

 真っ暗な空間にシュヴァルを案内したアサヒは、照明のスイッチを入れる前に告げた。

「シュヴァルグラン君、君に見せたいものがある」

 暗闇に明かりが灯ると、シュヴァルの目の前に巨大なロボットの顔が浮かび上がった。

「う、うわぁっ!」

 シュヴァルは、初めて目撃する異様な物体を見て大声を上げる。シュヴァルたちのいる場所は、広大なプール状のドックに敷設された浮橋の上だった。肩の下まで水に浸かったロボットが、静かに場を睨んでいる。

「人類とウマ娘が造り出した、究極の汎用ウマ娘型決戦兵器人造ウマ娘ウマンゲリオン。その初号機。我々人類とウマ娘の、最後の切り札」

 シュヴァルの横に並んで立ち、アサヒが言った。

「これも姉さんの仕事ですか」

 シュヴァルは表情を強張らせて聞き返す。

「そうだ」

 返答したのは女性の声だった。

「……久しぶりね」

 シュヴァル上を見上げると、高い位置に設置されたコントロールルームの窓から見下ろす、ヴィルシーナの姿があった。

「姉さん……」

 シュヴァルはヴィルシーナから思わず目を逸らす。

「……出撃」

 不敵な笑みを浮かべたヴィルシーナは、何の前触れも無く出撃を命じる。

「出撃!?零号機は凍結中だろ!……まさか、初号機を使うつもりか!?」

 ヴィルシーナの言葉を聞いて、ミナトがアサヒに詰め寄る。ミナトは一瞬、初号機の方を見てから、自分が想定している話の流れとは違うことに困惑する。

「他に道は無い」

 アサヒは、出撃は想定済みだったと言わんばかりの態度を示す。

「シュヴァルグラン君?」

 そしてアサヒは、シュヴァルの方を見る。

「はい」

 シュヴァルは突然名前を呼ばれて顔を上げた。

「君が乗るんだ」

 アサヒは鋭い視線を少年に向けた。

「え?」

 シュヴァルは、突然突きつけられた現実を理解できずに、目の前にある初号機を見て立ち尽くす。

「姉さん、なぜ呼んだの?」

「あなたの考えている通りよ」

 ガラス窓の向こうでポケットに手を入れて佇むヴィルシーナが、シュヴァルを見下ろす。

「じゃあ、僕がこれに乗って、さっきのと戦えって言うの?」

 シュヴァルは下を向いたまま肩をすくめる。

「そうよ」とヴィルシーナは即答する。

「嫌だよそんなの!なにを今更なんだよ!姉さんは、僕が要らないんじゃなかったの?」

 シュヴァルは目に涙を浮かべながら、反抗的な顔をヴィルシーナに向ける。

「必要だから呼んだまでよ」

 ヴィルシーナは淡々とした口調で答える。

「なんで、僕なの?」

 シュヴァルは、自信の無さを浮かべて声色を落とした。

「他の人間には、無理だからよ」とヴィルシーナは言い切る。

「無理だよそんなの!見たことも聞いたことも無いのに、出来るわけ無いよ!」

 シュヴァルは、床に視線を落として声を震わせる。

「説明を受けなさい」

 ヴィルシーナは、言い訳を一切受け付けないという態度で接する。

「そんな……。できっこないよ!こんなの乗れる訳無いよぉっ!」

 シュヴァルは、ぎゅっと目をつむって言葉を吐き出した。

「乗るなら早くしなさい。乗らないなら帰りなさい」

 その時、使徒の放った光線がジオフロント内部を揺らした。振動に気づいたヴィルシーナが、天井を見上げて「ここが気づかれたか」とつぶやく。

「第1層、第8 8装甲版、損壊」

 使徒が放った第二波の影響を報告するオペレーターの音声が流れる。アサヒは、シュヴァルの方を見据えて決断を迫る。

「シュヴァル君、時間が無い」

「Dブロック各所にて火災発生。指定域内の全通路を緊急閉鎖」

 シュヴァルは思い悩んで言葉を失う。自分ではどうしていいのか分からずに、助けを求めるような表情でミナトを見る。

「乗りなさい」

 事態を把握したミナトは、腕を組んでシュヴァルに指示を出す。

「嫌です……せっかく来たのに、こんなの無いよっ!」

 ミナトにまで撥ね付けられたシンジは、再び下を向いてしまう。

「シュヴァル君、何のためにここに来たの?逃げちゃだめだ。お姉さんから、何よりも自分から」

 ミナトは、少し腰を屈めてシュヴァルに目線の高さを合わせようとする。しかし、ミナトの視線から逃れるように、シュヴァルは横を向いてしまう。

「分かってます、でも、出来るわけ無いよっ!」

 シュヴァルの振る舞いを見たヴィルシーナは、モニター越しにタキオンを呼ぶ。

「タキオン、キタサンを起こして」

「使えるかい?」

 キタサンはヴィルシーナの意図を察するが、念のために確認を取る。

「死んでいるわけではないわ」

「分かった、君がそう言うならそうしようか」

 タキオンがモニターの前から姿を消すと、別の画面に切り替わる。ヴィルシーナは音声のみになったモニターに話しかける。

「キタサン……」

「はい」

 ヴィルシーナが呼びかけると、モニターから少女の声が聞こえた。その声音は、細く、平坦で、冷たい、というような、感情の純度が極めて低いものだった。

「予備が使えなくなったわ。だから、もう一度頼むわ」

「はい……」

 そしてその声は、ヴィルシーナの指示に迷いなく従った。

 

「初号機のコアユニットをL-00タイプに切り替えて、再起動!」

 アサヒは作戦の変更に備えてオペレーターに指示を回す。

「了解、現作業を中断、再起動に入ります」

 キングヘイローがそれに応じる。

「やっぱり僕は、要らない人間なんだっ……!」シュヴァルは、慌しくなった周りの大人たちに置いていかれるようにして孤立する。すると、奥のドアが開き、移動式のベッドに乗せられてウマ娘が運び込まれる。その黒髪のウマ娘は、シュヴァルと同じ中学生くらいの年齢で、細く、透き通るような白い肌をしていた。シュヴァルは、彼女を見て驚く。なぜなら、左手に点滴、右目に眼帯をして、どう見ても怪我人の格好をしていたからだ。

「くっ……!はぁっ、はぁっ!」

 自力で起き上がろうとするが、苦しそうな表情を見せるウマ娘。

 その時、またしても使徒の攻撃がジオフロントを襲う。使徒が放った光線は、ジオフロントの天井に張られた装甲を貫き、収納されていた第3新東京市ビル郡を破壊する。破壊された建物が瓦礫となり、トレセン本部へ雨のように降り注ぐ。その衝撃で、建物全体に大地震並の揺れが伝わった。

「きゃぁっ」

 大きな揺れでベッドが倒れ、少女が床に転げ落ちた。

「大丈夫ですかっ!?」

 シュヴァルは少女の下へ駆け寄って行く。その光景を見つめながら、ヴィルシーナが不敵な笑みを浮かべる。

「くぅっ!」

 少女は、体の痛みに耐えながらも、苦痛の表情を浮かべた。シュヴァルは、少女の苦しむ姿を目の当たりにして、自分の置かれた状況と向き合う。背後に立っている初号機を振り返って確認する。自分の手を見ると、少女の体から流れた血が付いていた。シュヴァルはそれを見ると、ぎゅっと目をつむって自分に言い聞かせる。

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだっ!」意を決して顔を上げたシュヴァルは、ヴィルシーナに言い放った。

「やります、僕が乗ります!」

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